王様は知らない

イケのタコ

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23 夏の少年時代

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夏、俺が小学生だった頃。ボロアパートにまだいた頃の話だ。

「本当にーーーって幸せになれないね。」

まだ小さく可愛らしい俺に酷いことをはっきりと言うのは、血の繋がった母親であった。
そして、彼女は何時ものように、ご飯を食べる机の上に安そうな小さな鏡を立て、その前に座っていた。
一切表情変えず、化粧のついでという感じで暴言を吐いてくる、困った人だった。
普通の子供の反応なら驚くか、悲しむか、するがこの暴言は一度や二度の話ではない、だから当時の俺は言われても呆れていた。

同じ名前の女に返す言葉も冷めていた。

「そうなんじゃないですか。」
「そういうところよ。冷めすぎ、もっと悲しむとか、楽しむとか、表情ないの。こっちが悲しくなるわよ。」
「悲しむもなにも、あんたの子供だ。」
「そうよね、言ってもしかたないか。本当に私に似たわね。」

仕方ないわよねと、ため息混じりに呟く。そして、化粧は淡々と完成していくのだった。

「よし、完璧!」

染めた金髪の髪は巻かれ、濃いめの化粧に胸が出た衣装。
彼女の仕事は世間的に決してよく思われていない仕事であった事が、今なら分かる。
当時はなんとなくで分からなかった俺は、周りに酷く軽蔑されるのが不思議で仕方なかった。

「ーーー、お留守よろしくね。」

そう言って俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。優しく撫でる、この時が一番母親らしかった。

彼女は母親として良いとはいえない母であった。世間的に最悪な母親と言われて仕方ない程に堕落していた。
赤い小さな鞄に貴重品を入れ、準備が整った彼女は立ち上がり、年期のはいった床はギシギシと音を立てる。

「今日は早いんだな。」

何時もなら、夕方ぐらいに出ていくのだが、今日は何故か、太陽がまだ上っている昼に出て行こうとしていた。

「今日はお店の準備しないといけないからね。」
「何で? 今日に限ってか。」
「あら、どうしたの。私がいないと寂しいの。」
「ちっがう、寂しくなんかない。さっさと行け!」
「もう酷いな。お母さん泣いちゃう。」

上手く誤魔化されたと思った。
すると、彼女は目線が合う高さまで腰を下ろすと、しみじみと俺に話す。

「あんたが父親似だったら、楽だったかもね。ごめんね。」
「そんなこと言われても父親なんて知らないし。」
「まっ、そうね。」

自分からしみじみと話しかけておいて、軽く流すのが彼女であった。
何時も肝心なことは曖昧にされ、仕事のこと、父親のこと、自分が苦しい事もはぐらかされた。
今も昔も思い出すだけで、腹がたつ。

「行ってくるね。」

俺の頭をポンッと一撫ですると、立ち直り玄関に足を向ける。
乱雑に置かれた靴の中から、赤いヒールを取るとそれを履き、ドアノブを回す。
一度の此方に振り返り笑顔で手を振る。俺は決して手は振り返すことはなかった。これからも、それからも、一切振り返さなかったが。

「可愛い子。」

そして、部屋から彼女は出て行ってしまった。

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