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セレンはすぐに僕のやり方のよくないところを見抜いてくれた。ここはこうしたほうがいいとか、ここの紋様はこっちが正しいとか、的確なアドバイスをたくさんくれた。
それらを活かすべく毎日南端塔の庭に降りては特訓に明け暮れている。野うさぎや庭師、そしてヴィクトがよく応援しに来てくれた。
「ユアン様、根詰め過ぎ。とりあえず休憩しよう?」
「うぅん……でも今回はいけた気がするんだよなぁ」
「日陰に入って水飲んで。ほら」
「待った、ここの確認だけさせて!」
「こら。だめだって。一旦終わりにして、こっちにおいで」
あああと声を出しながらヴィクトの腕に運ばれる。日陰に入るとすっと暑さが引いた。確かに自分の体は熱を持っていたようだ。まぁそれもそのはずですっかり夏も盛り。日差しがジリジリと地面を照りつけている。
「あーあ。こんなに赤くして」
「あうっ」
「せっかく綺麗なのに。大事にしないともったいない」
ヴィクトの指先が僕の頬に触れた。僕の白い肌は焼けると一気に赤くなってしまうのだ。何日かすると元には戻るけれども。
「あんまり無理をしないで、ユアン様」
「うん……。でも本当にもう少しなんだ。構築さえうまくいけば発動はするする行くってセレンが言ってた。ねぇ、ヴィクト。今日も西塔に行っていいかな? セレン、迷惑じゃないかな?」
「あいつは別に、そういうのあんまり気にしないと思う。ユアン様が来てくれると楽しいって言ってたしな」
「そっか。よかった。へへ」
「……ふぅん。ユアン様ってさ」
うん? と顔を上げる。ヴィクトは暑さなどへっちゃらなのか、あまり汗をかいていない。かたや僕は首を伝う自分のそれをタオルハンカチで拭いとった。
「あいつみたいなタイプが好きなの?」
まじまじと見つめて数秒。何を言い出すんだこの聖騎士は。
「それを言うならヴィクトのほうだよ。セレンとすごく仲いいじゃん」
「それはまぁ学院時代ルームメイトだったからな」
「へぇ。一緒に生活してたってこと?」
どうりでと納得するかたわら、一つの疑問が浮かんできた。
「男女なのに同じ部屋になるんだね」
「違う違う。あいつは男だよ」
聖騎士は苦笑いを零して僕の誤解を訂正する。
「よく間違われるみたいだけど、正真正銘の男だ。ちゃんと付いてる。意外とでかいのが」
いや、別に、それは要らない情報だけどさ。
「ガッカリした?」
「え、なんで?」
日陰で身を寄せ合って、僕たちは会話をする。何かを探るような太陽の瞳を、僕はきょとんと見つめ返した。
「セレンが女性だったら、付き合えたかもしれないだろ? 愛してもらえたかもしれない」
「セレンと僕があい……っ、なんでまた」
「なーんてね」
続けて何かを言う前にヴィクトの手のひらがわしゃわしゃと僕の金髪を撫でる。
「さて、休憩ついでに今、魔の巣窟に行こうか。炎天下の中でぶっ倒れられちゃ困るしな」
結論から言おう。西塔でセレンからもらった答えは「構築成功」だった。僕はあまりの嬉しさに部屋の中を飛び回ってしまう。「まだ発動までできたわけじゃないんだから」とセレンには諫められたが、彼も嬉しそうだった。思わず僕がぴょんと彼に飛びついて喜びを露わにすれば、聖騎士が僕と魔導士を引っぺがした。
「さっそく明日、発動させてみよう! ヴィクト、被験体ね!」
「なにそれ決定なの? まぁ、よかったな、ユアン様」
「うん! あぁ、だめだ嬉しすぎる! ふふっ。いつもありがと、ヴィクト」
るんるんとした足取りで西塔を出た。この調子でいけば近い未来に、同じ魔力消費量で何十倍もの強さの癒しの力を発現できるようになる日が来るのだ。僕は気分が急浮上するのを止められない。ヴィクトへの感謝も自然と口から溢れ出ていた。
