85 / 110
6
九話
しおりを挟む
大方の敵の処理が終わり、空から降っていた大量の槍が止まる。
幻影術がそろそろ消える頃合い、三人と合流しようとイナミは歩いているところだった。
すると、建物の間から人が出てきた。夜もあって視界が悪いが、長い白い髪を持ち、白い肌の見知った女性。手には身の丈にあっていない大きな斧を持っていた。
「サラさん……?」
重厚で視界が歪むような異様な空気、相手からはそれほど殺気を感じる。イナミは恐る恐る尋ねみたが、返事はなく異様である。
さらにそう思わせたのは、先程着ていたローブもなく緑のコートでもない、全身黒で身を包んだ動きやすい服に変わっている。明らかに格好が違う。
イナミは一歩後ろに下がろうと足を動かした途端に、女性は腰を低くしてイナミ目掛けて飛び上がる。
分厚い斧は振り下ろされた。地面を揺らし、辺りの煉瓦の道を砕く。伝わる振動はまるで地震のようだった。
「あぶっね」
寸前のところで、躱す事が出来たイナミ。まともに当たれば、精霊で治すことは不可能な威力である。
あの威力、一回だけでも体力と共に魔力の消費が激しい筈なのに女性は再び重い斧を持ち上げ始めて、向かい合う。
奇襲であったからまともに戦えていただけで、真正面から戦うのは不利。
逃げる、一択なのだが、向かい合っている状況で背中を見せる訳にはいかない。にじり寄ってくる斧に対処する方法もない。
「伏せてっ!」
そんな声が聞こえてイナミは身を縮めると、もう一人のサラが走ってきては腕を横に振り上げて、斧を持った者を弾き飛ばす。
ボールのように吹き飛んでいった女性は奥の建物にぶつかり、壁の中に吸い込まれた。壁に大きな穴を開け、パラパラと落ちる瓦礫。
イナミは戦いに慣れているとはいえ、怒涛の展開には血の気が引いていく。
「大丈夫ですか、イナミ」
「えーと、大丈夫です。サラさんは、お怪我は」
「ありません。貴方はその体で正面に突っ込むのは、やめた方がいいと思います。あれと戦うと体がへし折れます」
「……はい、ありがとうございます」
こちらは先程、別れたサラと変わらず緑色のコートを着ていた。
「先程の人、サラさんに見えたのですが」
「ある意味、私ですので間違いないです。そうですね、コピー品といったところですね。まっさらな肉体に同じ術式を埋め込む事で出来るもの。限りなく私に近い人形です。詳しくは……」
「大丈夫です、また今度聞きます」
「あっ、すいません。話に夢中になってしまって。とにかく同じ型の人形という認識で大丈夫です」
「なるほど、わかりました」
「サラ!」と体を揺らしサラを後から追いかけてきたのは、ベアリンだった。
息を切らしたベアリンが腰を曲げ膝に手をついては、顔を上げた。
「走るなら言ってくれ、追いつけなくなる」
「すいません、ベアリン。状況が急を急ぐと判断しました」
「にしてもだ。君と私の体力を考えてくれ。人間はそんなに早く走れないし、この状況で逸れる事が一番の危険だ」
「はい、今後改善します」
どこまでも無表情なサラに、ベアリンは大きく息を吐くのだった。
「先ほどの音が敵に聞かれたようです。この場を離れましょう」
サラがそういうと、どこからか足音が聞こえてはこちらに集まってくる。三人は顔を見合わせ、その場から逃げる事にした。
「あと何人くらい、あの人形はいるのですか」
隠密しながらの行動。イナミの疑問は、サエグサの中にどれくらい人形達がいるかだ。改めて交戦して、サエグサの中は全てが人形ではないと気がついた。人外な力もそうだが、彼らには生気がない。
「残念ながら私ですら数は把握できていません。ですが、約半数は人形だと思います。率先して戦うのは人形だから、まだまだ襲いかかってくると思います」
「戦いは避けられないか」
「心理戦、体力などの消耗戦はやめておいた方が良いと思います。命令が止まるまで動き続ける彼らには心も体も関係ありませんから」
