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四話 お茶会
しおりを挟む『ああ、もう! 僕は記録だって言っているだろ。説教してもなにも意味ないんだよっ』
リリィが怒っているのは腕輪の周りを飛び跳ねる精霊に対してだ。精霊は杖がリリィであると気づいてからドルゥドルゥという音、相変わらず言葉を拒否する音を出しては腕輪に懸命に体をぶつけていた。
「声が聞こえているのか」
『いや、僕も本体ではないから、精霊の声は聞こえない。けど、こいつの行動パターンを知っているから、説教されているくらいは分かる。もう、うるさいっー!』
脳内で叫ぶのは、やめてほしい。耳を塞いでも聞こえてくる声は、まるで思考が二つあるみたいで気持ち悪くなる。
「ごめん、やっと用事が終わったよ。入っても大丈夫?」
扉がノックされては、頭に響くような喧嘩をしていた杖と精霊は同時に黙り、精霊は弾けるように消えた。
頭の中もすっきりしたので「大丈夫です」とイナミが声をかけると、レオンハルトが顔色を青ざめて気分が悪そうに入って来た。
先程のお嬢さんを追い返すために相当、骨を折ったようである。
「俺より、大丈夫ですか」
「今日は散々だったよ。彼女に不味い事を言ったのか、怒られるし、会った早々に変な香水は吹きかけられるし、もう疲れた」
レオンハルトからはイチゴようで、さくらんぼのような甘酸っぱい匂いがする。自然的なさわやかな匂いではなく、人工的な匂いを重ねた濃厚な香り。
匂いが、濃すぎて臭い気がする。
しつこい匂いをまとわせたまま此方に歩いて来ては、うつ伏せでベッドに倒れ込むレオンハルト。スプリングが弾む、騎士団の隊長としてあってはならない姿を見出している。
ずっと気を張り続けるのは人である限りは、流石に無理か。
「昔から、女の人が苦手というか。好意を持って近づいて来られるのは苦手なんだよね。関わると碌な事しかならないし」
もちろん、知っている。
それが誇張して現れていた10年前は愛想をというものを殴り捨てていたから、同期の女子達にはレオンハルトは不人気だった。
無愛想になれば生意気だと怒られ、愛想を振り撒けば勘違いされて恋沙汰に巻き込まれる。
どっちに転んでも可哀想な奴である。かける慰めは一つしかなく。
「全てを終えたら恋人くらいは作ってみては、騎士隊長さん」
「……恋人」
「なに?」
なぜか、シーツ隙間から見えた片方の蒼い瞳がこちらに向く。
「それって、君でもいいって事だよね」
「……いや、そう意味じゃなくてだな。もうちょっと、箔のついた女性とだな」
うつ伏せだった顔が横に向くとレオンハルトは此方に手を伸ばして来ては、置いていた手と重ね合わせてきた。リリィの細い指先に、骨張った大きな手で覆う。
「あの時の意味分かる」
「あの時? なにか、あったかーーー」
「キスした意味」
ギュッと手を握られた。
手と手が繋ぎ合わせ瞬間、イナミは森であったあの時の事をやっと思い出し、冷や汗をかいたり、青くなったりと忙しなかった。
今更、その話題を持ってくるとは全く予想しておらず、目が泳がせて、居心地が悪そうに座り直しレオンハルトの瞳を見なかった。
「気持ち悪かった?」
「……ねぇけど、でもそれは、あれで」
言葉が出てこない。繋がれた手からレオンハルトの早い鼓動が伝わってきて、こちらも空回りして変な気分になってくる。
流されるな、自身を強く持て。きっと、レオンハルトは俺を揶揄っている。
「じゃあ、口説いてもいいかな」
『ーーーいいよ、レオンハルト』
レオンハルトの驚いた顔が目に映る。そして、いつの間にか握られた手を同じように握り返していた。
「えっ?」
今のは、俺の言葉じゃない。まるで誰かに背中を押されたような気分だ。
すると、奥の底で悪魔のようにーーー『だって、面白いんだもん』と嘲笑うから腕輪を握り潰すくらいの力で覆う。
到底、この筋力では潰す事も出来ないが。
「レオンハルト様、お客様がお見えです」
トントン、扉は小突かれ再び来客が来た事を老婆の使用人が知らせる。
「えっまた、分かった。すぐ行くよ」
レオンハルトのあたたかい手がスルリと抜けていく。直ぐにベッドから抜け出し、来客に会うため髪の毛を整えた。
「ごめん、今日は話できなそう。明日になったら全部話すから、行ってくる」
「ええ、ああ」
俺は繋がれた手のひらを見ていた。
温かさなくなって、少しだけ名残り惜しいと思ってしまった自分がいたからだ。
甘酸っぱい濃い匂いに呑まれているのか。
「あの、レオンハルト様、お客様がリリィ様も呼んで欲しいとの事です」
「リリィも? すまないが、お客様の名前を教えてくれないか」
俺も呼ばれているとなると、帝都でリリィを知っているのは、今は騎士団しかいない。
騎士団の誰かが来ているのか。レオンハルトにはあっても、処罰が決まったリリィにはそうそう用事はない。それとも、新たな罪でも発覚したのか。
二人で頭を捻っていると、
