騎士隊長はもう一度生き返ってみた(その名前はリリィ)

イケのタコ

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隙間の話3

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ここは帝都の城にある、騎士団が使う会議室。
今日の会議室は騎士団三番隊が机を出して、資料を書き出しては地道にまとめていた。

「ビーチバレーしない」

机に突っ伏していた一人の隊員、サテツが根を上げるように顔を上げてはそう言った。 
しかし、周りは彼の言葉に賛同する者はおらず黙々とペンの先を滑らした。

「なぁ~、ロードリック。お前もそう思うだろ」

サテツはそう隣に座る者に訴えてみるが手を払い拒絶される。

「駄目だ」
「なんでぇ、やろうぜ。ビーチバレー」
「そもそも、海にも来ていないのにどこでするつもりだ」
「もちろん、ここで」
「論外」

ロードリックは無視をして筆を進めた。しかし、諦めることなく机の下から、もう膨らんでいるビーチボールを取り出した。
隊員達は思う『だから、トイレの時間が長かったのか』と丸いビーチボールを白い目で見た。

「だって、聞いてくれよ。この前さぁ、同期が彼女と海に行くんだとか、自慢してきたんだよ。絶対、俺たちが海に行けないの分かってっだよねぇ!」

ビーチボールを腕で囲んでは再び机の上に突っ伏し、悲痛の声がビニールによってくぐもった。
騎士団が各々長期休暇の中、三番隊はある理由があって夏休みを返上してまで書きものに追われていたのだ。

「海行きたい! 波打ち際で女子とバシャバシャしたいー」
「そう思うなら、手を動かせ。それが一番の近道だ」

ロードリックは項垂れるサテツの頭の上に本を置く。本は揺れるが、どうにか平行を保っていた。
サテツも分かっていた、これが終われなければ海どころの話ではないと。このままでは休日だって危うい。

「くそっ……はぁ、イナミ隊長も腕立て追加100回とかにしてくれれば、喜んでするのに」
「そういう事だろ。罰にならないから、こうやって、その場を動けない書類整理を任されているんだろ」
「理解ある鬼畜隊長だこと……違反一つでこんな事になるとは思わなかったな」
「そうだな。なぁ、レオンハルト」

ロードリックが投げかけたのは、向かいに座るレオンハルト。しかし返事はせず、レオンハルトは黙々と書類を分けてはファイルに挟んでいく。

「貴様が勝手な真似しなければ、こんな事にならなかったんだかな」
「ウッザ…….」
「ああ? 何か言ったか。黄色頭」

ポツリと溢した言葉に、針を刺すように睨みつけるロードリック。二人の間に剣幕が立ち込め始めて、まぁまぁと他の隊員達がなだめた。

「二人とも落ち着いて、あれはどっちが悪かったとかの話じゃないし」
「あの人達は助かったんだし。そもそも、手取りだ、なんだと、文句つけてくる奴らが間違っていると僕は思う」
「あの後、レオンハルトは隊長に一時間くらい絞られたから、責めるのはやめようぜ。それにもう終わったことだから」

二人が喧嘩になる前に隊員は口々に仕方なかったと言って落ちつかせた。
三番隊が休みを返上してまで仕事にする羽目になったのは、ある街での作戦の出来事である。
大型種の魔物退治がある街で行われる事になったのだが、今回は三番隊を含んだそれなりの騎士を動員した作戦が組まれた。
罠を張って最後の締めは一番隊が締めるという段取りであり、途中までは、上手くいっていた。
大型種を順調に罠に追い詰めたのだが、追い詰めたその先に居ないはずの人達がいたからだ。
作戦する時に人払い済みだというのに、どこから入って来たのか、商業人達がせっせっと荷物を運んでいたのだ。
当然魔物には、騎士なのか、一般人であるか、の区別はつく訳もなく爪を尖らせ襲いかかった。
イレギュラーな事態に三番隊はすぐに作戦を変更し、住民を守る事に専念した。
魔物は大型種と小型種の群れ。そんな中、人助けをしながら魔物と戦う事は不可能に近く、簡単に荷馬車は壊され三番隊は苦戦を強いられた。
一番の戦力である三番隊長のイナミは人助けに深い傷を負い。呼んだ応援が来るまで耐えるしかない。
と思われた時だった、レオンハルトが単独で動き、周り一帯の建物を切り裂き大型種を一刀両断してしまったのだ。
街と大型の魔物は二つに割れ、小型は他の隊員達によって蹴散らされた。
ここで騎士団が目的は達成する事ができたのだが……、手取りになるはずだった一番隊から、罠をせっかく仕掛けた魔術師の隊から、街の被害、統率を欠く行為だと他の隊からも責められる事となった。
では、騎士団を乱した三番隊はどうすればいいのか。簡単である、責任という名の罰を受ける事である。
三番隊は、夏休みを返上し仕事をするという、不祥事の反省をする事となった。

