リリィ

イケのタコ

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九話

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大方の敵の処理が終わり、空から降っていた大量の槍が止まる。
幻影術がそろそろ消える頃合い、三人と合流しようとイナミは歩いているところだった。
すると、建物の間から人が出てきた。夜もあって視界が悪いが、長い白い髪を持ち、白い肌の見知った女性。手には身の丈にあっていない大きな斧を持っていた。

「サラさん……?」

重厚で視界が歪むような異様な空気、相手からはそれほど殺気を感じる。イナミは恐る恐る尋ねみたが、返事はなく異様である。
さらにそう思わせたのは、先程着ていたローブもなく緑のコートでもない、全身黒で身を包んだ動きやすい服に変わっている。明らかに格好が違う。
イナミは一歩後ろに下がろうと足を動かした途端に、女性は腰を低くしてイナミ目掛けて飛び上がる。

分厚い斧は振り下ろされた。地面を揺らし、辺りの煉瓦の道を砕く。伝わる振動はまるで地震のようだった。

「あぶっね」

寸前のところで、躱す事が出来たイナミ。まともに当たれば、精霊で治すことは不可能な威力である。

あの威力、一回だけでも体力と共に魔力の消費が激しい筈なのに女性は再び重い斧を持ち上げ始めて、向かい合う。
奇襲であったからまともに戦えていただけで、真正面から戦うのは不利。
逃げる、一択なのだが、向かい合っている状況で背中を見せる訳にはいかない。にじり寄ってくる斧に対処する方法もない。

「伏せてっ!」

そんな声が聞こえてイナミは身を縮めると、もう一人のサラが走ってきては腕を横に振り上げて、斧を持った者を弾き飛ばす。
ボールのように吹き飛んでいった女性は奥の建物にぶつかり、壁の中に吸い込まれた。壁に大きな穴を開け、パラパラと落ちる瓦礫。
イナミは戦いに慣れているとはいえ、怒涛の展開には血の気が引いていく。

「大丈夫ですか、イナミ」
「えーと、大丈夫です。サラさんは、お怪我は」
「ありません。貴方はその体で正面に突っ込むのは、やめた方がいいと思います。あれと戦うと体がへし折れます」
「……はい、ありがとうございます」

こちらは先程、別れたサラと変わらず緑色のコートを着ていた。

「先程の人、サラさんに見えたのですが」
「ある意味、私ですので間違いないです。そうですね、コピー品といったところですね。まっさらな肉体に同じ術式を埋め込む事で出来るもの。限りなく私に近い人形です。詳しくは……」
「大丈夫です、また今度聞きます」
「あっ、すいません。話に夢中になってしまって。とにかく同じ型の人形という認識で大丈夫です」
「なるほど、わかりました」

「サラ!」と体を揺らしサラを後から追いかけてきたのは、ベアリンだった。
息を切らしたベアリンが腰を曲げ膝に手をついては、顔を上げた。

「走るなら言ってくれ、追いつけなくなる」
「すいません、ベアリン。状況が急を急ぐと判断しました」
「にしてもだ。君と私の体力を考えてくれ。人間はそんなに早く走れないし、この状況で逸れる事が一番の危険だ」
「はい、今後改善します」

どこまでも無表情なサラに、ベアリンは大きく息を吐くのだった。

「先ほどの音が敵に聞かれたようです。この場を離れましょう」

サラがそういうと、どこからか足音が聞こえてはこちらに集まってくる。三人は顔を見合わせ、その場から逃げる事にした。

「あと何人くらい、あの人形はいるのですか」

隠密しながらの行動。イナミの疑問は、サエグサの中にどれくらい人形達がいるかだ。改めて交戦して、サエグサの中は全てが人形ではないと気がついた。人外な力もそうだが、彼らには生気がない。

「残念ながら私ですら数は把握できていません。ですが、約半数は人形だと思います。率先して戦うのは人形だから、まだまだ襲いかかってくると思います」
「戦いは避けられないか」
「心理戦、体力などの消耗戦はやめておいた方が良いと思います。命令が止まるまで動き続ける彼らには心も体も関係ありませんから」
 
サラが答えていく中、隣を歩くベアリンが答える事はなくイナミの目線からわざと外す。

「出来るだけ見つからずにいるのが理想ですが、無理そうですね」

静かな足音。音のする方を見上げると、建物の隙間から黒いローブ着たサエグサが、数人飛び降りてきた。やはり音を聞きつけていたようだ。

「サラ、止まりなさい。まだ、弁明の余地があります」
「結構です。元より、利害関係があっての協力。弁解する気はありません」

サラが敵にそう言って跳ね除ける。

「ここは任せてください。ベアリンとイナミさんはレオンハルトの所に合流してください」
「サラさんを一人には」
「今の貴方よりかは、私は戦えます。ここにいられては、逆に足手纏いです、行ってください」
「分かりました」

イナミは行動に移し、サラの裏手側にまわる。ベアリンは名残惜しそうに目線を投げかけたが、気がついたサラは振り向いては「ベアリン、すぐに行きます」と指し、やっとイナミについて行く。
二人が離れれば戦いが始まり、金切り音と、煉瓦が壊れるような音がする。

「レオンハルトと、とにかく合流しましょう。サラさんを助けるのはその後です」
「ああ、分かっている。彼女を信じていないわけじゃない……ただ心配なだけだ」

ここにいる者達の心の中は不安だらけ。
ずっと、暗闇の中を掻き分けて行くような感覚。
列車で襲われた時の方が緩く感じるほどに、今回はせわしなく死に直面しているーーー、違うな。
きっと、シロがこちらの被害を最小限に抑えてくれていたのだろう。色んな人の思惑が交差する中、敵であろうとなかろうと目的のためなら協力する。
そして、後ろにいるのは治癒師であり、サエグサと関わっていた魔術の研究者。

「ベアリンさん。今はお互いに感情は抜きにして、ここから逃げるのを専念しましょう」
「……ははっ、君に言われるとはね。やはり、君達は理解し難い存在だよ」
「そうかしれませんね」

二人は待ち合わせ場所へと走る。
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