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パチパチと瞬きをしていると、腕組みを解いて肩をすくめたヴィクトが軽やかに近づいてきた。僕の前で立ち止まり、にっと白い歯を見せる。青銅色の髪が揺れる。
「団長と約束したんだ。謹慎期間は一年だけど、ユアン様が仕事をきちんとこなすようになれば俺は第一部隊に復帰してもいいって。団長は言ったことを覆すような人じゃない」
彼は腰に手を当て、続ける。
「ユアン様は神子の仕事を全うできれば何かイイことがあるんだろ? 俺もユアン様が働いてくれれば元いた場所に帰ることができる。利害の一致ってやつかな? とにかく俺は早く魔物を倒したい。一体でも多く。そしてこの世界から奴らをなくす」
「っ……」
「そのためには何だってするさ。どうしたらいい? 協力するよ」
ゆらりと瞳の炎が揺れた気がした。赤橙色の視線が僕を射抜く。ぶるりと全身に鳥肌が立った。だがそれは一瞬で、すぐにヴィクトの雰囲気は元のチャラチャラしたものへと戻る。
僕の頭の中はだいぶ混乱していた。だけれども、「協力する」というまっすぐな申し出に抗いがたい頼もしさを感じていた。だって、そんなことを言ってきた騎士はこれまでにいなかったのだ。
どうしよう、言ってみようかな。
「……ヴィクト」
「うん」
「実は、その」
へその前で両手をぎゅっと握った。緊張を隠すためだ。思い出の中の母さんが僕に言う。どんな時も堂々としていなさいユアン、と。
「魔力が溜まるには条件があるんだ」
「おお。どんな?」
「……愛だ」
「愛?」
目の前の男は意味がわからないといった顔をした。唾を飲み込んだ喉仏が上下している。僕は覚悟を決め、すうっと息を吸った。
「に、二度は言わない。魔力を溜めるには愛されなければいけないんだ。だから、僕を愛してくれ、ヴィクト・シュトラーゼ!」
「……は?」
聖騎士は絶句した。ぴりりとした沈黙が流れる。だんだんと眉間にしわが寄り、次には額に手のひらを当てて彼は低く呻いた。
「あー……なるほど、そういうことか」
はぁ、とため息が足される。
「やっかいだとは聞いていたけど。さすがルシェルツの血筋だな」
ルシェルツの血筋?
「愛されないと癒しの力が使えないだなんてにわかには信じがたい話だ。だが、まぁいいさ。協力するって言ったのはこっちだしな。寝室はどこだ」
「ま、待って」
「こんなボロっちいテーブルの上でやるのが好きなのか? まさかな」
え? え? えぇ? 待ってよ、寝室? テーブル? 一体なんの話をしている? ヴィクトからは少し落胆したような空気を感じるし、僕何かそんなにまずいこと言った?
「ほら、神子様案内してよ。どっち? こっち? ……あぁ、当たり」
ヴィクトは僕の腕をぐいぐい引いて奥の部屋へと進んだ。飾り気のないベッドに僕を座らせると、軽く笑って予想だにしないことを言いのける。
「服、脱いで」
「んなっ」
「遠慮するな。俺は男もいけるし問題ない。それともなに、脱がせてほしいの?」
ここでようやく理解した。大きな誤解が生まれている。僕は慌てふためいて、迫り来る武骨な手をとっさに捕まえた。僕が望んだのは、顔を合わせたら挨拶を交わしたり、談笑したり、一緒に美味しいお茶を楽しんだりする関係だ。それがまさか……ヴィクトは僕を抱こうとしているのだ!
