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第30話 角
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柔い身体を抱きしめながら、今後、この御使をどうやって言い包めようかとザイは思考を巡らせる。
触れ合いの線引きに関しては適当に言いくるめれば良い事は理解した。
問題は根本。
番う事に関しては互いに平行線。
フェイは諦めさせようとするが、ザイは諦める気はない。
番う事が成立するならこの際口約束でもなんでもいい。とにかく彼女自身の言葉として聞きたいのだ。
それさえ成ればあとはどうにでもなるし、心にも余裕は持てる。
彼女が本気で嫌がるなら押し倒したりはしない。
いや押し倒しはするかもしれないが、嫌がる事はしない。
あとはひたすらに待つ。
待っても無駄な可能性は大いにあるが、ゼロでないならザイは諦めない。
…………ゼロでも諦めないが。
それくらいの覚悟は出来ている。
彼女に男女の情がない事など重々承知している。銀の御使の言葉を忘れた訳ではない。
この三年、フェイについても御使いについても調べた。
ヴェストはこの辺りの中では最もフェイと関わりが長く、御使いとも関係深い国だ。
彼女がいれば、必然として他の御使いとの関りは多くなる。
御使いやフェイに想いを寄せるヒトの記録は出て来るが、その逆はない。
寄せた想いを返せとはいわない。そもそも御使いはそういうものだと理解した。
ただ、ザイがフェイのものである証が欲しいのだ。
なのに彼女は贈った名を受け取っておきながら、彼を諱で呼びながら、夫とは認めてくれない。
これほど酷い話はない。神話の神々も大概だが、彼女はその上をいく。
自然、零れかけた溜息を呑み込む。
拒絶や嫌気と感じるものを見せれば彼女はきっと離れていってしまう。
名を交わす事に関して現状維持には持ち込んだが、彼女自身、その気になればいつでもザイの目の前からいなくなってしまえるのだ。
この世界に留まる以上、見つけられない事はないだろうが、相手は御使い。至難の業だ。
「…………」
少なくとも、勘違いとはいえ、拒絶を示したザイに対して一粒の涙を零す程度には気に入られている事は確かだ。
自分の何をフェイが気に入ったのかはわからないが、神に類する存在の感覚はザイにはわからない。そこは考えるだけ無駄だ。例えそれが分かったとして故意に媚びればやはり彼女は離れていく。そんな気がする。
今は現状に満足すべきだと自分に言い聞かせる。
「ザイ」
おずおずと気まずさを見せながらもこちらを見上げる愛らしさは一生眺めても飽きないし、ずっと見つめられ続けたい。
白い手が伸ばされ、彼の額へとのびる。
顔を寄せればザイの期待に反して角には触れず、角の近くの皮膚を撫でる。
「ゴウキが、お前の角を気にしていた」
「フェイはこの角が気になるか?」
「…………あまり?」
首を傾げ、なんでもない事のように言う。
「なら、これでいい」
白い手がピタリと手が止まる。
「この角は故意か?」
ザイを見る目は理解しがたい者を見る目だ。
「いや。ただ」
「ただ?」
フェイの問いに少し考える。
「これ以上伸びたら邪魔だなと思ったらこうなった」
「鬼の角とはそういうものだったか?」
「さあ?」
ザイも確証があるわけではない。
恐らく、何も思わなかったならそのまま生え揃ったのだと思う。
だが、角を重視し、やたら突っかかってくる血の気の多い鬼人を相手にしている内に、あの中に組み込まれるのは面倒そうだな、と思った。
自身の実力を過信してはいないが、ザイはゴウキの次かその次くらいには強い。
角が生え揃えば鬼人らは憐みと嫉妬や不満、そういったものと共に悪し様に罵るその口を閉ざすだろうが、実力を見ずに角を見て相手を判断する事にそれはそれでどうかと思う。
それで手のひらを返されても気持ち悪いだけだ。
結果として、ザイは角に対して鬼人らとは別の意味で興味をなくした。
そういった状況を鑑みて出した結果でもある。
「病や不調の類ではないと?」
「体調管理は徹底してる」
それで置いて行かれたら堪らない。
「ならば良い」
額から離れようとする手首を緩く掴み、ザイは己の角へと導く。
「触って確認してみればいい。」
掴んだ手が震える。
「フェイ以外は誰も触れない。今更だ」
黒い瞳には迷いがある。
他人事なものより余程良い。
「こんな角に触るのは嫌か?」
わざとこちらを貶めて問えば彼女の形の良い眉が寄る。
