乞うべき愛は誰が為

かずほ

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第11話 妙な男が現れた

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「あまり子供をからかうものではない」

 銀の男に抱き込まれ、嫌がる素振りも見せない事にいら立ったが、フェイのその一言にザイは愕然とした。


 §


 ザイは心地よい眠りの中にいた。
 これほどの静寂の中で眠りについたのは初めての事なのかも知れない。
 今までずっと彼は周囲を警戒して生きてきた。

 ふと、頭に心地よいものが降りてきた。
 それがザイに何を齎すのかを彼自身は知ったばかりだ。
 ひんやりとして滑らかでこちらを気遣う様子をみせるその手に頭を、角を摺り寄せる。

 この手がザイは好きだ。

 出会って間もない、その手の優しさを知って間もないにも関わらず、ザイはその手が己に触れる心地よさを知ってしまった。

 その指が角に触れることが不快ではない。
 この角の存在を知り、手を伸ばす者も何人かいたが、その手が角に触れるかと思うとぞっと鳥肌が立ち、怒りと嫌悪が湧いた。

 ザイが大きな怪我を負ったとき、たまたま物好きな医者に助けられた事はある。
 その医者は角に手が触れるような行為は最低限に留め、それに関して我慢ができた。

 角に誰かの手が触れるのは嫌だ、とザイは思う。だが、この手ならいい。

 頭をその手に寄せる行為に気付いた手がこんどはそっとだが意志を持ってザイの頭を撫でるのだ。

 その心地よさに浮上した意識が再びまどろみに溶けそうになったとき、その手が不意に止まった。その手がザイの頭から離れ、どうしたのかと全身の毛が総毛だつ悪寒と身の内から湧き上がった嫌悪と怒りに跳ね起きて誰ともつかぬその手を払っていた。同時に己の頭を撫でていたその手を逃がさず掴んだのは無意識の事だったのだと思う。

 わずかに驚きを見せるその顔は見知らぬものだ。
 濃い銀の髪に銀の瞳。随分と浮世離れした服装の男だ。
 その目には敵意はなく、こちらに危害を加えるつもりはないのは察したが、己の角に触れようとしたのが許せなかった。
 目の前の男は人の好さそうな笑顔を浮かべているが、その顔が気に食わない。

「頭を触られるのは嫌ですか?」
「気安く触んな」
「彼女はいいのに?」

 咄嗟に答えられず、口を引き結び、彼女の手を握った手に力が籠る。
 この手はいいのだ。と言いかけたが、それが幼い子供が女に甘えるようなそれのように取られるようでザイは答えられない。

「ザイ?」

 はっと振り返れば、フェイはどこか戸惑った表情をしていた。

「彼は私のき、……知り合いだ。今回この黒の森を静める為に力を貸してもらったのだよ」

 頭に触れる直前で止まり、ゆっくりと降ろされるその手を自然と目が追う。

「そこまで警戒せずとも、嫌がる事はしない。ただ、身体の状態を確認する時だけ我慢してくれるか?」

 未練がましく目で追うザイに彼女は何を勘違いしたのか、かなり見当違いな事を言いだした。
 彼女の左手を掴むザイの手に彼女の右手が重ねられる。

 ちがう。そうじゃないと言いたいが、フェイの隣の男が邪魔だった。
 フェイの真摯な視線を顔に痛いくらい感じたザイは肩を落とし、頷く事しかできなかった。

「な?」

 ぱっと表情を明るくし、小首を傾げてとなりの男に笑みかけるその仕草にぎゅっと胸が締め付けられると同時に親し気な男との空気に無性に苛立った。
 男の手がフェイの頭に伸びたのを見たザイは咄嗟に払った。

「気安く触んな」
「あなたには触ってませんが?」
「コイツにも触んな」

 勝手に己の口から出た言葉に自分自身でも内心驚いた。

 この女は昨日会ったばかりで助けてもらっただけだ。
 名前だってどう呼べばいいかわからなかったからとりあえず・・・・・、便宜上《・・・》つけたに過ぎない。
 自分に何度も言い聞かせ、しっかりしろと冷静な部分が警告を発する。
 なのに彼の目は彼女から離れない。目が離せない。心が、本能が、彼女に引きつけられる・・・・・・・

 男はじっとザイを見つめ、にこりと笑う。
 何を仕出かすのかと警戒するザイの目の前でフェイに素早く手を伸ばし、その身体をぎゅっと抱き寄せた。

「……!!」
「私が彼女に触れるのは私の自由です。彼女がそれを私に許しているのだから」

 声にならない叫びをあげたザイに男はこちらに見せつけるように男の腕の中に収まる彼女の頭を撫でる。

 彼女は抵抗するでもなくそこから男を呼んだ、彼女の呼ぶ通りであると理解するならその男は彼女の兄か弟なのだろう。しかし、だからと言って彼女に気安く触れる男の存在はザイにとって許容できるものではない。
 何より、その二人の姿が様になっているのが許せない。
 もはや、彼の中にあった警告はどこかに吹き飛んでいた。

「きょうだい」

 彼女が男の服の裾を引っ張り口を開く

「あまり子供をからかうものではない」

 そしてその衝撃の一言にザイは言葉を失ったのである。

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