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10話 迷い

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「どっどうしよう」

 桃谷は頭を抱えていた。この数日、案の定浅木に避けられている。
 友人使って近づくという作戦はこの広い学園で間違っていなかったが、図書館のあの子を使う気にはなれないし、他誰かの伝手もなく、進展もないようなら切るべきだと静さんに良い加減に言われそうだ。
 会えないというなら、頼みの綱はあの時の会話だけ。条件を飲んでくればいいのだけど、あの様子では心配する。
 と悩み歩いていたら、いつの間にか会議をする当日まで来ていた。
 そして、もう一つ声が震え出したのは今、現在、現場の角で頭を抱える光景を見ているからだ。

「ねぇ、分かってる」

 男が三人と、その三人に囲まれた男が一人。囲まれた男の子は、手先を震えさせていて、楽しい話ではないと伺える。
 壁に追い詰めた人間は、憎悪と醜悪を滲ませた顔で男の子に迫っていた。

「アンタのせいで浅木様が落ちぶれたのよ。今頃、浅木様が生徒会長になってたのよ!アンタがいるから」

 訳の分からないことを喚く少女のような男。このグループの主格だろうか、甲高い声が静かな校舎裏に響く。

「違うよ。浅木君は落ちぶれてなんかない。今は勇気が持てないだけで、まだ頑張ってる。それを無理だなんて言うのはおかしいよ」

 震えた声で反論する男の子は、そう楠野だった。
 明らかな虐めの現場。早く風紀に連絡しないと思ってポケット探すが、こんな時に生徒会室の机に携帯を置いたのを思い出す。

「ブスのくせに!どの口が言ってる」

 主格が手を高らかに挙げると、楠野は頬を叩く。当然、楠野の頬は赤く染まり痛々しく膨れ上がる。

「今の浅木様は浅木様じゃない。アンタがいなかったら浅木様にあの様なことにはならなかった。アンタさえ、いなかったら」
「すっ好きなら、分かるでしょ。いつだって笑いかけてくれる浅木君は今だって、前だって変わらないよ」

 罵倒に負けじと楠野は手に力を込めて前に出る。
 主格は悔しそうにキリキリと下唇噛み動かすと、再び手が上がろうとしていた。
 まずい、と思った俺は兎に角大きな声で『風紀がきたぞー』と叫んだ。

「えっ」
「こっちきて」

 叫んだことに動揺する三人の隙をついて角から飛び出た俺は、楠野の手を引っ張り走る。

「いったいアンタ誰よ!」

 後ろから大声で叫ばれたが、気にせず楠野を引っ張り校舎に飛び入る。

 *

「会長、来ないね」

 円に置かれた机と椅子。張り詰めた糸のような緊張した会議室でのんびりと吐くのは才川だった。暇そうに椅子をユラユラと揺らす。
 静は『そうですね』と返したかったが刻々と過ぎていく時間にため息しか出なかった。

「あれれ、そちらのご会長様どうされたんですか。いつもなら、もう来てらっしゃいますよね。まさかと思いますが遅刻なんて」

 向かい側から生徒会を煽ってくるのは新聞部の部長。先のこともあって余裕の面持ちである。
 弱味を握った気になるなと静は新聞部長を睨み上げ、蛇に睨まれたカエルの如く静止する。怯えても、諦めきれないのか流暢な口が開く。

「いいですか。この一大事に生徒会会長様が遅れるなんて、あってはならないんですよ。いいですか、これは会長の信頼、いえ、生徒会の信頼に関わる話ですよ」

 うるさいと乱暴に言い捨てたい静だったが、皆、静かに聞いているのは生徒会にそう投げ掛けたいからだと分かっているから、喉奥に怒りを引っ込めている。
 今まさに適当に投げなせば信頼に関わる事、生徒会の忍耐を試されている。
 言い返してこない生徒会に、調子づいた新聞部長は止まらない。

「生徒会長は生意気にも俺様が遅れる筈がないって言ってましたよね。やっぱりああいう輩は信頼がないというか、口だけですな」
「あと5分ある」
「へぇっ?」

 独壇場に割り入ったの風紀委員長の[[rb:水崎 > みずさき]]だった。冷たくあしらう様な物言い、会議室を一瞬にして凍てつかせた。流石に思わぬ人物に新聞部長は口をあぐりと開ける。

「まだ時間があると言っている」
「いや、分かってますか。風紀委員長、コイツらは生徒会の特権を使ってあらぬ事してるんですよ」
「後5分あると言っている。俺は時間の話しているんだ。言いたいことがあるなら会議が始まってからにしろ」
「でもっ」

 すると、素知らぬ顔で天井見ていた才川が

「新聞部君、前に遅れてたよね」

 とポツリと言えば、新聞部はその席で固く口を閉ざし大人しく座るしか無くなった。

「貴方がいて良かったです書記」
「副会長のボールペン、犠牲になるところだったから」

 静の手にはヒビの入ったポールペンが握られていた。









 呆然としている三人が見えなくなったくらいに、暗い教室に潜り込んだ。そして廊下の方は「いいから、早く探せ」という声が飛び交い、慌ただしく走る音が聞こえる。
 力強くなり響く足音が段々と小さくなるぐらいに俺は、緊張で固まったままの楠野に話しかけた。

「大丈夫、頬。酷く腫れてない」
「えっえっ、はい。だっ大丈夫です。かっかっいちょうさっま」
「様はいらないから」
「何故っかか会長様がっ」
「えっと、あれだ、この前恋人が世話になったからな。助けて当然だ。それより、お前は何故アイツらに目をつけられている」
「その、あの人たちは……浅木君の親衛隊で」

 言い難いに楠野から出てきた言葉に驚いた。浅木の親衛隊がいるのは知っている、けれど昨年浅木が解散させたと聞いている。

「何故、今頃になって親衛隊が。あの事件以降解散した筈」
「表向きは解散になってます……けど諦めきれない方達が非公式でまだ集まってます」
「非公認のファンクラブってことか。また、なぜそんなやつらに」
「えっと、前々から、高校に上がった時から僕、親衛隊の方達からよく思われてなくて。ただの平凡が横にいるのは悪影響だとか、言いたい事はわかるんですけど。ずっと前から目をつけられてて」

 暗闇の中、楠野は痛む頬に手を当てる。

「言われるのは日常茶飯事だったんですけど」
「解散してから、エスカレートしたと。その様子だと風紀委員には言ってないね」
「言えないです。解散させた筈の親衛隊が虐めていると風紀委員会が知ったら、本当に浅木君が戻れない気がして、言えませんでした」
「なるほどね」
「ずっと、誰にも言えなくて辛かったです……」

 相談するにも自暴自棄になっている浅木。助けてとたった一言が言えず、楠野は誰にも相談することが出来ずにいたのだろう。
 うずくまる楠野にかける言葉がない。励ましの言葉も同情する言葉が出てこない、悩みただ一人で長く抱えていたと思うと胸が張り裂けそうだ。

「それでも、相談して欲しかった」

 優しくもあり、悲哀に満ちた声が降りかかる。上を見上げれば、浅木が悲しそうな顔で立っていた。いつの間にか扉は開かれていて、太陽の光が教室に差し込んだ。

「浅木君っ」

 丸くうずくまっていた楠野のは顔を上げ、浅木だと分かれば驚いた様に立ち上がる。
 ゆっくりと浅木は楠野の方に近づく。

「ごめん。気づいてあげられなくて」
「違う、僕が一人悩んでだけで、浅木君は関係なくて」
「ごめん、そう、思わせてごめん」

 楠野の肩を持つ。

「俺、自分の事ばっかで、何も知らなくて、知ろうとしなくて。こんなにも楠野のが支えてくれてた事、知らなかったっ」

 肩を持ち、楠野を優しく抱きしめた。

「痛かったよな。情けない俺で悪い。次はちゃんとするから、見捨てないでくれるか」
「っうん」

 楠野の目からは一筋の涙が落ちる。叩かれても、罵倒されても、流さなかった涙を今流している。

「会長様、そろそろ会議行かないと怒られますよ」

 横からコソッと話しかけきたのは生徒会会長の一応親衛隊長を務めてる愁だった。背を低くして場を崩さないように忍び足で隣にいた。
 隣に来てびっくりしたが、もっとびっくりしたのが俺達の場所を知っている事だ。

「ちょっ、何故場所が分かったんですか」
「そりゃ、GPSがついてますから」
「どこにっ」
「ネクタイのピン」

 直ぐ様、ネクタイピンを見れば、黒くて細長い塊に赤色が点滅していた。

「静さん、こういうこと見越して渡したのかな」
「まぁ、あの人様ですから。かもしれないです」

 静さんならと思うと同時にここにくる前に三人に会った筈だ。二人が無事ここに来たとしても、これだけの音を鳴らせば3人が乗り込んでくるばすだと気がついた。

「3人は、どうしたの。ここら辺で俺らを探し回って筈だ」
「面倒だったので殴りました。そうしたら、ちりじりになって逃げられましたのでご安心を」
「えっ、誰が誰を」
「こちらで処理しますので。それより、早く会議室に行かないと」
「そっそうだった」

 俺は急いで立ち上がる。

「会計っ!さっさと会議室行くぞ!」
 
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