その名前はリリィ

イケのタコ

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七話 一コマの休憩

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レオンハルトの隊とロードリックの隊は集まり、共に行動する事になった。
突然の移動に疑問の声は上がり、帝都から連絡が来るまでは町で待機していた方がいいという意見もあった。
このまま進んでも大丈夫なのか、疑心暗鬼になった隊員をざわつかせ、ロードリックが放つ冷たい言葉に押し黙る事となった。

「死にたければ、ここに残れ。ここに残った者を俺は咎める事はしない」

かくして、騎士団は次の町に移動するために森を歩く事となる。
森を抜けるといっても、住民や商業人も使う道のため草木は抜かれて綺麗に整備されている、一本道で迷う事はない。
安全な道だとは分かっているが、木の影が映る薄暗い場所を見つけるたびに、おどろおどろしくなるのは気を張っているせいだろうか。

「あの、レオンハルトさん。転移魔術で帝都までひとっとびとかできないですか」

ロードリックを先導に森を地道に歩く騎士団とイナミ。
イナミはまだ魔術封じの縄が手首に巻かれたまま歩いていた。それでも、レオンハルトが歩きにくいだろうと打診したおかげで、一纏めにされた縄の間隔を広げられ両手がそれなりに自由にはなっていた。
レオンハルトを選んで正解だった、とイナミは心の中で思う。

「私もそうしたいけど、持ってきた道具の術式が全部めちゃくちゃに書き換えられていたんだ。どこに繋がるのかも分からないし、術の書き換えをお願いしたのだけど時間がかるって言われてね」
「もしかして歩いた方が早いって事ですか」
「そういうこと」

先に術の書き換えとは用意周到だな。やはり、そう簡単には帝都に帰らせてはくれないらしい。

「なに?お前、恐いわけ。だから、早く森から出たいだろ」

横から覗くように話しかけてきたのはニード。
ニードがレオンハルトの隊に紛れるように歩くのは、生意気な性格に似合わず紐に術を施した魔術師であるから。もし、俺が逃げた際にすぐに対処できるようにと、常に魔術師のニードが配備されている。

「もちろん恐いよ、君は恐くないわけ? 一応、君も追われている身なんだから、死ぬかもしれないけど」
「恐くないね。そんな事で怯えているようならば、騎士が務まるかって話だよ。騎士が目指すのはその後じゃない、その先なんだからな」
「……ふっ」
「今笑ったな!僕を見下してるのか。言っとくがお前なんか、簡単に吹き飛ばせるからな」

「ニード、脅すような事は罪人であっても言わない」とすぐにレオンハルトに咎められ。ニードは見えない耳をパタリと塞ぎ込んでは「すいません……」謝罪しては、肩を落として歩く。

怒られたのはこれで二回だな。

「ニード、笑ったのには誤解がある。君が随分と勇敢だと思ったからで、見下した訳じゃない」

笑った理由は、ある昔同じ事を言った人間が目の前にいたからであって決してニードの意見が馬鹿らしいとは思ってはいないし、新人の騎士としては満点の答えである。

「でも自分の命は大事にな。その自信は良いが、無謀と勇敢を履き違えるなよ」
「それくらい分かってる。罪人というか、お前に説教される覚えはない」

ニードに怒られるまま指摘されたが、確かにそうである。誰かに偉そうに言えるような人生ではないな。

「大丈夫、ニードは僕が助けてあげるよ」

話を横耳で聞いていたフィルが振り返ってはそう言う。

「もし窮地に落ちいったら、二番隊に任せてよ」

拳作った片手を心臓の前に持ってきたフィルは仲間として助けると言う意味であるが、ニードからすれば折り合いのつかないレオンハルトの隊員が助けてあげるは嫌味にしか聞こえない。

「なにお前、僕の事を煽ってるわけ」
「えっ? だって隊員が危険な目にあったら助けるのは当たり前でしょ」
「なんで僕が窮地に追い込まれる話なんだ。僕らが役立たずでもと言いたいのか。毎回、その上から目線がむかつくんだよ」
「そう言った意味ではなく……」
「そう言うところが嫌いだ」

もう話は聞かない鼻を鳴らしてそっぽを向くニードに、フィルは慌てて誤解を解こうとするが腕を組んでは口を固く閉じ始めた。
あわあわと口を動かしフィルはレオンハルトに助けを求めて目を合わせたが、レオンハルトはどうにも出来ないと首を横に振る。

フィルは落ち込んでいるが、誤解を解くのにさらに誤解を呼びそうなのでこれ以上何も言わない方が良いと俺も同意見だ。

そんな日常会話を挟みつつ、森の中を順調に進んでいると湖の辺りが見えてきた。水もあり、開けた場所なので先導したロードリックが止まり。
「ここで一旦、休憩とする」と隊員に伝えた。





「上に手を上げろ」

水面が輝くほどに澄んだ湖。辺りで休憩中、ニードとイナミは少し離れた所で手首に巻かれた紐が切れていないか細かく見ていた。

「なぁ、この紐って切ったらどうなるんだ」
「術が解けるに決まってるだろーーー切るなよ」
「こんな騎士の集まるところで切れる訳ないだろ」
「それもそうだな。手を下ろしていいぞ」

