14 / 52
< 4 >
4 - 1
しおりを挟む
季節は初夏。侍女のメアリーをはじめ料理長や料理人の面々との関係は良好だ。南端塔の庭師にも気軽に花の質問ができるくらいになった。春先とは大違いだ。だんだんと人付き合いというものに慣れ始めていた。これで僕の騎士から「警戒心丸出しの子猫ちゃん」とからかわれることもないだろう。
わかってるよ。ヴィクトは僕の努力だと言ってくれたけど、本当はヴィクトのおかげだ。この奇跡をもたらしたのは彼だ。
そして僕は今日、もうひとつの奇跡に気づいてしまった。
「ま、ま、魔力が……溜まってる」
このところずっと体内を巡る熱が消えないものだから、風邪でも引いたのかと思っていた。とんだ勘違いだった。
僕は魔導書を抱えて部屋を飛び出すと、階段を駆け下りて庭に出る。
「ここは円形で内側には六芒星……こんな感じ? ここの紋はこれで合ってる?」
雑草の少ない地肌部分にガリガリと魔法陣を描いていく。慎重な作業だ。この構築過程が正しくいかなければいくら魔力を流したところで意味がない。
「んんんっ、くあー、まただめだ」
通算百回くらいは失敗したのではないだろうか。僕は手にしていた木の枝をぽいっと投げ捨て、地べたに寝そべった。気の抜けた声が出る。休憩しよう。何がいけないんだろう?
そこに小さなお客様がぴょこっとやってきた。
「きゅ?」
「うわぁーんなぁ聞いてくれよぉ。どこが変なんだと思う?」
きゅいきゅいと鳴きながら野うさぎが魔法陣の周りを一周した。丸っこい尻尾が非常に可愛らしい。
「うんうん。お前もそう思う? 僕もそこが怪しいなぁと思ってたところなんだ」
「きゅいっ、きゅいっ」
「確かにさ、線がガタガタなんだよなぁ」
「そうか? 俺には綺麗に描けてるように見えるけど」
「ひぇ、わっ!」
大きなお客様の登場だ。野うさぎがピューンと姿を消した。
「びっくりしただろ! 驚かすなよな」
「ははっ。ごめんごめん。ユアン様、魔法陣の練習?」
「練習っていうか……、そうだヴィクト! 僕ね!」
肺を空気で一杯にする。自然と笑顔になった。
「魔力が溜まり始めたみたいなんだ!」
「なんだって!」
赤橙色が大きく見開かれる。彼は即座にしゃがみこみ、こちらに目線を合わせてきた。
「まだまだちょっとずつだけど、でももし魔法陣が使えたら、きっと僕でも役に立てると思うんだ」
「本当か! それで魔法陣を……なるほど」
ヴィクトは見るからに浮足立っていた。
「あ、でも、一つ困ってて」
「ん? 何? 言ってみて」
「実は」
喜ぶヴィクトに水を差したくはなかったが、おそるおそる事実を打ち明けた。構築、発動の順序において、いまだ構築段階で詰んでいることを。
「んー、だったらあいつのとこ突撃してみるか」
「あいつ?」
「おう。行くぞ、魔の巣窟に」
「え、わ、ちょっ」
ぐっと抱き起こされる。空色の長髪がはらりと僕の頬にかかってくすぐったかった。
ちらと視線をやればヴィクトには全く気落ちした様子がない。力強い二の腕に、ここのところ何度抱いたかわからない感情が押し寄せた。
頼もしいな。
逞しい腕も、ぴんと伸びた背すじも、きりりとした横顔も、全てが頼もしかった。僕はそれをぼうっと見つめながら、後ろをついて目的地を目指す。
「よぉ。邪魔するぜ。誰かいるか?」
「あらまぁ! ヴィクトじゃないの」
「丁度良かった。会いたかったんだ。元気かよ、セレン」
黒のローブに身を包んだ魔導士が、小首を傾げて嬉しそうな声色で「元気よ。あなたは?」と笑った。
わかってるよ。ヴィクトは僕の努力だと言ってくれたけど、本当はヴィクトのおかげだ。この奇跡をもたらしたのは彼だ。
そして僕は今日、もうひとつの奇跡に気づいてしまった。
「ま、ま、魔力が……溜まってる」
このところずっと体内を巡る熱が消えないものだから、風邪でも引いたのかと思っていた。とんだ勘違いだった。
僕は魔導書を抱えて部屋を飛び出すと、階段を駆け下りて庭に出る。
「ここは円形で内側には六芒星……こんな感じ? ここの紋はこれで合ってる?」
雑草の少ない地肌部分にガリガリと魔法陣を描いていく。慎重な作業だ。この構築過程が正しくいかなければいくら魔力を流したところで意味がない。
「んんんっ、くあー、まただめだ」
通算百回くらいは失敗したのではないだろうか。僕は手にしていた木の枝をぽいっと投げ捨て、地べたに寝そべった。気の抜けた声が出る。休憩しよう。何がいけないんだろう?
