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十一話 報告
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城での食事会も終わり、身を隠すように屋敷に帰ってきたイナミはそうそうソファーに寝そべった。
「疲れた。ずっと気を張り続けるのは難しいな」
寝た途端に襲いかかってくる疲れには未だに慣れない。『僕の体だからね。仕方ないよ』と腕輪であるリリィが言う。リリィが体力ないのか、まだ体が馴染んでいないというのか。そもそも疲れやすいのは、前の体と同じように動かしてしまうのが大きな原因ではある。
「まだ、喋れる元気はありますか」
後から堂々と帰ってきたレオンハルトがソファーの背を掴んではこちらを上から覗くように伺う。
「あると言いたいが、目が霞んでいる」
「一度寝ますか」
「いや、このまま意見を交わしたい。明日になって、また状況が変わっているかもしれない」
真っ直ぐな線が歪んで見えるほど疲労を感じるが、今夜中に話したい事は終えたい。眠りそうな体を叩き起こし、力を振り絞ってはソファーに座る。
「隣、いいですか」
「そうしてくれ、声がそんなに出せないかもしれない」
イナミはソファーの端に寄り、上着をソファーにかけてレオンハルトは隣に座る。
最初の話はイナミからする事になった。リリィは転移術を使ったが遠くには行けなかった事、そして城の地下道で何があったのかを話す。
「まず、結果から言うと何も無かったが、得られるものはあったと言う事だ」
「では、貴方に関する物的証拠は一つもなかったんですね」
「ああ、何も無かったが、地面に消された術式があった」
「術式? もしかして魂を入れ替えるものでしたか」
「術式に関しては、俺は全く分からないが腹と同じようなものが描かれていて」
証拠を見せるためにも、術式が刻まれた腹を見せようとシャツの裾を掴んであげたーーーが、すぐにレオンハルトの手が伸びてきて、裾を掴まれ腹を隠される。
「おい、これだと見えないだろ」
「分かりましたから、充分理解しましたから、やめてください。あと、俺に見せても分からないので」
「それもそうか」
「そうです」
押し切られた気もしないが、術式を見せるのは止める。裾から手を離し、そっぽを向くレオンハルトの耳がほんのりと赤い気がした。
「まぁ、あそこで同じ術式があったとなると、そこでリリィが魂を交換したという事実が得られた訳だ。術式に関しては専門家に訊いた方が早いな」
イナミは腕を揺らして杖に言葉を投げかけると『専門家じゃないんだけど』と不満を漏らした。
「お前が描いたんだろ。これがどう意味であるかくらいは分かるはずだ」
『描いた記録はないけど、僕というか、杖なりの見解になるけど良いの?』
「それでいい、一から探すよりかは」
『じゃあまず、教えるから紙とペンで術式を描いてくれるかな。説明しやすいから』
杖の言う通りにレオンハルトに紙とペンを貸してもらい、言われたまま術式を描いた。レオンハルトには杖の言葉をそのまま伝える事にした。
『まず、この術式は魂を入れ替えるような術式じゃない。ここの真ん中にあるバッテン(×)みたいなマークがあるでしょ』
円の中に色々描かれているが、確かに真ん中にはバッテンのようなマークがある。
『このマークは一般的に治癒術式を描くときに用いられるものなんだ。もし、魂の入れ替えや転送がしたいなら、よくハート形やひし形が用いられる』
「うん? 待ってくれリリィ。それなら、術師は死体に魂を移して、無限に生きる事ができるんじゃないか」
『上手くいけば、の話だけど。だいたい、死体って燃料が無くなった器だから、そのまま入れば唱えた術師が死ぬリスクの方が高い。まぁ、ゼロではないけど。生者に乗り移るか、生者と魂を交換した方が断然良いね。これも性格が変わったりとか様々な問題が山積みだけど』
杖は話を戻す。
『これがまず治癒の術式である事が理解出来たよね。次はバッテンの外側に囲むように描かれている字のようなものを見てくる』
バッテンを丸く囲むように書かれた字。人の言語に見えなくもない記号が、様々な形でいろんな組み合わせで複雑に書かれていた。もし、解読する事になれば、分厚い本を片手に一日中奮闘する事になっていただろう。
『字は読めないと思うけど、右あたりの文字を見てくれる。書く文字を普通に間違えているんだ』
「これだと、どうなるんだ」
『我は魂魄を汝に与えるになってる。傷を治したいならここを「使う」にしないと、死体に魂を受け渡す事になっている訳。デタラメに描けば、本来なら術として不発して、行き場のない本体の魂が消えて死ぬ筈だったのに』
「偶然、術として成り立ったということか」
『そういう事。死の境を彷徨いながら描いた術式だから、間違えるのも仕方ないかな』
「偶然の産物となると、どの本にも一切記載されていないとなりますね」
とレオンハルトが付け加える。
そう、必然でも、偶然にしろ、リリィは新しい術式を土壇場で生み出した事になる。だから、使用人の時に魔術書をどれだけ漁ってもこの術式が出てこなかった訳だ。
