騎士隊長はもう一度生き返ってみた(その名前はリリィ)

イケのタコ

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隙間の話2 前半(レオンハルト視点)

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不覚にも、見た時の感想は綺麗な人だと思った。
艶やかな黒髪、ガラスのような灰色瞳、形のいい鼻、滑らかそうな肌や、その綺麗な横顔や全てが輝いて見えた。
これを一目惚れというのだろうか。

「イナミ、今日の予定は空いている?」
「空いていますけど、どうかされましたか」
「今、すごく嫌そうな顔したね。いやその、今日ね、誕生日会が……」

ジェイド殿下とイナミと呼ばれた騎士が中庭を通り過ぎていく。
あの人、イナミってという名前なのか。その凜とした後ろ姿にずっと目で追いかけ続けていたレオンハルトの心の中は暖かくポカポカとしていた。
 
もっと、顔や体を近くで見てみたい。

「あっ、あれ第三王子のジェイド殿下だよな。初めて見た」

と話すのはレオンハルトと同じく帝都の騎士団で訓練をしていた生徒一人だった。

「まじか、確かにオーラが違う訳だ。ていうか、横にいた騎士って誰だろう。称号は付いてないし、どうみたって若手だったよな」
「あれか、知らないのか。先輩から聞いたんだけど……」

小指を立てる生徒、それを見て会話をしていた生徒は大きく口を開け、眉をひそめた。周りにいた生徒達も、二人の会話が気になるようで目を光らせては聞き耳を立てている。

「嘘だろ、王子の愛人って事」
「違う、違う、そんなの追放ものだろ。彼奴は、上のジジイ共と寝て勝ち取った地位らしい。しかも、後ろには超巨大な組織がいて、色々やっているとか。だから。先輩もアイツには関わるなって」
「うわー、最低だろ。そう言う人間って本当にいるんだ」

「そこ! 無駄な会話をしない、休憩が終わったなら訓練に戻れ」と、噂話をしている生徒は教官である騎士に指を指されて叱られた。叱られた二人は背筋を伸ばし、敬礼してから走り込みの訓練に急いで戻る。

どうせ、根も葉もない噂話だ。どうでもいい会話を聞いてしまったと、レオンハルトは二人をものすごい剣幕で睨みつけた。そして、二人の背中かが鳥肌をたてゾワリと揺れ動く。

「なんか、悪寒が」
「俺も……変な話をしていたからか?」

逃げるように走る二人。レオンハルトも水を少し口にしてから訓練に戻ろう。
地面に置いた水筒を取ろうと腰を屈めた瞬間、水筒が空に吹き飛んだ。
高く飛んだ水筒は、だいぶ向こうの地面に落ちる。

「おい、何に水なんか飲もうのしているんだよ。騎士になりたいなら、しっかり走ってこいよ」
「……」
「畑でのびのび育った人間は頑張らないと騎士にはなれないんだぞ。あーあー貧乏人にアドバイスなんて、俺はなんていい奴なんだ。なっ、そう思うだろ」

腕や指に煌びやかな装飾を付けた男はニヤつきながら、腰巾着のようにいる周りに笑いかけた。感じが悪いこの男が、レオンハルトが取ろうとした水筒を蹴り飛ばした。

「いいか、芋が二度と俺の前に出てくるなよ。今度、俺の邪魔をしようものなら、父様に言って、痛い目に遭わすからな」

レオンハルトを強く指差す男。この男は、ほぼ毎日何かしらの嫌がらせをレオンハルトにしては、脅していた。

水筒も何度蹴られたか……、もう数えてはいられない。

レオンハルトはやり返したい山々だったが、この嫌がらせをする男は、残念ながら由々しき貴族の息子。
そして、レオンハルトは田舎からきた平民。ただの平民が貴族にやり返す事も出来ず、相手は平民という地位を皮切りに何度も暴言を吐いては訓練の妨害をしてくる。

だから「今日もか」とレオンハルトはため息を吐いた。

「……何が楽しいのか、分からない」
「はぁ? お前、この俺に口答えする気か」



「わっわっレオンハルト君、どっどうしたの。すごい傷だよ」

生徒達の訓練も区切りがつき、昼休みといったところで駆けつけてきたのはミオンという、帝都の治癒師だった。
資料室に用があったのか、大量の資料を運ぶミオンは廊下ですれ違った時にレオンハルトが怪我をしていると直ぐに気がついた。

「いえ、あの大丈夫ですので」

レオンハルトは泥がついた制服の裾を指で伸ばして肘から流れてくる血を隠す。

「いやいや、泥だらけだし血が出てるよ。化膿するかもしれないし、医務室行こうよ」

不満そうに頬を膨らます治癒師のミオンに、目線を逸らすレオンハルト。
二人の出会いは、運命的なものではなく至って単純なもの。ミオンが資料を持ったまま転げ、そこをレオンハルトが助けた。
それから、ミオンの方から話しかけて来ては、無駄話をする程の仲になった。レオンハルトは帝都に来てから、一番仲が良いのかもしれないと思っている。

「あの、本当に大丈夫ですので、この後も練習がありますから、お先に失礼します」
「えっちょっと、待ってよ」

ミオンの静止も聞かずにレオンハルトは急ぎ足で遠ざかる。

ミオンには悪い事をしたと思いつつも、レオンハルトこの怪我を医務室というか人に知られてはいけない。
何故なら、この怪我は先程の貴族の息子と腰巾着達につけられた傷であるから。
もし、騎士団に知られれば大事になると分かっていた。
大事になって自身が被害者であろうと、貴族の息子が一度でも親に泣きつけば、こちらが追放されるのは目に見えている。
そうなるなら黙っていた方が良いと、レオンハルトは傷がついた片腕を握りしめては血を止める。

貴族は嫌いだ。自分の下だと思った途端に態度を変えてくる。
お前は貧乏臭い、平民だから金に汚いなど、お前とは知能が違う、言われようのない事ばかりを指さしては蔑んでくる。
身分がなんだというのだろうか、同じ地に立っている時点、同格だというのに。
貴族と関わって碌な事がない。
親戚の誕生日会に行った時もそうだった。話しかけただけで「汚い」と令嬢に水をかけられ追い払われた。

「ここに来た事が間違いだったのかな」

空に言葉を出したくなるほど、レオンハルトは田畑が広がる町に帰りたいと思う。
帝都に来た時から、貴族や色んな人々に関わるとは覚悟していたけど、地方の平民だからといってまともに評価もされず、虐げられる毎日。
憧れの『帝都の騎士』なるという夢を持って田舎から出て来たが、田舎者はのんびりとした地に帰るべきなのかもしれない。
ここじゃなくとも『地元の兵士』にだってなれるし、親も実家に帰ってくるのは大歓迎だと言っていた。
それに、人々の手助けがしたいという、やりたかった事は田舎でも出来るのだから。夢を諦める、潮時なのかもしれない

ーーーそれでも『イナミ』という人物に一度でも会ってみたい。欲でまみれた、汚い感情だとは分かっているけど、ここを辞めようと思うたびにあの人の事が頭をよぎる。

恋は盲目。騎士見習いよりか、そんな言葉が今の自分には一番お似合いだと、レオンハルトは自身をあざ笑った。

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ここまでの長編を最後までお読みいただきありがとうございます100お気に入りありがとうございます
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