そこに小さなお客様がぴょこっとやってきた。
「きゅ?」
「うわぁーんなぁ聞いてくれよぉ。どこが変なんだと思う?」
きゅいきゅいと鳴きながら野うさぎが魔法陣の周りを一周した。丸っこい尻尾が非常に可愛らしい。
「うんうん。お前もそう思う? 僕もそこが怪しいなぁと思ってたところなんだ」
「きゅいっ、きゅいっ」
「確かにさ、線がガタガタなんだよなぁ」
「そうか? 俺には綺麗に描けてるように見えるけど」
「ひぇ、わっ!」
大きなお客様の登場だ。野うさぎがピューンと姿を消した。
「びっくりしただろ! 驚かすなよな」
「ははっ。ごめんごめん。ユアン様、魔法陣の練習?」
「練習っていうか……、そうだヴィクト! 僕ね!」
肺を空気で一杯にする。自然と笑顔になった。
「魔力が溜まり始めたみたいなんだ!」
「なんだって!」
赤橙色が大きく見開かれる。彼は即座にしゃがみこみ、こちらに目線を合わせてきた。
「まだまだちょっとずつだけど、でももし魔法陣が使えたら、きっと僕でも役に立てると思うんだ」
「本当か! それで魔法陣を……なるほど」
ヴィクトは見るからに浮足立っていた。
「あ、でも、一つ困ってて」
「ん? 何? 言ってみて」
「実は」
喜ぶヴィクトに水を差したくはなかったが、おそるおそる事実を打ち明けた。構築、発動の順序において、いまだ構築段階で詰んでいることを。
「んー、だったらあいつのとこ突撃してみるか」
「あいつ?」
「おう。行くぞ、魔の巣窟に」
「え、わ、ちょっ」
ぐっと抱き起こされる。空色の長髪がはらりと僕の頬にかかってくすぐったかった。
ちらと視線をやればヴィクトには全く気落ちした様子がない。力強い二の腕に、ここのところ何度抱いたかわからない感情が押し寄せた。
頼もしいな。
逞しい腕も、ぴんと伸びた背すじも、きりりとした横顔も、全てが頼もしかった。僕はそれをぼうっと見つめながら、後ろをついて目的地を目指す。
「よぉ。邪魔するぜ。誰かいるか?」
「あらまぁ! ヴィクトじゃないの」
「丁度良かった。会いたかったんだ。元気かよ、セレン」
黒のローブに身を包んだ魔導士が、小首を傾げて嬉しそうな声色で「元気よ。あなたは?」と笑った。
3
お気に入りに追加
644
あなたにおすすめの小説

逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~
結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】
愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。
──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──
長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。
番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。
どんな美人になっているんだろう。
だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。
──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。
──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!
──ごめんみんな、俺逃げる!
逃げる銀狐の行く末は……。
そして逃げる銀狐に竜は……。
白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる