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第24話 嵐のような面通し
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ザイは4人の冒険者を始末した翌日、一通りの支度を終え、誰かが呼びに来るのを待っていた。訓練が始まるものだと思っていたのだ。
しかし、その予想は外れ、ザイは何故かゴウキと共に国王の前で跪いている。
いずれ巫女様の供をする子供を見ておきたいという国王からのお達しであるらしい。
通された部屋は随分広いが謁見用のものではなく、護衛が二人と宰相と国王の4人だけだ。
「面《おもて》をあげよ」
宰相の言葉にゴウキが顔を上げ、ザイもそれに倣う。
国王の緑色の瞳がじっとザイを見つめる。
「其方が巫女殿の供に選ばれた子供だな」
「然様にございます」
ザイの代わりにゴウキが応えた。
ゴウキには予め極力黙っているように言われた。礼儀作法の「れ」の字も知らないザイはただ、それに従うだけである。
「ふむ、良い面構えではございませんか」
宰相がにこやかに褒めると国王の表情がわずかに硬くなる。
ザイはなんとなく察した。どうやら自分は国王に嫌われているらしい。
「年は?」
「15にございます」
「…………巫女殿がこの子供を迎えにくるのはいつか?」
「1年ごとに様子見に。18を超えたあたりから頃合いを見て連れて行くと」
「ぐぅっ……!」
何か、国王が国王とも思えないようなものすごい目でザイを見ている。
「そこまで先生はこの子供を気にかけて……! うらめやましい!!」
あと、ぶつぶつと呪詛っぽい何かも聞こえた気がした。
それを遮るように宰相が大きく咳払いをする。
「王よ、この子供はいずれ巫女様をお守りする盾となる身。時間も押しております。お言葉を」
「…………分かった。子供よ、しっかり育って強くなれ。その命を以て巫女殿にお仕えせよ」
「ははっ」
やはりゴウキが代わりに答え、ザイの頭を下げさせる。
「それとな……」
国王が身を屈め、ザイの両肩に手をかけ顔を上げたザイの目をじっと見る。その顔の近さにザイは驚き思わず身を引こうとした。が、国王の手はびくともしない。
「巫女殿がお前に甘いのは子供の内だけだ。成長すればいずれお前も巫女殿にはおざなりで雑な扱いをされるようになっていくのだからな。国王の私でさえそうなのだ」
一瞬、何を言われているかも分からず、隣のゴウキを仰ぎ見れば額を片手で押さえて俯いている。国王の肩越しに宰相を見やると笑顔でこめかみに青筋が浮かんでいる。
「いいか!」
国王の顔がずずいと近づき、ザイの肩が大きく跳ねた。
「別に羨ましくないんだからな!! ちょっと若いからって調子に乗るなよ貴様!」
「そこまででございます。王よ。ゴウキ殿」
「心得ております」
宰相の言葉を皮切りにゴウキが国王の襟首をつかみザイから引き離す。
宰相がぱん、ぱんと手を叩く。
「衛兵、王が錯乱された。落ち着かれるまでお縛り申し上げよ」
「「はっ」」
続く宰相の言葉に護衛たちは淀みない動きで国王を縛り上げ、仕上げとばかりに猿轡を噛ませて尚暴れようとする国王を抱え、別室へと移動していった。
ぱたん、とドアが閉まり、部屋が静かになった。
「済まぬな、巫女様は慈悲深きお方よ、そんな巫女様のために誠心誠意励む事だ」
宰相がザイの頭を何事もなかったかのように撫でた。
ゴウキにちらりと視線をやればひとつ頷いた。
「はい……」
ザイはこの部屋に入って初めて自分の言葉で返事を返した。
§
何か、よくわからない嵐のような面通しも終わり、その日はザイが利用する場所の案内だけでゴウキの計らいでゆっくり過ごす事になった。
翌日からは色々大変らしい。
ザイはベッドに寝転がり、身体を伸ばす。
物陰に隠れ、身を縮めて寝る必要がなくなる日が来るとはあまり考えた事もなかった。
