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十九話 非情の隙間
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瞑っていた目を開ければ、そこは雲一つない綺麗な青空だった。
『はぁーーーおもんな』
持っていた紙を投げ出して、僕は芝生に寝転がり晴れた空にため息を吐いた。そんな事をしても何かが返って来ることはないと、分かっていても綺麗な空に吐きたくなる。
『どうしたの、リリィ? お腹が空いたの』
目の前を浮遊する丸くて白いもの、一匹の精霊がそう言った。この精霊は一番お節介というか、人にだいぶ興味があるのかよく話しかけて来る。
『お前は僕が常にお腹を空かせるとでも思っているのか』
『うーん、そうじゃない。腹が減ったら戦は出来ぬと言うし、だから仕事もまともに出来ないんだよ』
この精霊は暗に使用人としては役に立たないと言っているようである。
その精霊を掴み取り、出来るだけ遠くに投げた。『きゃー』と悲鳴を上げていたが、失礼な事を言う奴に対して知った話では無い。
『もー、何するの。ただお腹空いたかを訊いただけじゃん』
むかついて投げても、羽がある精霊はすぐに戻ってきた。
『で、どうしたの。悩み事があるなら吐いた方がスッキリするよ』
『悩み事、ーーーじゃないけど。悩みが解決して、いま全てに失望して絶望しただけだよ』
『……もしかして、昔の話?』
『そうだよ。僕がずーっと探し求めていた者が見つかった。でも、ここには全てがなかった』
リリィは腕で目を遮っては、全身の力を抜いた。
『今更、自分のやっていた事は何だったのか、分からなくなった。たった一人生き残ってさ、息巻いてさ。こんな、事実突きつけられたら僕の人生馬鹿みたいじゃん』
『リリィ……死んじゃうの』
『ーーー死なないよ。でも、どうやってこれから生きようかな。目的無くなったな……』
いっそう、ここで息をするのを止めようか。心臓が突き刺さるように痛い、ここまで迷わず走って来た意味は無かったんだと知らされたのだから。
『もう兄さん……皆に顔向け出来ないな』
『リリィ……』
沸き立つ様な怒りに身を落とした日々から、悲しみに暮れる今日。
今までの力が無かったように地面と同化していく。
もういいかと思っていたが、暗闇から額を叩かれて痛みに悶絶する。
『っう~~~!』
額を抱えながらすぐに上体を起こして、振り返って人の事を叩いた人物を睨む。
『何もしてないのに叩くなんて、ひどいよっ! シロ』
『サボっている奴がよく言うな』
シロの手には先ほど投げ出した書類を丸められ。それを棒のようにしてリリィの額を景気良く叩いたのだ。
『ほら、行くぞ。精霊と話す口があるなら、こっちを手伝え。今日は娘様の機嫌が最悪だ』
『そんな事、知らないよ。あの我儘モンスターはいつもの事でしょ』
今日はあの魔物と立ち向かえる気分ではないと言っているのに、お構いなしにシロは首根っこを掴んで引っ張る。
どれだけ手足を動かし暴れてもシロの力に勝つ事は出来ない。
『わかったから、分かったから、立つから、立ちますから手を離して』
座ったままシロに少し引き摺られ、抗うことを諦めた。シロも掴んでいた服を離した。
『もう、無茶苦茶なんだから。少しはこっちの事情も考えてよね』
ズボンについた土と原っぱを払い向き合うように立ち上がる。すると、こちらにシロが手を伸ばして来たと思えば、頭に手をポンっと置かれた。
『なに、また頭でも叩く気なの』
『……あまり、難しく考えるなよ』
『何それ……、もしかして話聞いてた?』
シロは答えない代わりに、髪の毛に指を入れて頭を撫でてくる。
昔から変わらないシロ。小さな子供に言い聞かせるような優しく暖かな手は、髪の毛を梳かす。
駄目だ。色んな感情が溢れてきてシロの前だと、泣きそうになる。
『シロ……僕は……』
シロと向き直り気がついた。シロの片方のこめかみに何かをぶつけられた跡あり、皮膚は切られたようにぱっくりと割れ黒くくすんでいた。
『シロ、その怪我っ……どうしたの』
『ああ、これか。少し壁にぶつかってな、気にするな』
撫でるのをやめてシロは怪我を隠すように手で覆い、踵を返しては屋敷の方に逃げるように戻ろうとした。
『ねぇ、それ。誰にやられたの』
声が自然と低くなる。ものすごく燃えるような怒りが作られていくのに、なぜだろう、反対に心が凍るように冷えていく。
シロもそれを察してなのか、怪我をしているこめかみいを全く見せない。
『だから、ぶつかったと言ってるだろ。さっさと帰るぞ、俺が怒られる』
『うん、分かった』
『……やめろよ。何もするな』
『うん? 何が。ほら、そんなこと言っている場合じゃないんでしょ』
止まる背中を押して僕は大人しく屋敷に戻った。
まだまだ僕にはやる事があったようだ。屋敷に帰って、仕返しを考えないといけない。
だから、僕はシロに返してもらった資料を自らの手で引き裂いた。
もう、必要ない物。
資料にある事件に関わった特定の人だけが記されているのだが、無情にも全て死亡と書かれていた。
この事件に深く関わったとされる唯一の生き残り、イナミという男すら10年前に死んでいた。
家族や家を、全てを、奪った奴らはのうのうと死んでいた。全てを知れば気持ちが晴れると思っていたが、こんなにも虚しくなるとは思わなかった。
