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第36話 機械仕掛けによる女神
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がらんどうなその場所に思わず一歩踏み出した。
瞬間、空間が歪んだ感覚に振り返れば、こちらに向かって手を伸ばし、叫ぶザイの姿があった。だが歪みに隔たれ声はこちらに届かない。ザイの姿も歪み、こちらが手を伸ばす間もなく、私の意識は闇に飲まれた。
「ここは」
辺りを見渡して見たが先ほどいた場所からほど近い坑道である事はわかった。
だが、山一帯を閉ざした筈なのにそれがさっぱり消えていた。
目の前にぽっかりと空いた空洞が私を呼んでいるような気がして、足を踏み入れた。
暗闇が私を包み、足を一歩踏み出す度に闇が薄れ晴れてゆく。
次に視界が明けた瞬間、私は目の前に広がる光景に息を呑んだ。
大きく開けた空洞は、先ほど確かにザイと共に訪れた場所だった。
岩壁には仰々しい様々な機械が置かれ、床一面には複雑な魔法陣が敷かれていた。
その隙間を埋めるように大小様々なパイプや配線が伸びている。
その中を白衣やローブを纏った者らが歩き回っている。
その内の一人が私に向かってやってくる。思わず息を詰めるが、白衣を纏った男は私に気づかぬようで素通りしていく。
周囲を見渡してみても誰とも目が合わない事を確認し、私はその空洞の天井へと目を向けた。
魔法陣の中心、天井高く吊り下げられているのは女だった。
四肢は呪印の刻まれた分厚い布できつく縛られ、その首や背中からは金属のパイプが生えている。腰まで伸びた髪は光すら吸い込むようでどこまでも真っ白だ。
その身を包む服はなく、呪印の刻まれた布だけが彼女の身体はおろか、その顔さえも覆っている。
間違いない。機械仕掛けによる女神だ。
思わずその女に歩み寄り、見上げる距離で足を止める。
届かない。
そう分かっているのに思わず彼女へと手を伸ばす。
「憐れなものだな」
唐突に空間内に響いた無感動な声に手が止まった。
がしゃり、がしゃり、と足音と共に鎧が鳴る。
鎧の足音が、私のすぐ後ろで止まった。
私の姿は認識されないと分かっていても死と憎悪の濃厚な気配を漂わせたそれに身が竦む。
そっと視線を背後の鎧へと目を這わせれば、古びた記憶を刺激する。
赤と黒を基調にした甲冑。がっしりとした体格は男のもの。
顔は見ずともわかる。
額から伸びているであろう二本の赤い角。黒い髪は後ろに撫でつけられ、男らしいながらも端正な顔立ち。その角と同じ赤い瞳は鋭く冷たく、その声と同様に無機質なものなのだ。
鬼将ゼノン
私は思わず息を詰めた。
ゼノンの視線は宙吊りにされた女へと向けられたまま、私に注意を払う素振りはない。
「進捗はどうなっている」
ゼノンは彼女に視線を向けたまま追従する魔導師に声をかける。
「全ては順調に」
「嘗ては大仰に祀り上げられていたらしいが、これでは形無しだな」
「仰る通りにございます。この呪帯で封じている限り、コレは声ひとつ上げる事も、身動きひとつ取る事も出来ますまい」
「あの娘が使い物にならなかった場合の代替品としてもそうだが、周辺の勢力は甘く見れるものではない。いざという時に備えていつでも起動できるように調整しておけ」
「御意」
その淡々とした言葉に身体が震えた。
『あれは……神ですらない』
それは一体どの場面《・・》での会話だったか。
『嘗て、ヒトが神を真似て作った、またはヒトから作られたであろう古き遺産の成れの果てだ』
『このガラクタめ!!』
『所詮は人を真似る滑稽な紛い物よ――』
次々と聞いた覚えのあるような、ないような声が頭に響く。
それと同時にゲームにない記憶が流れ込んでくる。
震える身体を己が手で掻き抱く。
また別の声が蘇る。
『或いは忘れ去られ、捨てられた憐れな女神とも言われています』
違う。そうではない。
身体の震えが止まらなかった。
彼女は作り物などではない。
ましてや女神でもない。
あれは……
私は吊るされた女を見上げた。
視界が涙でぼやける。
機械仕掛けによる女神は私だ。
そう認識した瞬間、呪帯に絡め捕られるように力なく項垂れる私《・》から、あらゆるものが流れ込んできた。
これは前世の私の比ではない。何せ、捉えられた彼女と私は同一の存在なのだから。
私達を阻むものは何もなく、ただ高所から低所に流れる水のように彼女の記憶流れ込む。
そうだ、そうだ、思いだした。
私は予定よりも不安定さを増す頻度の高い地に不自然さを憶えながらも向かったのだ。
そしてまんまと罠に掛かり捕らえられ、実験動物《サンプル》として多くの苦痛と恥辱を受けた。言葉を封じられ、両目を抉られ、身体を開かれ、潰され刻まれた。
ここに連れ去られ、私は初めての感情を得たのだ。
憎悪と屈辱。そしてかつてない人間への憎しみを。
世界の安定をはかる唯一の存在たる私を、たかが矮小な人間一人の代替品に据えようというヒトの傲慢さへの怒りと屈辱。
それは転じてヒトへの失望と憎悪へとすり替わっていった。
その先を人間だった私は知っていた。
永き時に渡り愛を注ぎ、見守り、育ってきた大地に、この世界に致命傷にもなり得る深い傷跡を残し、私はこの世界を護らんとする彼らの手によって滅ぼされるのだ。
その中には皇国を裏切った彼《ゼノン》もいた。
皇国の王の命令であっても己の仕出かした汚点《・・》として、己の罪を償う為という何とも身勝手な理由をもって、その背に負う赤と黒の大剣で私を刺し貫き、彼らと共に滅ぼすのだ。
ただ、世界を愛し、護り続けていただけの私はヒトの欲によって利用され、ヒトの身勝手によって滅される。なんという結末か。
「あぁ……」
この現状とこれから起こるであろう事実に膝から力が抜け、思わずその場に頽れた。
ぽつり、ぽつり、と涙が頬を伝う。
深い悲しみとやりきれない想いにとめどなく涙が溢れてくる。
「なんだ?」
訝しむゼノンの声に顔をあげれば、彼女もまた泣いていた。赤い血の涙がぽつり、ぽつり、と私の手の中に落ちて来る。
魔導師が動きだし、状況確認に慌て、走り回る姿をぼんやりと見つめる。
誰も私に気づかない。
ただ、私《・》だけが、私という存在を感じ取っていた。
手の中に赤い灯りが灯った。
それは光を失い、手の中で結晶となる。
私はそれを胸にそっとあて、結晶に語り掛ける。
「あなたの想いは受け取った」
見上げれば、動けない筈の彼女が頷いたように見えた。
彼女がヒトに抱いた感情は憎悪や怒りだけではない。その奥底にあるのは愛したものに裏切られた深い絶望と哀しみ。
そして僅かにもまだ残るこの世界で生きるものへの愛しさ。
これだけ非道な目に遭っても本当の意味で憎み切る事ができないやるせなさ。
再び空間が歪む気配がした。別れの時だ。
ここで私にできる事は何もない。
そう思えば余計に涙が溢れた。
立ち上がり、別れを告げるように彼女へと背を向ける。
顔を上げれば機械仕掛けによる女神を見上げていた筈のゼノンがこちらを見ていた。
この世界で、私の目で直接彼を見たのはこれが初めてだった。
息を呑み、思わず声にならない呟きを漏らす。
その赤い目が驚きに開かれる。
「お前は……」
言葉が途切れ私と彼の間の空間が歪む。
ゼノンが背に負った大剣を抜き放つ。
「待て――!!」
鋭い制止の声を最後に、そうして私はまた意識を失った。
瞬間、空間が歪んだ感覚に振り返れば、こちらに向かって手を伸ばし、叫ぶザイの姿があった。だが歪みに隔たれ声はこちらに届かない。ザイの姿も歪み、こちらが手を伸ばす間もなく、私の意識は闇に飲まれた。
「ここは」
辺りを見渡して見たが先ほどいた場所からほど近い坑道である事はわかった。
だが、山一帯を閉ざした筈なのにそれがさっぱり消えていた。
目の前にぽっかりと空いた空洞が私を呼んでいるような気がして、足を踏み入れた。
暗闇が私を包み、足を一歩踏み出す度に闇が薄れ晴れてゆく。
次に視界が明けた瞬間、私は目の前に広がる光景に息を呑んだ。
大きく開けた空洞は、先ほど確かにザイと共に訪れた場所だった。
岩壁には仰々しい様々な機械が置かれ、床一面には複雑な魔法陣が敷かれていた。
その隙間を埋めるように大小様々なパイプや配線が伸びている。
その中を白衣やローブを纏った者らが歩き回っている。
その内の一人が私に向かってやってくる。思わず息を詰めるが、白衣を纏った男は私に気づかぬようで素通りしていく。
周囲を見渡してみても誰とも目が合わない事を確認し、私はその空洞の天井へと目を向けた。
魔法陣の中心、天井高く吊り下げられているのは女だった。
四肢は呪印の刻まれた分厚い布できつく縛られ、その首や背中からは金属のパイプが生えている。腰まで伸びた髪は光すら吸い込むようでどこまでも真っ白だ。
その身を包む服はなく、呪印の刻まれた布だけが彼女の身体はおろか、その顔さえも覆っている。
間違いない。機械仕掛けによる女神だ。
思わずその女に歩み寄り、見上げる距離で足を止める。
届かない。
そう分かっているのに思わず彼女へと手を伸ばす。
「憐れなものだな」
唐突に空間内に響いた無感動な声に手が止まった。
がしゃり、がしゃり、と足音と共に鎧が鳴る。
鎧の足音が、私のすぐ後ろで止まった。
私の姿は認識されないと分かっていても死と憎悪の濃厚な気配を漂わせたそれに身が竦む。
そっと視線を背後の鎧へと目を這わせれば、古びた記憶を刺激する。
赤と黒を基調にした甲冑。がっしりとした体格は男のもの。
顔は見ずともわかる。
額から伸びているであろう二本の赤い角。黒い髪は後ろに撫でつけられ、男らしいながらも端正な顔立ち。その角と同じ赤い瞳は鋭く冷たく、その声と同様に無機質なものなのだ。
鬼将ゼノン
私は思わず息を詰めた。
ゼノンの視線は宙吊りにされた女へと向けられたまま、私に注意を払う素振りはない。
「進捗はどうなっている」
ゼノンは彼女に視線を向けたまま追従する魔導師に声をかける。
「全ては順調に」
「嘗ては大仰に祀り上げられていたらしいが、これでは形無しだな」
「仰る通りにございます。この呪帯で封じている限り、コレは声ひとつ上げる事も、身動きひとつ取る事も出来ますまい」
「あの娘が使い物にならなかった場合の代替品としてもそうだが、周辺の勢力は甘く見れるものではない。いざという時に備えていつでも起動できるように調整しておけ」
「御意」
その淡々とした言葉に身体が震えた。
『あれは……神ですらない』
それは一体どの場面《・・》での会話だったか。
『嘗て、ヒトが神を真似て作った、またはヒトから作られたであろう古き遺産の成れの果てだ』
『このガラクタめ!!』
『所詮は人を真似る滑稽な紛い物よ――』
次々と聞いた覚えのあるような、ないような声が頭に響く。
それと同時にゲームにない記憶が流れ込んでくる。