とても不思議な気分だ。
つい昨日まであった温もりと匂いがないのが物足りない。
あの耳に心地いい声が聞こえないのが寂しい。
彼女と出会って別れるまでたった3日。
その3日で自分自身も大きく変わってしまったなと思う。
寂しい、物足りない、そんな感傷に浸る必要も余裕もなかった。
ここは人買いに狙われる心配はない。強盗に押し入られる事もない。おかしな女に付け回される事もない。瞳も角も隠す必要もない。
安心して眠れる場所だ。
国王の言葉を思い出す。
可愛がるのは子供の内だけなのはそうかもしれない。
彼女は常にザイを子供扱いした。
気にかけて貰えるのは嬉しいし心地よい。けれど、ザイが望んでいるのはフェイに子供として扱われる事ではない。
例えおざなりで雑に扱われようとも、子供扱いよりかはマシだと思う。多少凹むだろうが、置いて行かれるよりかはずっといい。
それに、彼女がザイに対してそういった態度をとるところがどうも思い浮かばない。
ザイに触れる手はとても優しかったのだ。
次に会えるのは早くて一年、長くて二年。
それまでザイは強くならなくてはならない。
その時には力が足りなくともまだこれから伸びしろがあるのだという事を示さねばならない。
強さが足りなければ彼女は何があってもザイを連れていかない。
とろり、と思考が溶け、瞼が落ちた。
明日からは大変な日々が始まるのだ。
今日くらいは自分を甘やかしてもいいかもしれない。
そんな事を思いながらザイは深い眠りについた。
§
国王との面通しも終わり、ゴウキはやれやれと息をついた。
なんだかんだと言っても賢君と呼ばれる王である。巫女様が気に掛けるあの子供を悪いようにはするまい。
…………するまいよな?
一瞬ゴウキの胸に不安が過ったが、国王とていい歳した大人である。
子供相手に大人げない行動には出まい。
手配された教師は一流どころを揃えると、宰相からもお達しが来た。
翌日からあらゆる稽古、訓練に明け暮れる事になるだろう。
国王もこれで踏ん切りがつく事だろうと宰相は満足げに頷いていた。
これでようやく国が回り始める。
しかし、その予想は外れ、ザイは何故かゴウキと共に国王の前で跪いている。
いずれ巫女様の供をする子供を見ておきたいという国王からのお達しであるらしい。
通された部屋は随分広いが謁見用のものではなく、護衛が二人と宰相と国王の4人だけだ。
「面《おもて》をあげよ」
宰相の言葉にゴウキが顔を上げ、ザイもそれに倣う。
国王の緑色の瞳がじっとザイを見つめる。
「其方が巫女殿の供に選ばれた子供だな」
「然様にございます」
ザイの代わりにゴウキが応えた。
ゴウキには予め極力黙っているように言われた。礼儀作法の「れ」の字も知らないザイはただ、それに従うだけである。
「ふむ、良い面構えではございませんか」
宰相がにこやかに褒めると国王の表情がわずかに硬くなる。
ザイはなんとなく察した。どうやら自分は国王に嫌われているらしい。
「年は?」
「15にございます」
「…………巫女殿がこの子供を迎えにくるのはいつか?」
「1年ごとに様子見に。18を超えたあたりから頃合いを見て連れて行くと」
「ぐぅっ……!」
何か、国王が国王とも思えないようなものすごい目でザイを見ている。
「そこまで先生はこの子供を気にかけて……! うらめやましい!!」
あと、ぶつぶつと呪詛っぽい何かも聞こえた気がした。
それを遮るように宰相が大きく咳払いをする。
「王よ、この子供はいずれ巫女様をお守りする盾となる身。時間も押しております。お言葉を」
「…………分かった。子供よ、しっかり育って強くなれ。その命を以て巫女殿にお仕えせよ」
「ははっ」
やはりゴウキが代わりに答え、ザイの頭を下げさせる。
「それとな……」