イナミは手を下ろしては、全てを解放されたように草花が生える地面にどさりと座る。何故だろうか、この紐を手首に巻いてから体が重い気がする。

「この術ってもしかして、俺の魔力を吸い取って成り立ってる」
「なんだ、魔術師のくせして分からなかったのか。紐は術式を編んで魔力の媒介にしている。自分が常に術を発動しているって事だな。使う魔力は少量だから、派手に暴れない限り死ぬ事はない」
「そうか、いま理解した」

目を瞑り寝転がっては、いつも以上に疲れる訳だとイナミは伸び伸びと手足を放り出す。

「そういや気になったが、お前って何を媒介にして魔術を唱えてるんだ」
「なにって、なにが?」
「魔術ど・う・ぐ。お前は杖もなければ原石もない。持ってたのはナイフ一本ってどんな魔術を使っているんだよ」

精霊使い、と言っていいものなのか。
先ほどから精霊に反応がないのは、人前に出てくることを嫌っているのではなく隠れているように感じる。
そう思えば、色んな魔術師に会ってきたが精霊使いですと名乗った者は一人もいない。

「ナイフの増強魔術? 先が固くなるとか」
「くそみたいな魔術だった。基本の基本じゃないか。それなら、ナイフを術で書き換えて、新しい魔術武器作った方が何倍もいい」
「へーそんなこと出来るんだな」
「お前、本当に魔術師か?」
「さぁ、どう見える」
「うぜぇ。僕は水飲んでくるけど罪人はそこから動くなよ」
「はいはい」

そう言ってニードは騎士達が沢山集まる湖に行ってしまう。残念だ、話す相手がいなくなってしまった。

「随分と仲良くなったね」

目を開けるとレオンハルトがいつの間にか上から覗いていた。日が真上にあって顔が丁度影になって表情が読めない。

「やっぱり、同年代の方が話しやすいかな」
「ーーーそうですね」

同年代というか、二人が新人だった頃を思い出し隊長ぶっているところが話しやすそうに見えるのだろう。 

「なんですか、嫉妬でもしたんですか」
「そうかも。俺、結構嫉妬しすいから独占欲出たのかも」
「なんの独占欲ですか、面白い冗談言うんですね」

冗談言えるくらいにはレオンハルトは成長しているし、だいぶ話しかけやすくなっている。だからか前よりか距離は近いし、騎士と容疑者ではあるが前より良好な関係を築けていると自負する。

「レオンハルトさんは恐くないんですか」
「さっきの話の続き? その答えは、私も君と同じで恐いよ」
「意外」
「あはっ、私のこと買い被りすぎだよ。残念ながら、新しい事は嫌いで保身に走るような臆病ものだよ。だから、こういうトラブルは好きじゃないんだ」
「へーもっと意外ですね」

レオンハルトは隣に腰を下ろし、やっと表情が見えた。といっても相変わらず人当たりの良さそうな顔をしている。

「そんなに意外? 結構、腰が引けているところみてると思うけどな」
「あったかな」

初めて会った時は睨みつけられ、上司になった時は歯向かってくる面倒な部下。臆病どころか、どんな圧が掛かろうとレオンハルトが怯んだところは見た事がない。
それこそ、自身が過小評価しすぎなのではと思う。

「あっでも、女の人には億劫ですよねっーーー」

澄んだ青い瞳がこちらを見下げては、レオンハルトの冷えた指先が頬に当たる。

「あの」
「数日前、君がいなくなった時にものすごく恐くなった。結局、俺は何も言えずに何も出来ずに同じ事を繰り返すんだって思わされた。でも、今君は生きていて、そしてここにいる」
「レオンハルト……」

頬から顎に、指先が太い血管をなぞるように下へと触れる。そしてシャツから見える鎖骨を掴むかのように手を添えた。
手の平が汗によって肌に引っ付くのを感じる、首を絞められるのではないかと体が少しビクッと反応したが、レオンハルトはしないと分かっているのでそのままにさせた。

何がしたいのだろう。

レオンハルトの神妙な面持ちに変な緊張感が体を強張らせ、触れる他人の体温も相まって体が熱い、額から汗が流れそうだ。

「俺のこと、恐い?」
「いや、こわくないですけど」
「うん、それはよかった」

金色の髪の毛が頬をくすぐり、骨格のいい鼻先が当たる。

すると「レオンハルト隊長、休憩終わりだそうです」と向こうの方から一人の隊員が走ってくる。
それに気がついたレオンハルトはイナミからすぐに退いては
「すぐに行くよ」
と立ち上がっては湖の方に戻っていく。

上に乗っていたレオンハルトが影になっていたお陰で退いた時に急に世界が眩しく映る。閃光のように一瞬真っ白になり徐々に色付いていくのをイナミは口を開けたまま見届けた。

「くそっ魔術師なのに歩きって屈辱だ。おい、罪人。休憩は終わりだ、また歩くぞ」

イナミお抱えのニードが湖の辺りから戻って来ては肩を叩く。

「おーい、聞いているのか?いい加減、起きろ」

肩を叩いても反応がないので揺らしてみたが思考停止したイナミの意識が帰ってくる様子がない。

「戻ってこーい……変な術式入れたかな」

ニードはイナミが戻ってくるまで頭を捻るしかなかった。




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