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六話
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人間ではないと言うなら、この目の前に座っている女性は何者なのか。魔物なのか、それとも動く傀儡なのか。
「私はベアリンの妻、サラであってサラではない。体はサラ本人であるが、体を動かしているのは機械という名の術式にすぎない」
空洞になっていた手は、何層も膜を作るように穴を小さくしていく。傷口が塞がったと思えば黒い色の切り傷となった。
傷だらけの体は、これが原因なようだ。
「ベアリンがこの術式を完成させたのは、若き頃。もう三十年前以上になります。そう、彼女、妻サラが死んでから数年後にベアリンは私を作った」
「ーーー、死んだ者に術式を施して動く死体にする。貴方自体が魔術道具という事ですか」
レオンハルトがおじおじと訊くが、サラは動じる事はなかった。
「はい、そうです。私は多少なりともサラの記憶は保持していますが、所詮は魂のない動く人形。体が同じだと言っても、思い出は記録であり、同じように痛みを感じる事は出来ない。ですから、蘇生には程遠い術です」
燃料が無くなった体に新しい燃料を注いだだけで、大事なサラという魂は消滅している。
どれだけ、人形が元の記憶を保持していようが記録を呼び起こしているだけであり。リリィの記憶を持つ杖があるなら、サラの記憶を持った人の形ということ。
「ベアリンはある方の術式の真似をして、私を作ったと言っていました。それから、死んだ者で動く人形を作る実験。いえ、サエグサと共に人を生き返らせる実験を秘密裏に私達はしていました。しかし、研究室があばかれた今、サエグサ達は全ての証拠隠滅のため私達を消そうとしています」
状況がどうであれリリィによって研究室は見つけ出された。それにより実験をしていた事実を隠すために、城の地下にある物は全て消されていた。そして、残るは彼女という名の、魔術道具。
サエグサが関わっているのなら、スーフェン第一王子も関係してくる。
遺体であっても人で人形を作るのは帝国では法でも、倫理観的にも、禁止されている。ベアリンのやっている事は違法だ。
実験に関わっているスーフェンは、二人を証拠隠滅のため消そうとするのは理解できる。だが、それだけの理由なのか。彼女は核心的な事をわざと避けて言っているような気がする。
「私は貴方達にとっての身の潔白を証明する、証拠。城の中で人を生き返らせる実験をしていたという事実。そして、城の者とサエグサの繋がりあると証明できます」
だから、騎士団長は何かあると勘付き、このベアリンとサラ、二人の保護を命じた。
全てには裏があったと評議会で納得させるための、二人は唯一の糸口だという事だ。
「ここを出るため様々な術は試しました。しかし、彼らに尽く破られました。どうか、彼……私達を助けてください」
人の形をしたものは深々と頭を下げた。隣にいる男はサラに抱きつきながら何度も謝り続けて小さく泣いていた。
信じるには些か不安で、混沌とした状況だが。
それでも、レオンハルトが真っ直ぐとした瞳で「頭を上げてください」と手招きする。
「もちろんです、そのために私達はここに来ましたから」
「ほんとうに……ありがとうございます。レオンハルトさんにイナミさん」
彼女は安堵したのか張っていた肩を撫で下ろしては、ゆっくりと息をする。
「とりあえず、ベアリンさんが落ち着いてから出発しましょう」
「そうです、彼は三日も寝ていませんから……落ち着けば、まともに会話ができると思います」
「サラさんも一度休まれては」
「お気遣いありがとうございます、私は寝なくとも大丈夫です」
人形ですからとは声には出さなかったが、口が綴る。
とりあえず、サラとベアリンの休息させる為にも二人は部屋を出て、宿の見張りをする事にした。
部屋の中で優しい鼻歌が聞こえる。うずくまった背中を優しく撫でる細く白い手。扉が閉まっていく中、かた時も離れないサラとベアリンの姿は、あまりにも愛し合う夫婦であった。
*
「なぁ、二人をどう見えた」
俺はそう言って、買ってきたパンが入った紙袋をレオンハルトに渡した。
レオンハルトは、少しだけ黙ってから口を開いた。
「あまりにも普通の夫婦でしたね。歳の差を感じないほどに。サラさんが人形だと言われても、いまだに信じられないですね」
「だよな……見た目は普通の人間なんだよな」
「なにか、気になる事でも?」
「あるけど、確信が持てないから今はいい」
「ーーー分かりました」
袋からパンを取り出すレオンハルトの顔は、片眉を吊り上げて不平不満と書かれていた。
もちろん、中に入っていたパンが嫌いだったとかではない。
「拗ねるな」
「拗ねてないです」
「変に話して騒ぎ立てるのも嫌だからな。確信が持てたら話す。いずれは分かることだ、ーーーパンいらないなら貰うけど」
