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聖騎士ヴィクト・シュトラーゼが神子付きになってからひと月、僕たちの間には大きな揉め事もなく、穏やかで凪いだ日々が続いていた。
とはいえ城を抜け出した時に感じる何者かの存在も相変わらずだ。つけられ続けている。少し外出を控えたほうがいいのだろうか? いや、でもなぁ。
そんな調子でぐるぐると考えながらのぞんだ夕刻の祈り自体はつつがなく終わった。石造りの床から立ち上がり、跪いて冷たくなった膝をひと撫でする。
神官たちに小さく頭を下げ、僕を嫌う騎士軍団の冷笑を聞き流し、いつも通りに南端塔へと帰り着けばほっと一息。ゆっくり夕飯を食べよう。今日の献立は何だろうか。
だけどこの日はいつもと違う出来事に見舞われた。
「おー、美味そう! よし、どんどん並べて。早く食べようぜ」
「……えぇっと、ヴィクト……さん?」
夕刻の祈りの儀式が終われば下がっていくはずの聖騎士が、いまだに僕の部屋に居座っているではないか。ましてや侍女に指示を出して夕飯の席の準備をしている。まるでこのまま一緒に食べると言い出しそうな雰囲気だ。
「今日は俺、一緒に食べるから」
本当に言った。
「ははっ。驚いてるねぇ。ユアン様ってけっこう顔に出るタイプだ。よく見ればわかる」
「ちょ、ちょっと待って。いきなりなんなんだ、何が目的だ」
まぁまぁいいじゃないとなだめられ、あれよあれよといううちに支度が整っていく。すっかりハートマーク型の目をした侍女がヴィクトに言われるがまま動いていた。テーブルの上にはたくさんの料理が並んだ。二人で食べるにしても絶対に食べきれない量だ。
「思ったんだよ、俺。ユアン様が痩せすぎなのどうしてかなって。調べてみたけど出されてる食事の量は成人男性一人にとっては十分な量だった」
部屋の入り口で立ち尽くす僕の腕をヴィクトが取る。ぎこちなく歩くこの部屋の主を、聖騎士が力強く椅子まで導いた。食欲をそそるいい香りがぶわっと鼻腔を抜ける。
「ねぇユアン様、隠さないで教えて?」
「……えっ」
ひやりとした。弾かれたように聖騎士を見上げれば赤橙色の瞳とぶつかる。まさか、バレてる……?
「ユアン様はびっくりするくらい規格外の、食いしん坊なんだよな?」
「く……食いしん、坊……」
「ふ、ふははは」
いやなんだよそれ、ふははじゃないよ!
「顔真っ赤なんだけど。かわいー」
「ちょっ、いや、あのさ」
「なんで? 違うの? ほんとはもっと食べたいのに恥ずかしくて言い出せないんだよね? それとも別の理由でもあるのかな」
「うぐっ……いや、その……ハイ。僕はとってもよく食べる人でーす……」
目がバッチリ合った。顔が熱くてしょうがない。恥ずかしい。かといって変に否定して真相を嗅ぎつかれたら困るし……ありがたい誤解か、くそう。
でもさ、不自然なほどに上機嫌なこの聖騎士を恨みがましく見つめるくらいは許されるよな? すっごい楽しそうなんだけど、なんで? 何かいいことでもあったの? 謎だ。
「さて、冷めないうちに食べようぜ。可愛いユアン様」
「かわっ……」
変なふうに呼ぶなよな! ずっと神子様神子様言ってたくせに……。
それになんだよヴィクトのやつ、僕が痩せてるのを見て、食事の量が足りないと思ったから多く作ってくれるよう厨房に頼んだってこと? それってなんていうか、なんていうか……っ、調子狂うな、もう!
「ほら早く。お腹空いてるでしょ?」
「う……」
「あ、わかった。さてはこれされたいんでしょ? はい、あーん」
「じっ」
自分で食べるよ! と声を上げてしまった。勢いよくスプーンを奪い取ってそのまま口へと運び入れれば、すぐさま僕の手はその料理の味に止まらなくなった。
「美味しい?」
「んっ……んぅ」
シャキシャキのレタスの上に乗ったローストビーフが舌の上で蕩けていった。カリカリに揚がったフライドポテトとの相性も抜群。ぷりぷりの白豆のクリームソース煮込みはぴりりと胡椒がきいていて、僕は二皿もおかわりをした。侍女がよそってくれたコーンスープからは湯気が立ち、体を芯からほかほかにしてくれる。
あぁ、本当に、どれも美味しい!
もちろんいつもの食事も美味だった。でも今日の夕食はいつになく豪華だし、何より量が多い。どんなに食べてもいいんだという心の余裕が最高のスパイスになっている。零れ落ちそうなくらいバスケットに積まれたパンの数々が視界に入った時も、危うく頬が緩みそうになった。いやちょっと緩んでいたかも。孤児院の子どもたちにもサプライズができるぞ。
「ははっ。そんなに焦らなくても逃げて行ったりしないよ」
「んんんー、ふぁ、ふぃふふぉは?」
「いや全然わかんないけど。とりあえずゆっくり食べな。好きなだけ、ね?」
夢中で食べる僕のことをヴィクトは隣に座って微笑ましく見ているだけだった。さっき一緒に食べるって言ってなかったっけ? 夕飯、まだなんじゃないの?
「んふぁっ。ヴィクトも食べようよ! お腹空いてないの? とっても美味しいよ?」
「っ……」
気分が高揚するままに笑顔で問いかける。彼は一瞬何かに驚いて動きを止めると、ぽりぽりとあごをかいて視線を逸らした。
とはいえ城を抜け出した時に感じる何者かの存在も相変わらずだ。つけられ続けている。少し外出を控えたほうがいいのだろうか? いや、でもなぁ。
そんな調子でぐるぐると考えながらのぞんだ夕刻の祈り自体はつつがなく終わった。石造りの床から立ち上がり、跪いて冷たくなった膝をひと撫でする。
神官たちに小さく頭を下げ、僕を嫌う騎士軍団の冷笑を聞き流し、いつも通りに南端塔へと帰り着けばほっと一息。ゆっくり夕飯を食べよう。今日の献立は何だろうか。
だけどこの日はいつもと違う出来事に見舞われた。
「おー、美味そう! よし、どんどん並べて。早く食べようぜ」
「……えぇっと、ヴィクト……さん?」
夕刻の祈りの儀式が終われば下がっていくはずの聖騎士が、いまだに僕の部屋に居座っているではないか。ましてや侍女に指示を出して夕飯の席の準備をしている。まるでこのまま一緒に食べると言い出しそうな雰囲気だ。
「今日は俺、一緒に食べるから」
本当に言った。
「ははっ。驚いてるねぇ。ユアン様ってけっこう顔に出るタイプだ。よく見ればわかる」
「ちょ、ちょっと待って。いきなりなんなんだ、何が目的だ」
まぁまぁいいじゃないとなだめられ、あれよあれよといううちに支度が整っていく。すっかりハートマーク型の目をした侍女がヴィクトに言われるがまま動いていた。テーブルの上にはたくさんの料理が並んだ。二人で食べるにしても絶対に食べきれない量だ。
「思ったんだよ、俺。ユアン様が痩せすぎなのどうしてかなって。調べてみたけど出されてる食事の量は成人男性一人にとっては十分な量だった」
部屋の入り口で立ち尽くす僕の腕をヴィクトが取る。ぎこちなく歩くこの部屋の主を、聖騎士が力強く椅子まで導いた。食欲をそそるいい香りがぶわっと鼻腔を抜ける。
「ねぇユアン様、隠さないで教えて?」
「……えっ」
ひやりとした。弾かれたように聖騎士を見上げれば赤橙色の瞳とぶつかる。まさか、バレてる……?
「ユアン様はびっくりするくらい規格外の、食いしん坊なんだよな?」
「く……食いしん、坊……」
「ふ、ふははは」
いやなんだよそれ、ふははじゃないよ!
「顔真っ赤なんだけど。かわいー」
「ちょっ、いや、あのさ」
「なんで? 違うの? ほんとはもっと食べたいのに恥ずかしくて言い出せないんだよね? それとも別の理由でもあるのかな」
「うぐっ……いや、その……ハイ。僕はとってもよく食べる人でーす……」
目がバッチリ合った。顔が熱くてしょうがない。恥ずかしい。かといって変に否定して真相を嗅ぎつかれたら困るし……ありがたい誤解か、くそう。
でもさ、不自然なほどに上機嫌なこの聖騎士を恨みがましく見つめるくらいは許されるよな? すっごい楽しそうなんだけど、なんで? 何かいいことでもあったの? 謎だ。
「さて、冷めないうちに食べようぜ。可愛いユアン様」
「かわっ……」
変なふうに呼ぶなよな! ずっと神子様神子様言ってたくせに……。
それになんだよヴィクトのやつ、僕が痩せてるのを見て、食事の量が足りないと思ったから多く作ってくれるよう厨房に頼んだってこと? それってなんていうか、なんていうか……っ、調子狂うな、もう!
「ほら早く。お腹空いてるでしょ?」
「う……」
「あ、わかった。さてはこれされたいんでしょ? はい、あーん」
「じっ」
自分で食べるよ! と声を上げてしまった。勢いよくスプーンを奪い取ってそのまま口へと運び入れれば、すぐさま僕の手はその料理の味に止まらなくなった。
「美味しい?」
「んっ……んぅ」
シャキシャキのレタスの上に乗ったローストビーフが舌の上で蕩けていった。カリカリに揚がったフライドポテトとの相性も抜群。ぷりぷりの白豆のクリームソース煮込みはぴりりと胡椒がきいていて、僕は二皿もおかわりをした。侍女がよそってくれたコーンスープからは湯気が立ち、体を芯からほかほかにしてくれる。
あぁ、本当に、どれも美味しい!
もちろんいつもの食事も美味だった。でも今日の夕食はいつになく豪華だし、何より量が多い。どんなに食べてもいいんだという心の余裕が最高のスパイスになっている。零れ落ちそうなくらいバスケットに積まれたパンの数々が視界に入った時も、危うく頬が緩みそうになった。いやちょっと緩んでいたかも。孤児院の子どもたちにもサプライズができるぞ。
「ははっ。そんなに焦らなくても逃げて行ったりしないよ」
「んんんー、ふぁ、ふぃふふぉは?」
「いや全然わかんないけど。とりあえずゆっくり食べな。好きなだけ、ね?」
夢中で食べる僕のことをヴィクトは隣に座って微笑ましく見ているだけだった。さっき一緒に食べるって言ってなかったっけ? 夕飯、まだなんじゃないの?
「んふぁっ。ヴィクトも食べようよ! お腹空いてないの? とっても美味しいよ?」
「っ……」
気分が高揚するままに笑顔で問いかける。彼は一瞬何かに驚いて動きを止めると、ぽりぽりとあごをかいて視線を逸らした。
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