その名前はリリィ

イケのタコ

文字の大きさ
上 下
89 / 110
6

十三話 理解出来ない

しおりを挟む

「さて、俺は今日のところは休むが、イナミさんはこの人に話があるんだろ」

そう言って、アルバンが机に手をついては席を立つ。

「別に居てもいいですけど」
「いや、いいや。その時はイナミさんの口から聞く、今日は休むは」

呑気に「また明日」と背筋を伸ばしながらアルバンは食堂を出て行く。

「俺はいますから」
そして、イナミの隣で宣言するレオンハルトがいた。出て行けと言っても出て行かないだろ、とイナミは口に出すのはやめておいた。
改めて、イナミは魔術研修者と向き合う。

「単刀直入聞きますが、10年前に死んだミオンという帝都の治癒師はご存知ですか」
「もちろん、知っているよ。彼女はとてもいい同僚だった」
「貴方がミオンを事故と見せかけて殺したのですか」
「……」

長い沈黙を得て、ベアリンは下向き口を出来るだけ小さく紡いだ。

「……そう……だと言った方がいいね。私は彼女を見捨てたのだから」
「10年前、ミオンは貴方の研究の全てを暴いてしまったのですね」
「ああ……彼女は優秀だ。たった一つの術式だけで、繋げて見つけて、私のやっている全てを導き出したのだから」

そのたった一つの術式とは、10年以上前にあった術師が死体を操ったとされる事件。終ったと思われた事件をミオンはずっと一人で調べていたのだろう。

「全て暴かれ彼女に証拠を突きつけられた。そして彼女のなりの温情だったんだろうね。研究をしている理由は理解できるが、貴方のやっている事は非人道的だ。帝都に自身で告白するべきだと諭された」
「貴方はなんと」
「お前に何が分かる、だったかな……数十年積み上げてきたものが、たった一人の小娘によって壊されると思ったら、怒りしか湧いてこなかったよ。それでも彼女は引かなかった。ちゃんと向き合うべきだと。
その時に私は全てを帝都に明かすべきだった、けれど……私は彼女の事をあの人に報告した」
「それで事件は起きた。事故と見立ててミオンを消した」
「まさか、殺すなんてと……いや、違う、あの人なら殺すと分かっていたのに、私は報告した。本当に身勝手な事をしたと……思っている」

目の前で懺悔する罪人に、イナミは何も感情が湧いてこなかった。自身と関わったが為に起きた事実を淡々と飲み込んでいく。
そもそもミオンは何故、帝都や、騎士団に報告せずに、ベアリンから罪を告白する事に固執したのかはーーー、イナミはもう分かっている。

「……貴方から告白する事をミオンが固執したのは、俺がその人形だったから。俺が関わっていたから、ミオンは貴方に向き合って欲しかったんだと思います」
「……そうか……いつから、分かっていた。自身が人間では無いと」
「確信したのは、サラさんに会ってからです」

人の形をした、サラという人形。
そして、眠っている間に沢山の過去を見た。リリィの過去の中では、シロは決して歳をとる事はなく。そして、過去の復讐のために調べていたモノを見てしまった、知ってしまった。俺が人間では無いと辿り着いた事を。
生まれた時から命なんてなかった。全てが偽物な体に、埋め込まれた人格。

「ずっと、人形達……彼らに会ってからずっと違和感があったのもありますけど。心が引き摺れていく感覚があった」
「いわゆる同調……かな。人形達は不思議と会話せずとも、コンタクトが取れるらしいんだ。もしかしたら、彼らだけの空間があったのかもしれないね」

疲れたようなベアリンは笑う。

「あの子……サラは君が生まれてからずっと慕っててね。本来は君のような人形は、生まれてから数ヶ月もしないうちに大人になるんだけど。何故か、君だけは人と同じスピードで育った。だから、最初は不良品だと思って処分が決まっていたんだけど……サラが初めて私に意見してね」

『この個体は成長していますし、このまま経過観察しても良いのではないですか。もし、おかしいところが出れば、すぐ処分出来ますから』
とサラは何かと理由をつけて赤子をベアリンから取り上げた。

「今思えばサラの記憶に感化されて母親になりたかったのかもしれないね。孤児院に預ける数ヶ月は君を本物の赤子のように可愛がっていたよ」
「じゃあ、ずっと、サラさんは」
「ああ、君が死ぬまでずっと気にかけて、見守っていた。よく、友人が出来たとか意味のない報告を沢山聞かされたよ」
「……そうですか」
「君達は分からない。普段は命令に従う機械なのに、たまに人間のような振る舞いもするし間違いもする。人間らしくある為の保護機能なのか、単純な不具合なのか……直そうとしてけど、私は最後まで分からなかったよ」

作り出した研究者ですら、人形達を理解できなかったとこの会話は締めくくられた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩

ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。 ※現在、加筆修正中です。投稿当日と比較して内容に改変がありますが、ご了承ください。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。

なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。 二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。 失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。 ――そう、引き篭もるようにして……。 表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。 じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。 ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。 ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

処理中です...