だがそうやって浮ついていたのがよくなかったのかもしれない。気を引き締めろという天からの制裁が下ったんだ、きっと。
「なぁ、ヴィクト・シュトラーゼは一体いつになったら第一部隊に復帰するんだ? 期間は短縮されたんじゃなかったのか」
「どうもそれがあの役立たず神子が仕事をすればっていう条件付きらしい。まだ復帰してないってことは、そういうことだ」
南端塔までの帰り道の途中で僕は忘れ物に気がついた。大事なはずの魔導書だ。ヴィクトにはその場で待っているよう告げ、そそくさと西塔へ戻った。苦笑いをするセレンから本を受け取り、二度目のさよならをして、別れた。そこまではよかった。
一人になってすぐ、会話が聞こえてきたのだ。西塔と中央塔とを繋ぐ場所だった。曲がり角の向こうから複数の男性の声がする。内容は……ヴィクトと僕のことだった。
「エルドラードの最大火力だぞ? 次大型の魔物との戦いがあった時どうするんだ」
「これで負傷者が出たとしたら話にならないな。癒しの神子のくせに人を傷つける」
「まったくどっちが魔物かわからないね」
……あぁ。
息がつまった。言葉が矢のごとく突き刺さる。声がだんだん近づいてきているから一刻も早くこの場を立ち去るべきなのに、僕の足は地面に縫い付けられたかのようにぴくりとも動けなかった。向こうだってこちらに会いたくはないだろう。わかっていても、体が言うことをきかない。
「聞いた話によると、あの神子のほうが聖騎士を掴んで離さないらしい。あごで扱き使ってるんだとよ」
「なんだと! 許せねぇ。騎士をなんだと思ってやがる!」
「聖騎士は一日でも早く復帰したいって団長に訴えていたみたいだ」
「それは俺も聞いた。まったく迷惑な話だよな……って、うわ!」
「ご本人の登場ってか」
「なんでここに」
「お散歩でございますかぁ、神子様?」
それらを活かすべく毎日南端塔の庭に降りては特訓に明け暮れている。野うさぎや庭師、そしてヴィクトがよく応援しに来てくれた。
「ユアン様、根詰め過ぎ。とりあえず休憩しよう?」
「うぅん……でも今回はいけた気がするんだよなぁ」
「日陰に入って水飲んで。ほら」
「待った、ここの確認だけさせて!」
「こら。だめだって。一旦終わりにして、こっちにおいで」
あああと声を出しながらヴィクトの腕に運ばれる。日陰に入るとすっと暑さが引いた。確かに自分の体は熱を持っていたようだ。まぁそれもそのはずですっかり夏も盛り。日差しがジリジリと地面を照りつけている。
「あーあ。こんなに赤くして」
「あうっ」
「せっかく綺麗なのに。大事にしないともったいない」
ヴィクトの指先が僕の頬に触れた。僕の白い肌は焼けると一気に赤くなってしまうのだ。何日かすると元には戻るけれども。
「あんまり無理をしないで、ユアン様」
「うん……。でも本当にもう少しなんだ。構築さえうまくいけば発動はするする行くってセレンが言ってた。ねぇ、ヴィクト。今日も西塔に行っていいかな? セレン、迷惑じゃないかな?」
「あいつは別に、そういうのあんまり気にしないと思う。ユアン様が来てくれると楽しいって言ってたしな」
「そっか。よかった。へへ」
「……ふぅん。ユアン様ってさ」
うん? と顔を上げる。ヴィクトは暑さなどへっちゃらなのか、あまり汗をかいていない。かたや僕は首を伝う自分のそれをタオルハンカチで拭いとった。
「あいつみたいなタイプが好きなの?」
まじまじと見つめて数秒。何を言い出すんだこの聖騎士は。
「それを言うならヴィクトのほうだよ。セレンとすごく仲いいじゃん」
「それはまぁ学院時代ルームメイトだったからな」
