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第七章 大森林のそのまた奥の

血を絶やさぬ為に

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 ロミナに導かれ吊り橋を渡り向かった先には円筒形の建物が幾つか立てられていた。

「こっちだ。話は私がつける。お前達は局員の質問に答えるだけで良い」
「質問ってどんな事を聞かれるんだい?」
「リーフェルドに来た目的、お前達であればメイファーン家の放蕩息子に会いに来たという所か」
「店長は放蕩息子なんかじゃ……」
「家の事を放り出して武術に勤しんでいたのだろう? 立派な放蕩息子ではないか」
「うぅ……」

 ニーナはロミナの言葉にそれ以上何も言えず押し黙ってしまった。

 真田さなだの話では二百年かけてわい最拳を作ったというから、恐らくその間も家の事、一族の事はおざなりだったのだろう。
 彼と家の間に何があったのか知らないが、真田の人生は真田の物だ。自由に好きな事をして生きていいと思う反面、家族と向き合えなかった健太郎けんたろうには胸に痛い話だった。



 そんな事を健太郎が考えている間にもロミナはズンズンと先に進み、蔦に覆われた円筒形の建物の一つに足を踏み入れる。

「入国希望者を連れて来た。ゲストとして一時的な滞在許可を貰いたい」

 健太郎達を引き連れ受付に歩み寄ったロミナは、カウンターに両手を突き受付の女性にそう声を掛ける。

「ゲスト?」

 受付の女性はロミナの後ろにいる健太郎達に視線を向けるとあからさまに顔を顰めた。

「ご存知でしょうが、リーフェルドは他種族の受け入れをしていません。そちらの方々は明らかにエルフでは無いように見受けられますが?」
「そんな事は分かっている。この者たちはフォミナ家の客人として私個人が迎え入れる。それなら文句はあるまい」
「フォミナ家……いいのですか? この者達が問題を起こせば責任は全てフォミナ家にありという事になりよ?」
「構わん、こいつ等が何か面倒を起こした時はこのロミナ・ウルグ・フォミナが直々に全員処断すると約束しよう」
「コホー……」

 えー、全員処断って……。

「ミシマ、今は黙っときな」

 ボソリと言った健太郎の言葉を聞いたミラルダが耳元で囁く。

「ふぅ……いいでしょう。では担当官に入国の目的を話して下さい」

 そう言うと受付の女性は小声でミラルダ達には聞き慣れない言葉を呟いた。

風霊シルフよ、我の言葉を彼の者に伝えておくれ"入国審査をお願いします。対象は人族一名、獣人二名、魔人一名、ゴーレム一体、責任者はロミナ・ウルグ・フォミナ嬢、よろしくお願いします"』

 ミラルダ達に女性の言葉は分からなかったようだが、健太郎にはそんな風に日本語をしゃべっている様に聞こえていた。



 彼女の言葉に反応して小さなつむじ風が女性の前に浮かび、それは半透明の掌程の大きさの少女の姿に健太郎には見えた。

「コホー……」

 アレってば精霊って奴じゃ……。

 風を纏った少女は健太郎と目が合うと少し驚いた様に口を開け、その後、受付の左手に伸びる廊下へと飛び去った。

「ふむ、精霊魔法か……風の声ウィンドボイスだな」
「へぇ、エルフってのはこんな事でも魔法を使うんだねぇ」
「横着なだけじゃねぇのか」
「ギャガンさん、そんな事言ってると怒られちゃいますよ」

 囁き声はロミナ、そして受付にも聞こえた様で二人は冷ややかな視線を一行に向ける。

「……部屋は左手、三番です」
「了解だ。行くぞ」

 ロミナはカッと踵を鳴らし廊下に向かって歩を進める。

「余計な事は喋るな」
「いいじゃないか。色々珍しいんだよ」
「……余計な事は喋るな」
「……わかったよぉ」

 押し黙った一行の様子に満足気な笑みを浮かべたロミナは、やがて一つのドアの前で立ち止まった。

「ここだ」

 何やら文字らしき物が書かれていたが、健太郎には全く読めなかった。
 ラーグの文字とも違うそれは、恐らくエルフの言葉で三番と書かれているのだろう。
 その扉をロミナがノックすると、中からどうぞと低い男の声が返答した。
 ノブを押し開けロミナは健太郎達を中へ入れと促す。

 室内にはデスクに座った中年の男が一人、眉を顰めながら健太郎達を出迎えた。
 中年と言ってもエルフだけあって、とても美形、いわゆるイケオジという奴だったが。
 部屋に椅子などは無く、健太郎達は立ったまま彼と話をするようだ。



「異種族ですか……困るんですよねぇ、いくら名門のフォミナ家といってもこういう事をされちゃあ……」
「こいつ等は国の施策である血の維持に関与する事はしない」
「と言われましても……」
「全ての責任は私が負おう」
「……ふぅ……分かりました。では後程、誓約書にサイン願います」
「私の言葉が信じられんと?」

 ロミナはキッと男を睨んだが、彼は肩を竦め苦笑を浮かべただけだった。

「チッ、分かった。書けばいいのだろう」
「お願いします……ではまずそちらの方から入国の目的を教えて下さい」

 男は男から左端に立ったミラルダに左手を翳し答えを促す。

「目的……この娘、ニーナさんの付き添い兼護衛だよ」
「護衛? その人族の娘さんは貴族か何かで?」
「いえ私はただの平民で……」
「はぁ……」
「ニーナさん以外はラーグの冒険者なんだ。国に帰っちまったエルフの知り合いに会いたいっていうから、一緒に旅して来たんだよ」
「知り合いですか? どういう間柄で?」

 男は今度はニーナに左手を翳す。

「えっと、店主と部下です」
「店主と部下、つまり雇用者と被雇用者という関係ですね?」
「はい」
「よろしい、では次に会う目的は何ですか?」
「えっと……それは……」
「何ですか? 目的を言わないとゲスト登録は出来ませんよ」

 ニーナは顔を真っ赤にして必死に声を絞り出そうとしていたが、恥ずかしさからか言葉に出来ないようだ。

「突然、店主の真田、こちらの名はフィー・エルド・メイファーンだったか、彼が帰国してな。彼女は職を失った。その事で話したい事があるそうだ」

 グリゼルダがニーナに変わって目的を告げると、男は一定の理解を示した。

「なるほど職を……それはお困りでしょう」
「ああ、なにせいきなりだったからな。彼女は次の職も見つかっていない。フィーも特に紹介状等も用意していなかったそうでな」
「……メイファーン……東の地方豪族の一つですね……分かりました、同族が他国の方に迷惑を掛けたとなればリーフェルド全体の恥です。特別に許可しましょう」
「ほっ、ホントにッ!? ありがとうございますッ!!」
「よかったねぇ、ニーナさん」
「はい、これも皆さんのおかげですッ!!」

 あー、喜ぶニーナ達に男はそう声を上げる。

「ただし、これだけは守って頂きたいのですが……現在、この国では他種族が入国する事を厳しく制限しています。理由は先程ロミナ嬢との話でも出たのですが、血の維持、つまり我々エルフと他種族との交わりを抑制する為です」
「交わりを抑制? どういう事だい?」

「簡単に言えば混血化の抑制です。近年、寿命、容姿、魔力等、エルフの優れた血を取り込もうと様々な種族がエルフと婚姻関係を結びました。結果、混血化が進み純粋なエルフは数を減らしています。混血化の一番の問題点は寿命の変化です。純粋なエルフは人族の約十倍、長い方で千年程。しかしハーフとなるとその半分、ハーフ同士が結婚してもその寿命は更に短くなります。それだけで無くハーフの方が繁殖力が高く、このままではリーフェルドは純粋なエルフの国では無くなってしまうという問題が起きています」

「はぁ……」

 小首を傾げたミラルダに男は続ける。

「ですので、あなた方にはエルフに対する性的なアプローチの一切を禁じます」
「えっ、それって……」
「性交渉は勿論、接吻等の恋愛関係に繋がる物の一切を行わないで頂きたい。まぁ、これは国の施策ですので異種族を相手にする者はいないでしょうが、無理矢理という事もあり得ますので」
「あ? 俺達がエルフ共を襲うってか?」

 それまで黙っていたギャガンが鼻に皺を寄せ牙を向く。

「ふむ、やはり獣人は野蛮ですね」
「ああッ!?」
「コホーッ!」

 ギャガン止めろッ!

 苛立った様子のギャガンを健太郎が咄嗟に押しとどめる。

「チッ……」
「ともかく、異性との過度の接触は避けて下さい。出来るなら目的の人物以外とは会わない様にお願いします。ロミナ嬢、貴女もよろしいですね?」
「分かっている。こいつ等はフィーに会ったら直ぐに出て行かせるさ。それでいいな?」
「…………はい」

 ロミナの言葉にニーナは俯きながら、か細く答えた。
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