騎士隊長はもう一度生き返ってみた(その名前はリリィ)

イケのタコ

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八話 幻影

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人は経験した事がない事が突然起きると、体が石のよう固まり脳内は真っ白、考えていた全てが吹き飛ぶ。それを身をもって俺は経験する事になったわけだ。

「どうしたの、足でも痛くなった」
「いえ別に」

前を歩くレオンハルトはいつも通りの反応。隊員達も特に変わった様子はないと普段通りに活動している。

現実味のなかった『あの』やり取りに、俺がおかしいのかと、それとも白昼夢だったのかと、自身を疑うほどにレオンハルトの行動や反応に変わりない。

いや、あれが夢であってたまるか。感触や体温、息づかいすら覚えているのに、夢な訳がない。
それとも、聞き出してもいいものなのか。
直前ならまだしも、周りに人がいて、今さらあれはなんだったのかを聞けるような話ではない。レオンハルトの趣味嗜好や誰を好きになろうと個人的な話であって関係ないのだが、あれにどういった意図があるのか全く理解できない。
 
「なぁ、なぁ、気になってたけど」

周りに気づかれないようこっそりと俺の肩を叩くのはニードだった。
わざわざ口を手で覆い隠しニヤニヤと笑う目つきは、声にする前になんとなく察する。

「ない」
「まだ、何も言ってないじゃん。そう言うの、逆張りって言うし、本当のところどうなんだよ。レオンハルト隊長のこと好きだろ」
「どうもこうも、無いからな」
「嘘だ、さっきも見つめてたじゃん」

面倒な話で絡まれた。
任務を放棄してまで話をするような内容ではないが、ニードはまだ浮かれた話に夢中になる年頃。
誰が好きとか、誰が付き合ったとか聞きたいし喋りたい。そして、俺の見た目はニードとほぼ変わらない年代なので、会話したくなるのも仕方ない。

「レオンハルト隊長か、分かるな。レオンハルト隊長って昔から男女問わず人気あるからな。それに常に他所から声がかかるほど、ライバル多いぜ。あっ勿論僕の見解じゃないからな」
「お前は任務に集中しろ」
「えーいいじゃん。隊長みたいなこと言うなよ、こう言う話を隊でしても、全く反応なくて面白くないだよな。もっと話したいのに」

それもそうだ。
ロードリックの隊員の全体の空気間としては、真面目な者が多い気がする。仕事の時は仕事、個人の話は個人で済ませると、決められたルールには絶対従うといった硬さがある。
まだ隊に染まっておらず、悪戯が好きそうなニードはあの隊で浮いた存在に見える。それも相まって本人も隊員と会話をしてもあまり面白くないのだろう。
どっちらかというと、変化があるレオンハルトの隊があっている……

「ロードリックに言ってこい。真面目すぎて暇だって。もう少し会話しろって」
「お前っ何を言って」
「ロードリック!」
「おまえってやつは」

横から慌てて伸ばしてきたニードの手によってイナミの口を塞がれる。

「まじで、静かにしろ」

指を立てニードは鬼の形相でイナミを迫る。
イナミは手を剥がして騒ぎ立てようかと思ったが、あまりの必死さと情けなさに同情し剥がそうとした手を下ろす。

「そんな事を言えば、僕は隊長に殺されるっ」
「なに、ロードリックのこと恐い?」
「こっ恐くないし、べっ別に、ちょっとうるさいだけと思ってるだけだし」

言葉を綴る声は震えていた。

「隊長は優秀な人であって、決して、こっ恐い人ではなく」
「おい」
「僕にとってはそんな事でメンタルをやられるわけでもなく」
「おい、聞け」

言い訳に夢中だったニードの肩を突然叩いては揺らすイナミ。当然、強く揺らされたニードは不満そうに「なんだ」と手を跳ね除けるように肩を回す。

「おかしくないか」
「何がっ」
「前を見ろ」

前を見ると、特にこれといった変化はなく前を歩く隊員達とニードとイナミの姿があった。

「何も変わってないじゃないか……」

しかし、違和感に気が付いたニードは立ち止まり、遠ざかっていく隊員達を茫然と見送りーーーそして叫ぶ。

「なんで、僕らが二人いるっ!」

横で叫ばれたイナミはおかしいと言っただろと呆れた目線で返した。
前で隊員と一緒に歩くのはニードとイナミ。しかし、立ち止まってその様子を見ているのもニードとイナミだった。
この場に同じ人物が二人存在している事になる。

「どっどういうことだ。なんで僕ら二人だけ」
「落ち着け魔術師、こういう特殊なのが専門だろ」
「僕はこういう実践は初めてなんだよ。まだ先輩魔術師にサポートされながらやっていたんだ」

実践に入ったのはたった数ヶ月前。まだまだ先輩騎士達にサポートされながら、魔術も学んでいるところ。
ここにいるのは新米と術が何もわからない魔術師。ニードの絶望が焦りに変わるのは早かった。
 
「ぼ、ぼ、僕一人でどうすればいいのか」
「そうか、じゃあ今日が初めてか……だったら解決しろ、新人だろうとニード、お前が解かないとここで俺らは死ぬ」
「おまえっふざ……」
「恐くないんだろ、騎士様? それともここで怖気ついたのか」

イナミが煽るようにそう言えばすぐにニードは噛みついてくる。

「こっ恐くないに決まってるだろ! 僕の力をみくびるな。落ち着け、僕は大丈夫っ偉大な魔術師だっ」
「深呼吸」

ニードは叫びすぎて荒れた息を、深く吸っては新鮮な空気を肺に溜め込んではゆっくりと吐いた。

「まず、状況を把握しろ。なぜ、僕らがなぜ二人いるかだ」

前を歩いているのは誰だ、ニードは考える。

「普通に考えて、前を歩くあの僕らは偽物。入れ替わったにしろ、僕たちはなんだ、なぜ普通に会話できて、行動できる。術で攻撃されているなら今頃、変化があるはずだ。それに僕らはひっそりと会話していたが途中から騒いでいた。それなのに関わらず、隊員達から反応がない」
「ということは」
「幻影魔術。場所と時間の一部を切り取って、まるで同じ場所にいるかのように見せる術。だから、僕らも二人いても何もおかしくはない」
「正解らしい」

イナミは、ニードを急いで抱え込んだ。転がる二人、そして立っていた場所には、黒く数センチある棘が地面に突き刺さる。
目の前で深く突き刺さる棘は、刺されば掠り傷では済まないほど黒く光り研ぎ澄まされている。

「なにっ、敵襲だ」
「分かってる、立て立て」

ニードの上から退いたイナミはニードを立ち上がらせて、すぐに草木が生い茂る場所に転がり込み身を隠した。
背を低くして一旦様子を伺う二人。相手は居場所を見失ったのか、数分経っても次の手が来る事はなかった。

すぐ横に隠れて見失ったとなると遠距離か……目視できるほど近くにはいない。だからと言ってここで隠れていても、攻撃した相手が確認しに来ないはずがない。

「どうだ。切り抜けられそうか」
「不安だけど、切り抜けられそう」
「それは良かった」

ニードは一度大きく深呼吸してから話し始めた。

「まず、幻影魔術にやり方には大きく二つある。道具を使っての設置型か、人で行われるか。魔術師自ら場所と時間を一部切り取って投影はもちろんできる。けどこれだけの規模で人は長時間、集中することは出来ないはずだ。だから、幻影に少しのブレが生じるはずなんだ」
「完璧に再現されて、一切ないって事は」
「設置型だって事。だけど設置型には大きな欠点がある。機械にみたいに何度も同じことを繰り返す事だ。消したいと思っても同じ風景を繰り返す、だから僕らを消す事ができずに2人いたんだ」

ニード、開けた道に頭が出ないよう起き上がり。

「そして、どちらも大元を壊せば幻影は終わる」

腰に身に付けていた剣を滑らすように抜き取るニード。
徐にイナミの方に剣を向けては突き刺した。目を見開いたイナミは避ける暇もなく振ってくる剣先を見届け。

そして

ブチっ
 
という音と共にイナミの手首に巻かれていた紐が切れた。

「今は、休戦ってことだ」

バラバラになった紐切れみて、心がヒヤリとしたイナミだった。
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ここまでの長編を最後までお読みいただきありがとうございます100お気に入りありがとうございます
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