「へぇ。一緒に生活してたってこと?」
どうりでと納得するかたわら、一つの疑問が浮かんできた。
「男女なのに同じ部屋になるんだね」
「違う違う。あいつは男だよ」
聖騎士は苦笑いを零して僕の誤解を訂正する。
「よく間違われるみたいだけど、正真正銘の男だ。ちゃんと付いてる。意外とでかいのが」
いや、別に、それは要らない情報だけどさ。
「ガッカリした?」
「え、なんで?」
日陰で身を寄せ合って、僕たちは会話をする。何かを探るような太陽の瞳を、僕はきょとんと見つめ返した。
「セレンが女性だったら、付き合えたかもしれないだろ? 愛してもらえたかもしれない」
「セレンと僕があい……っ、なんでまた」
「なーんてね」
続けて何かを言う前にヴィクトの手のひらがわしゃわしゃと僕の金髪を撫でる。
「さて、休憩ついでに今、魔の巣窟に行こうか。炎天下の中でぶっ倒れられちゃ困るしな」
結論から言おう。西塔でセレンからもらった答えは「構築成功」だった。僕はあまりの嬉しさに部屋の中を飛び回ってしまう。「まだ発動までできたわけじゃないんだから」とセレンには諫められたが、彼も嬉しそうだった。思わず僕がぴょんと彼に飛びついて喜びを露わにすれば、聖騎士が僕と魔導士を引っぺがした。
「さっそく明日、発動させてみよう! ヴィクト、被験体ね!」
「なにそれ決定なの? まぁ、よかったな、ユアン様」
「うん! あぁ、だめだ嬉しすぎる! ふふっ。いつもありがと、ヴィクト」
るんるんとした足取りで西塔を出た。この調子でいけば近い未来に、同じ魔力消費量で何十倍もの強さの癒しの力を発現できるようになる日が来るのだ。僕は気分が急浮上するのを止められない。ヴィクトへの感謝も自然と口から溢れ出ていた。
だがそうやって浮ついていたのがよくなかったのかもしれない。気を引き締めろという天からの制裁が下ったんだ、きっと。
「なぁ、ヴィクト・シュトラーゼは一体いつになったら第一部隊に復帰するんだ? 期間は短縮されたんじゃなかったのか」
「どうもそれがあの役立たず神子が仕事をすればっていう条件付きらしい。まだ復帰してないってことは、そういうことだ」
南端塔までの帰り道の途中で僕は忘れ物に気がついた。大事なはずの魔導書だ。ヴィクトにはその場で待っているよう告げ、そそくさと西塔へ戻った。苦笑いをするセレンから本を受け取り、二度目のさよならをして、別れた。そこまではよかった。
一人になってすぐ、会話が聞こえてきたのだ。西塔と中央塔とを繋ぐ場所だった。曲がり角の向こうから複数の男性の声がする。内容は……ヴィクトと僕のことだった。
「エルドラードの最大火力だぞ? 次大型の魔物との戦いがあった時どうするんだ」
「これで負傷者が出たとしたら話にならないな。癒しの神子のくせに人を傷つける」
「まったくどっちが魔物かわからないね」
……あぁ。
息がつまった。言葉が矢のごとく突き刺さる。声がだんだん近づいてきているから一刻も早くこの場を立ち去るべきなのに、僕の足は地面に縫い付けられたかのようにぴくりとも動けなかった。向こうだってこちらに会いたくはないだろう。わかっていても、体が言うことをきかない。
「聞いた話によると、あの神子のほうが聖騎士を掴んで離さないらしい。あごで扱き使ってるんだとよ」
「なんだと! 許せねぇ。騎士をなんだと思ってやがる!」
「聖騎士は一日でも早く復帰したいって団長に訴えていたみたいだ」
「それは俺も聞いた。まったく迷惑な話だよな……って、うわ!」
「ご本人の登場ってか」
「なんでここに」
「お散歩でございますかぁ、神子様?」
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