「じゃあ、俺達は何がいけなかったのかだ。レオンハルト、パス」
「えっ」

サテツは本を頭から払うと、ビーチボールを両手で投げてレオンハルトの方に飛ばした。
レオンハルトは落ちてくるボールに思わず手をついて、上に飛ばす。
高く上がったボールは横に流れて、隣にいた隊員がボールをはたいて斜めにいた者に飛ばした。
そこから、ロードリック以外の隊員達によって打ち上げて飛ばすというボールリレーが続いていく。

「そう何が間違えだったのか。偶然住民がいた事か、三番隊が作戦を無視したことか……俺は違うと思う。というか皆も何となく気付いていると思うけど、単純に」
「戦力不足……」
「そうなんだよ、ロードリック。言ってしまえば、あの時、人助けがどうこうじゃなくて俺達が足手纏いすぎた。もっと言えば、イナミ隊長が一人の方が良かったと思うよ」

隊員達も一斉に頷いた。
サテツはロードリックにボールを投げれば、隊員達と同じようにボールを飛ばす。

「ずっとイナミ隊長の立ち回りが、俺たちの方も気にしつつ、魔物と戦い、人助け、三つを忙しなくやっていたわけだ」
「結果、魔物に押されてレオンハルトが前に出る事になった……分かってる、文句ぐらいは言わせてくれ」
「まぁ、文句が言いたくなるのは仕方ないか」

サテツは苦笑う。全てがレオンハルトのせいではないとは、ロードリックは分かっていても、他の部隊からイナミ隊長が散々責められたと知っているから、口から不満が流れてくるのは止められなかった。

「じゃあ、俺たちのするべき事は何か、ーーーそれはここでビーチバレーをする事だ」
 
『それは意味がわからない』と隊員達はサテツの方に振り向く。

「意味はあるよ。結束力を高めるという、思い出作り。お互いの事を知らないといけないと思う」
「思い出って……これ見つかったら、イナミ隊長に叱られますよ」
「その時はその時だ。他の仕事に囚われて今日も来ないとみた!」

レオンハルトは呆れ、サテツは笑う。大丈夫か、と思いながら隊員はボールリレーを続けていた。

「うっ!」

続けているとレオンハルトが飛ばしたボールが丁度ロードリックの顔面を弾く。
ロードリックはボールを掴み取り、レオンハルトに怒りを飛ばす。

「おい、こら! 貴様は何しやがる」
「わざとじゃない、たまたまだ」
「嘘つけや、絶対さっきの仕返しだろ」

サテツが「あーあー、喧嘩するな」と仲裁に入る中、ボールを強く掴んだままロードリックはレオンハルトの勢いよく顔面に投げた。
飛んでくるのが分かっていたレオンハルトは、腕でボールを防ぐ。

「本当にすいません。忙しい中わざわざ資料を貸していただいてありがとうございます」
「いえ、お互いさまですし、いつでも言ってください。あとは、アルバン隊長に資料集めくらいはしてくださいと言っておいてっ!」

イナミは二番隊に所属するヤイトとそんな会話しつつ会議室の扉を開けた瞬間に、柔らかいビーチボールが顔にめり込んだ。
その光景を、目を見開いて呆然と見ている隊員達。

「……」

誰もが声を失った瞬間。
イナミはボールが地面に落ちる前に掴み取り、勢い良くレオンハルトに投げつけた。
小粋のいい音を鳴らしてボールを受けたレオンハルトは「っ!」と息を詰まらせて無言で椅子から転げ落ちる。受け止められず弾かれたビーチボールは床に跳ねて壁にぶつかった。

「こんな所で遊ぶとはいい度胸だな」

部屋に入ってくるイナミ。無の表情だというのに、体から真っ黒いオーラのようなもの出しては威圧する。それに圧倒された隊員達は冷や汗をかいて縮こまった。

「……これはサテツだな」
「えへへっ、すいませんでしたっ!」

サテツと隊員達は頭を下げて必死に許しを乞う。

「ビーチバレーしたいんだろ」

「あの……参考資料」ヤイトの震えながら手を伸ばしたが誰にも届かず。
そして、足元に転がってきたビーチボールを再び鷲掴みするイナミに笑顔はない。

あれから、会議室から大きな悲鳴が聞こえたとか、聞こえなかったとか。
とりあえず、夏を味わう為に三番隊は仲良くドッヂボールをしたとかーーー
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ここまでの長編を最後までお読みいただきありがとうございます100お気に入りありがとうございます
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