サラが答えていく中、隣を歩くベアリンが答える事はなくイナミの目線からわざと外す。
「出来るだけ見つからずにいるのが理想ですが、無理そうですね」
静かな足音。音のする方を見上げると、建物の隙間から黒いローブ着たサエグサが、数人飛び降りてきた。やはり音を聞きつけていたようだ。
「サラ、止まりなさい。まだ、弁明の余地があります」
「結構です。元より、利害関係があっての協力。弁解する気はありません」
サラが敵にそう言って跳ね除ける。
「ここは任せてください。ベアリンとイナミさんはレオンハルトの所に合流してください」
「サラさんを一人には」
「今の貴方よりかは、私は戦えます。ここにいられては、逆に足手纏いです、行ってください」
「分かりました」
イナミは行動に移し、サラの裏手側にまわる。ベアリンは名残惜しそうに目線を投げかけたが、気がついたサラは振り向いては「ベアリン、すぐに行きます」と指し、やっとイナミについて行く。
二人が離れれば戦いが始まり、金切り音と、煉瓦が壊れるような音がする。
「レオンハルトと、とにかく合流しましょう。サラさんを助けるのはその後です」
「ああ、分かっている。彼女を信じていないわけじゃない……ただ心配なだけだ」
ここにいる者達の心の中は不安だらけ。
ずっと、暗闇の中を掻き分けて行くような感覚。
列車で襲われた時の方が緩く感じるほどに、今回はせわしなく死に直面しているーーー、違うな。
きっと、シロがこちらの被害を最小限に抑えてくれていたのだろう。色んな人の思惑が交差する中、敵であろうとなかろうと目的のためなら協力する。
そして、後ろにいるのは治癒師であり、サエグサと関わっていた魔術の研究者。
「ベアリンさん。今はお互いに感情は抜きにして、ここから逃げるのを専念しましょう」
「……ははっ、君に言われるとはね。やはり、君達は理解し難い存在だよ」
「そうかしれませんね」
二人は待ち合わせ場所へと走る。
幻影術がそろそろ消える頃合い、三人と合流しようとイナミは歩いているところだった。
すると、建物の間から人が出てきた。夜もあって視界が悪いが、長い白い髪を持ち、白い肌の見知った女性。手には身の丈にあっていない大きな斧を持っていた。
「サラさん……?」
重厚で視界が歪むような異様な空気、相手からはそれほど殺気を感じる。イナミは恐る恐る尋ねみたが、返事はなく異様である。
さらにそう思わせたのは、先程着ていたローブもなく緑のコートでもない、全身黒で身を包んだ動きやすい服に変わっている。明らかに格好が違う。
イナミは一歩後ろに下がろうと足を動かした途端に、女性は腰を低くしてイナミ目掛けて飛び上がる。
分厚い斧は振り下ろされた。地面を揺らし、辺りの煉瓦の道を砕く。伝わる振動はまるで地震のようだった。
「あぶっね」
寸前のところで、躱す事が出来たイナミ。まともに当たれば、精霊で治すことは不可能な威力である。
あの威力、一回だけでも体力と共に魔力の消費が激しい筈なのに女性は再び重い斧を持ち上げ始めて、向かい合う。
奇襲であったからまともに戦えていただけで、真正面から戦うのは不利。
逃げる、一択なのだが、向かい合っている状況で背中を見せる訳にはいかない。にじり寄ってくる斧に対処する方法もない。
「伏せてっ!」
そんな声が聞こえてイナミは身を縮めると、もう一人のサラが走ってきては腕を横に振り上げて、斧を持った者を弾き飛ばす。
ボールのように吹き飛んでいった女性は奥の建物にぶつかり、壁の中に吸い込まれた。壁に大きな穴を開け、パラパラと落ちる瓦礫。
イナミは戦いに慣れているとはいえ、怒涛の展開には血の気が引いていく。
「大丈夫ですか、イナミ」
「えーと、大丈夫です。サラさんは、お怪我は」
「ありません。貴方はその体で正面に突っ込むのは、やめた方がいいと思います。あれと戦うと体がへし折れます」
「……はい、ありがとうございます」
