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十三話 忘れた出来事
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息を飲む。罪状をつらつらと並べられると思い身構えたか、レオンハルトの予想外な答えにイナミは張っていた気を抜かす事となる。
「まず、話すのは帝都襲撃事件だ」
「へっ?」
「約一か月前、黒いマントを着た正体不明の集団が突如として城を襲撃した。予期していない事態に城は混迷に陥ったが、幸運な事に騎士団全隊が城にいた。そのおかげもあって、それなりの負傷は出したが事はそれほど大きくならずに済んだ」
「その集団ってサエグサか」
「現場にはサエグサを象徴するコートが落ちていた事からサエグサだと、騎士団は結論づけた。そして、その集団の一人が砂のように消えていく転移魔術を使い逃げたという報告もある」
だから、サエグサとの繋がりがあるリリィがその中の容疑者の一人として持ち上がったのか。
「その報告の元に騎士団は国のあちこちを捜索する事となった。しかし謎の集団となると実態を掴むには情報が少なく手の付けどころがない。捜索の困難を強いられたが、ある匿名の情報が騎士団に入った。ある街に転移魔術を使う魔術師がいると。それが君と初めて出会った場所」
あの街のあちこちで情報を集め、騎士団が探し求めていた人物はずっとリリィだったのか。レオンハルトが離れず常に横にいた理由が明確に理解できてきた。
「俺が魔術師だって事を、知っていたんですね」
「魔力の残り香はあったから疑いはしたけど、屋敷にいた時は全く分からなかったよ。分かったのは、君が二階から落ちた時の転移魔術で確信した」
「ですよね」
俺もリリィが魔術師である事を見抜けなかった。
「嘘をついている様子もないし、隠しているような動きもない。騎士団を見ても警戒しなければ、攻撃もしない。そして、魔術師なのに魔術は不安定」
椅子から立ち上がったレオンハルトはこちらに近づいて来ては、椅子のひじ掛けに手を置いた。そして、俺が逃げないように体で囲ったレオンハルトは見下ろしてくる。
見上げれば、夜の海のような濃くなった青色の目がこちらを見ている。
「君は誰だ」
「……どうして、そう思う」
「全てに裏がないもあるけど、あの後屋敷で君の事を調べた。記憶を忘れていたとしてもあまりにも前の君と今の君がかけ離れすぎている。そう、まるで別人と言った方がいいのかな」
答えられなかった。肯定しても、否定しても、自分はリリィではないと言ってしまうから。レオンハルトなら遅かれ早かれいずれにせよ辿り着く事が出来ると分かっていた。
「でその事実を知った騎士さんはどうする。拷問して根掘り葉掘り聞きたいか」
「いや、しない」
「はぁ?」
「君とは良い取引関係となりたいと思っている。だから、脅したい訳じゃない。私は君を利用するし、君は私を利用する。だから君が誰であろうと」
「到達する先は同じか」
そうだと、レオンハルトの瞳を伏せた。
「騎士団が不安か」
「……わざと答えにくい事を、言っているでしょ。とりあえず、こちらは君が誰であるとかの詮索はしないよ」
「それはありがとう」
レオンハルトは話が終わったのか肘置きから手をどけて、椅子から離れていく。
色々と判明した事実。なぜ、リリィは帝都まで行き城を襲撃したのか。そのあと何故、俺と入れ替わる形で死んだのか、結論に至るまでには情報がまだまだ少ない。
やはり、事実を追うには事件となった帝都に帰るのが手っ取り早いか。
レオンハルトとの用が終わったイナミだったがすぐには椅子から離れず、聞いた情報を頭の中で整理をしていた。
「上向いて」
「はい?」
上から降りかかってくる声に反応したイナミは何も思わず上を向くと、その瞬間を狙うかのように押し込まれた。
口の隙間から入ってくるのは生ぬるくてドロリとした液状の何か。イナミは知っていた、これが何かであるか。
無色透明で味のしないゼリーは、酷い怪我をした時に飲まされる麻酔のような薬剤。感覚は全てなくなるが覚醒したままいれる。
それを飲まされたとなれば、レオンハルトの事情を理解する。
イナミはどうにかしてゼリーを喉に通さないよう舌で追いやるが、レオンハルトも諦める事はなく頬を掴んでは顎を上げた。
そして、あと一息だと言わんばかりにイナミの鼻をつまんではゼリーを奥へと押し込み。息ができない状況に空気を求めた肺が吸い込んだ時に、イナミの喉がゴクリと鳴った。
「ごほっ!」
「よかった、飲んだようだね」
無事に飲んだ事を確認したレオンハルトは手を放し、イナミは前のめりに咳き込む。
「さて、飲んだ事だし付けようか」
レオンハルトの指に挟まれているのは数センチの板。緑色で金属に似た光沢を放つ物は通称『魔封じのチップ』と呼ばれている物だ。
イナミの額から冷や汗が止まらない、安易にレオンハルトについて行った事を恥じるほどにものすごく後悔していた。
「大丈夫、ちょっと痛いだけだから」
なぜなら、付ける際にちょっとの痛みで済まされない代物だから。
チップを持ちながらじりじりと笑顔で詰め寄ってくるレオンハルトが恐い。目の奥に好奇心が見えていて、余計に恐怖心を煽る。
「あの、自分でやるから貸せ」
「駄目だよ、首の後ろに埋め込むから出来ないよ」
「いやだって、お前から」
「いいから、大人しくしようね」
「こっちに来るな!」
逃げられないと分かっていても、椅子の背にしがみついては足を掻いて逃げようとするイナミ。
その日、町にイナミの叫び声が響いたとか、響かなかったとか。
「まず、話すのは帝都襲撃事件だ」
「へっ?」
「約一か月前、黒いマントを着た正体不明の集団が突如として城を襲撃した。予期していない事態に城は混迷に陥ったが、幸運な事に騎士団全隊が城にいた。そのおかげもあって、それなりの負傷は出したが事はそれほど大きくならずに済んだ」
「その集団ってサエグサか」
「現場にはサエグサを象徴するコートが落ちていた事からサエグサだと、騎士団は結論づけた。そして、その集団の一人が砂のように消えていく転移魔術を使い逃げたという報告もある」
だから、サエグサとの繋がりがあるリリィがその中の容疑者の一人として持ち上がったのか。
「その報告の元に騎士団は国のあちこちを捜索する事となった。しかし謎の集団となると実態を掴むには情報が少なく手の付けどころがない。捜索の困難を強いられたが、ある匿名の情報が騎士団に入った。ある街に転移魔術を使う魔術師がいると。それが君と初めて出会った場所」
あの街のあちこちで情報を集め、騎士団が探し求めていた人物はずっとリリィだったのか。レオンハルトが離れず常に横にいた理由が明確に理解できてきた。
「俺が魔術師だって事を、知っていたんですね」
「魔力の残り香はあったから疑いはしたけど、屋敷にいた時は全く分からなかったよ。分かったのは、君が二階から落ちた時の転移魔術で確信した」
「ですよね」
俺もリリィが魔術師である事を見抜けなかった。
「嘘をついている様子もないし、隠しているような動きもない。騎士団を見ても警戒しなければ、攻撃もしない。そして、魔術師なのに魔術は不安定」
椅子から立ち上がったレオンハルトはこちらに近づいて来ては、椅子のひじ掛けに手を置いた。そして、俺が逃げないように体で囲ったレオンハルトは見下ろしてくる。
見上げれば、夜の海のような濃くなった青色の目がこちらを見ている。
「君は誰だ」
「……どうして、そう思う」
「全てに裏がないもあるけど、あの後屋敷で君の事を調べた。記憶を忘れていたとしてもあまりにも前の君と今の君がかけ離れすぎている。そう、まるで別人と言った方がいいのかな」
答えられなかった。肯定しても、否定しても、自分はリリィではないと言ってしまうから。レオンハルトなら遅かれ早かれいずれにせよ辿り着く事が出来ると分かっていた。
「でその事実を知った騎士さんはどうする。拷問して根掘り葉掘り聞きたいか」
「いや、しない」
「はぁ?」
「君とは良い取引関係となりたいと思っている。だから、脅したい訳じゃない。私は君を利用するし、君は私を利用する。だから君が誰であろうと」
「到達する先は同じか」
そうだと、レオンハルトの瞳を伏せた。
「騎士団が不安か」
「……わざと答えにくい事を、言っているでしょ。とりあえず、こちらは君が誰であるとかの詮索はしないよ」
「それはありがとう」
レオンハルトは話が終わったのか肘置きから手をどけて、椅子から離れていく。
色々と判明した事実。なぜ、リリィは帝都まで行き城を襲撃したのか。そのあと何故、俺と入れ替わる形で死んだのか、結論に至るまでには情報がまだまだ少ない。
やはり、事実を追うには事件となった帝都に帰るのが手っ取り早いか。
レオンハルトとの用が終わったイナミだったがすぐには椅子から離れず、聞いた情報を頭の中で整理をしていた。
「上向いて」
「はい?」
上から降りかかってくる声に反応したイナミは何も思わず上を向くと、その瞬間を狙うかのように押し込まれた。
口の隙間から入ってくるのは生ぬるくてドロリとした液状の何か。イナミは知っていた、これが何かであるか。
無色透明で味のしないゼリーは、酷い怪我をした時に飲まされる麻酔のような薬剤。感覚は全てなくなるが覚醒したままいれる。
それを飲まされたとなれば、レオンハルトの事情を理解する。
イナミはどうにかしてゼリーを喉に通さないよう舌で追いやるが、レオンハルトも諦める事はなく頬を掴んでは顎を上げた。
そして、あと一息だと言わんばかりにイナミの鼻をつまんではゼリーを奥へと押し込み。息ができない状況に空気を求めた肺が吸い込んだ時に、イナミの喉がゴクリと鳴った。
「ごほっ!」
「よかった、飲んだようだね」
無事に飲んだ事を確認したレオンハルトは手を放し、イナミは前のめりに咳き込む。
「さて、飲んだ事だし付けようか」
レオンハルトの指に挟まれているのは数センチの板。緑色で金属に似た光沢を放つ物は通称『魔封じのチップ』と呼ばれている物だ。
イナミの額から冷や汗が止まらない、安易にレオンハルトについて行った事を恥じるほどにものすごく後悔していた。
「大丈夫、ちょっと痛いだけだから」
なぜなら、付ける際にちょっとの痛みで済まされない代物だから。
チップを持ちながらじりじりと笑顔で詰め寄ってくるレオンハルトが恐い。目の奥に好奇心が見えていて、余計に恐怖心を煽る。
「あの、自分でやるから貸せ」
「駄目だよ、首の後ろに埋め込むから出来ないよ」
「いやだって、お前から」
「いいから、大人しくしようね」
「こっちに来るな!」
逃げられないと分かっていても、椅子の背にしがみついては足を掻いて逃げようとするイナミ。
その日、町にイナミの叫び声が響いたとか、響かなかったとか。
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