「いりますけど」
レオンハルトは大口を開けて少し硬いパンにかぶりついた。
「私はベアリンの妻、サラであってサラではない。体はサラ本人であるが、体を動かしているのは機械という名の術式にすぎない」
空洞になっていた手は、何層も膜を作るように穴を小さくしていく。傷口が塞がったと思えば黒い色の切り傷となった。
傷だらけの体は、これが原因なようだ。
「ベアリンがこの術式を完成させたのは、若き頃。もう三十年前以上になります。そう、彼女、妻サラが死んでから数年後にベアリンは私を作った」
「ーーー、死んだ者に術式を施して動く死体にする。貴方自体が魔術道具という事ですか」
レオンハルトがおじおじと訊くが、サラは動じる事はなかった。
「はい、そうです。私は多少なりともサラの記憶は保持していますが、所詮は魂のない動く人形。体が同じだと言っても、思い出は記録であり、同じように痛みを感じる事は出来ない。ですから、蘇生には程遠い術です」
燃料が無くなった体に新しい燃料を注いだだけで、大事なサラという魂は消滅している。
どれだけ、人形が元の記憶を保持していようが記録を呼び起こしているだけであり。リリィの記憶を持つ杖があるなら、サラの記憶を持った人の形ということ。
「ベアリンはある方の術式の真似をして、私を作ったと言っていました。それから、死んだ者で動く人形を作る実験。いえ、サエグサと共に人を生き返らせる実験を秘密裏に私達はしていました。しかし、研究室があばかれた今、サエグサ達は全ての証拠隠滅のため私達を消そうとしています」
状況がどうであれリリィによって研究室は見つけ出された。それにより実験をしていた事実を隠すために、城の地下にある物は全て消されていた。そして、残るは彼女という名の、魔術道具。
サエグサが関わっているのなら、スーフェン第一王子も関係してくる。
遺体であっても人で人形を作るのは帝国では法でも、倫理観的にも、禁止されている。ベアリンのやっている事は違法だ。
実験に関わっているスーフェンは、二人を証拠隠滅のため消そうとするのは理解できる。だが、それだけの理由なのか。彼女は核心的な事をわざと避けて言っているような気がする。
「私は貴方達にとっての身の潔白を証明する、証拠。城の中で人を生き返らせる実験をしていたという事実。そして、城の者とサエグサの繋がりあると証明できます」
だから、騎士団長は何かあると勘付き、このベアリンとサラ、二人の保護を命じた。
全てには裏があったと評議会で納得させるための、二人は唯一の糸口だという事だ。
「ここを出るため様々な術は試しました。しかし、彼らに尽く破られました。どうか、彼……私達を助けてください」
人の形をしたものは深々と頭を下げた。隣にいる男はサラに抱きつきながら何度も謝り続けて小さく泣いていた。
信じるには些か不安で、混沌とした状況だが。
それでも、レオンハルトが真っ直ぐとした瞳で「頭を上げてください」と手招きする。
「もちろんです、そのために私達はここに来ましたから」
「ほんとうに……ありがとうございます。レオンハルトさんにイナミさん」
彼女は安堵したのか張っていた肩を撫で下ろしては、ゆっくりと息をする。
「とりあえず、ベアリンさんが落ち着いてから出発しましょう」
「そうです、彼は三日も寝ていませんから……落ち着けば、まともに会話ができると思います」
「サラさんも一度休まれては」
「お気遣いありがとうございます、私は寝なくとも大丈夫です」
人形ですからとは声には出さなかったが、口が綴る。
とりあえず、サラとベアリンの休息させる為にも二人は部屋を出て、宿の見張りをする事にした。
部屋の中で優しい鼻歌が聞こえる。うずくまった背中を優しく撫でる細く白い手。扉が閉まっていく中、かた時も離れないサラとベアリンの姿は、あまりにも愛し合う夫婦であった。
*
「なぁ、二人をどう見えた」
俺はそう言って、買ってきたパンが入った紙袋をレオンハルトに渡した。
レオンハルトは、少しだけ黙ってから口を開いた。
「あまりにも普通の夫婦でしたね。歳の差を感じないほどに。サラさんが人形だと言われても、いまだに信じられないですね」
「だよな……見た目は普通の人間なんだよな」
「なにか、気になる事でも?」
「あるけど、確信が持てないから今はいい」
「ーーー分かりました」
袋からパンを取り出すレオンハルトの顔は、片眉を吊り上げて不平不満と書かれていた。
もちろん、中に入っていたパンが嫌いだったとかではない。
「拗ねるな」
「拗ねてないです」
「変に話して騒ぎ立てるのも嫌だからな。確信が持てたら話す。いずれは分かることだ、ーーーパンいらないなら貰うけど」
「いりますけど」
レオンハルトは大口を開けて少し硬いパンにかぶりついた。
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