「……嫌なものか」
不機嫌そうな言葉に口元が緩む。
再び伸ばされた手が左右不揃いな角に触れる。
それがとても心地よく、首の後ろに痺れが走る。
角自体には感覚はない筈なのに、こうして触れられるのが心地よい。
ただ、鬼《オーガ》や鬼人にとって角に何かが当たったり、触れたりする事が嫌なのだ。
我が事ながら、おかしな生態だと思う。
「どうだ、フェイ」
「私は薬師の真似事はするが、医者ではない。だが、お前が偽りなく問題ないというのなら、そうなのだろう」
離れていく手が名残惜しい。
しかし、残念な事に時間切れだ。
ザイの耳は扉の向こうの足音を拾っていた。
§
時間をかけて用事を済ませたゴウキは案内を断り、一人で元居た部屋の扉の前に立っていた。
扉の向こうの気配を確認してみるが、特に異常はないと判断し、数回のノックの後にゴウキは部屋の扉を開き、己の見た光景にしばし止まる。
「小僧、お前、巫女様に何しとる?」
答え如何によっては城に残しておいた方がいいかもしれない。具体的にはあと三年。
「アンタが言ったのだろう、俺の角を診ろと」
困惑顔の巫女様を抱き、膝に乗せた男が表情一つ変えずにぬけぬけと言い放つ。
「診ろとは言っとらん。お前を連れて行く際の懸念事項として巫女様にご報告申し上げたまでじゃ。このまま城に留め置かれたくなくば、いい加減、巫女様を降ろせ」
チッ
あからさまな舌打ちの後に渋々と巫女様から手を離す。
躊躇いなく身を離す巫女様の姿をひたすら目で追う青年に内心溜息が漏れた。
「お前はこっちじゃ」
ゴウキはザイの襟首を引き、自分の席の隣に押さえつけるように座らせる。
体裁が整ったところでゴウキが巫女様に声をかける。
「さて、巫女様、コレもよう育ちました。ここで教えられる事は一通り教えました」
生意気な青年の頭に手をやれば、迷惑そうにそれを払いのけようとする。
ゴウキは意に介さずその頭に手を載せた。
「連れて行くに問題は?」
「今の処は、とだけ。実際に巫女様が連れて歩いて無理ならこちらへ送り返していただければ良いかと存じます。巫女様に同行するのに必要な事が生じれば勝手に学びます」
あからさまに不満を示すようにザイの角が揺れた。
だが、ゴウキの手の載った頭は動かず、恨みがましさと反抗的な視線がゴウキに向けられる。
「分かった。ではそのように」
「ははっ」
ゴウキは三年前同様にザイの頭を押さえて同時に頭を下げさせた。
触れ合いの線引きに関しては適当に言いくるめれば良い事は理解した。
問題は根本。
番う事に関しては互いに平行線。
フェイは諦めさせようとするが、ザイは諦める気はない。
番う事が成立するならこの際口約束でもなんでもいい。とにかく彼女自身の言葉として聞きたいのだ。
それさえ成ればあとはどうにでもなるし、心にも余裕は持てる。
彼女が本気で嫌がるなら押し倒したりはしない。
いや押し倒しはするかもしれないが、嫌がる事はしない。
あとはひたすらに待つ。
待っても無駄な可能性は大いにあるが、ゼロでないならザイは諦めない。
…………ゼロでも諦めないが。
それくらいの覚悟は出来ている。
彼女に男女の情がない事など重々承知している。銀の御使の言葉を忘れた訳ではない。
この三年、フェイについても御使いについても調べた。
ヴェストはこの辺りの中では最もフェイと関わりが長く、御使いとも関係深い国だ。
彼女がいれば、必然として他の御使いとの関りは多くなる。
御使いやフェイに想いを寄せるヒトの記録は出て来るが、その逆はない。
寄せた想いを返せとはいわない。そもそも御使いはそういうものだと理解した。
ただ、ザイがフェイのものである証が欲しいのだ。
なのに彼女は贈った名を受け取っておきながら、彼を諱で呼びながら、夫とは認めてくれない。
これほど酷い話はない。神話の神々も大概だが、彼女はその上をいく。
自然、零れかけた溜息を呑み込む。
拒絶や嫌気と感じるものを見せれば彼女はきっと離れていってしまう。
名を交わす事に関して現状維持には持ち込んだが、彼女自身、その気になればいつでもザイの目の前からいなくなってしまえるのだ。
この世界に留まる以上、見つけられない事はないだろうが、相手は御使い。至難の業だ。
「…………」
少なくとも、勘違いとはいえ、拒絶を示したザイに対して一粒の涙を零す程度には気に入られている事は確かだ。
自分の何をフェイが気に入ったのかはわからないが、神に類する存在の感覚はザイにはわからない。そこは考えるだけ無駄だ。例えそれが分かったとして故意に媚びればやはり彼女は離れていく。そんな気がする。
今は現状に満足すべきだと自分に言い聞かせる。
「ザイ」
おずおずと気まずさを見せながらもこちらを見上げる愛らしさは一生眺めても飽きないし、ずっと見つめられ続けたい。
白い手が伸ばされ、彼の額へとのびる。
顔を寄せればザイの期待に反して角には触れず、角の近くの皮膚を撫でる。
「ゴウキが、お前の角を気にしていた」
「フェイはこの角が気になるか?」
「…………あまり?」
首を傾げ、なんでもない事のように言う。
「なら、これでいい」
白い手がピタリと手が止まる。
「この角は故意か?」
ザイを見る目は理解しがたい者を見る目だ。
「いや。ただ」
「ただ?」
フェイの問いに少し考える。
「これ以上伸びたら邪魔だなと思ったらこうなった」
「鬼の角とはそういうものだったか?」
「さあ?」
ザイも確証があるわけではない。
恐らく、何も思わなかったならそのまま生え揃ったのだと思う。
だが、角を重視し、やたら突っかかってくる血の気の多い鬼人を相手にしている内に、あの中に組み込まれるのは面倒そうだな、と思った。
自身の実力を過信してはいないが、ザイはゴウキの次かその次くらいには強い。
角が生え揃えば鬼人らは憐みと嫉妬や不満、そういったものと共に悪し様に罵るその口を閉ざすだろうが、実力を見ずに角を見て相手を判断する事にそれはそれでどうかと思う。
それで手のひらを返されても気持ち悪いだけだ。
結果として、ザイは角に対して鬼人らとは別の意味で興味をなくした。
そういった状況を鑑みて出した結果でもある。
「病や不調の類ではないと?」
「体調管理は徹底してる」
それで置いて行かれたら堪らない。
「ならば良い」
額から離れようとする手首を緩く掴み、ザイは己の角へと導く。
「触って確認してみればいい。」
掴んだ手が震える。
「フェイ以外は誰も触れない。今更だ」
黒い瞳には迷いがある。
他人事なものより余程良い。
「こんな角に触るのは嫌か?」
わざとこちらを貶めて問えば彼女の形の良い眉が寄る。
「……嫌なものか」
不機嫌そうな言葉に口元が緩む。
再び伸ばされた手が左右不揃いな角に触れる。
それがとても心地よく、首の後ろに痺れが走る。
角自体には感覚はない筈なのに、こうして触れられるのが心地よい。
ただ、鬼《オーガ》や鬼人にとって角に何かが当たったり、触れたりする事が嫌なのだ。
我が事ながら、おかしな生態だと思う。
「どうだ、フェイ」
「私は薬師の真似事はするが、医者ではない。だが、お前が偽りなく問題ないというのなら、そうなのだろう」
離れていく手が名残惜しい。
しかし、残念な事に時間切れだ。
ザイの耳は扉の向こうの足音を拾っていた。
§
時間をかけて用事を済ませたゴウキは案内を断り、一人で元居た部屋の扉の前に立っていた。
扉の向こうの気配を確認してみるが、特に異常はないと判断し、数回のノックの後にゴウキは部屋の扉を開き、己の見た光景にしばし止まる。
「小僧、お前、巫女様に何しとる?」
答え如何によっては城に残しておいた方がいいかもしれない。具体的にはあと三年。
「アンタが言ったのだろう、俺の角を診ろと」
困惑顔の巫女様を抱き、膝に乗せた男が表情一つ変えずにぬけぬけと言い放つ。
「診ろとは言っとらん。お前を連れて行く際の懸念事項として巫女様にご報告申し上げたまでじゃ。このまま城に留め置かれたくなくば、いい加減、巫女様を降ろせ」
チッ
あからさまな舌打ちの後に渋々と巫女様から手を離す。
躊躇いなく身を離す巫女様の姿をひたすら目で追う青年に内心溜息が漏れた。
「お前はこっちじゃ」
ゴウキはザイの襟首を引き、自分の席の隣に押さえつけるように座らせる。
体裁が整ったところでゴウキが巫女様に声をかける。
「さて、巫女様、コレもよう育ちました。ここで教えられる事は一通り教えました」
生意気な青年の頭に手をやれば、迷惑そうにそれを払いのけようとする。
ゴウキは意に介さずその頭に手を載せた。
「連れて行くに問題は?」
「今の処は、とだけ。実際に巫女様が連れて歩いて無理ならこちらへ送り返していただければ良いかと存じます。巫女様に同行するのに必要な事が生じれば勝手に学びます」
あからさまに不満を示すようにザイの角が揺れた。
だが、ゴウキの手の載った頭は動かず、恨みがましさと反抗的な視線がゴウキに向けられる。
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