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その後、祈りの間に新たな重傷者が運び込まれてくることはなかった。聖騎士ヴィクト・シュトラーゼが有言実行をしたことが大きい。彼は宣言通り、魔物との戦いにすぐに終止符を打った。しかも無傷で。
僕はこの結末を後から知った。祈りの間で四人目の聖騎士を治癒した直後にぶっ倒れてしまったからだ。いや、正確には四人目の途中で、だった。聖騎士の重度の内臓損傷を治癒したところで魔力切れを起こしたのを覚えている。あの聖騎士はいまだ数か所の骨折を残してはいるが、幸い一命をとりとめたという。南端塔の自室で目を覚ました時、僕はこれをヴィクトから聞いた。
しっかしあんなに憔悴したヴィクトを見たのは初めてだったなぁ。ヴィクトってば目覚めた僕の名前を呼んで、あろうことがぎゅっと抱きしめてきたんだ。異常がないかすみずみまでチェックされたわけだけど、わかります? 圧死寸前でしたよお兄さん。
なーんて茶化して言ってみるけど、僕……抱きしめられたんだな。
感触が思い出されてカッと頬が熱くなった。どうしてかすごくドキドキする。恋愛面ではふわりと軽いことで有名なヴィクトだ、ボディタッチだって今まで少なくはなかった。別に驚くことじゃない。深い意味なんてない。
だったら、この気持ちはなんなんだろう?
失神したにしては経過良好の体で、僕はそわそわと室内を歩き回った。ヴィクトは団長に呼ばれたとかなんとかで今ここにはいない。
「くそう、なんで僕がこんな悩まなきゃいけない?」
気分転換だ! と勇ましく自室を飛び出した僕は散歩にでも繰り出そうと思ったが、行き先を王城医務室に変更する。思い違いでなければ、実のところ魔力がまた溜まっているように感じるのだ。これは今までとは比べ物にならないくらいの早さ。治癒の続きができるかもしれない。
「こ、こんにちは……」
目的地に着くとノックをし、そろりと中に入る。白いカーテンに仕切られた病床ごとに人影が並んで見えた。医務室で手伝いをしているのであろう若い男性に声をかけ、中途半端にしてしまった聖騎士の眠る場所を聞く。彼は快く教えてくれた。加えて、
「あの、神子様、よろしければ握手していただけませんか」
「はい? え、……はい?」
「ありがとうございますっ! 光栄ですっ! ごゆっくりどうぞっ」
と謎の歓迎を受けた。まぁ、好意的に受け入れてくれる分にはいいのだけれども。
癒しの力を行使したことで、少しは見直された部分があるのかな。そうだったらいいな。内心そう願いながら、カーテンを開けた。
ひゅっと息を飲む。
「何をしに来た」
僕を待っていたのは、四人目の聖騎士だけではなかった。
「のうのうと、もてはやされて、いい気になりやがって」
「そ、そんなことは」
「しっかり最後まで仕事をやりきれよ、この役立たず!」
男の目は憤怒に燃えていた。いつも僕を揶揄する一団の中でも強烈な嫌悪を見せる騎士だった。察するに、眠る聖騎士となんらかの特別な繋がりがあるのだろう。
「そ、その仕事をしにきたんだ……ど、怒鳴らないでくれ」
かーっ! と言って騎士はこげ茶色の短髪をガシガシとかいた。
「いちいちムカつくやつだな。じゃあとっとと治してくれよ。意識が戻らないんだ。死んじまったらどうしてくれる!」
俺のいとこなのに、と苦々しい声が零される。僕は胃が竦む心地がした。やりにくいけれど、やるしかない。
懐から取り出した羊皮紙にはあらかじめ魔法陣を塗付しておいた。それを聖騎士の胸の上に置くと魔力をそっと流し込む。前回よりも時間がかかったがなんとか発動した。
あとは同じだ。祈るのみ。
しばらくして、聖騎士がうっと短い声を上げるのがわかった。目を開けはしなかったが、すうすうと眠り続ける顔色はいい。これでもう大丈夫だ。
「終わったのか」
「あ、あぁ。終わった」
僕は魔法陣をしまうと額の汗を拭った。そしてそのまま騎士とは目を合わせずに立ち去ることにする。
「おい待てよ」
まぁ、そうなりますよね。
「何か言うことあるだろ」
「え、えぇっと……お大事に」
「はぁっ? 馬鹿にしてんのか!」
ここが医務室であることを忘れているとしか思えないような大音量が響き渡る。
「そもそもお前がなぁっ!」
ヴィクトを囲って離さないからこんな事態になったんだろう! 最初からヴィクトが戦いに加わっていれば負傷者は少なかったはずだ! 癒しの力が使えたんならなぜもっと早く使わなかった? 隠していたのか? なぜもっと早く……――
一つ一つが深く突き刺さった。だけど僕は何も言い返せなかった。隠していたわけではないけれど、でも、周りからはそう見えるのだ。
わかるよ、あなたの気持ちが。僕も神子のことが大嫌いだ。
「き、騎士様落ち着いてくださいませ」
おろおろとした様子の男性が顔を出す。さっき僕に握手をねだってきた人だ。
騎士は第三者の登場にやっと落ち着きを取り戻したのか、「出ていけ」と冷たく言ったきり僕のほうを見なかった。僕は小さく頭を下げ、医務室を去る。
僕はこの結末を後から知った。祈りの間で四人目の聖騎士を治癒した直後にぶっ倒れてしまったからだ。いや、正確には四人目の途中で、だった。聖騎士の重度の内臓損傷を治癒したところで魔力切れを起こしたのを覚えている。あの聖騎士はいまだ数か所の骨折を残してはいるが、幸い一命をとりとめたという。南端塔の自室で目を覚ました時、僕はこれをヴィクトから聞いた。
しっかしあんなに憔悴したヴィクトを見たのは初めてだったなぁ。ヴィクトってば目覚めた僕の名前を呼んで、あろうことがぎゅっと抱きしめてきたんだ。異常がないかすみずみまでチェックされたわけだけど、わかります? 圧死寸前でしたよお兄さん。
なーんて茶化して言ってみるけど、僕……抱きしめられたんだな。
感触が思い出されてカッと頬が熱くなった。どうしてかすごくドキドキする。恋愛面ではふわりと軽いことで有名なヴィクトだ、ボディタッチだって今まで少なくはなかった。別に驚くことじゃない。深い意味なんてない。
だったら、この気持ちはなんなんだろう?
失神したにしては経過良好の体で、僕はそわそわと室内を歩き回った。ヴィクトは団長に呼ばれたとかなんとかで今ここにはいない。
「くそう、なんで僕がこんな悩まなきゃいけない?」
気分転換だ! と勇ましく自室を飛び出した僕は散歩にでも繰り出そうと思ったが、行き先を王城医務室に変更する。思い違いでなければ、実のところ魔力がまた溜まっているように感じるのだ。これは今までとは比べ物にならないくらいの早さ。治癒の続きができるかもしれない。
「こ、こんにちは……」
目的地に着くとノックをし、そろりと中に入る。白いカーテンに仕切られた病床ごとに人影が並んで見えた。医務室で手伝いをしているのであろう若い男性に声をかけ、中途半端にしてしまった聖騎士の眠る場所を聞く。彼は快く教えてくれた。加えて、
「あの、神子様、よろしければ握手していただけませんか」
「はい? え、……はい?」
「ありがとうございますっ! 光栄ですっ! ごゆっくりどうぞっ」
と謎の歓迎を受けた。まぁ、好意的に受け入れてくれる分にはいいのだけれども。
癒しの力を行使したことで、少しは見直された部分があるのかな。そうだったらいいな。内心そう願いながら、カーテンを開けた。
ひゅっと息を飲む。
「何をしに来た」
僕を待っていたのは、四人目の聖騎士だけではなかった。
「のうのうと、もてはやされて、いい気になりやがって」
「そ、そんなことは」
「しっかり最後まで仕事をやりきれよ、この役立たず!」
男の目は憤怒に燃えていた。いつも僕を揶揄する一団の中でも強烈な嫌悪を見せる騎士だった。察するに、眠る聖騎士となんらかの特別な繋がりがあるのだろう。
「そ、その仕事をしにきたんだ……ど、怒鳴らないでくれ」
かーっ! と言って騎士はこげ茶色の短髪をガシガシとかいた。
「いちいちムカつくやつだな。じゃあとっとと治してくれよ。意識が戻らないんだ。死んじまったらどうしてくれる!」
俺のいとこなのに、と苦々しい声が零される。僕は胃が竦む心地がした。やりにくいけれど、やるしかない。
懐から取り出した羊皮紙にはあらかじめ魔法陣を塗付しておいた。それを聖騎士の胸の上に置くと魔力をそっと流し込む。前回よりも時間がかかったがなんとか発動した。
あとは同じだ。祈るのみ。
しばらくして、聖騎士がうっと短い声を上げるのがわかった。目を開けはしなかったが、すうすうと眠り続ける顔色はいい。これでもう大丈夫だ。
「終わったのか」
「あ、あぁ。終わった」
僕は魔法陣をしまうと額の汗を拭った。そしてそのまま騎士とは目を合わせずに立ち去ることにする。
「おい待てよ」
まぁ、そうなりますよね。
「何か言うことあるだろ」
「え、えぇっと……お大事に」
「はぁっ? 馬鹿にしてんのか!」
ここが医務室であることを忘れているとしか思えないような大音量が響き渡る。
「そもそもお前がなぁっ!」
ヴィクトを囲って離さないからこんな事態になったんだろう! 最初からヴィクトが戦いに加わっていれば負傷者は少なかったはずだ! 癒しの力が使えたんならなぜもっと早く使わなかった? 隠していたのか? なぜもっと早く……――
一つ一つが深く突き刺さった。だけど僕は何も言い返せなかった。隠していたわけではないけれど、でも、周りからはそう見えるのだ。
わかるよ、あなたの気持ちが。僕も神子のことが大嫌いだ。
「き、騎士様落ち着いてくださいませ」
おろおろとした様子の男性が顔を出す。さっき僕に握手をねだってきた人だ。
騎士は第三者の登場にやっと落ち着きを取り戻したのか、「出ていけ」と冷たく言ったきり僕のほうを見なかった。僕は小さく頭を下げ、医務室を去る。
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