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学校を行かなくてもいい夏休みほど、友達もいない俺にとって暇なものはない。
時間を潰す遊び道具は積み木に、鉛筆と紙だけ、活発的だった俺にとって決して面白いと言えず。
何時もなら一応は相手をしてくれる彼女が早く出て行ってしまい、その時は余計に暇であった。
窮屈な家の中より、外に出た方がまだ時間を潰せると思った。
と早速、持たされていた家の鍵をズボンのポケットに突っ込み、玄関に直行する。
彼女の靴で埋もれている自分の靴を引っ張りだし、それを履いて外に出た。
扉を開けると、熱い空気が流れ込んでくる。雨もなく天気が良好。
戸締りを確認してから、外にぶらりと出て暑いなと思いながら歩き出したことは覚えている。そして、特に行き先も決めずに。
ブラブラ歩いていると近くの公園を通った。
砂浜、遊具と、サッカーゴールと、遊び場が豊富で広い所。
夏休みもあって、同級生が遊んでいたのを見つけ、暑い中よく遊べるよと子供ながら冷めた目で観察をしていた。
見ていた俺は思いついた、彼奴らで遊んでやろうと。輪に入るよりか、そっちの方が面白そうだと考えたからである。
思うと、考え方は今昔も変わっていなかった。
誰にしようか、と選んでいると、
「やっ、やめてよ!返してよ!」
公園で良くない嘆きの声が聞こえた。
声のする方を見ると、一人の少年に二人の少年が行き先を阻むように囲んでいた。
どう見ても、囲まれている少年は虐めにあっている。
「ほらよ、取ってみろよ。おんな男!」
「こんな物、持ってキモいんだよ!」
虐めている少年達は、その少年の所有物と思われる、ぬいぐるみを交互に投げ合っていた。
その度に、あっちに行ったり、こっちに行ったりと振り回されて半泣き状態。
少年達はそれを見て悪魔ように笑っていた。
周りに人がいるというのに助ける奴は一人もいない。しかし、俺も助ける気はなかった。
助けるのではなく、面白い事を思いついたのだ。
獲物で夢中になっている馬鹿二人。
やったことが無い、飛び蹴りができるかもしれないと、好奇心を掻き立てられたのだ。
馬鹿な俺は実行に移し、ゆっくりと気づかれないように近づき。
そして、ある程度まで来ると助走を付け、
「ごふっ!」
見事に、ぬいぐるみを持っている一人の背中に蹴りがクリーンヒットし、前に倒れる。
初めて蹴った後に、上手く着地が出来たあの時すごく感動した。
当たり前だが騒がしい場は、静まり返った。
ぬいぐるみは手から離れ、飛んでいく。
事件現場の人達は唖然とし、叫びに周りも騒つく。
そんな中で俺は、綺麗に決まった事が気持ちよくて誇らしげ腕を組んだ。
蹴られた相手は地面で数分伸びた後、恐る恐る振り返る。
「いっいきなり、何すんだよ!」
下が土だったので、頬に傷一つで済んでいた。アスファルトとなら、殺していたかもしれないと思うと、後のことを考えていない俺の昔の馬鹿さ加減が伺える。
少年は蹴られたことに対して怒りもあるが、痛みの方が勝ち、今にも泣きそうに頬を押さえた。
「おっい、やばいよ。僕、彼奴知ってる。学校で魔王って言われた奴だよ。」
虐めっ子のもう一人が俺を指して言う。
この時から俺は魔王と呼ばれ、暇つぶしにこの様な事件を繰り返していたら、いつの間に二つ名が付いてしまった。
震え上がる虐めっ子の二人は、お互いを見合い確認し合うと青ざめていく。
そして、悪役の決め台詞のようにガクガクと震えながら「おっおぼえてろよ!」と全力で逃げていった。
感想は腰がなく、面白くない奴らだと俺は思った。
騒ぎは終了したので、周りも徐々に元のように騒ぎ出す。
俺は放り出された、ぬいぐるみを拾う。その持ち主はウルウルと目に涙を溜めながら、恐る恐る俺に伺う。
その子は、美少年だった。