震える身体を己が手で掻き抱く。
また別の声が蘇る。
『或いは忘れ去られ、捨てられた憐れな女神とも言われています』
違う。そうではない。
身体の震えが止まらなかった。
彼女は作り物などではない。
ましてや女神でもない。
あれは……
私は吊るされた女を見上げた。
視界が涙でぼやける。
機械仕掛けによる女神は私だ。
そう認識した瞬間、呪帯に絡め捕られるように力なく項垂れる私《・》から、あらゆるものが流れ込んできた。
これは前世の私の比ではない。何せ、捉えられた彼女と私は同一の存在なのだから。
私達を阻むものは何もなく、ただ高所から低所に流れる水のように彼女の記憶流れ込む。
そうだ、そうだ、思いだした。
私は予定よりも不安定さを増す頻度の高い地に不自然さを憶えながらも向かったのだ。
そしてまんまと罠に掛かり捕らえられ、実験動物《サンプル》として多くの苦痛と恥辱を受けた。言葉を封じられ、両目を抉られ、身体を開かれ、潰され刻まれた。
ここに連れ去られ、私は初めての感情を得たのだ。
憎悪と屈辱。そしてかつてない人間への憎しみを。
世界の安定をはかる唯一の存在たる私を、たかが矮小な人間一人の代替品に据えようというヒトの傲慢さへの怒りと屈辱。
それは転じてヒトへの失望と憎悪へとすり替わっていった。
その先を人間だった私は知っていた。
永き時に渡り愛を注ぎ、見守り、育ってきた大地に、この世界に致命傷にもなり得る深い傷跡を残し、私はこの世界を護らんとする彼らの手によって滅ぼされるのだ。
その中には皇国を裏切った彼《ゼノン》もいた。
皇国の王の命令であっても己の仕出かした汚点《・・》として、己の罪を償う為という何とも身勝手な理由をもって、その背に負う赤と黒の大剣で私を刺し貫き、彼らと共に滅ぼすのだ。
ただ、世界を愛し、護り続けていただけの私はヒトの欲によって利用され、ヒトの身勝手によって滅される。なんという結末か。
「あぁ……」
この現状とこれから起こるであろう事実に膝から力が抜け、思わずその場に頽れた。
ぽつり、ぽつり、と涙が頬を伝う。
深い悲しみとやりきれない想いにとめどなく涙が溢れてくる。
「なんだ?」
訝しむゼノンの声に顔をあげれば、彼女もまた泣いていた。赤い血の涙がぽつり、ぽつり、と私の手の中に落ちて来る。
魔導師が動きだし、状況確認に慌て、走り回る姿をぼんやりと見つめる。
誰も私に気づかない。
ただ、私《・》だけが、私という存在を感じ取っていた。
手の中に赤い灯りが灯った。
それは光を失い、手の中で結晶となる。
私はそれを胸にそっとあて、結晶に語り掛ける。
「あなたの想いは受け取った」
見上げれば、動けない筈の彼女が頷いたように見えた。
彼女がヒトに抱いた感情は憎悪や怒りだけではない。その奥底にあるのは愛したものに裏切られた深い絶望と哀しみ。
そして僅かにもまだ残るこの世界で生きるものへの愛しさ。
これだけ非道な目に遭っても本当の意味で憎み切る事ができないやるせなさ。
再び空間が歪む気配がした。別れの時だ。
ここで私にできる事は何もない。
そう思えば余計に涙が溢れた。
立ち上がり、別れを告げるように彼女へと背を向ける。
顔を上げれば機械仕掛けによる女神を見上げていた筈のゼノンがこちらを見ていた。
この世界で、私の目で直接彼を見たのはこれが初めてだった。
息を呑み、思わず声にならない呟きを漏らす。
その赤い目が驚きに開かれる。
「お前は……」
言葉が途切れ私と彼の間の空間が歪む。
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