95 / 110
8
一話 最後の日
しおりを挟む
空に澄み渡る青が嫌い。
まるで俺を見下したかのように見下げてくるからだ。
夜に浮かぶ月が嫌いだ。
まるでこの世界を支配しているみたいだから。
嫌いだ……大嫌いだ。
*
評議会が開かれる今日、イナミとレオンハルトはまだアルバンの屋敷にいた。
そして、いつものように食堂に集まって三人は会話を交わす。
イナミは、人形である事を様々な事情には裏があったとアルバンに全てを話した。
「そうですか。で、イナミさんはどうしますか」
すんなりと受け入れては、あっさりとした質問が返ってきた。何もないような態度に驚きつつも、アルバンらしいと言えばアルバンらしくもある。
「今日のうちにはその魔術師を見つけ出したいです」
「やっぱり、今日の内か。体を入れ替えられたら、もう俺達すらも手が届かなくなるからな」
事件が明るみに出てしまった以上、魔術師はスーフェンの体が不要だと考えているだろう。
入れ替える時期となると、どう考えても評議会の判決が決断されるまで。もし、体を変える事が成功すれば、また当てのない闇の中を探る事となる。
「イナミさんに提案したい事がある。俺はこのまま評議会に出るが、貴方はガーネット妃が住んでいる城に行ってほしい。そこにスーフェン王子、いや魔術師が来る」
「そうか、今日は……」
なんの運だか、今日は帝都の第一王子であるスーフェンの誕生日である。そこに親兄弟や親戚が来るのは当たり前で、主役のスーフェンが行かないはずがない。
「それにしても今年の誕生日会はガーネット妃の城なのですね」
「おう、自慢じゃないが、ちっと俺とリリィという青年が暴れすぎて、まだ帝都の城の中はまだ修繕中だからな」
「……なるほど」
あの二人が戦った城を隅から隅まで見ずとも、建物の悲惨さが想像できる。
「向かってほしいのは勿論だが。こんな状態で、その魔術師が誕生日会に来る保証はないがな」
「心配しなくとも、あの魔術師は来ます」
何も根拠はないけれど、あの魔術師が必ず来ると知っている。
自分が人形だと自覚してから魔術師との心距離が近くなっていた。一切会話を交わしていないというのに、心の中を掴めているような、そんな気がする。俺を使役している魔術師だからだろうか。
「そうか、では魔術師を確保……とはいかないが評議会が終わるまでの時間稼ぎをしてほしい」
「分かっています」
「なんなら、倒してくれたっていいけど」
「無茶言わないでください」
アルバンはカラカラと笑い。
「大事な誕生日だというのに、こんな話をするべきじゃないな」
「本当にそうですね。アルバンさん、貴方には感謝しています。ここまで面倒に付き合ってくれてありがとう」
「……別に手助けのつもりで付き合っているつもりはなかったよ。だから、こちらも後もう少しわがままに付き合ってもらえるか」
「ええ、もちろんですよ」
イナミとレオンハルトは原点とも言えるガーネット妃の城に行く事になり、アルバンは評議会にて実験の事実を公然とさせるために帝都に戻る事となった。
「そうそう、お前達に紹介したい奴がいる。玄関に来てくれるか。必ず力になってくれるはずだ」
アルバンが歯を見せて笑う。誰だろうか、イナミとレオンハルトは顔を見合わせた。
言われるがまま玄関に向かうと、沢山の人が集まっていた。この屋敷の使用人と、見慣れた騎士団の制服を着た者達。
「レオンハルト隊長、リリィさん! ご無事でよかったです」
その中で元気よく手を振るのは、新人騎士であるフィルだった。
元気そうな新人騎士を見て、イナミは体の奥から感情が込み上がってくるのを感じ、フィルの元に駆け寄る。
そして、両手いっぱいにフィルに抱きついた。フィルは突然の事に目を丸くして置き場のない手をふらふらとさせる。
「あっあの、リリィさん?」
「良かった、本当に無事で良かった」
体温が暖かい、もう体を貫いた跡はない。リリィは完璧に傷を治してくれていた。
「フィル、あの時は助けてくれてありがとう」
「ーーー僕は何も。いえ、リリィさん、助けていただいてありがとうございます。リリィさんがいなかったら僕は死んでいました」
「ああ、良かった」
抱きしめる力を強めると確かにフィルはここにいると実感できる。生きてくれていて良かったと。
すると、割り込むようにゴホッと咳払いが聞こえ、後ろに振り返るとレオンハルトが出会いに喜ぶでもなく、悲しむでもない微妙な顔でこちらを見ていた。
「そろそろいいかな、リリィ。フィルが困っている」
「あっ、すまん」
抱きつかれて気色が悪かっただろうとイナミは手を離し距離を取る。
「僕はいいんですけどね」と困り顔のフィルはレオンハルトの方に目線をやる。
「レオンハルト……さんがどうした」
「いえ、なんでもないです。とにかく、みなさんご無事で良かったです」
「そうか、何かあったら言ってくれ」
フィルが苦笑うのを不思議そうにイナミは頭を傾けた。
話が膠着しそうだったのを見かねて、アルバンが会話に入る。