それが第一印象、目は大きく、栗色の髪はサラサラ、肌は綺麗と、全てが完璧なパーツ、言えば俺の好みにであった。
身長も低く、おんな男と言われた理由が分かってしまった。
好みであったのもあり、どうしようもない少年心を揺さぶられ。
「ほらよ、取ってみろよ。」
つい、イタズラ心でぬいぐるみを高く上げた。
希望に満ちていた少年の顔は、絶望に変わる。助けてくれた奴がどうしようもない奴なんて思わなかったのであろう。
泣くかな。
泣くと思っていたが、少年は絶望しても真っ直ぐ俺を信念深く睨む。
目には涙を溜めてもなお、反抗しようとする姿に、ドクリと脈が打つ。
上げていた手は震えだし、嫌な汗が背中を伝う。体は正直に危険だとサイレンを鳴らした。
弱々しく圧倒的にこちらが有利だというのに、俺は何故か恐怖していた。
理由は今の俺が知っている。この頃から彼は王の素質があったと言おう。
振り回されて疲れ切った足で確実に近づいてくる。恐怖で俺は身がすくみ一歩下がる。
前進と後退を繰り返していると、少年に押され、逃げ切れない端まで追いやられ。
そして、少年の手は伸び、俺は恐くて目を瞑る。
数分、経ちおかしいと気づく。
目を閉じて何にも起こらないのだ。
ぬいぐるみの感触はまだ手に残ったまま、取られることもなく、何も無い。何も起きていない。
おかしい。
不思議に瞼を開けるれば、倒れていた。少年が地面にうつ伏せで倒れていた。
後少しのところで力尽きていた。
顔を覗けば、ショックを受けたにしても以上に青白く、額に手を当てれば白さに反して熱かった。
ーーー熱中症には気をつけるだよ。
その時、俺はあの人がよく言っていた『熱中症』かもしれないと判断をした。
兎に角、日陰になっているベンチまで少年を引きずり寝かす。
あの人の言葉をよく思い出しながら、順序よく進めいく。
まずは水を飲ますと思ったが、相手は気絶していて無理。だから、体を冷やす事をしようと思い、ポケットを探る。
生憎、俺はハンカチを持つタイプではない。
どうしようと悩んだ末に、持っていた可愛らしい熊のぬいぐるみが目に入いる。
「君のためだ。使わせてもらいます。」
言葉を添えて、水場に走る。
濡らし絞り終われば、形の崩れたぬいぐるみを少年の額にのせる。
ぬいぐるみなのか、絞り甘かったのか、水滴が額に滴り、青白い少年の顔は歪む。
「ううっ……」
目は閉じたまま唸り声をあげ、意識は戻ったらしい。
さっきは動かなく無表情であったが、気分の悪さを訴えるぐらいには、回復した。
だから、俺は話しかけた。
「起きてるか。苦しいなら誰か呼ぼうか。」
言葉は正確に届いているらしく、苦しそうに首を縦に振ったり、横に振ったりと合図はする。
反応できるならいいかと、だんだん俺は介抱が面倒になり辺りを見渡した。
「親とか知り合い、いないのか。呼んできてやるから。」
少年は首を横に振り拒否。
なぜか、誰かを呼ぼうと提案すると頑なに嫌がる。俺が誰かを呼ばないように、弱々しく腕を引っ張られた。
置いて行くなとも言われている気がし、見透かされているようで気味が悪い。
「わかった。まともになるまで隣にいてやるから泣くな。」
ぬいぐるみを取られても泣かなかった少年は、糸が切れたみたいに涙がポロポロと溢れ出し。弱さを見せないように我慢していたのは、見ていて分かる。体調を崩して、それが保てなくなったのであろう。
まだ気遣い、同情できる心があった俺は隣にいることにした。
立っているのも疲れたので、少年の頭を持ち上げベンチに座る。頭を膝にのせて、膝枕状態になった。
持ち上げた動きでぬいぐるみが額から落ちかけ、元に戻す。
隣にいても少年の涙は止まることはなく、俺のズボンが濡れていく。ぬいぐるみの事だけではなく、我慢して色々溢れ返っているように見えた。
そう見えたのは母、彼女がそうだったから、かもしれない。時折、苦しく泣いていた。
