乞うべき愛は誰が為

かずほ

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第8話 いつ以来かの不安定さでしたから

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 なんだこれ、なんだこれ! なんだこれえぇぇぇぇぇぇぇえ!!!

 私は人の気配のない場所で木の幹をばんばん叩き、心の中で再び絶叫していた。
 心の中の嵐が過ぎ去り、ぜぇぜぇと肩で息をする。

「なんだあの可愛い生き物は……」

「あなたが個の生き物を愛でるなんて珍しい」

 背後からかけられた声に私は顔をあげ、声の主を振り返った。

「きょうだい」

「久しぶりですね」

 銀を煮詰めたような長い髪に銀の瞳、長身痩躯の美しい男が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。その姿は生まれた瞬間、創世の時から変わらない。
 天に昇った御使いきょうだいの中でもこうして私の様子を頻繁に見に来るもの好きだ。

 そしてゲームシナリオでは「御使いみつかい」として要所要所で助言や伏線を残し去って行くストーリー上のキーキャラクターでもある。
 人気はそこそこあったし、要望もあっただろうが最後までプレイアブル化はしなかった。

 実際、このきょうだいをよく知る側から言わせてもらえば、こんなのがプレイアブル化してしまったらゲームは一瞬で終わってしまう。きょうだいならば皇国自体をにしてしまえるからだ。

「他のきょうだいは息災か?」

 私がきょうだいに言葉を返すとおや?と私を見て首を傾げた。

「先程も感じましたが何か混ざりました?」

「混ざり切ってはいないが、混ざったな」

「随分と、染まってしまったようですね」

「染まってしまったなぁ……」

 私は思わず遠い目をした。

「会いにきてくれたのはやはりそれか?」

「いつ以来かの不安定さでしたから」

 きょうだいは笑って答えた。

「何があったのですか?」

「どう話せは良いものか……」

 色々と迷ったが、私はきょうだいにこれまでの経緯を話す事にした。
 ある日突然前世の人間の頃の記憶が蘇ったこと、それと一緒に甦ったであろう感情に振り回されていること、異世界にこの世界をゲームという概念に当て嵌めた娯楽が存在したこと、その内容《ストーリー》がこれから起こる可能性がある事を。

 それを聞いたきょうだいは顎に手をあて、ふむ、と思案にふける。

「【天啓】、ですかねぇ」

「あれは天から降ってくる感覚だろう? 今回のは無理やりねじ込まれたぞ?」

「貴女の場合は元々持っていたものですから、あなたを構成する神核《たましい》の奥から引きずり出したのでしょうね」

【天啓】とは創造の神から与えられる一種の注意喚起《アラーム》だ。
 神はこの世界を創り終えるとこの世界を安定させる要素としてちいさな神々《ばんにん》を配置した。

 私達、御使いが神と呼ぶものとヒトの呼ぶ神は違う。私達にとっての神はその身を二つに分けてこの世界を創った神であり、ヒトが崇めるのは太陽や月を司る、御使いの次に生まつくられた、この世界に収まるちいさな神々だ。
 我らが神はこの世界を創り終えて気が済んだのか、ふたつに分けた身を再び一つに戻し、この世界を去った。

 神は去っただけで見捨ててはいない。時折はこの世界を気にかけて下さるようで、我らが天啓と呼ぶものをそれが必要なものに与えてくれるのだ。

 しかしながら神は我らにとっては大きな存在。その意志の全てを受け止め切れるものではないし、その真意をはかるのは尚難しい。私達御使いですらそうなのだから、ヒト種にとっては尚更理解しがたいものだろう。

 それでもそれを切っ掛けとして動き出し、結果的に良い方向へ向かう場合もある。
 無論、その逆もまた然《しか》りではあるが。

 今回はたまたま私がそれを受け取った。きょうだい曰く私の前世の記憶を我が神が無理やり引っ張り出した訳だが。

「あなた自身の存在の揺れの原因はそれですか。さしずめ麦畑から麦を一粒取り出そうとして、麦の穂まで一緒に引っ張り出してしまったといったところですか」

 きょうだいは上手い事を言う。

「お陰で生まれてこのかた覚えのない感情をどう扱っていいものか……」

「その前世とやらであなたが経験した感情《もの》ではないのですか?」

「前世の記憶は記録であり知識だ。今の私はかつて人間であった記憶があるだけの御使いだぞ」

「つまりは前世のあなたと今のあなたは別物だと」

「そういう事だったのだ。今まではな」

「現在はそのと混ざり始めているという事ですね」

「然《しか》り」

 私は深いため息を吐いた。
 それが目下の困りごとなのだ。

「なあ、きょうだい」

「なんですか?」

「私の愛でるべき対象はこの世界だ」

「そうですね」

 唐突な私のじぶん語りにきょうだいは素直に相槌を打ってくれた。

「だからあなたはこうして残っているワケですし?」

「そうだ。私がこの世界へ向ける愛は変わらない。
 しかし今、私はこれと似たようでまた違った感情が一人の小さき人の子に向けられている……!」

「世界へ向けた愛情が変わらないなら矛先の違う愛が一つくらい増えてもいいんじゃないですか?」

「いや、その、そういう事なんだが、そういう事ではなく」

「はっきりしませんね」

 私は胸元の布をぎゅっと掴み、覚悟を決めてきょうだいに胸の内を叫んだ。

「直接触れて、愛でたいのだ。抱きしめて、頭を撫でてみたいのだ!」

 あの小さき子を。
 きょうだいは解せぬ様子で黙り込む。

「すればいいじゃないですか、してたでしょう?」

「してたけど!」

 語調が崩れるのも構わず言い募る。

「あ、あれは向こうから祝福とか、向こうから望まれたからしていだだけであって、これほど強い感情で己から触れたいと思ったことがなかったのだ!」

 ああ、そういうところありましたよね、という目で見てくるのはやめてほしい。
 何故かきょうだいの視線が痛い。

 人間の感情とはとかく目まぐるしく忙しい。
 私はこれを制御できるとはもはや思っていない。
 ただ、うっかり暴走してしまわないように付き合い方を覚えなければならない。
 あの小さき子に侮蔑の籠った目で見られたら多分しばらくの間は泣く。

「なあきょうだい」

「なんでしょう」

「今面倒くさいって思ったろう」

「……ええ、まあ」

 否定の言葉を使いかけてやめたな今。

「名を、もらったのだ」

 なるほど、ときょうだいは納得したようだ。

「気まぐれに助けた子羊の一匹が、お礼にと特別な贈り物を手にすり寄ってくれば、それはさぞかし可愛いでしょうね。それが疑心暗鬼に陥りながらも温もりを彼女個人に求めるならば殊更に」

「まるで見てきたかのように言うな」

「見てましたから」

 きょうだいはにこにこと笑っている。ずっと同じ笑顔なのに何故だろう、顔に思いっきり『おもしろそう』と書いてあるような気がする。


 そんなきょうだいの顔を私は恨めし気に見つめた。

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