そして、杖は解読できる事はこれくらいだと話を終えた。
「疲れた。ずっと気を張り続けるのは難しいな」
寝た途端に襲いかかってくる疲れには未だに慣れない。『僕の体だからね。仕方ないよ』と腕輪であるリリィが言う。リリィが体力ないのか、まだ体が馴染んでいないというのか。そもそも疲れやすいのは、前の体と同じように動かしてしまうのが大きな原因ではある。
「まだ、喋れる元気はありますか」
後から堂々と帰ってきたレオンハルトがソファーの背を掴んではこちらを上から覗くように伺う。
「あると言いたいが、目が霞んでいる」
「一度寝ますか」
「いや、このまま意見を交わしたい。明日になって、また状況が変わっているかもしれない」
真っ直ぐな線が歪んで見えるほど疲労を感じるが、今夜中に話したい事は終えたい。眠りそうな体を叩き起こし、力を振り絞ってはソファーに座る。
「隣、いいですか」
「そうしてくれ、声がそんなに出せないかもしれない」
イナミはソファーの端に寄り、上着をソファーにかけてレオンハルトは隣に座る。
最初の話はイナミからする事になった。リリィは転移術を使ったが遠くには行けなかった事、そして城の地下道で何があったのかを話す。
「まず、結果から言うと何も無かったが、得られるものはあったと言う事だ」
「では、貴方に関する物的証拠は一つもなかったんですね」
「ああ、何も無かったが、地面に消された術式があった」
「術式? もしかして魂を入れ替えるものでしたか」
「術式に関しては、俺は全く分からないが腹と同じようなものが描かれていて」
証拠を見せるためにも、術式が刻まれた腹を見せようとシャツの裾を掴んであげたーーーが、すぐにレオンハルトの手が伸びてきて、裾を掴まれ腹を隠される。
「おい、これだと見えないだろ」
「分かりましたから、充分理解しましたから、やめてください。あと、俺に見せても分からないので」
「それもそうか」
「そうです」
押し切られた気もしないが、術式を見せるのは止める。裾から手を離し、そっぽを向くレオンハルトの耳がほんのりと赤い気がした。
「まぁ、あそこで同じ術式があったとなると、そこでリリィが魂を交換したという事実が得られた訳だ。術式に関しては専門家に訊いた方が早いな」
イナミは腕を揺らして杖に言葉を投げかけると『専門家じゃないんだけど』と不満を漏らした。
「お前が描いたんだろ。これがどう意味であるかくらいは分かるはずだ」
『描いた記録はないけど、僕というか、杖なりの見解になるけど良いの?』
「それでいい、一から探すよりかは」
『じゃあまず、教えるから紙とペンで術式を描いてくれるかな。説明しやすいから』
杖の言う通りにレオンハルトに紙とペンを貸してもらい、言われたまま術式を描いた。レオンハルトには杖の言葉をそのまま伝える事にした。
『まず、この術式は魂を入れ替えるような術式じゃない。ここの真ん中にあるバッテン(×)みたいなマークがあるでしょ』
円の中に色々描かれているが、確かに真ん中にはバッテンのようなマークがある。
『このマークは一般的に治癒術式を描くときに用いられるものなんだ。もし、魂の入れ替えや転送がしたいなら、よくハート形やひし形が用いられる』
「うん? 待ってくれリリィ。それなら、術師は死体に魂を移して、無限に生きる事ができるんじゃないか」
『上手くいけば、の話だけど。だいたい、死体って燃料が無くなった器だから、そのまま入れば唱えた術師が死ぬリスクの方が高い。まぁ、ゼロではないけど。生者に乗り移るか、生者と魂を交換した方が断然良いね。これも性格が変わったりとか様々な問題が山積みだけど』
杖は話を戻す。
『これがまず治癒の術式である事が理解出来たよね。次はバッテンの外側に囲むように描かれている字のようなものを見てくる』
バッテンを丸く囲むように書かれた字。人の言語に見えなくもない記号が、様々な形でいろんな組み合わせで複雑に書かれていた。もし、解読する事になれば、分厚い本を片手に一日中奮闘する事になっていただろう。
『字は読めないと思うけど、右あたりの文字を見てくれる。書く文字を普通に間違えているんだ』
「これだと、どうなるんだ」
『我は魂魄を汝に与えるになってる。傷を治したいならここを「使う」にしないと、死体に魂を受け渡す事になっている訳。デタラメに描けば、本来なら術として不発して、行き場のない本体の魂が消えて死ぬ筈だったのに』
「偶然、術として成り立ったということか」
『そういう事。死の境を彷徨いながら描いた術式だから、間違えるのも仕方ないかな』
「偶然の産物となると、どの本にも一切記載されていないとなりますね」
とレオンハルトが付け加える。
そう、必然でも、偶然にしろ、リリィは新しい術式を土壇場で生み出した事になる。だから、使用人の時に魔術書をどれだけ漁ってもこの術式が出てこなかった訳だ。
そして、杖は解読できる事はこれくらいだと話を終えた。
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