その名前はリリィ

イケのタコ

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一話 最後の日

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空に澄み渡る青が嫌い。
まるで俺を見下したかのように見下げてくるからだ。
夜に浮かぶ月が嫌いだ。
まるでこの世界を支配しているみたいだから。
嫌いだ……大嫌いだ。





評議会が開かれる今日、イナミとレオンハルトはまだアルバンの屋敷にいた。
そして、いつものように食堂に集まって三人は会話を交わす。
イナミは、人形である事を様々な事情には裏があったとアルバンに全てを話した。

「そうですか。で、イナミさんはどうしますか」

すんなりと受け入れては、あっさりとした質問が返ってきた。何もないような態度に驚きつつも、アルバンらしいと言えばアルバンらしくもある。

「今日のうちにはその魔術師を見つけ出したいです」
「やっぱり、今日の内か。体を入れ替えられたら、もう俺達すらも手が届かなくなるからな」

事件が明るみに出てしまった以上、魔術師はスーフェンの体が不要だと考えているだろう。
入れ替える時期となると、どう考えても評議会の判決が決断されるまで。もし、体を変える事が成功すれば、また当てのない闇の中を探る事となる。

「イナミさんに提案したい事がある。俺はこのまま評議会に出るが、貴方はガーネット妃が住んでいる城に行ってほしい。そこにスーフェン王子、いや魔術師が来る」
「そうか、今日は……」

なんの運だか、今日は帝都の第一王子であるスーフェンの誕生日である。そこに親兄弟や親戚が来るのは当たり前で、主役のスーフェンが行かないはずがない。

「それにしても今年の誕生日会はガーネット妃の城なのですね」
「おう、自慢じゃないが、ちっと俺とリリィという青年が暴れすぎて、まだ帝都の城の中はまだ修繕中だからな」
「……なるほど」

あの二人が戦った城を隅から隅まで見ずとも、建物の悲惨さが想像できる。

「向かってほしいのは勿論だが。こんな状態で、その魔術師が誕生日会に来る保証はないがな」
「心配しなくとも、あの魔術師は来ます」

何も根拠はないけれど、あの魔術師が必ず来ると知っている。
自分が人形だと自覚してから魔術師との心距離が近くなっていた。一切会話を交わしていないというのに、心の中を掴めているような、そんな気がする。俺を使役している魔術師だからだろうか。

「そうか、では魔術師を確保……とはいかないが評議会が終わるまでの時間稼ぎをしてほしい」
「分かっています」
「なんなら、倒してくれたっていいけど」
「無茶言わないでください」

アルバンはカラカラと笑い。

「大事な誕生日だというのに、こんな話をするべきじゃないな」
「本当にそうですね。アルバンさん、貴方には感謝しています。ここまで面倒に付き合ってくれてありがとう」
「……別に手助けのつもりで付き合っているつもりはなかったよ。だから、こちらも後もう少しわがままに付き合ってもらえるか」
「ええ、もちろんですよ」

イナミとレオンハルトは原点とも言えるガーネット妃の城に行く事になり、アルバンは評議会にて実験の事実を公然とさせるために帝都に戻る事となった。

「そうそう、お前達に紹介したい奴がいる。玄関に来てくれるか。必ず力になってくれるはずだ」

アルバンが歯を見せて笑う。誰だろうか、イナミとレオンハルトは顔を見合わせた。
言われるがまま玄関に向かうと、沢山の人が集まっていた。この屋敷の使用人と、見慣れた騎士団の制服を着た者達。

「レオンハルト隊長、リリィさん! ご無事でよかったです」

その中で元気よく手を振るのは、新人騎士であるフィルだった。
元気そうな新人騎士を見て、イナミは体の奥から感情が込み上がってくるのを感じ、フィルの元に駆け寄る。
そして、両手いっぱいにフィルに抱きついた。フィルは突然の事に目を丸くして置き場のない手をふらふらとさせる。

「あっあの、リリィさん?」
「良かった、本当に無事で良かった」

体温が暖かい、もう体を貫いた跡はない。リリィは完璧に傷を治してくれていた。

「フィル、あの時は助けてくれてありがとう」
「ーーー僕は何も。いえ、リリィさん、助けていただいてありがとうございます。リリィさんがいなかったら僕は死んでいました」
「ああ、良かった」

抱きしめる力を強めると確かにフィルはここにいると実感できる。生きてくれていて良かったと。
すると、割り込むようにゴホッと咳払いが聞こえ、後ろに振り返るとレオンハルトが出会いに喜ぶでもなく、悲しむでもない微妙な顔でこちらを見ていた。

「そろそろいいかな、リリィ。フィルが困っている」
「あっ、すまん」

抱きつかれて気色が悪かっただろうとイナミは手を離し距離を取る。
「僕はいいんですけどね」と困り顔のフィルはレオンハルトの方に目線をやる。

「レオンハルト……さんがどうした」
「いえ、なんでもないです。とにかく、みなさんご無事で良かったです」
「そうか、何かあったら言ってくれ」
 
フィルが苦笑うのを不思議そうにイナミは頭を傾けた。
話が膠着しそうだったのを見かねて、アルバンが会話に入る。

「いざこざは後にしろーーーとりあえず、お前の隊の合流する事ができたわけだ」
「ありがとうございます、アルバン騎士団長」
「連絡取ったのは、俺じゃないけどな」

レオンハルトがお礼を言うと「そうだぞ! 二番隊の僕らに感謝しろ」と隊員の中から飛び出てきたのはロードリックの部下、ニードである。

「三番隊がわざわざ、ここまで、届けてやったんだ。ロードリック隊長に感謝しろ」
「ニード、ここまで隊を連れてきてくれた事を感謝している。ありがとう」

しっかりとニードと向かい合い、レオンハルトは頭を下げた。

「えっはい、どうもです……」
お礼を言えと息巻いた本人はしどろもどろに返事をしては、恥ずかしそうに後ろ頭を撫でる。

「レオンハルト、ロードリックにもお礼を言っておけよ。お前がいない間は二番隊の面倒を見てくれていたらしいからな」
「ロードリックが……ですか」
「そうだ。事実を知ったフィルをヤイトから匿ってくれたのも、コチラに二番隊を向かわせたのもロードリックのおかげだ。礼一つくらいは言ってやれ」
「……前向きに検討します」

先ほどの誠意はどこにいったのか、一切目線を合わせないレオンハルトにアルバンは「おい、こら」と言うのだった。
 
「たくっ、コイツお願いしますよ」

アルバンがイナミの方に向いては、礼の一つも言えない騎士を指す。
ちゃんと教育してくださいと言われているようだ。
 
「俺はもう教育からは外れているんですけどね。レオンハルトさん、さっさと行きましょうか。時間がないです」

レオンハルトの背中をイナミは軽く叩く。

「昨日はありがとう。気を取り戻した」

レオンハルトが返事をする前に再び急かすように背中を叩いた。 
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