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南端塔は中央塔と渡り廊下で繋がってはいるが、名前の通り王城敷地内の端っこにぽつんと位置している。来客なんて滅多にないし、とにかく静かだった。なんでも、いつの代だったかの王妃の気が触れてしまった時、療養させるためにあとから造った塔だと聞く。まるで幽閉じゃないかと思うだろう? 僕もそう思う。
さて、さぞかし不便なところかと思いきや、住めば都だった。むしろこの場所を個人的にはかなり気に入っている。与えられた部屋は塔の三階にあったが、階段を降りれば庭に出ることができる。こぢんまりとした庭は少し歩くと雑木林に繋がっていて、気分転換に歩くのにはもってこいだ。
「しっかし、人を変なやつ認定しちゃってさ。歳もすごく離れてるわけじゃないのに。三つか四つだろ? 失礼だよな。なぁお前もそう思うだろ?」
時刻は夕方。花壇のヘリに座り込んでレンガの塀に体重を預けながら、僕はぴょんぴょんと寄って来た小動物に同意を求めた。野うさぎだ。以前ケガの手当てをしてあげてからは――残念ながら治癒魔法ではなく手ずからなのだが――こうやってたまに顔を出してくれるのだ。僕だって動物にはモテるんだなこれが。えっへん。
「よーしよしよし。可愛いやつめ。このこのぉ」
ふわふわとした毛並みを存分に堪能し、癒される。
一方で、頭の片隅では昨日、新しい近衛騎士と邂逅した時のことを思い出していた。
言い訳じゃないけど、同世代の友人はおろか顔見知りと呼べる相手すら少ない僕だぞ? 壊滅的に他人との意思疎通が苦手なんだ。言いたいことはたくさんあっても、喉元で衝突を起こしてしまい、挙句放たれた言葉の数々は意図しないものだったりする。おかげで僕は第一印象も第二印象も第三印象も悪いし、今回だってあらぬ誤解を生んでしまったわけだ。はぁ。いまだに顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。あれで嫌われなかったなんて奇跡だな。
次いで意識は男の仕草や言葉、瞳や髪の色の記憶を辿っていった。聖騎士ヴィクト・シュトラーゼ。彼のことを考えると不思議な気持ちになる。あの時叩かれた左肩が今でもじんとするのはどうしてなのだろう。
『…………ッ』
刹那、グルグルとした鳥の声がどこかで聞こえたような気がした。どこだ?
……あぁそうだ。僕の中だった。
この声を聞く度に、自分が人間離れしていることを思い知らされる。いつまでとり憑かれたままなのだろう? 死ぬまでこうなのか、それともある日突然終わりが訪れるのか。全く見当がつかない。わかることといえば、力を使うには愛を差し出さなければいけないということ。愛を差し出すには、他人から好意を向けられなくてはならないということ。
少しでも魔力が残っていればまた違ったのかもしれない。だけれども王城に来た時すでに僕は――僕の中の魔物は――魔力を使い果たしていた。瀕死の人間を完全回復させるのには相当な量が必要だったということだ。
「あっ」
珍しく野うさぎが慌ただしく離れていった。手のひらの温もりが消え、急に寂しくなる。やがて視界に入り込んできたのはついさっきまで思い浮かべていた人物だった。
「やっと見つけた。ここにいたのか。随分探したぞ」
「ヴィクト」
僕は条件反射的に釈明しなくてはと思った。
「ち、違う。今から祈りの間に行こうと思ってたんだ。忘れてたわけじゃない」
「え、はぁ、左様で」
ヴィクトはぽかんとしている。やってしまった。これまでの騎士に「またサボっていたのか」と責められた苦い思い出が蘇ってきたためだ。でも、人のせいにするのはやめよう。僕が悪い。素直に謝らなくちゃ。
「ヴィクト、あの、――」
「何をそんなにツンツンしてるんだか。可愛い顔が台無しだ」
「かっ……」
悲しきかな、謝罪の形を作っていた口は何の音も紡がずに閉じた。僕はしばらく固まってから、ドキドキと脈打つ心臓を引き連れて無言で移動を始める。後ろから、「あ、ちょっと」なんて言ってヴィクトがついてくる。
「神子様どこ行くの。さっき言ってた祈りの間?」
そういえばヴィクトは王城の中のことにはそこまで詳しくないと言っていた。当然神子がどんなスケジュールで過ごしているかも知らないはず。
「うん。そうだ」
んっ、んっ、と咳払いをしてから僕は説明を加える。魔力がないとはいえ全く活動していないわけではない。朝、昼、夕には祈りの儀式というものがある。僕はそこで神に祈りを捧げている。形ばかりではあるが。
渡り廊下を通って王城中央塔へ向かいつつ、続けて一日の流れや決まりを話した。朝、昼、夕の祈りが終わると部屋に戻り、儀式の最中に運び込まれている食事をとること。それ以外の時間は自由時間であるが、夜は塔から出てはならないこと。ゆえにヴィクトにしてもらいたいことは移動の警護だけだということ。
「へぇ。自由時間か。何して過ごしてるの? さっきみたいに庭にいたり?」
「庭にいることもあるけど、基本的には部屋にいる」
「部屋、ねぇ。中で何してるの?」
「秘密だ」
「秘密ねぇ。へぇ」
ちらと白い歯をのぞかせておかしそうに肩を揺らす近衛騎士に対し、「こう見えて僕は忙しいんだ!」と求められてもいない反論をした。
さて、さぞかし不便なところかと思いきや、住めば都だった。むしろこの場所を個人的にはかなり気に入っている。与えられた部屋は塔の三階にあったが、階段を降りれば庭に出ることができる。こぢんまりとした庭は少し歩くと雑木林に繋がっていて、気分転換に歩くのにはもってこいだ。
「しっかし、人を変なやつ認定しちゃってさ。歳もすごく離れてるわけじゃないのに。三つか四つだろ? 失礼だよな。なぁお前もそう思うだろ?」
時刻は夕方。花壇のヘリに座り込んでレンガの塀に体重を預けながら、僕はぴょんぴょんと寄って来た小動物に同意を求めた。野うさぎだ。以前ケガの手当てをしてあげてからは――残念ながら治癒魔法ではなく手ずからなのだが――こうやってたまに顔を出してくれるのだ。僕だって動物にはモテるんだなこれが。えっへん。
「よーしよしよし。可愛いやつめ。このこのぉ」
ふわふわとした毛並みを存分に堪能し、癒される。
一方で、頭の片隅では昨日、新しい近衛騎士と邂逅した時のことを思い出していた。
言い訳じゃないけど、同世代の友人はおろか顔見知りと呼べる相手すら少ない僕だぞ? 壊滅的に他人との意思疎通が苦手なんだ。言いたいことはたくさんあっても、喉元で衝突を起こしてしまい、挙句放たれた言葉の数々は意図しないものだったりする。おかげで僕は第一印象も第二印象も第三印象も悪いし、今回だってあらぬ誤解を生んでしまったわけだ。はぁ。いまだに顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。あれで嫌われなかったなんて奇跡だな。
次いで意識は男の仕草や言葉、瞳や髪の色の記憶を辿っていった。聖騎士ヴィクト・シュトラーゼ。彼のことを考えると不思議な気持ちになる。あの時叩かれた左肩が今でもじんとするのはどうしてなのだろう。
『…………ッ』
刹那、グルグルとした鳥の声がどこかで聞こえたような気がした。どこだ?
……あぁそうだ。僕の中だった。
この声を聞く度に、自分が人間離れしていることを思い知らされる。いつまでとり憑かれたままなのだろう? 死ぬまでこうなのか、それともある日突然終わりが訪れるのか。全く見当がつかない。わかることといえば、力を使うには愛を差し出さなければいけないということ。愛を差し出すには、他人から好意を向けられなくてはならないということ。
少しでも魔力が残っていればまた違ったのかもしれない。だけれども王城に来た時すでに僕は――僕の中の魔物は――魔力を使い果たしていた。瀕死の人間を完全回復させるのには相当な量が必要だったということだ。
「あっ」
珍しく野うさぎが慌ただしく離れていった。手のひらの温もりが消え、急に寂しくなる。やがて視界に入り込んできたのはついさっきまで思い浮かべていた人物だった。
「やっと見つけた。ここにいたのか。随分探したぞ」
「ヴィクト」
僕は条件反射的に釈明しなくてはと思った。
「ち、違う。今から祈りの間に行こうと思ってたんだ。忘れてたわけじゃない」
「え、はぁ、左様で」
ヴィクトはぽかんとしている。やってしまった。これまでの騎士に「またサボっていたのか」と責められた苦い思い出が蘇ってきたためだ。でも、人のせいにするのはやめよう。僕が悪い。素直に謝らなくちゃ。
「ヴィクト、あの、――」
「何をそんなにツンツンしてるんだか。可愛い顔が台無しだ」
「かっ……」
悲しきかな、謝罪の形を作っていた口は何の音も紡がずに閉じた。僕はしばらく固まってから、ドキドキと脈打つ心臓を引き連れて無言で移動を始める。後ろから、「あ、ちょっと」なんて言ってヴィクトがついてくる。
「神子様どこ行くの。さっき言ってた祈りの間?」
そういえばヴィクトは王城の中のことにはそこまで詳しくないと言っていた。当然神子がどんなスケジュールで過ごしているかも知らないはず。
「うん。そうだ」
んっ、んっ、と咳払いをしてから僕は説明を加える。魔力がないとはいえ全く活動していないわけではない。朝、昼、夕には祈りの儀式というものがある。僕はそこで神に祈りを捧げている。形ばかりではあるが。
渡り廊下を通って王城中央塔へ向かいつつ、続けて一日の流れや決まりを話した。朝、昼、夕の祈りが終わると部屋に戻り、儀式の最中に運び込まれている食事をとること。それ以外の時間は自由時間であるが、夜は塔から出てはならないこと。ゆえにヴィクトにしてもらいたいことは移動の警護だけだということ。
「へぇ。自由時間か。何して過ごしてるの? さっきみたいに庭にいたり?」
「庭にいることもあるけど、基本的には部屋にいる」
「部屋、ねぇ。中で何してるの?」
「秘密だ」
「秘密ねぇ。へぇ」
ちらと白い歯をのぞかせておかしそうに肩を揺らす近衛騎士に対し、「こう見えて僕は忙しいんだ!」と求められてもいない反論をした。
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