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「なーんて話、どこをどう取っても作り話にしか聞こえないんだよなぁ」
 エルドラード王国の王都中央、剛健とそびえたつは難攻不落の白亜城。その中央塔から渡り廊下で繋がった南端塔の一室には、白の神子服に身を包んだ若者がいた。名はユアン・ルシェルツ。ひと月前に齢十九を迎えた彼は、古本が積まれているほか物の少ない殺風景な室内を何やらぶつぶつ喋りながら忙しなく歩き回っていた――ってまぁこれ全部、僕のことなんだけど。
「あぁどうしようダメだダメだダメだ、深呼吸ーっ」
 麗らかな春の陽気とは対照的に、この日、僕の心はざわざわと落ち着かなかった。なぜならば新しい近衛騎士がこの南端塔に来る手はずなのだ。誰の護衛につくのかって? もちろん僕だ。ここには他に誰もいないしね。
 木製のイスに腰かけて小さくため息を零した。いつもだったらここまで緊張しないし、嫌だとも思わない。近衛騎士の入れ替わりなんて今まで数えきれないくらい経験してきた。
 だけど今回は話が違う。騎士は騎士でもただの騎士ではない。魔物を倒すことのできる唯一の力、聖属性魔法を扱う聖騎士だ。しかも戦闘狂と名高いあのヴィクト・シュトラーゼときた。平生のままでいろと言うほうが無理だろう。三年前、入隊式に並ぶこの聖騎士を中央塔広間で見かけたけど、その時すでに彼は稀有な存在感を放っていた。確かまだ二十歳だったはずだ。あれから周りの期待に応え、いやそれ以上に成長し、今や魔物撃破数第一位を誇る王国騎士団きっての花形聖騎士となった。
 そこまで考えて、僕は腰をあげて再びそわそわと歩き始める。
 ヴィクト・シュトラーゼといえば騎士団長よりも強いという折り紙付きだ。まさにエルドラード最強。敵と見れば次の瞬間には聖剣が獲物を串刺しているという。出会い頭に刺し殺されやしないかと僕はひやひやしていた。
「――……、えぇっ! 本当ですか?」
「ははっ。本当さ。こんな可愛い子に出会えるなんて俺はやっぱりツイてるよ」
「やだぁもうー」
 部屋の外が騒がしくなった。ご機嫌な男女の会話が聞こえる。女性の声はおそらく僕に食事なんかを運んでくれる侍女のものだろう。でも認識できるまでには時間がかかった。普段はこんなに明るい感じじゃないのに。一体誰と喋っているんだろう? もしかしてこの男のほうがヴィクト・シュトラーゼ?
「あのう、ヴィクト様? せっかくですから今度お食事でもいかがです?」
「いいね。大歓迎さ」
 もしかしなくてもヴィクトだった。僕は一瞬「えっ」と息が詰まる。想像とあまりにかけ離れている。こんな軟派な男だったのか。
「きゃ! 嬉しい。次のお休みはいつです? 約束しておきましょう!」
「そうだねー。まぁ神子様次第かな。聞いてみよっか。この部屋だっけ?」
 コンコンと音がしたと思ったらすいっと部屋の扉が開かれた。今の、ノックの意味あったのか? まったくさぁ――
「初めまして、神子様」
「――っ」
 僕は両手で胸を押さえた。目を見開いて固まってしまう。刺されたわけではなかった。
「あれ、違う?」
 違う、違うんだ。僕は……ただただ圧倒されてしまっていた。
 男は青銅色の長い髪を頭の後ろで一つに結っている。窓から差し込む光の加減で、青は天高い空の色にも見えた。毛先が動作にあわせて自由に揺れる。
 その空に浮かんでいるのは二つの太陽だった。意志の強そうな赤橙色の瞳。間近で見るのは初めてだというのに、すでに僕はその奥に燃える煌めきのようなものを感じていた。
 そして薄銀の騎士服の下には見なくてもわかるほどの屈強な体がある。背が高く、首や手足が長い。筋肉があるのにしなやかだ。腰には聖剣が差さっていて、彼が少し体を揺らせば聖剣がカランと特徴的な音を立てた。その聖なる剣こそエルドラードの聖騎士の証だ。
 息を飲むほどに美しいと思った。だから僕は動けなかった。同時に羨ましくもあった。この男の有する全てが僕には無い。きっと彼は誰に遠慮するでもなく、望んだものは何でも自力で手に入れることができるのだろう。あぁ、いいな。
 
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