いや、確かに言い方がまずかった。愛して欲しいだなんて勘違いされてもおかしくない。僕は本当に馬鹿だ。どうしていつも上手く思いが伝えられないのだろう。
どうしよう。
「神子様?」
脳裏にはかつての記憶がぐわりと映し出される。自分が十三歳になるまで過ごした場所ではそういうことが日常的に行われていた。何度、目の当たりにしただろう? 妻や恋人に隠れて腰を振る最低な男たちがいた。複数で女を囲む過激な男たちがいた。そんな客からもらった金で高級ドレスや化粧品を買い込む女たちがいた。それが僕にとっての現実だった。恋や愛に今更夢なんて見ていない。
だったら、と思う。
ある意味チャンスなのかもしれない。自分が誰かと行為に及ぶところを想像したこともないし、ましてや男に抱かれるなんて考えてもみないことだった。でも別に、何かを大事に守ってきたわけでもないじゃないか。人を愛する方法も人から愛される方法も知らない僕にとって、これはまたとない機会のように思える。
「……ぬ、脱ぐよ。自分で脱ぐ」
息を深く吸った。白い神子服を止める腰ひもをするりと解く。ボタンを外していくのにひどく時間がかかった。
そうしてやっとの思いで詰襟がゆるんだ時、剣を握る手がその隙間に差し込まれ、すっと鎖骨を撫でた。
「団長と約束したんだ。謹慎期間は一年だけど、ユアン様が仕事をきちんとこなすようになれば俺は第一部隊に復帰してもいいって。団長は言ったことを覆すような人じゃない」
彼は腰に手を当て、続ける。
「ユアン様は神子の仕事を全うできれば何かイイことがあるんだろ? 俺もユアン様が働いてくれれば元いた場所に帰ることができる。利害の一致ってやつかな? とにかく俺は早く魔物を倒したい。一体でも多く。そしてこの世界から奴らをなくす」
「っ……」
「そのためには何だってするさ。どうしたらいい? 協力するよ」
ゆらりと瞳の炎が揺れた気がした。赤橙色の視線が僕を射抜く。ぶるりと全身に鳥肌が立った。だがそれは一瞬で、すぐにヴィクトの雰囲気は元のチャラチャラしたものへと戻る。
僕の頭の中はだいぶ混乱していた。だけれども、「協力する」というまっすぐな申し出に抗いがたい頼もしさを感じていた。だって、そんなことを言ってきた騎士はこれまでにいなかったのだ。
どうしよう、言ってみようかな。
「……ヴィクト」
「うん」
「実は、その」
へその前で両手をぎゅっと握った。緊張を隠すためだ。思い出の中の母さんが僕に言う。どんな時も堂々としていなさいユアン、と。
「魔力が溜まるには条件があるんだ」
「おお。どんな?」
「……愛だ」
「愛?」
目の前の男は意味がわからないといった顔をした。唾を飲み込んだ喉仏が上下している。僕は覚悟を決め、すうっと息を吸った。
「に、二度は言わない。魔力を溜めるには愛されなければいけないんだ。だから、僕を愛してくれ、ヴィクト・シュトラーゼ!」
「……は?」
聖騎士は絶句した。ぴりりとした沈黙が流れる。だんだんと眉間にしわが寄り、次には額に手のひらを当てて彼は低く呻いた。
「あー……なるほど、そういうことか」
はぁ、とため息が足される。
「やっかいだとは聞いていたけど。さすがルシェルツの血筋だな」
ルシェルツの血筋?
「愛されないと癒しの力が使えないだなんてにわかには信じがたい話だ。だが、まぁいいさ。協力するって言ったのはこっちだしな。寝室はどこだ」
「ま、待って」
「こんなボロっちいテーブルの上でやるのが好きなのか? まさかな」
え? え? えぇ? 待ってよ、寝室? テーブル? 一体なんの話をしている? ヴィクトからは少し落胆したような空気を感じるし、僕何かそんなにまずいこと言った?
「ほら、神子様案内してよ。どっち? こっち? ……あぁ、当たり」
ヴィクトは僕の腕をぐいぐい引いて奥の部屋へと進んだ。飾り気のないベッドに僕を座らせると、軽く笑って予想だにしないことを言いのける。
「服、脱いで」
「んなっ」
「遠慮するな。俺は男もいけるし問題ない。それともなに、脱がせてほしいの?」
ここでようやく理解した。大きな誤解が生まれている。僕は慌てふためいて、迫り来る武骨な手をとっさに捕まえた。僕が望んだのは、顔を合わせたら挨拶を交わしたり、談笑したり、一緒に美味しいお茶を楽しんだりする関係だ。それがまさか……ヴィクトは僕を抱こうとしているのだ!
いや、確かに言い方がまずかった。愛して欲しいだなんて勘違いされてもおかしくない。僕は本当に馬鹿だ。どうしていつも上手く思いが伝えられないのだろう。
どうしよう。
「神子様?」
脳裏にはかつての記憶がぐわりと映し出される。自分が十三歳になるまで過ごした場所ではそういうことが日常的に行われていた。何度、目の当たりにしただろう? 妻や恋人に隠れて腰を振る最低な男たちがいた。複数で女を囲む過激な男たちがいた。そんな客からもらった金で高級ドレスや化粧品を買い込む女たちがいた。それが僕にとっての現実だった。恋や愛に今更夢なんて見ていない。
だったら、と思う。
ある意味チャンスなのかもしれない。自分が誰かと行為に及ぶところを想像したこともないし、ましてや男に抱かれるなんて考えてもみないことだった。でも別に、何かを大事に守ってきたわけでもないじゃないか。人を愛する方法も人から愛される方法も知らない僕にとって、これはまたとない機会のように思える。
「……ぬ、脱ぐよ。自分で脱ぐ」
息を深く吸った。白い神子服を止める腰ひもをするりと解く。ボタンを外していくのにひどく時間がかかった。
そうしてやっとの思いで詰襟がゆるんだ時、剣を握る手がその隙間に差し込まれ、すっと鎖骨を撫でた。
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