国王が身を屈め、ザイの両肩に手をかけ顔を上げたザイの目をじっと見る。その顔の近さにザイは驚き思わず身を引こうとした。が、国王の手はびくともしない。
「巫女殿がお前に甘いのは子供の内だけだ。成長すればいずれお前も巫女殿にはおざなりで雑な扱いをされるようになっていくのだからな。国王の私でさえそうなのだ」
一瞬、何を言われているかも分からず、隣のゴウキを仰ぎ見れば額を片手で押さえて俯いている。国王の肩越しに宰相を見やると笑顔でこめかみに青筋が浮かんでいる。
「いいか!」
国王の顔がずずいと近づき、ザイの肩が大きく跳ねた。
「別に羨ましくないんだからな!! ちょっと若いからって調子に乗るなよ貴様!」
「そこまででございます。王よ。ゴウキ殿」
「心得ております」
宰相の言葉を皮切りにゴウキが国王の襟首をつかみザイから引き離す。
宰相がぱん、ぱんと手を叩く。
「衛兵、王が錯乱された。落ち着かれるまでお縛り申し上げよ」
「「はっ」」
続く宰相の言葉に護衛たちは淀みない動きで国王を縛り上げ、仕上げとばかりに猿轡を噛ませて尚暴れようとする国王を抱え、別室へと移動していった。
ぱたん、とドアが閉まり、部屋が静かになった。
「済まぬな、巫女様は慈悲深きお方よ、そんな巫女様のために誠心誠意励む事だ」
宰相がザイの頭を何事もなかったかのように撫でた。
ゴウキにちらりと視線をやればひとつ頷いた。
「はい……」
ザイはこの部屋に入って初めて自分の言葉で返事を返した。
§
何か、よくわからない嵐のような面通しも終わり、その日はザイが利用する場所の案内だけでゴウキの計らいでゆっくり過ごす事になった。
翌日からは色々大変らしい。
ザイはベッドに寝転がり、身体を伸ばす。
物陰に隠れ、身を縮めて寝る必要がなくなる日が来るとはあまり考えた事もなかった。
とても不思議な気分だ。
つい昨日まであった温もりと匂いがないのが物足りない。
あの耳に心地いい声が聞こえないのが寂しい。
彼女と出会って別れるまでたった3日。
その3日で自分自身も大きく変わってしまったなと思う。
寂しい、物足りない、そんな感傷に浸る必要も余裕もなかった。
ここは人買いに狙われる心配はない。強盗に押し入られる事もない。おかしな女に付け回される事もない。瞳も角も隠す必要もない。
安心して眠れる場所だ。
国王の言葉を思い出す。
可愛がるのは子供の内だけなのはそうかもしれない。
彼女は常にザイを子供扱いした。
気にかけて貰えるのは嬉しいし心地よい。けれど、ザイが望んでいるのはフェイに子供として扱われる事ではない。
例えおざなりで雑に扱われようとも、子供扱いよりかはマシだと思う。多少凹むだろうが、置いて行かれるよりかはずっといい。
それに、彼女がザイに対してそういった態度をとるところがどうも思い浮かばない。
ザイに触れる手はとても優しかったのだ。
次に会えるのは早くて一年、長くて二年。
それまでザイは強くならなくてはならない。
その時には力が足りなくともまだこれから伸びしろがあるのだという事を示さねばならない。
強さが足りなければ彼女は何があってもザイを連れていかない。
とろり、と思考が溶け、瞼が落ちた。
明日からは大変な日々が始まるのだ。
今日くらいは自分を甘やかしてもいいかもしれない。
そんな事を思いながらザイは深い眠りについた。
§
国王との面通しも終わり、ゴウキはやれやれと息をついた。
なんだかんだと言っても賢君と呼ばれる王である。巫女様が気に掛けるあの子供を悪いようにはするまい。
…………するまいよな?
一瞬ゴウキの胸に不安が過ったが、国王とていい歳した大人である。
子供相手に大人げない行動には出まい。
手配された教師は一流どころを揃えると、宰相からもお達しが来た。
翌日からあらゆる稽古、訓練に明け暮れる事になるだろう。
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