「いざこざは後にしろーーーとりあえず、お前の隊の合流する事ができたわけだ」
「ありがとうございます、アルバン騎士団長」
「連絡取ったのは、俺じゃないけどな」
レオンハルトがお礼を言うと「そうだぞ! 二番隊の僕らに感謝しろ」と隊員の中から飛び出てきたのはロードリックの部下、ニードである。
「三番隊がわざわざ、ここまで、届けてやったんだ。ロードリック隊長に感謝しろ」
「ニード、ここまで隊を連れてきてくれた事を感謝している。ありがとう」
しっかりとニードと向かい合い、レオンハルトは頭を下げた。
「えっはい、どうもです……」
お礼を言えと息巻いた本人はしどろもどろに返事をしては、恥ずかしそうに後ろ頭を撫でる。
「レオンハルト、ロードリックにもお礼を言っておけよ。お前がいない間は二番隊の面倒を見てくれていたらしいからな」
「ロードリックが……ですか」
「そうだ。事実を知ったフィルをヤイトから匿ってくれたのも、コチラに二番隊を向かわせたのもロードリックのおかげだ。礼一つくらいは言ってやれ」
「……前向きに検討します」
先ほどの誠意はどこにいったのか、一切目線を合わせないレオンハルトにアルバンは「おい、こら」と言うのだった。
「たくっ、コイツお願いしますよ」
アルバンがイナミの方に向いては、礼の一つも言えない騎士を指す。
ちゃんと教育してくださいと言われているようだ。
「俺はもう教育からは外れているんですけどね。レオンハルトさん、さっさと行きましょうか。時間がないです」
レオンハルトの背中をイナミは軽く叩く。
「昨日はありがとう。気を取り戻した」
レオンハルトが返事をする前に再び急かすように背中を叩いた。
まるで俺を見下したかのように見下げてくるからだ。
夜に浮かぶ月が嫌いだ。
まるでこの世界を支配しているみたいだから。
嫌いだ……大嫌いだ。
*
評議会が開かれる今日、イナミとレオンハルトはまだアルバンの屋敷にいた。
そして、いつものように食堂に集まって三人は会話を交わす。
イナミは、人形である事を様々な事情には裏があったとアルバンに全てを話した。
「そうですか。で、イナミさんはどうしますか」
すんなりと受け入れては、あっさりとした質問が返ってきた。何もないような態度に驚きつつも、アルバンらしいと言えばアルバンらしくもある。
「今日のうちにはその魔術師を見つけ出したいです」
「やっぱり、今日の内か。体を入れ替えられたら、もう俺達すらも手が届かなくなるからな」
事件が明るみに出てしまった以上、魔術師はスーフェンの体が不要だと考えているだろう。
入れ替える時期となると、どう考えても評議会の判決が決断されるまで。もし、体を変える事が成功すれば、また当てのない闇の中を探る事となる。
「イナミさんに提案したい事がある。俺はこのまま評議会に出るが、貴方はガーネット妃が住んでいる城に行ってほしい。そこにスーフェン王子、いや魔術師が来る」
「そうか、今日は……」
なんの運だか、今日は帝都の第一王子であるスーフェンの誕生日である。そこに親兄弟や親戚が来るのは当たり前で、主役のスーフェンが行かないはずがない。
「それにしても今年の誕生日会はガーネット妃の城なのですね」
「おう、自慢じゃないが、ちっと俺とリリィという青年が暴れすぎて、まだ帝都の城の中はまだ修繕中だからな」
「……なるほど」
あの二人が戦った城を隅から隅まで見ずとも、建物の悲惨さが想像できる。
「向かってほしいのは勿論だが。こんな状態で、その魔術師が誕生日会に来る保証はないがな」
「心配しなくとも、あの魔術師は来ます」
何も根拠はないけれど、あの魔術師が必ず来ると知っている。
自分が人形だと自覚してから魔術師との心距離が近くなっていた。一切会話を交わしていないというのに、心の中を掴めているような、そんな気がする。俺を使役している魔術師だからだろうか。
「そうか、では魔術師を確保……とはいかないが評議会が終わるまでの時間稼ぎをしてほしい」
「分かっています」
「なんなら、倒してくれたっていいけど」
「無茶言わないでください」
アルバンはカラカラと笑い。
「大事な誕生日だというのに、こんな話をするべきじゃないな」
「本当にそうですね。アルバンさん、貴方には感謝しています。ここまで面倒に付き合ってくれてありがとう」
「……別に手助けのつもりで付き合っているつもりはなかったよ。だから、こちらも後もう少しわがままに付き合ってもらえるか」
「ええ、もちろんですよ」
イナミとレオンハルトは原点とも言えるガーネット妃の城に行く事になり、アルバンは評議会にて実験の事実を公然とさせるために帝都に戻る事となった。
「そうそう、お前達に紹介したい奴がいる。玄関に来てくれるか。必ず力になってくれるはずだ」
アルバンが歯を見せて笑う。誰だろうか、イナミとレオンハルトは顔を見合わせた。
言われるがまま玄関に向かうと、沢山の人が集まっていた。この屋敷の使用人と、見慣れた騎士団の制服を着た者達。
「レオンハルト隊長、リリィさん! ご無事でよかったです」
その中で元気よく手を振るのは、新人騎士であるフィルだった。
元気そうな新人騎士を見て、イナミは体の奥から感情が込み上がってくるのを感じ、フィルの元に駆け寄る。
そして、両手いっぱいにフィルに抱きついた。フィルは突然の事に目を丸くして置き場のない手をふらふらとさせる。
「あっあの、リリィさん?」
「良かった、本当に無事で良かった」
体温が暖かい、もう体を貫いた跡はない。リリィは完璧に傷を治してくれていた。
「フィル、あの時は助けてくれてありがとう」
「ーーー僕は何も。いえ、リリィさん、助けていただいてありがとうございます。リリィさんがいなかったら僕は死んでいました」
「ああ、良かった」
抱きしめる力を強めると確かにフィルはここにいると実感できる。生きてくれていて良かったと。
すると、割り込むようにゴホッと咳払いが聞こえ、後ろに振り返るとレオンハルトが出会いに喜ぶでもなく、悲しむでもない微妙な顔でこちらを見ていた。
「そろそろいいかな、リリィ。フィルが困っている」
「あっ、すまん」
抱きつかれて気色が悪かっただろうとイナミは手を離し距離を取る。
「僕はいいんですけどね」と困り顔のフィルはレオンハルトの方に目線をやる。
「レオンハルト……さんがどうした」
「いえ、なんでもないです。とにかく、みなさんご無事で良かったです」
「そうか、何かあったら言ってくれ」
フィルが苦笑うのを不思議そうにイナミは頭を傾けた。
話が膠着しそうだったのを見かねて、アルバンが会話に入る。
「いざこざは後にしろーーーとりあえず、お前の隊の合流する事ができたわけだ」
「ありがとうございます、アルバン騎士団長」
「連絡取ったのは、俺じゃないけどな」
レオンハルトがお礼を言うと「そうだぞ! 二番隊の僕らに感謝しろ」と隊員の中から飛び出てきたのはロードリックの部下、ニードである。
「三番隊がわざわざ、ここまで、届けてやったんだ。ロードリック隊長に感謝しろ」
「ニード、ここまで隊を連れてきてくれた事を感謝している。ありがとう」
しっかりとニードと向かい合い、レオンハルトは頭を下げた。
「えっはい、どうもです……」
お礼を言えと息巻いた本人はしどろもどろに返事をしては、恥ずかしそうに後ろ頭を撫でる。
「レオンハルト、ロードリックにもお礼を言っておけよ。お前がいない間は二番隊の面倒を見てくれていたらしいからな」
「ロードリックが……ですか」
「そうだ。事実を知ったフィルをヤイトから匿ってくれたのも、コチラに二番隊を向かわせたのもロードリックのおかげだ。礼一つくらいは言ってやれ」
「……前向きに検討します」
先ほどの誠意はどこにいったのか、一切目線を合わせないレオンハルトにアルバンは「おい、こら」と言うのだった。
「たくっ、コイツお願いしますよ」
アルバンがイナミの方に向いては、礼の一つも言えない騎士を指す。
ちゃんと教育してくださいと言われているようだ。
「俺はもう教育からは外れているんですけどね。レオンハルトさん、さっさと行きましょうか。時間がないです」
レオンハルトの背中をイナミは軽く叩く。
「昨日はありがとう。気を取り戻した」
レオンハルトが返事をする前に再び急かすように背中を叩いた。
32
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩
ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。
※現在、加筆修正中です。投稿当日と比較して内容に改変がありますが、ご了承ください。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。


公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。
なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。
二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。
失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。
――そう、引き篭もるようにして……。
表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。
じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。
ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。
ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる