騎士隊長はもう一度生き返ってみた(その名前はリリィ)

イケのタコ

文字の大きさ
上 下
5 / 110
1

四話 来客

しおりを挟む
使用人室より広い客室、トイレに風呂もついているから泊まるには文句ない設備が揃っている。
毎日、使用人達が屋敷全体を綺麗にしているので、あまりやることはないが部屋全体を磨き、ベッドのシーツを新しいものに換え、クローゼットにも新しいパジャマを補充する。備品も揃えて、あとは言われていた花を花瓶に刺し棚に飾るだけとなった。

「赤い薔薇とは、粋だな」

沢山の赤い花が鼻腔をくすぐる。花の言葉は愛情だったか。
花が好きだったミオンが沢山の花言葉を教えてくれたのを思い出す。
聞いていないのに隣で沢山解説して、いろんな所を飽きるまで連れ回されたのは良い思い出だ。

赤い薔薇が入った花瓶をそっと棚に飾り、口元を緩ませイナミは部屋を出た。
部屋を出れば次の仕事に取り掛かる。空いた時間は身の回りを調べるのを繰り返し。元から仕事ばかりしていたのでイナミは苦にならず、動いている方が考え事が少なくて済むとも思っている。

シロに報告して、次はシーツの洗濯だろうか。
すると、玄関の方からザワザワと沢山の人の声がする。声をたどるように近づいて行くと、玄関に続く一つの廊下が使用人達によって塞がれていた。

「帝都から来た人だって」「えーだから、見た目が綺麗というか、なんというか凛々しいよね」「でも、知ってる? ここの親戚だって」「うそっ」
「わざわざ帝都の騎士がここに、すごいな」

帝都の人間であり騎士団の一人がここに来ているのか、それは是非見たい。帝都も現状を分かるはずだ。

「すまない、時間より早く来てしまった」
「いえいえ、なによりご無事に、ご到着なされたのですから、ご主人様方が喜びますよ」

使用人と来客が話しているが影すら見えない。
人物を見ようと足先を伸ばして見てみたり、斜めに顔を傾けるが、盾のように憚る人によってことごとく塞がれた。

くっ、身長が低くて見えない。

それでも諦めずに角度を変えては挑戦したのが、いけなかった。後ろから集まってくる人だかりに気づく事が出来ず、片足を上げたまま前に押された。
どんどん前に押されて、人の壁に挟まり、また人の圧によって前に連れて行かれる。
元の場所に戻りたいが、自分ではどうにもならないほどの圧力。

「っぎゃ」

解放されたと思った時にはバタンっと派手な音を立て床に大胆にも転げていた。前のめりで倒れたことで顎を擦りむき、足首を曲げた。
この体になってからというもの、良いことが一つもない。これもきっとこの身体が貧弱すぎるせいだ、一度鍛え直すしかないな。

「……大丈夫ですか」

優しく落ち着いた声、どこかで聞いた事があるような。
顔の前に、差し出しされたのは骨ばった男の手。

「レオンハルト様っ」

息を飲むーーーレオンハルト?

使用人の声に導かれてゆっくりと上を向いてみてみると、あれから10年、大人びたレオンハルトがいた。
声も低くなっていたし、顔から幼さが消えている。というか騎士ではない、普段のこいつを初めて見たかもしれない。

「……っハル」

レオンハルトは一瞬だけ差し出した指を包める。

「レオンハルト様が、そのようなことはおやめください。リリィは早く立ちなさい」

鬼の形相でこちらを睨む使用人。
それもそうだ、部下に気を取られて呆然としている場合ではない。

「また、リリィだよ」「アイツいつも肝心な時はああだよな」
「恥ずかしいーーー子供じゃないんだから、そろそろ落ち着いた方がいいよね」

押し出されて転げたのは性格関係ないだろ。

後ろでコソコソと非難されながらイナミは、差し出された手は取らず、自力で立ちあがろうと手をついた。
手に力は入るが、足に力を入れようものなら電撃のような痛みが走る。
一瞬の激痛に思わず「うっ」と鈍い声を漏らすイナミ。

「えっえっ」
「うおっ」
叱った使用人と自分の声が重なる。
重なるのも無理もない。レオンハルトは何を思ったのか俺の足と腰に手を入れて軽々と持ち上げた。
所謂、お姫様抱っこというやつだ。
地面から空に目線の高さが一気に上がり、反射で落ちないよう相手の襟辺りを掴む。

「あの、レオンハルト様……その者にそのようなことは」
「私の部屋は、いつものところですか」
「えっはい、いやあの」
「荷物運んでもらって良いですか。私は先に行ってますので」
「はいっ……」

終始笑顔のレオンハルトに圧倒されて使用人は何度も頷いた。
笑顔の圧とはこういう事だろうか。
ーーー笑顔を作れたのか、いつもムスッと顔を顰めているから出来ないと思っていた。
元部下と話したいのは山々だが、そろそろ下ろしてもらわないと、使用人達のヘイトが一気に溜まりそうなのでレオンハルトに耳打ちをする。

「すいません、歩けますので下ろしてもらえませんか。痛くありませんし、もう大丈夫です」
「良いけど、離せば腰から落ちるけど」

何故、手を一気に離す前提なのか。

「それに、怪我人を置いて行くほど私は薄情じゃないからね」

抱く腕に力が入る。端から下ろす気はないようだ。
こうなったレオンハルトは何を言おうが聞かないので、腕を組んで大人しくすることにした。
しおりを挟む
ここまでの長編を最後までお読みいただきありがとうございます100お気に入りありがとうございます
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...