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十四話 痛みと自制 ※
しおりを挟むあの後、薬によって力が抜けたイナミは、レオンハルトによって寝室に運び込まれた。
頸に四角いチップを埋める為にうつ伏せに寝かされては、頸が見えるように髪の毛を分けられた。
まんまんと罠に嵌まる馬鹿がいた。
レオンハルトの後を付いて行った時から、なんとなく察しはついていたのに、結局このざまとは不様な限りある。
魔術を封じる際、様々な方法がある。手に巻いた紐もそうだったが、何よりも効果的だと言われているのは3センチくらいの四角く板のようなチップ。この小さな物に魔術式を織り込むことによって、誰でもコンパクトに魔術師に対し魔術封じと、本人の居場所が分かる優れ物。
様々な魔術師を相手にする騎士としては手段の一つでもある。
とはいえ、優れ物と言ってもメリットがあればデメリットとがある。
「えっとまず、首に小さな切り込みを入れて押し込む」
「おまえ言い方」
「ごめん、ごめん、すぐに終わるから」
平謝りで全く誠意を感じないし、技師ごっこをしているレオンハルトはどこか楽しそうである。
銀のナイフが頸に当たるのを感じるが、無機質な冷たさはもう感じない。
「痛かったら、叫んでいいから」
「やめるとかは無いんです」
「ごめんね、無いかな。ロードリックっていう、あっちの隊長とお互い譲歩して決めた事だから。この約束を守らないと君を危険に晒すことになるから、ごめんね」
レオンハルトは身の自由を、ロードリックは身の拘束。身を引かない二人が話し合った結果、頸に埋め込むチップになるのは必然か。
あの時、ロードリックが言い返さずに納得した意味が分かる。
埋め込まれるのは最悪であるが、こちらとしては手足を自由に動かせるだけで充分である。
「ちょっとだけ、切るね」
前を置きしてからナイフで皮膚を切られているのがなんとなく感じ、首を伝って血が流れているのも理解する。けど、痛みはない。
「埋め込むね」
「っ!!」
その瞬間、脊柱を突き抜けるような痛みが体に走る。一瞬だったが雷を受けたような衝撃的に、シーツを掴みたくなるが薬が効いた手では力は入らず空を掻く。
神経という全てを尖らせて、痺れる痛みの余韻を虚しく味わう事しかできない。
自分のコントロールが馬鹿になった口から勝手に涎が出てくる中、強烈な痛みが終わったと思えば、次はぐるぐると世界が周り始めた。
船酔いのようで、気持ち悪い。
レオンハルトの方はチップを入れた瞬間、血を拭ったり薬を塗って殺菌したりと傷口の処置に追われていた。
「終わったよ」
最後は傷口を隠すように首に包帯を巻かれれば、全てが終了した。傷口は数センチ、血は数滴。たった数分の出来事で、味わった事がない痛みと気持ち悪さが押し寄せたのだ。
まだ、目の前が円を描いているような気がする。
体の中で生成される魔術が通っている道を無理矢理塞ぐやり方。
そう、この小さなチップの最大のデメリットは、使う相手の負担が大きい事である。
騎士時代、何度か拝見したがこれを入れた瞬間、泣き叫んで失神する者や、暴れ回って嘔吐まみれなど、がよくあった。
魔術師としては使われたくない代物であるし、騎士団としてもこちらの負担にもなるから、どうしてもの時しか使わない。
「前がぐるぐるする」
「大丈夫? 水持ってこようか」
「ーーー動くと吐きそうなのでっ、このままで」
「分かった、何かあれば言って」
習いたての魔術師に対しての最初の脅し文句と言われるほど、最悪な物。
もっと負担が小さい改良版を作るべきである。それとも、この痛みが魔術の抑制に繋がっているのか。
「……君すごいね。これ埋め込んだら、大抵気絶するか叫ぶかの二択なのに」
「っ痛みには慣れていますから」
「ははっ嫌な慣れだね……でも、眠っても良いよ。大丈夫、もうこれ以上は何もしないから」
ぐにゃぐにゃと色んな曲線を描いていた世界が突如、ほのかに赤い暗闇に覆われた。「安心して」と背中を上下にゆっくりと撫でられ、やっと無駄に力んでいた力が抜けていき、瞼を閉じられる気がする。
ーーー体温なんて分からない筈なのにあたたかい、と何故かそう感じた。
「ほら、眠くなってくる。なんてね」
手を離して戯けて見せたレオンハルトだったが、イナミは大きな手に縋り付くように頬を寄せてくる。
「……」
「……あははっ、やばいね」
引き攣るように笑うレオンハルトは何がやばいのかは知らないが、このあたたかさの中にいたい。
分からない、知らない、でもどこか知っている温かさが胸の中を満たしていく。
「ここで、寝てもいいのか」
「もっもちろん良いけど……」
言葉を溜め込むように口を揺らしたレオンハルトは苦渋に顔を歪めたが、一度頭を振っては気持ちを切り替えるように平常心を取り戻す。
「少し、動かすね。吐きそうなら言って」
ベッドに脚をかけてはイナミの体を仰向けにして、背中と足に手を入れる。横に流すかのようにベッドの真ん中でイナミを寝かす。
ベッドの端に溜まっていた掛け布団を持ってくれば、もう寝る準備が整った。
「どう? 眠れそう」
「うん、眠れそう」
「それはよかった」
「ーーーレオンハルトは寝ないのか」
ベッド脇に座るレオンハルトを見遣ると、ほんの少し耳や頬が赤い気がする。
「えっ、と俺は後で寝るよ」
「そうか」
熱があるなら早く休めと言いたかったが、喉奥に留まるように言葉が出なかった。
体が浮いているような感覚に瞼が自然と落ちてくれば、身体の全ての力が抜けて、あっという間に夢の中。
先に寝落ちしまう事を謝りたいけれど、それはもう夢の中で言うしかなかった。
「何をやってるんだ、俺は」
随分と情けない声が遠くの方で聞こえた気がした。
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