こちらは先程、別れたサラと変わらず緑色のコートを着ていた。
「先程の人、サラさんに見えたのですが」
「ある意味、私ですので間違いないです。そうですね、コピー品といったところですね。まっさらな肉体に同じ術式を埋め込む事で出来るもの。限りなく私に近い人形です。詳しくは……」
「大丈夫です、また今度聞きます」
「あっ、すいません。話に夢中になってしまって。とにかく同じ型の人形という認識で大丈夫です」
「なるほど、わかりました」
「サラ!」と体を揺らしサラを後から追いかけてきたのは、ベアリンだった。
息を切らしたベアリンが腰を曲げ膝に手をついては、顔を上げた。
「走るなら言ってくれ、追いつけなくなる」
「すいません、ベアリン。状況が急を急ぐと判断しました」
「にしてもだ。君と私の体力を考えてくれ。人間はそんなに早く走れないし、この状況で逸れる事が一番の危険だ」
「はい、今後改善します」
どこまでも無表情なサラに、ベアリンは大きく息を吐くのだった。
「先ほどの音が敵に聞かれたようです。この場を離れましょう」
サラがそういうと、どこからか足音が聞こえてはこちらに集まってくる。三人は顔を見合わせ、その場から逃げる事にした。
「あと何人くらい、あの人形はいるのですか」
隠密しながらの行動。イナミの疑問は、サエグサの中にどれくらい人形達がいるかだ。改めて交戦して、サエグサの中は全てが人形ではないと気がついた。人外な力もそうだが、彼らには生気がない。
「残念ながら私ですら数は把握できていません。ですが、約半数は人形だと思います。率先して戦うのは人形だから、まだまだ襲いかかってくると思います」
「戦いは避けられないか」
「心理戦、体力などの消耗戦はやめておいた方が良いと思います。命令が止まるまで動き続ける彼らには心も体も関係ありませんから」
サラが答えていく中、隣を歩くベアリンが答える事はなくイナミの目線からわざと外す。
「出来るだけ見つからずにいるのが理想ですが、無理そうですね」
静かな足音。音のする方を見上げると、建物の隙間から黒いローブ着たサエグサが、数人飛び降りてきた。やはり音を聞きつけていたようだ。
「サラ、止まりなさい。まだ、弁明の余地があります」
「結構です。元より、利害関係があっての協力。弁解する気はありません」
サラが敵にそう言って跳ね除ける。
「ここは任せてください。ベアリンとイナミさんはレオンハルトの所に合流してください」
「サラさんを一人には」
「今の貴方よりかは、私は戦えます。ここにいられては、逆に足手纏いです、行ってください」
「分かりました」
イナミは行動に移し、サラの裏手側にまわる。ベアリンは名残惜しそうに目線を投げかけたが、気がついたサラは振り向いては「ベアリン、すぐに行きます」と指し、やっとイナミについて行く。
二人が離れれば戦いが始まり、金切り音と、煉瓦が壊れるような音がする。
「レオンハルトと、とにかく合流しましょう。サラさんを助けるのはその後です」
「ああ、分かっている。彼女を信じていないわけじゃない……ただ心配なだけだ」
ここにいる者達の心の中は不安だらけ。
ずっと、暗闇の中を掻き分けて行くような感覚。
列車で襲われた時の方が緩く感じるほどに、今回はせわしなく死に直面しているーーー、違うな。
きっと、シロがこちらの被害を最小限に抑えてくれていたのだろう。色んな人の思惑が交差する中、敵であろうとなかろうと目的のためなら協力する。
そして、後ろにいるのは治癒師であり、サエグサと関わっていた魔術の研究者。
「ベアリンさん。今はお互いに感情は抜きにして、ここから逃げるのを専念しましょう」
「……ははっ、君に言われるとはね。やはり、君達は理解し難い存在だよ」
「そうかしれませんね」
二人は待ち合わせ場所へと走る。
24
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる