魔憑きの神子に最強聖騎士の純愛を

瀬々らぎ凛

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 あ、わかった。さてはあれだな?
「しょうがないなぁ。一回だけだぞ?」
「え」
「はい、あーん」
「ユ、ユアン様っ? ちょ」
「ふ、あはっ」
 ははは! どうだ仕返しだ! 決まったぜ! たじたじになっているヴィクトなんて初めて見た。いつも余裕ぶってるからなんだか新鮮だ。
 くつくつと笑う僕に聖騎士は肩をすくめて見せる。それでも瞳は柔らかかった。そのまま彼は、思ってもみないことを僕に言う。
「そうやって笑ってればいいのに」
「え?」
 ドキッとした。
「そしたらユアン様のこといいなーって思ってくれる人、増えると思うよ。好きになってくれる人も、愛してくれる人も、いると思う」
 ヴィクトの優しい眼差しに、僕はこそばゆくなった。
「ほんとに?」
「あぁ。嘘じゃない」
 考えてみればこの男、基本的にいつも明るく笑っている気がする。一緒に過ごす場面が増えてから彼がいかに男女問わず人気があるのか思い知らされたわけだが、周りから愛される雰囲気みたいなものがあるのだ。思わず吸い寄せられてしまう。
「そっかぁ。やってみる」
 僕は素直にそう言った。今日から笑顔の練習だ。
「それとね、思っていることや感じていることをちゃんと伝えるんだ。人間関係は信頼で成り立ってる。誰だって相手がどんなやつかわからなかったら怖くて心を開けないだろう?」
 団長の受け売りだけどさ、とヴィクトは笑った。
「ハードルが高いっていうなら挨拶から始めてみたら? 前から思ってたけどユアン様ってさ、会う人会う人に対して構えてるところがあるんだよね」
「う、そ、そんなはずは」
「警戒心丸出しの子猫ちゃんっぽくて俺は可愛いと思うけど」
「んなっ」
「まずは、人慣れしようか?」
 白い歯を見せる聖騎士を僕はジトッと見つめた。「人を動物扱いするなんて」と膨れる自分と「でも新しい挑戦を頑張ってみたい」と張り切る自分とが内側で戦っている。そんな僕を見てヴィクトがまたもや「可愛いなぁ」なんて呟いた。彼は続けて、遠くに声を飛ばす。
「ね、ちょっと来てくれるー?」
「はい! ヴィクト様! お呼びでしょうかぁっ!」
 侍女の登場だ。速すぎて残像が見えた。
「うん。ユアン様がさ、話をしたいんだって」
「ユ、ユアン様……でしたか。何か御用でしょうか」
 そんなあからさまに肩を落とさなくても、と思う。やる気がぷしゅうとしぼんだ。ダメだダメだ、せっかくのチャンスじゃないか。当たって砕けろ。
「えぇっと。用っていうか、あのですね、メアリー」
「っ……はい、ユアン様」
 彼女はポロリと「名前、ご存じだったのですね」と零した。
「し、知ってたよ、ちゃんと知ってた」
「呼ばれたことがなかったもので」
 つきりと胸が痛む。言われてようやく思い至った。僕は今まで彼女の名前すら呼んだことがなかったのか。
「ごめん、僕……あんまり話すのが得意じゃなくて。失礼なこととかたくさん、してると思うんだけど」
 喉元でぶつかりあいながらも、言葉はぽつぽつと出てきてくれた。一人では絶対うまくいかなかったと思う。少しばかり強引だったけれどヴィクトのおかげだ。
「あの、いつも、感謝、してます……。ありがとう。それから、これからもよろしくお願いします、メアリー」
 直後、ぐっと体を寄せてきたヴィクトに耳打ちをされた。「ユアン様、笑って」と。
「……っ、えぇっと」
 悲しきかな。緊張で硬くなってしまった体はなかなか言うことを聞いてくれないのだ。
「ほら」
「うあひゃ! あひゃひゃ!」
 脇腹に大きな手の温もりを感じた。僕は盛大に変な声を上げてしまう。侍女の前でなんてことを! と、思いきや。
「うふ、ふふふふ」
 メアリーは控えめに口元を手で隠して、ころころと楽しそうに笑っていた。僕はぽかんと間抜け面をさらす。そのうちになんだかこちらまで笑えてきた。
「はは、あはは……」
 挙句にはなぜかヴィクトまで加わって三人揃って腹を抱える始末だ。不思議だった。だけどとっても温かくて楽しくて、いい意味で心臓が高鳴るのがわかった。
「ほらね。言った通りだろう? ユアン様はもっと素直になったほうがいいんだよ」
 僕は小さく頷いて、メアリーに対してもう一度謝罪と感謝を述べる。
「いいえ、ユアン様。私のほうこそ至らぬ限りでございますが、よろしくお願いします」
「う、うん」
 じゅわっと気分が高揚した。純粋に嬉しかった。嬉しさついでにヴィクトにも笑いかける。
「ありがと。ヴィクトのおかげだ」
「ね、ほんと俺のおかげ。だからごほうびってことでこれはもらうね」
 何かを思う暇もなく、力強い手が僕の右手首を取った。スプーンに乗っかったゼリーをヴィクトがぱくりと食べる。
「ぁっ……あぁ……ああああ……っ!」
 にやりと不敵な笑みが咲く。聖騎士はいたずらが成功した子どものように赤い舌をぺろりとのぞかせた。
 触れられた手首は、じんと熱を帯びていた。
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