もう読めないほどに細かくなった紙をゴミ箱に捨てた。
『はぁーーーおもんな』
持っていた紙を投げ出して、僕は芝生に寝転がり晴れた空にため息を吐いた。そんな事をしても何かが返って来ることはないと、分かっていても綺麗な空に吐きたくなる。
『どうしたの、リリィ? お腹が空いたの』
目の前を浮遊する丸くて白いもの、一匹の精霊がそう言った。この精霊は一番お節介というか、人にだいぶ興味があるのかよく話しかけて来る。
『お前は僕が常にお腹を空かせるとでも思っているのか』
『うーん、そうじゃない。腹が減ったら戦は出来ぬと言うし、だから仕事もまともに出来ないんだよ』
この精霊は暗に使用人としては役に立たないと言っているようである。
その精霊を掴み取り、出来るだけ遠くに投げた。『きゃー』と悲鳴を上げていたが、失礼な事を言う奴に対して知った話では無い。
『もー、何するの。ただお腹空いたかを訊いただけじゃん』
むかついて投げても、羽がある精霊はすぐに戻ってきた。
『で、どうしたの。悩み事があるなら吐いた方がスッキリするよ』
『悩み事、ーーーじゃないけど。悩みが解決して、いま全てに失望して絶望しただけだよ』
『……もしかして、昔の話?』
『そうだよ。僕がずーっと探し求めていた者が見つかった。でも、ここには全てがなかった』
リリィは腕で目を遮っては、全身の力を抜いた。
『今更、自分のやっていた事は何だったのか、分からなくなった。たった一人生き残ってさ、息巻いてさ。こんな、事実突きつけられたら僕の人生馬鹿みたいじゃん』
『リリィ……死んじゃうの』
『ーーー死なないよ。でも、どうやってこれから生きようかな。目的無くなったな……』
いっそう、ここで息をするのを止めようか。心臓が突き刺さるように痛い、ここまで迷わず走って来た意味は無かったんだと知らされたのだから。
『もう兄さん……皆に顔向け出来ないな』
『リリィ……』
沸き立つ様な怒りに身を落とした日々から、悲しみに暮れる今日。
今までの力が無かったように地面と同化していく。
もういいかと思っていたが、暗闇から額を叩かれて痛みに悶絶する。
『っう~~~!』
額を抱えながらすぐに上体を起こして、振り返って人の事を叩いた人物を睨む。
『何もしてないのに叩くなんて、ひどいよっ! シロ』
『サボっている奴がよく言うな』
シロの手には先ほど投げ出した書類を丸められ。それを棒のようにしてリリィの額を景気良く叩いたのだ。
『ほら、行くぞ。精霊と話す口があるなら、こっちを手伝え。今日は娘様の機嫌が最悪だ』
『そんな事、知らないよ。あの我儘モンスターはいつもの事でしょ』
今日はあの魔物と立ち向かえる気分ではないと言っているのに、お構いなしにシロは首根っこを掴んで引っ張る。
どれだけ手足を動かし暴れてもシロの力に勝つ事は出来ない。
『わかったから、分かったから、立つから、立ちますから手を離して』
座ったままシロに少し引き摺られ、抗うことを諦めた。シロも掴んでいた服を離した。
『もう、無茶苦茶なんだから。少しはこっちの事情も考えてよね』
ズボンについた土と原っぱを払い向き合うように立ち上がる。すると、こちらにシロが手を伸ばして来たと思えば、頭に手をポンっと置かれた。
『なに、また頭でも叩く気なの』
『……あまり、難しく考えるなよ』
『何それ……、もしかして話聞いてた?』
シロは答えない代わりに、髪の毛に指を入れて頭を撫でてくる。
昔から変わらないシロ。小さな子供に言い聞かせるような優しく暖かな手は、髪の毛を梳かす。
駄目だ。色んな感情が溢れてきてシロの前だと、泣きそうになる。
『シロ……僕は……』
シロと向き直り気がついた。シロの片方のこめかみに何かをぶつけられた跡あり、皮膚は切られたようにぱっくりと割れ黒くくすんでいた。
『シロ、その怪我っ……どうしたの』
『ああ、これか。少し壁にぶつかってな、気にするな』
撫でるのをやめてシロは怪我を隠すように手で覆い、踵を返しては屋敷の方に逃げるように戻ろうとした。
『ねぇ、それ。誰にやられたの』
声が自然と低くなる。ものすごく燃えるような怒りが作られていくのに、なぜだろう、反対に心が凍るように冷えていく。
シロもそれを察してなのか、怪我をしているこめかみいを全く見せない。
『だから、ぶつかったと言ってるだろ。さっさと帰るぞ、俺が怒られる』
『うん、分かった』
『……やめろよ。何もするな』
『うん? 何が。ほら、そんなこと言っている場合じゃないんでしょ』
止まる背中を押して僕は大人しく屋敷に戻った。
まだまだ僕にはやる事があったようだ。屋敷に帰って、仕返しを考えないといけない。
だから、僕はシロに返してもらった資料を自らの手で引き裂いた。
もう、必要ない物。
資料にある事件に関わった特定の人だけが記されているのだが、無情にも全て死亡と書かれていた。
この事件に深く関わったとされる唯一の生き残り、イナミという男すら10年前に死んでいた。
家族や家を、全てを、奪った奴らはのうのうと死んでいた。全てを知れば気持ちが晴れると思っていたが、こんなにも虚しくなるとは思わなかった。
もう読めないほどに細かくなった紙をゴミ箱に捨てた。
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