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十話
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待ち合わせは煉瓦作られた時計台の近く。レオンハルトが先に待っていて、こちらに手を振っていた。槍を塞いだ証として頬に掠れた傷をつけて。
「よかった、ご無事なようで……サラさんはどうされたのですか」
「俺たちを逃すためにサエグサと交戦中だ。だから、今すぐにでも手助けに行かないと」
「……困りましたね。実は先程、大きな音で騎士団が駆けつけまして」
話している内に、時計台の丁度後ろ側は剣を鳴らしながら騎士団が通り過ぎて行くのが見え、慌てて三人は建物の影に身を寄せた。
「確かにまずい状況だ」
「どう、どうするんですか。サラがこのまま騎士団に捕まれば、あの人の思う通りですよ。サラがどんな事をされるか」
サラがいない事で不安が一気に押し寄せたのか、ベアリンの顔は真っ青になり、今にも倒れそうである。
慌てても、こちらとしては一つずつ潰して行くしか手段がない。
「分かっています。ベアリンさん、まずは落ち着いてください、騎士団をかわしながらサラさんの元に戻りましょう」
「くそっ、なんでこんな時に騎士団が。来るのが早すぎる」
「想定内なんだと思います。サエグサと騎士団は繋がっていますから」
あちらにとっては騎士団が来る事も想定内。元から作戦に組み込まれていたのだろう。はなから、サエグサだけでベアリンとサラを追い詰める気は無かったという事だ。
「そういう事です。元からこういうお話だった、ということです」
殺伐とした緊張感がある中で、誰かが楽しそうに拍手する。
「副団長……」
レオンハルトが静かに呟く。拍手をしながら光の元に姿を現したのは、騎士団ヤイト副団長であった。もちろん、周りには部下をつけて。
「お久しぶりです、皆さん。いつぶりでしょうか。まぁ、日にちなんてどうでも良いですね。あー動かないでください、殺しますよ」
煽るように三人に向けて手を振るヤイト。忠告通り、後方の建物から術を構えている者が見えた。
「何故、ここがすぐにわかった」
「なぜって、だって間抜けがいるもんだからさ」
ベアリンがそう言うと、ヤイトはベアリンを指しては自身の背中をくるくると指を回して指した。
ハッと、何かに気がついたベアリンが、首の裏、襟を探りある物を見つけては、地面に投げつけた。
電気が走り、壊れる音。数センチも満たない小さく丸い機械、現在地を教える魔術道具だった。
「ほら、間抜けがいた。つけられている事すら気が付けないなんて、可哀想に、慰めてあげましょうか」
「っ……! なんて事をっ、サラがどうなるか、わかっているのか」
ベアリンは怒りのあまり動き出して、ヤイトの首元を掴み掛かろうとした。
その場から動いた為に問答無用で術を撃たれ、ベアリンの太ももに細く尖った物が突き刺さる。
「ぐっ……」足元を崩したベアリンは地面に転げ、血が出る太ももを手で押さえた。
「動くなって、言っただろ。耳まで遠くなったか、お父様」
「812、私をっ、親だと言うならっ少しの情くらいはあってもいいだろ」
「あのー、番号で呼ばないでもらえませんか。今の私はヤイトですから」
ヤイトはこちらに歩いてきてはうずくまるものを心底貶すような目つきで見下ろした。
「いまさら、逃げるなんて言わないくださいよ。こんな物を作っておいて、ぜーんぶ投げ出して逃げ出すとかやめてくださいよ」
「あのままではっ、サラを処分していただろ。逃げるのは当たり前だっ」
「えー、そうですよ。必要無くなった物は処分する。今まで、私たちに対して、貴方が散々やってきた事じゃないですか。解体して、次に繋げるだけですよ。簡単でしょ」
油染みた汗がベアリンの額から流れ、ポタポタと地面を濡らす。
「ヤイト、いいか」
「なんですか、貴方もさっさと死にたいんですか」
すると、イナミは持っていた短剣を捨て、手を上げてはヤイトに話しかけた。もうヤイトに冷静さはなく、怒りを露にした鋭い目つきがこちらを睨む。
「まだ死にたくない。俺はベアリンの治療がしたい、このままでは彼は失血死する」
「……呆れますね。散々、非道な実験を行っておいて、逃げ出した。こんな男なんか、放っておけばいいでしょ」
「ヤイト、お願いだ。俺は人を助けたいんだ」
真剣眼差し。目線が重なり、ヤイトは先に目を閉じた。
「ッ……くそ、いいですよ。ご勝手に。その代わり、変な動きを少しでも見せれば殺しますから」
「ありがとう」
副団長から許可を貰ったことなので、隣にいたレオンハルトに止血するような物がないか尋ねた。
ズボンのポケットにあると答えたので、レオンハルトにも同じように手を上げさせてからイナミはポケットを探る。
包帯を見つけたイナミは、ベアリンの元に行き止血を始めた。包帯が巻かれていく圧迫にベアリンは顔を歪ませる。
「イナミ……何故、その者を助けるのか。私には理解不能です」
迷子の子供ようだった。
ベアリンと俺しか聞こえない落ち着いたヤイトの囁き声だった。誰かに聞かせるまでもなく、心の声をポツリと吐き出したようなもの。
「いつか、お前も理解できる。騎士団は誰かを殺す事じゃなくて、誰かを守る為にある。そうだろ」
「……」
沈黙が続く中、突然だった。空から、一本の黒い槍がヤイトの二人の間を隔てるように地面に突き刺さる。
目を細めヤイトがその槍のようなものを手に取った途端に砂のように崩れていく。
「……殺し損ねたか」
槍の後を追うよう空から降ってきては着地する。流れるように着地した者は長く白い髪を靡かせては、手についた汚れを払う。
「ヤイト、やはりアナタか」
「えぇ、お変わりないようで安心しました」
そこにはサラがいた。
「よかった、ご無事なようで……サラさんはどうされたのですか」
「俺たちを逃すためにサエグサと交戦中だ。だから、今すぐにでも手助けに行かないと」
「……困りましたね。実は先程、大きな音で騎士団が駆けつけまして」
話している内に、時計台の丁度後ろ側は剣を鳴らしながら騎士団が通り過ぎて行くのが見え、慌てて三人は建物の影に身を寄せた。
「確かにまずい状況だ」
「どう、どうするんですか。サラがこのまま騎士団に捕まれば、あの人の思う通りですよ。サラがどんな事をされるか」
サラがいない事で不安が一気に押し寄せたのか、ベアリンの顔は真っ青になり、今にも倒れそうである。
慌てても、こちらとしては一つずつ潰して行くしか手段がない。
「分かっています。ベアリンさん、まずは落ち着いてください、騎士団をかわしながらサラさんの元に戻りましょう」
「くそっ、なんでこんな時に騎士団が。来るのが早すぎる」
「想定内なんだと思います。サエグサと騎士団は繋がっていますから」
あちらにとっては騎士団が来る事も想定内。元から作戦に組み込まれていたのだろう。はなから、サエグサだけでベアリンとサラを追い詰める気は無かったという事だ。
「そういう事です。元からこういうお話だった、ということです」
殺伐とした緊張感がある中で、誰かが楽しそうに拍手する。
「副団長……」
レオンハルトが静かに呟く。拍手をしながら光の元に姿を現したのは、騎士団ヤイト副団長であった。もちろん、周りには部下をつけて。
「お久しぶりです、皆さん。いつぶりでしょうか。まぁ、日にちなんてどうでも良いですね。あー動かないでください、殺しますよ」
煽るように三人に向けて手を振るヤイト。忠告通り、後方の建物から術を構えている者が見えた。
「何故、ここがすぐにわかった」
「なぜって、だって間抜けがいるもんだからさ」
ベアリンがそう言うと、ヤイトはベアリンを指しては自身の背中をくるくると指を回して指した。
ハッと、何かに気がついたベアリンが、首の裏、襟を探りある物を見つけては、地面に投げつけた。
電気が走り、壊れる音。数センチも満たない小さく丸い機械、現在地を教える魔術道具だった。
「ほら、間抜けがいた。つけられている事すら気が付けないなんて、可哀想に、慰めてあげましょうか」
「っ……! なんて事をっ、サラがどうなるか、わかっているのか」
ベアリンは怒りのあまり動き出して、ヤイトの首元を掴み掛かろうとした。
その場から動いた為に問答無用で術を撃たれ、ベアリンの太ももに細く尖った物が突き刺さる。
「ぐっ……」足元を崩したベアリンは地面に転げ、血が出る太ももを手で押さえた。
「動くなって、言っただろ。耳まで遠くなったか、お父様」
「812、私をっ、親だと言うならっ少しの情くらいはあってもいいだろ」
「あのー、番号で呼ばないでもらえませんか。今の私はヤイトですから」
ヤイトはこちらに歩いてきてはうずくまるものを心底貶すような目つきで見下ろした。
「いまさら、逃げるなんて言わないくださいよ。こんな物を作っておいて、ぜーんぶ投げ出して逃げ出すとかやめてくださいよ」
「あのままではっ、サラを処分していただろ。逃げるのは当たり前だっ」
「えー、そうですよ。必要無くなった物は処分する。今まで、私たちに対して、貴方が散々やってきた事じゃないですか。解体して、次に繋げるだけですよ。簡単でしょ」
油染みた汗がベアリンの額から流れ、ポタポタと地面を濡らす。
「ヤイト、いいか」
「なんですか、貴方もさっさと死にたいんですか」
すると、イナミは持っていた短剣を捨て、手を上げてはヤイトに話しかけた。もうヤイトに冷静さはなく、怒りを露にした鋭い目つきがこちらを睨む。
「まだ死にたくない。俺はベアリンの治療がしたい、このままでは彼は失血死する」
「……呆れますね。散々、非道な実験を行っておいて、逃げ出した。こんな男なんか、放っておけばいいでしょ」
「ヤイト、お願いだ。俺は人を助けたいんだ」
真剣眼差し。目線が重なり、ヤイトは先に目を閉じた。
「ッ……くそ、いいですよ。ご勝手に。その代わり、変な動きを少しでも見せれば殺しますから」
「ありがとう」
副団長から許可を貰ったことなので、隣にいたレオンハルトに止血するような物がないか尋ねた。
ズボンのポケットにあると答えたので、レオンハルトにも同じように手を上げさせてからイナミはポケットを探る。
包帯を見つけたイナミは、ベアリンの元に行き止血を始めた。包帯が巻かれていく圧迫にベアリンは顔を歪ませる。
「イナミ……何故、その者を助けるのか。私には理解不能です」
迷子の子供ようだった。
ベアリンと俺しか聞こえない落ち着いたヤイトの囁き声だった。誰かに聞かせるまでもなく、心の声をポツリと吐き出したようなもの。
「いつか、お前も理解できる。騎士団は誰かを殺す事じゃなくて、誰かを守る為にある。そうだろ」
「……」
沈黙が続く中、突然だった。空から、一本の黒い槍がヤイトの二人の間を隔てるように地面に突き刺さる。
目を細めヤイトがその槍のようなものを手に取った途端に砂のように崩れていく。
「……殺し損ねたか」
槍の後を追うよう空から降ってきては着地する。流れるように着地した者は長く白い髪を靡かせては、手についた汚れを払う。
「ヤイト、やはりアナタか」
「えぇ、お変わりないようで安心しました」
そこにはサラがいた。
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ここまでの長編を最後までお読みいただきありがとうございます100お気に入りありがとうございます
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