上 下
19 / 52
< 4 >

 4 - 6

しおりを挟む
 その後、祈りの間に新たな重傷者が運び込まれてくることはなかった。聖騎士ヴィクト・シュトラーゼが有言実行をしたことが大きい。彼は宣言通り、魔物との戦いにすぐに終止符を打った。しかも無傷で。
 僕はこの結末を後から知った。祈りの間で四人目の聖騎士を治癒した直後にぶっ倒れてしまったからだ。いや、正確には四人目の途中で、だった。聖騎士の重度の内臓損傷を治癒したところで魔力切れを起こしたのを覚えている。あの聖騎士はいまだ数か所の骨折を残してはいるが、幸い一命をとりとめたという。南端塔の自室で目を覚ました時、僕はこれをヴィクトから聞いた。
 しっかしあんなに憔悴したヴィクトを見たのは初めてだったなぁ。ヴィクトってば目覚めた僕の名前を呼んで、あろうことがぎゅっと抱きしめてきたんだ。異常がないかすみずみまでチェックされたわけだけど、わかります? 圧死寸前でしたよお兄さん。
 なーんて茶化して言ってみるけど、僕……抱きしめられたんだな。
 感触が思い出されてカッと頬が熱くなった。どうしてかすごくドキドキする。恋愛面ではふわりと軽いことで有名なヴィクトだ、ボディタッチだって今まで少なくはなかった。別に驚くことじゃない。深い意味なんてない。
 だったら、この気持ちはなんなんだろう?
 失神したにしては経過良好の体で、僕はそわそわと室内を歩き回った。ヴィクトは団長に呼ばれたとかなんとかで今ここにはいない。
「くそう、なんで僕がこんな悩まなきゃいけない?」
 気分転換だ! と勇ましく自室を飛び出した僕は散歩にでも繰り出そうと思ったが、行き先を王城医務室に変更する。思い違いでなければ、実のところ魔力がまた溜まっているように感じるのだ。これは今までとは比べ物にならないくらいの早さ。治癒の続きができるかもしれない。
「こ、こんにちは……」
 目的地に着くとノックをし、そろりと中に入る。白いカーテンに仕切られた病床ごとに人影が並んで見えた。医務室で手伝いをしているのであろう若い男性に声をかけ、中途半端にしてしまった聖騎士の眠る場所を聞く。彼は快く教えてくれた。加えて、
「あの、神子様、よろしければ握手していただけませんか」
「はい? え、……はい?」
「ありがとうございますっ! 光栄ですっ! ごゆっくりどうぞっ」
 と謎の歓迎を受けた。まぁ、好意的に受け入れてくれる分にはいいのだけれども。
 癒しの力を行使したことで、少しは見直された部分があるのかな。そうだったらいいな。内心そう願いながら、カーテンを開けた。
 ひゅっと息を飲む。
「何をしに来た」
 僕を待っていたのは、四人目の聖騎士だけではなかった。
「のうのうと、もてはやされて、いい気になりやがって」
「そ、そんなことは」
「しっかり最後まで仕事をやりきれよ、この役立たず!」
 男の目は憤怒に燃えていた。いつも僕を揶揄する一団の中でも強烈な嫌悪を見せる騎士だった。察するに、眠る聖騎士となんらかの特別な繋がりがあるのだろう。
「そ、その仕事をしにきたんだ……ど、怒鳴らないでくれ」
 かーっ! と言って騎士はこげ茶色の短髪をガシガシとかいた。
「いちいちムカつくやつだな。じゃあとっとと治してくれよ。意識が戻らないんだ。死んじまったらどうしてくれる!」
 俺のいとこなのに、と苦々しい声が零される。僕は胃が竦む心地がした。やりにくいけれど、やるしかない。
 懐から取り出した羊皮紙にはあらかじめ魔法陣を塗付しておいた。それを聖騎士の胸の上に置くと魔力をそっと流し込む。前回よりも時間がかかったがなんとか発動した。
 あとは同じだ。祈るのみ。
 しばらくして、聖騎士がうっと短い声を上げるのがわかった。目を開けはしなかったが、すうすうと眠り続ける顔色はいい。これでもう大丈夫だ。
「終わったのか」
「あ、あぁ。終わった」
 僕は魔法陣をしまうと額の汗を拭った。そしてそのまま騎士とは目を合わせずに立ち去ることにする。
「おい待てよ」
 まぁ、そうなりますよね。
「何か言うことあるだろ」
「え、えぇっと……お大事に」
「はぁっ? 馬鹿にしてんのか!」
 ここが医務室であることを忘れているとしか思えないような大音量が響き渡る。
「そもそもお前がなぁっ!」
 ヴィクトを囲って離さないからこんな事態になったんだろう! 最初からヴィクトが戦いに加わっていれば負傷者は少なかったはずだ! 癒しの力が使えたんならなぜもっと早く使わなかった? 隠していたのか? なぜもっと早く……――
 一つ一つが深く突き刺さった。だけど僕は何も言い返せなかった。隠していたわけではないけれど、でも、周りからはそう見えるのだ。
 わかるよ、あなたの気持ちが。僕も神子のことが大嫌いだ。
「き、騎士様落ち着いてくださいませ」
 おろおろとした様子の男性が顔を出す。さっき僕に握手をねだってきた人だ。
 騎士は第三者の登場にやっと落ち着きを取り戻したのか、「出ていけ」と冷たく言ったきり僕のほうを見なかった。僕は小さく頭を下げ、医務室を去る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

見つめ合える程近くて触れられない程遠い

我利我利亡者
BL
織部 理 は自分がΩだということを隠して生きている。Ωらしくない見た目や乏しい本能のお陰で、今まで誰にもΩだとバレたことはない。ところが、ある日出会った椎名 頼比古という男に、何故かΩだということを見抜かれてしまった。どうやら椎名はαらしく、Ωとしての織部に誘いをかけてきて……。 攻めが最初(?)そこそこクズです。 オメガバースについて割と知識あやふやで書いてます。地母神の様に広い心を持って許してください。

【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない

ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。 元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。 無口俺様攻め×美形世話好き *マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま 他サイトも転載してます。

釣った魚、逃した魚

円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。 王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。 王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。 護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。 騎士×神子  攻目線 一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。 どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。 ムーンライト様でもアップしています。

お前らの相手は俺じゃない!

くろさき
BL
 大学2年生の鳳 京谷(おおとり きょうや)は、母・父・妹・自分の4人家族の長男。 しかし…ある日子供を庇ってトラック事故で死んでしまう……  暫くして目が覚めると、どうやら自分は赤ん坊で…妹が愛してやまない乙女ゲーム(🌹永遠の愛をキスで誓う)の世界に転生していた!? ※R18展開は『お前らの相手は俺じゃない!』と言う章からになっております。

召喚されない神子と不機嫌な騎士

拓海のり
BL
気が付いたら異世界で、エルヴェという少年の身体に入っていたオレ。 神殿の神官見習いの身分はなかなかにハードだし、オレ付きの筈の護衛は素っ気ないけれど、チート能力で乗り切れるのか? ご都合主義、よくある話、軽めのゆるゆる設定です。なんちゃってファンタジー。他サイト様にも投稿しています。 男性だけの世界です。男性妊娠の表現があります。

人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo
BL
家族を養うため男娼をしていたオレは、 ある日、怪し気な男にとんでもない金額を提示され『甥の世話係』にならないかと誘われた。 これは絶対怪しい、とは思いつつ、オレはその誘いに乗ることに。 そうして連れて行かれたのは、深い森に隠された古い屋敷。 オレはそこで、背はバカでかいが底抜けに優しい青年、ユリアに出会う。 世話係としての生活は、今まで味わったこともないほど穏やかで、くすぐったい日々だった。 だが、ユリアにはヤバイ秘密があり…… 人外あり、執着あり、イチャラブ盛々に、バトルもあり!? な、モンスターBL! こうなりゃとことん、世話してやるよ! +:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+ ・アダルトシーンには、話のタイトルに「♡」が付いています。♥︎は凌辱表現です。 19時頃に更新。水曜日、木曜日はお休み予定です。 shiroko様(https://twitter.com/shiroko4646)、 この度も素敵なイラストを誠にありがとうございました>< GURIWORKS様(https://twitter.com/guriworks)、 素敵なタイトルを誠にありがとうございました>< ☆こちらの作品は、エブリスタ、なろう、pixivにも、投稿しています。

双月の果てに咲く絆

藤原遊
BL
「君を守りたい――けれど、それがどれほど残酷なことか、俺は知らなかった。」 二つの月が浮かぶ幻想の世界「ルセア」。 その均衡を支えるため、選ばれた者が運命に抗いながら生きるこの地で、孤独な剣士リオは一人の謎めいた青年、セイランと出会う。 彼は冷たくも優しい瞳でこう呟いた――「俺には、生きる理由なんてない」。 旅を共にする中で、少しずつ明かされるセイランの正体、そして背負わされた悲しい宿命。 「自由」を知らずに生きてきたセイランと、「守るべきもの」を持たないリオ。 性格も立場も違う二人が紡ぐ絆は、いつしか互いの心を深く侵食していく。 けれど、世界の運命は彼らに冷酷な選択を迫る―― 愛を貫くため、どれほどの犠牲が必要なのか。 守るべき命、守れない想い。 すれ違いながらも惹かれ合う二人の運命の果てに待つものとは? 切なくも美しい異世界で紡がれる、禁断の愛の物語。 ※画像はAI作成しました。

悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――

BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」 と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。 「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。 ※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)

処理中です...