その名前はリリィ

イケのタコ

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八話 情報交換

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「フィルさん、今日はどちらに」
「今日は街の聞き込み調査をしようと思いまして。時間の限り街を回ることになります」
「……私服で、回るのですか」

ずっと騎士団が来てから気になっていた。何故、騎士団の制服では無く、私服を着て動いているのだろうか。
流石に森にいく騎士達は制服を着ていたが、人に何かを聞き出すのは身分が証明できる制服方が早い気がする。
疑問に対して、フィルは頬を掻いては「えーと」と言葉を詰まらせた。

「実はですね。レオンハルト隊長の指示でして。理由は、騎士だと情報をくれない人がいるらしく」

フィルが肩にかけていた大きな鞄からこっそり見せたのは、麻袋に入った大量のお金だった。
探している相手は相当手応えのある人物らしい。そして情報を流してくれる人間も、騎士団だからと口を割るようではないようだ。
結局は詰まるところ金で解決である。

一応、身分を隠し金品の取引で情報を聞き出すことは騎士団ではやってはいけないことである。騎士団の信用問題になるから。
レオンハルトはこう言う正当な方法ではない曲がったことは嫌いそうに見えたが、意外にも型破りなことをする。
10年経てば人も変わるし、俺がアイツのことをただ知らなかっただけだろう。

「その、ある人物の情報を探っているのですが、一般人には公表できないと言いますか、秘匿情報なので話せませんし聞いた情報は他言無用でお願いします」
「分かってます。俺は全くの無関係ですので調査している時は、聞こえないところにいますから、心配なさらず」
「はい、ご協力ありがとうございます」

重要機密の情報を聞くかもしれないというのに、レオンハルトは新人によく俺を押し付けたな。違反切符切られても知らないからな。
元騎士としては探している人物が気になるが、関わっていけないと好奇心を抑えて現役の騎士に任せることにした。

一番初めに行くことになったのは商業地にある店、大通りに並んでいるような賑わったお店ではなく、建物の合間にある薄暗くいかにも治安の悪そうな店だった。
カンウターテーブルがある居酒屋のような店。不気味さは外も中もあまり変わらず、昼間だというのに酒を浴びた客が何人か見受けられた。
フィルが言うにはギルドに犯罪組織や、商業人など様々な人間が情報を交換するらしい場所。
そして、ここで出逢う者に決して問い詰めたりしてはいけない、ただ持っている情報を交換するだけ。ここを出ればお互いに他人であり、他言無用である。
だから、ここでは正義をかざす者ましてや騎士団はご法度である。

フィルは慣れたように店の奥に入っては、カンウターにいる店員に話しかけに行く。店員と話すフィルは鞄から麻袋を取り出したので、情報を得ているところだった。
奥まではついていかずに自分から一番近い席に大人しく座ることにした。
周りには色んな人間がいる。悪人に見えるような強面もいれば、善人に見える優男もいる。全く住む世界が違う者達が、老若男女問わず持ち得る情報を交換していた。

「リリィじゃん」

酒瓶を持った大柄な男が一人近づいてきた。相当飲んでいるようで、頭の先まで真っ赤で今にも昇天しそうな虚な目をしている。
名前を呼ばれたけれど、俺は一切この男の顔を知らなければ名も知らない。
変に嘘をついて辻褄が合わなくなると面倒なのでそのまま声に出した。

「えっと誰ですか」
「えーそんなこと言うなよリリィ、数ヶ月前に会った仲じゃないか。一緒に呑んだだろ」

大柄の男は太い腕を俺の首に回しては横に座る。甘くて腐ったような息が顔にかかり鼻が曲がりそうになる。
数ヶ月前なら知らないはずだ、会ったのはリリィ本人だ。
リリィはこんなところに来ていたのか。

「まだ、ワガママお嬢様の所で働いているのか」
「そうですが」
「だよな、帰ってくるのも納得だ。あそこが結局は安全で金が良いし、あそこより良い仕事なんてないよな」

酒を一口飲む男。
この男はまるで、リリィが使用人ではなく別の仕事をしていたように話した。
あの屋敷にいて使用人を一度やめた話題など一度も耳にしたこともなければ、あったとしてもリリィと仲が良いシロが関わってくるはずだ。

「他に仕事してって何を」
「何言ってるだっ、お前が言ったんだろ。良い仕事が紹介されたからそっちに行くって。でも、結局は帰ってきた訳だが」
「いつどこで誰が紹介した、どんな仕事っ!」

危機を迫るかのように男の肩に手を置くイナミ。あまりの切迫に男は手に持っていた酒を溢した。

「しっしらねぇよ。知ってるのはお前だろ」
「そうなんだけど。この際なんでも良いお前から見た情報をくれ」
「わっわかったから、落ち着け」

棒の腕を引き剥がす男。

「あっあれだ、そいつが誰か分からないけど。俺に報告する前に長いローブ着た魔術師がお前に話しかけてた」
「容姿は」
「さぁな、ローブで全部隠れてたから小柄な人物としか。一つ言うなら、その魔術師は何かに所属していた。だってローブの背中に紋様が描かれていたからな。こんな感じの」

男がその紋様を手で表してくれているが、丸い形だけという情報しか伝わってこない。

紙とペンが欲しい、書けるならなんでも良い。

辺りをイナミが探していると、男は再び肩に腕を回してきては顔を近づけてきた。

「なぁ、リリィ。わがままお嬢様のところやめて、俺のところで働かないか」

男はねっとりとイナミの首筋を撫でる。その瞬間、イナミの足元から頭まで寒気が一気に上がってきては、全身鳥肌たつ。

「サービスしてやるから」

シャツの隙間を通って酒に塗れた指が胸元を触れようとした瞬間、イナミは肘を使って男の腹を殴る。
痛いと嘆く前に、腹の急所を突かれた男は机の上にバタッと音を立てて倒れた。
赤い顔して気絶する男は誰が見ても、酒を飲み過ぎて倒れたにしか見えない。周りは、倒れた音に反応しただけで特に気にもとめなかった。

うん、力がなくとも意外にやれるな。

そうこうしている内に、フィルが情報交換を終えて帰ってきた。

「すいません、お待たせしました。次行きましょうか」
「出来ましたか」
「ええ、今日はすんなりと。あっ次はこんな所ではないのでご安心を……あの、彼は」

フィルが指差すのは、イナミの隣で泡を吹いて机突っ伏している謎の男。

「なんか、酔っていたみたいで絡まれたのですが」
「大丈夫ですか」
「いえ、何もされてないですよ。その前に眠ったので」
「そうなんですね、よかったです。あっまた、誰かに何かされそうならこの僕を頼ってください。必ずお助けしますから」

自分の胸に手を当て豪語するフィルの目は爛々としていた。星をみるような、まだ夢見る騎士って感じだなと、思わず口元が緩むイナミ。

「ありがとう。次は言うよ」
「はい、是非私共を頼ってください」
「じゃあ、次よろしくお願いします」
「お任せください」


昔を思い出す。
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