知っていても、何時もかける言葉は持ち合わせてはいなかった。
他人ごととは思えなく、少しでも止まるように、そっと落ちてくる涙を指ですくう。
謝罪、心配、同情、言ってあげられことは沢山あるが、正しい言葉が何一つ思い浮かぶことはなかった。分からなかったの方が正しい。
すくうことしかできない。
「つめたい。」
無言だった少年のはじめての言葉は、短く小さいもの。反応を示さないのが当たり前だと思っていた俺は、驚きで返せず。
「指、冷たいね。」
うっすらと少年の目を開く。
涙に触れた指先が頬に触れていたのだ。冷たいと言われたので俺は手を引っ込めようとした。
「ううん、気持ちいいからそのままにしてて。」
退かすことを止めるため手を握られた。握られた手は温かった。
冷たい事を気持ちいいとは言われることが初めてだった俺は、不思議と笑みが出た。
この時は、ごく普通の自然な笑みだったと思う。
気分が良くなった俺は言われた通りに頬や首を撫でる。
少年は安心し手を退け、ゆっくりと寝息を立て始めた。
ぬいぐるみが乾くころには、もう涙は止まっていた。
綺麗な顔には、よく泣いた証に涙の跡が残っている。人形が泣いてるみたいで不気味でもあった。
安定した息、まだ寝ている。この状況で、安心して眠れる少年に呆れかえった。
介抱して、泣き止ませて、寝かして、見ず知らずの少年に自分がここまでするとは、内心驚いている。
「なんでだろう。」
「なにが?」
声のする下を向けば、目を開けて少年は起きていた。介抱の甲斐あって体調は戻ったらしく顔色は良く、発言はしっかりと聞き取れる。
やっと、一安心といったところだろう。
「起きたのか。元気になってよかったな。」
「うん、おかげさまです。」
額にあるぬいぐるみを持つと少年は起きあがる。起きあがると背筋を伸ばして、ベンチに座り直した。
そして、くまのぬいぐるみを見て落ち込む。当たり前だ、濡らして絞ったなら、ぬいぐるみは雑巾のような酷い有様である。
原因を作ったのは俺だが、仕方ないことなので謝りはしない。一言は言っておく。
「緊急事態だった。」
「うん………いいんだよ。どうしよう、チカに怒られるや。」
「君のじゃないのか。」
「借りているんだ。一人だと寂しから借りたんだ。」
切なそうにぬいぐるみを抱きしめる少年。
寂しい、あんまり考えたくない。彼女はいない、ここにいるのは一人だと思ってしまうと息が苦しくなるから。
「君も家に帰っても一人なのか。」
「いるよ、母様に、お手伝いさんに色んな人がいるけど、僕は一人で寂しくなる。」
「え? なんで、一人じゃないのに。」
こういう手の話はすぐ飽きるのだが、此奴も同じ虚しさを味わっていると思うと、愛おしく。
すぐには切り上げることはできなかった。
「なんだろ、一線を引かれてるって言うのかな。皆優しいけど恐いんだ。うーん、僕に皆恐がってるの方が合ってるのかな。」
少年の話は首を傾げるばかりでよくわからなかった。寂しいとは『一人』だと思っていたから。
「わかんないや。」
「だよね。」
少年はガクリと肩を落とした。
「あのだな……。」
重要なことを聞くのを忘れていた。君だけでは呼びにくい。
「君なんて名前なんだ。」
「えーとみかどだよ。皇帝のていって書くの。」
「にあわねぇー。」
「分かってるよ。僕に名前が合ってないこと。」
名前を否定されて拗ねてそっぽを向く。仕方ない本当に、容姿と、なよなよと弱くてもろい態度が、帝という名前はお世辞も言えないほど似合っていない。
もっと言えば、名前に食われている。
「しかし、みかちゃん。簡単なことが一つある。」
「みかちゃん………。」
「名前のように胸を張ればいい。」
単純なアドバイスだった。それができればそんなに悩むことないが、この時の俺は馬鹿である。
「わかった!頑張ってみる。」
と馬鹿なアドバイスでも、純粋に真面目に聞き入れてくれる少年に感謝するしかない。元気よく返事をするミカド、自分を変えたいという気持ちに火をつけたらしい。
「そうなるまで頑張るから一緒に手伝ってよ。」
「嫌だ。面倒。」
「なんで!? 言った責任ぐらい取ってよ。なにもしなくてもいいから、見守ってくれるだけでいいから、お願い。」
責任か、言葉が重くなる。
神様に頼むように手を合わせ強く懇願され、嫌々だったが押しに負けて仕方なく俺は承諾した。
「わかった、わかった、見守ってやるから。立派になったら、ちゃんと名前読んでやるよ。みかちゃん。」
「絶対だよ、ちゃんと名前で呼んでね。約束だよ。」
約束はお決まりに指切りを交わす。
指切りげんまんうそついたらはりせんぼんのますゆびきった。
恐い歌にのせ約束をする。未来の俺に最悪をもたらす原因の一つだと知らずに無垢に楽しく交わす過去の俺。
交わし終われば満足気にミカドは、
「そうだ、名前聞かないと。」
「ななしっていうんだ。よっよろしく。」
「うん、よろしく?」
戸惑う俺にミカド不思議そうに首を傾かる。
つい、嘘をついてしまった。
隠すことでもないのに何時もの癖で嘘をついた。
少年についた最初の嘘である。いや、二つ目なのかもしれない。
訳の分からな嘘をついて、少し心が落ち着かずドキドキしていた。
罪悪感のドキドキではない、この嘘で何が起こるか分からない不安、ではない楽しみの心の高鳴り。
楽しい?何が?
「ナナシ?どうしたの。」
心配そうに俺の顔を覗く。
「嫌なんでもない。」
「本当に大丈夫。怖い顔してたよ。」
「大丈夫だから、顔近い。」
近かった顔を押しのけ。まったく怖い顔とはどんな顔であったのか、今は鏡がないから見えない。
でも気味の悪い顔したのであろう、口元を触れると口角が上がっていたのだから。
「もう時間だ。帰らないと。」
公園にある大きな時計見てミカドは言う。時間を見れば来た時より大きく時間の針が動いていた。
「ななし、今日はバイバイだね。また明日。」
「また明日って。」
「明日もここで待ち合わせだよ。見守ってくれるんでしょ。」
交わしことは誰よりも堅く守り、ここぞという時に約束を持ち出してくるあたりは今と変わらない。絶対守ってくれるからこそ破れば、代償も大きいことも言っている。
「1時だよ。絶対だよ!」
手を振りミカドを遠ざかって行く。
「はいはい。」
空返事で俺も手を振り返す。なんとなく返さないと帰らないと思ったからではある。
見えなくなった頃には、一人ポツリと公園に取り残された。日が陰ってきたので俺も帰ることにした。
公園を出てゆっくり一歩、一歩、進む帰り道。
誰もいない家に帰ることは寂しいけど、不思議と心が満たされて、その寂しさは痛くはなかった。
明日という言葉だけで心が躍る。
どうしたんだろう。
この気持ちは何の意味を持っているだろうか、俺は知らない。
よく分からない感情が出てきた日。今日は変な奴に会った。
時間を潰す遊び道具は積み木に、鉛筆と紙だけ、活発的だった俺にとって決して面白いと言えず。
何時もなら一応は相手をしてくれる彼女が早く出て行ってしまい、その時は余計に暇であった。
窮屈な家の中より、外に出た方がまだ時間を潰せると思った。
と早速、持たされていた家の鍵をズボンのポケットに突っ込み、玄関に直行する。
彼女の靴で埋もれている自分の靴を引っ張りだし、それを履いて外に出た。
扉を開けると、熱い空気が流れ込んでくる。雨もなく天気が良好。
戸締りを確認してから、外にぶらりと出て暑いなと思いながら歩き出したことは覚えている。そして、特に行き先も決めずに。
ブラブラ歩いていると近くの公園を通った。
砂浜、遊具と、サッカーゴールと、遊び場が豊富で広い所。
夏休みもあって、同級生が遊んでいたのを見つけ、暑い中よく遊べるよと子供ながら冷めた目で観察をしていた。
見ていた俺は思いついた、彼奴らで遊んでやろうと。輪に入るよりか、そっちの方が面白そうだと考えたからである。
思うと、考え方は今昔も変わっていなかった。
誰にしようか、と選んでいると、
「やっ、やめてよ!返してよ!」
公園で良くない嘆きの声が聞こえた。
声のする方を見ると、一人の少年に二人の少年が行き先を阻むように囲んでいた。
どう見ても、囲まれている少年は虐めにあっている。
「ほらよ、取ってみろよ。おんな男!」
「こんな物、持ってキモいんだよ!」
虐めている少年達は、その少年の所有物と思われる、ぬいぐるみを交互に投げ合っていた。
その度に、あっちに行ったり、こっちに行ったりと振り回されて半泣き状態。
少年達はそれを見て悪魔ように笑っていた。
周りに人がいるというのに助ける奴は一人もいない。しかし、俺も助ける気はなかった。
助けるのではなく、面白い事を思いついたのだ。
獲物で夢中になっている馬鹿二人。
やったことが無い、飛び蹴りができるかもしれないと、好奇心を掻き立てられたのだ。
馬鹿な俺は実行に移し、ゆっくりと気づかれないように近づき。
そして、ある程度まで来ると助走を付け、
「ごふっ!」
見事に、ぬいぐるみを持っている一人の背中に蹴りがクリーンヒットし、前に倒れる。
初めて蹴った後に、上手く着地が出来たあの時すごく感動した。
当たり前だが騒がしい場は、静まり返った。
ぬいぐるみは手から離れ、飛んでいく。
事件現場の人達は唖然とし、叫びに周りも騒つく。
そんな中で俺は、綺麗に決まった事が気持ちよくて誇らしげ腕を組んだ。
蹴られた相手は地面で数分伸びた後、恐る恐る振り返る。
「いっいきなり、何すんだよ!」
下が土だったので、頬に傷一つで済んでいた。アスファルトとなら、殺していたかもしれないと思うと、後のことを考えていない俺の昔の馬鹿さ加減が伺える。
少年は蹴られたことに対して怒りもあるが、痛みの方が勝ち、今にも泣きそうに頬を押さえた。
「おっい、やばいよ。僕、彼奴知ってる。学校で魔王って言われた奴だよ。」
虐めっ子のもう一人が俺を指して言う。
この時から俺は魔王と呼ばれ、暇つぶしにこの様な事件を繰り返していたら、いつの間に二つ名が付いてしまった。
震え上がる虐めっ子の二人は、お互いを見合い確認し合うと青ざめていく。
そして、悪役の決め台詞のようにガクガクと震えながら「おっおぼえてろよ!」と全力で逃げていった。
感想は腰がなく、面白くない奴らだと俺は思った。
騒ぎは終了したので、周りも徐々に元のように騒ぎ出す。
俺は放り出された、ぬいぐるみを拾う。その持ち主はウルウルと目に涙を溜めながら、恐る恐る俺に伺う。
その子は、美少年だった。
それが第一印象、目は大きく、栗色の髪はサラサラ、肌は綺麗と、全てが完璧なパーツ、言えば俺の好みにであった。
身長も低く、おんな男と言われた理由が分かってしまった。
好みであったのもあり、どうしようもない少年心を揺さぶられ。
「ほらよ、取ってみろよ。」
つい、イタズラ心でぬいぐるみを高く上げた。
希望に満ちていた少年の顔は、絶望に変わる。助けてくれた奴がどうしようもない奴なんて思わなかったのであろう。
泣くかな。
泣くと思っていたが、少年は絶望しても真っ直ぐ俺を信念深く睨む。
目には涙を溜めてもなお、反抗しようとする姿に、ドクリと脈が打つ。
上げていた手は震えだし、嫌な汗が背中を伝う。体は正直に危険だとサイレンを鳴らした。
弱々しく圧倒的にこちらが有利だというのに、俺は何故か恐怖していた。
理由は今の俺が知っている。この頃から彼は王の素質があったと言おう。
振り回されて疲れ切った足で確実に近づいてくる。恐怖で俺は身がすくみ一歩下がる。
前進と後退を繰り返していると、少年に押され、逃げ切れない端まで追いやられ。
そして、少年の手は伸び、俺は恐くて目を瞑る。
数分、経ちおかしいと気づく。
目を閉じて何にも起こらないのだ。
ぬいぐるみの感触はまだ手に残ったまま、取られることもなく、何も無い。何も起きていない。
おかしい。
不思議に瞼を開けるれば、倒れていた。少年が地面にうつ伏せで倒れていた。
後少しのところで力尽きていた。
顔を覗けば、ショックを受けたにしても以上に青白く、額に手を当てれば白さに反して熱かった。
ーーー熱中症には気をつけるだよ。
その時、俺はあの人がよく言っていた『熱中症』かもしれないと判断をした。
兎に角、日陰になっているベンチまで少年を引きずり寝かす。
あの人の言葉をよく思い出しながら、順序よく進めいく。
まずは水を飲ますと思ったが、相手は気絶していて無理。だから、体を冷やす事をしようと思い、ポケットを探る。
生憎、俺はハンカチを持つタイプではない。
どうしようと悩んだ末に、持っていた可愛らしい熊のぬいぐるみが目に入いる。
「君のためだ。使わせてもらいます。」
言葉を添えて、水場に走る。
濡らし絞り終われば、形の崩れたぬいぐるみを少年の額にのせる。
ぬいぐるみなのか、絞り甘かったのか、水滴が額に滴り、青白い少年の顔は歪む。
「ううっ……」
目は閉じたまま唸り声をあげ、意識は戻ったらしい。
さっきは動かなく無表情であったが、気分の悪さを訴えるぐらいには、回復した。
だから、俺は話しかけた。
「起きてるか。苦しいなら誰か呼ぼうか。」
言葉は正確に届いているらしく、苦しそうに首を縦に振ったり、横に振ったりと合図はする。
反応できるならいいかと、だんだん俺は介抱が面倒になり辺りを見渡した。
「親とか知り合い、いないのか。呼んできてやるから。」
少年は首を横に振り拒否。
なぜか、誰かを呼ぼうと提案すると頑なに嫌がる。俺が誰かを呼ばないように、弱々しく腕を引っ張られた。
置いて行くなとも言われている気がし、見透かされているようで気味が悪い。
「わかった。まともになるまで隣にいてやるから泣くな。」
ぬいぐるみを取られても泣かなかった少年は、糸が切れたみたいに涙がポロポロと溢れ出し。弱さを見せないように我慢していたのは、見ていて分かる。体調を崩して、それが保てなくなったのであろう。
まだ気遣い、同情できる心があった俺は隣にいることにした。
立っているのも疲れたので、少年の頭を持ち上げベンチに座る。頭を膝にのせて、膝枕状態になった。
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知っていても、何時もかける言葉は持ち合わせてはいなかった。
他人ごととは思えなく、少しでも止まるように、そっと落ちてくる涙を指ですくう。
謝罪、心配、同情、言ってあげられことは沢山あるが、正しい言葉が何一つ思い浮かぶことはなかった。分からなかったの方が正しい。
すくうことしかできない。
「つめたい。」
無言だった少年のはじめての言葉は、短く小さいもの。反応を示さないのが当たり前だと思っていた俺は、驚きで返せず。
「指、冷たいね。」
うっすらと少年の目を開く。
涙に触れた指先が頬に触れていたのだ。冷たいと言われたので俺は手を引っ込めようとした。
「ううん、気持ちいいからそのままにしてて。」
退かすことを止めるため手を握られた。握られた手は温かった。
冷たい事を気持ちいいとは言われることが初めてだった俺は、不思議と笑みが出た。
この時は、ごく普通の自然な笑みだったと思う。
気分が良くなった俺は言われた通りに頬や首を撫でる。
少年は安心し手を退け、ゆっくりと寝息を立て始めた。
ぬいぐるみが乾くころには、もう涙は止まっていた。
綺麗な顔には、よく泣いた証に涙の跡が残っている。人形が泣いてるみたいで不気味でもあった。
安定した息、まだ寝ている。この状況で、安心して眠れる少年に呆れかえった。
介抱して、泣き止ませて、寝かして、見ず知らずの少年に自分がここまでするとは、内心驚いている。
「なんでだろう。」
「なにが?」
声のする下を向けば、目を開けて少年は起きていた。介抱の甲斐あって体調は戻ったらしく顔色は良く、発言はしっかりと聞き取れる。
やっと、一安心といったところだろう。
「起きたのか。元気になってよかったな。」
「うん、おかげさまです。」
額にあるぬいぐるみを持つと少年は起きあがる。起きあがると背筋を伸ばして、ベンチに座り直した。
そして、くまのぬいぐるみを見て落ち込む。当たり前だ、濡らして絞ったなら、ぬいぐるみは雑巾のような酷い有様である。
原因を作ったのは俺だが、仕方ないことなので謝りはしない。一言は言っておく。
「緊急事態だった。」
「うん………いいんだよ。どうしよう、チカに怒られるや。」
「君のじゃないのか。」
「借りているんだ。一人だと寂しから借りたんだ。」
切なそうにぬいぐるみを抱きしめる少年。
寂しい、あんまり考えたくない。彼女はいない、ここにいるのは一人だと思ってしまうと息が苦しくなるから。
「君も家に帰っても一人なのか。」
「いるよ、母様に、お手伝いさんに色んな人がいるけど、僕は一人で寂しくなる。」
「え? なんで、一人じゃないのに。」
こういう手の話はすぐ飽きるのだが、此奴も同じ虚しさを味わっていると思うと、愛おしく。
すぐには切り上げることはできなかった。
「なんだろ、一線を引かれてるって言うのかな。皆優しいけど恐いんだ。うーん、僕に皆恐がってるの方が合ってるのかな。」
少年の話は首を傾げるばかりでよくわからなかった。寂しいとは『一人』だと思っていたから。
「わかんないや。」
「だよね。」
少年はガクリと肩を落とした。
「あのだな……。」
重要なことを聞くのを忘れていた。君だけでは呼びにくい。
「君なんて名前なんだ。」
「えーとみかどだよ。皇帝のていって書くの。」
「にあわねぇー。」
「分かってるよ。僕に名前が合ってないこと。」
名前を否定されて拗ねてそっぽを向く。仕方ない本当に、容姿と、なよなよと弱くてもろい態度が、帝という名前はお世辞も言えないほど似合っていない。
もっと言えば、名前に食われている。
「しかし、みかちゃん。簡単なことが一つある。」
「みかちゃん………。」
「名前のように胸を張ればいい。」
単純なアドバイスだった。それができればそんなに悩むことないが、この時の俺は馬鹿である。
「わかった!頑張ってみる。」
と馬鹿なアドバイスでも、純粋に真面目に聞き入れてくれる少年に感謝するしかない。元気よく返事をするミカド、自分を変えたいという気持ちに火をつけたらしい。
「そうなるまで頑張るから一緒に手伝ってよ。」
「嫌だ。面倒。」
「なんで!? 言った責任ぐらい取ってよ。なにもしなくてもいいから、見守ってくれるだけでいいから、お願い。」
責任か、言葉が重くなる。
神様に頼むように手を合わせ強く懇願され、嫌々だったが押しに負けて仕方なく俺は承諾した。
「わかった、わかった、見守ってやるから。立派になったら、ちゃんと名前読んでやるよ。みかちゃん。」
「絶対だよ、ちゃんと名前で呼んでね。約束だよ。」
約束はお決まりに指切りを交わす。
指切りげんまんうそついたらはりせんぼんのますゆびきった。
恐い歌にのせ約束をする。未来の俺に最悪をもたらす原因の一つだと知らずに無垢に楽しく交わす過去の俺。
交わし終われば満足気にミカドは、
「そうだ、名前聞かないと。」
「ななしっていうんだ。よっよろしく。」
「うん、よろしく?」
戸惑う俺にミカド不思議そうに首を傾かる。
つい、嘘をついてしまった。
隠すことでもないのに何時もの癖で嘘をついた。
少年についた最初の嘘である。いや、二つ目なのかもしれない。
訳の分からな嘘をついて、少し心が落ち着かずドキドキしていた。
罪悪感のドキドキではない、この嘘で何が起こるか分からない不安、ではない楽しみの心の高鳴り。
楽しい?何が?
「ナナシ?どうしたの。」
心配そうに俺の顔を覗く。
「嫌なんでもない。」
「本当に大丈夫。怖い顔してたよ。」
「大丈夫だから、顔近い。」
近かった顔を押しのけ。まったく怖い顔とはどんな顔であったのか、今は鏡がないから見えない。
でも気味の悪い顔したのであろう、口元を触れると口角が上がっていたのだから。
「もう時間だ。帰らないと。」
公園にある大きな時計見てミカドは言う。時間を見れば来た時より大きく時間の針が動いていた。
「ななし、今日はバイバイだね。また明日。」
「また明日って。」
「明日もここで待ち合わせだよ。見守ってくれるんでしょ。」
交わしことは誰よりも堅く守り、ここぞという時に約束を持ち出してくるあたりは今と変わらない。絶対守ってくれるからこそ破れば、代償も大きいことも言っている。
「1時だよ。絶対だよ!」
手を振りミカドを遠ざかって行く。
「はいはい。」
空返事で俺も手を振り返す。なんとなく返さないと帰らないと思ったからではある。
見えなくなった頃には、一人ポツリと公園に取り残された。日が陰ってきたので俺も帰ることにした。
公園を出てゆっくり一歩、一歩、進む帰り道。
誰もいない家に帰ることは寂しいけど、不思議と心が満たされて、その寂しさは痛くはなかった。
明日という言葉だけで心が躍る。
どうしたんだろう。
この気持ちは何の意味を持っているだろうか、俺は知らない。
よく分からない感情が出てきた日。今日は変な奴に会った。
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BL
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上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます!
上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、
上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。
上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的
上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン
上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。
てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。
(特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。
琉架の従者
遼(はる)琉架の10歳上
理斗の従者
蘭(らん)理斗の10歳上
その他の従者は後々出します。
虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。
前半、BL要素少なめです。
この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。
できないな、と悟ったらこの文は消します。
※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。
皆様にとって最高の作品になりますように。
※作者の近況状況欄は要チェックです!
西条ネア
普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
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