「お客様はジェイド様という方です」
イナミとレオンハルトは顔を見合わせた。
*
「こんにちわ、レオンハルトとそれと、リリィ。元気だったかな。先の旅が大変だった事は聞いたよ、お疲れ様」
玄関にいたのは、帝国の第二王子のジェイドだった。今日はお忍びのようで、格式ある格好ではなく、シャツにカーディガンを羽織り、道を行き交う一般人と変わらない姿だった。
そして、レオンハルトがもう一つ驚いた事は、ジェイドが一人で玄関に立っている事だった。
「殿下もしかして、お一人でいらっしゃったのですか」
「今回はちゃんとロードリックを連れて来たよ。でも……ね」
頬を掻いてカラカラと笑うジェイドは閉まった玄関を見やる。
「彼がどうしても入りたくないと。玄関で見張り役をしているとは言っていたけど」
「じゃあ、そのまま見張り役をさせておきましょう。どうぞ、殿下は屋敷に入って足を休めてください」
「お言葉に甘えて、そうさせてもらうよ」
ジェイドは片手に持っていた、お菓子の袋を老婆に丁寧に渡す。
「ジェイド殿下。毎年のお気遣いありがとうございます」
「いいよ、もう趣味みたい物だから。本当は、挨拶だけして帰ろうと思ったんだけど、リリィもいると聞いたから顔だけでも思ってしまってね。迷惑かけて、すまないね」
「迷惑なんて思ってないですよ。来てくださるだけで光栄ですから」
落ち着いた空間が出来上がっていく中、丁度お茶会をするには良い時間帯である。レオンハルトは居間へとジェイドを案内する。
「どうぞここに、お茶を淹れますから少々お待ちください」
「ありがとう」
手慣れた手つきで椅子を引いてはジェイドを椅子に座るのを見届けてから、キッチンに行ってお茶を作り始めた。
「リリィ君は好きなお菓子とかあるかい」
着いて来ていたものの部屋の隅に立って気配を消していたイナミだったが、ジェイドは振り向き平然と話しかけてきた。イナミは少しだけ体を跳ねさせて、機械のように口を動かした。
「えっと、チョコとか……」
「チョコレートが好きなんだ。良かった、丁度持ってきたお菓子箱にあるから食べて行きなよ」
「えーはい、ありがとうございます」
「うん、美味しければ言ってね。また持ってきてあげるから」
優しくジェイドは「来て、来て」という手振りをしてイナミを呼ぶ。帝国の王子に呼ばれている、イナミが行かない訳がない。
「これ、あげる」
手を出してと言われて、手を出してみると掌に置かれたのは花柄の紙に包まれた飴だった。
まだ、ポケットに入れていたのかと思うのは、昔からジェイドはポケットに菓子を忍ばせては、俺に密談を交わすように手渡していたからだ。
最初は俺が菓子をあまり食べた事がないし、家では禁止されていると言ったのが発端だったか。
子供の頃は大人達に見つからずあげるというスリルを楽しむ遊びだったはずが、大人になっても俺に菓子を手渡した。
そのおかげで、イナミはお菓子好きという周りからレッテルを貼られたのが良い思い出。とはいえ訂正するのも、面倒だったのでそのまましておいたのが原因だったが。一つ言っておくと、俺はお菓子が好きでもなければ、嫌いでもない。
「お近づき印」
「えーと、ありがとうございます」
イナミはいつものように貰った飴の包みを開けて、口に放り投げた。
うん、甘い。飴を噛み砕き食べた、感想はそれだけである。
「ふふっ」
吹き出すように笑っては、涙を拭く仕草をするジェイドにイナミは困惑するしかない。
「っごめんね、やっぱり友人に似てて思わず、ごめんね」
「そんなに似ていますか、その人と」
「うん、似ているかな……兄弟みたいな友人だった人なんだ。その友人にこうやってお菓子をあげていたのだけど、渡す時にいつも要らないって顔をしては、受け取るんだよ」
「そうですか」
極力無になっていたが残念ながら、表情を読まれていたようだ。
「食べるたびに、気が抜けたように笑うから。ついね、それが見たくてあげちゃうんだよね、って君こんな話しても関係ないよね」
「……いえ」
「お二人さん、ミルクも砂糖もあるからお好みでどうぞ」会話している内にレオンハルトが帰ってきた。丸い机に置かれたのは、花の香りが漂う紅茶。5つのコップに入った紅茶は赤く透き通る水面に、覗き込む三人を映し出した。
「お菓子もありますよ」
横から老婆の手が伸びて来ては、ジェイドから先ほど貰った菓子が器に綺麗に盛られていた。
お茶会の準備は終わり。これでレオンハルトも腰を落ち着けてジェイドと話す事できる。
「あっ、そうだ。リリィすまないけど、玄関で拗ねている子に持って行ってくれないかな」
ジェイドはそう言って、レオンハルトが持ってきたトレーに紅茶一つとお菓子を数個付け加えてイナミに渡す。
「分かりました、持って行ってきます」
イナミは、自分に配られた紅茶もトレーに乗せて玄関に向かった。
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