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スティビア通過編

106.フェリーでのんびり過ごすよ

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 とは言え出港まではもう1時間ほどしかない。これだけ大きな客船故に船が動き出したところで船のどこにいようが大して問題にはならなかろうが、見て回るのはある程度簡単にすべきだろう。

「そもそも見て回ると言っても、そんなにないと思うけどね?」
「え、何で? こんなに大きな船なんだから――」
「そのほとんどが客室と車庫と機関室で占められてるのを忘れちゃいけないよ」
「あ、ああ……確かにそれはそうかもね。私たちが船旅の間にお世話になるのなんて、1階と2階と7階と8階? ……いやでも結構多いわよ」
「いや、8階は関係者以外立ち入り禁止だから1、2、7階だよ」

 そのうち1階はあのどでかいフロントホールだったことを考えると、見回れる階なんて2階と7階しかないよなあ……

「それじゃ取り敢えず2階に行きましょうよ、多分一番お世話になるところじゃない?」
「……まあ、確かにそれもそうか」

 実際あと3時間もすればお昼の時間だしな。
 というわけで再びエレベーターに乗って2階まで下りる。ドアが開くと、本当にすぐ目の前にレストランの入り口があった。……確かこのエレベーターの裏手に売店があって、もっと奥まで行くとサウナがあるんだったっけ。

「……ん?」
「わー、本当にレストラン……って、トーゴさんどうかした?」
「ああいや、この棚なんだけどさ……」
「いらっしゃいませ、お客様。申し訳ございませんが現在の時間はレストランの営業時間外となっておりますので……」
「知ってます、12時ですよね」
「さようでございます。出港して2時間ほどでご案内出来るかと存じますので、今一度お待ちいただければ」
「ありがとうございます。ところでこの入口のところにある棚なんですけど……」
「はい、こちら無料でご利用いただけます新聞貸し出しサービスになります。ウルバスクのものとスティビアのものをご用意致しております。ただしこちらに用意してございます新聞に関しましては、レストラン内でのご利用に限らせていただきますのでご理解のほどお願い致します」
「新聞、ですか? もしかして明日は明日の朝刊が読めるということですか?」
「さようでございます。本船は無線通信印刷の魔道具を搭載しております関係で、本国の情報をリアルタイムで反映することが可能となります。なお新聞は1日2回、朝刊と夕刊をそれぞれ朝夜の営業時間に貸出致します」
「ありがとうございます。……是非利用させていただきます」
「あの、レストランってカフェタイムとかないんですか?」
「申し訳ございません、カフェに関しましては7階のプールサイドか売店脇の共有スペースをお使いいただくことになりますので……」
「分かりました、ありがとうございます。それじゃ行こうか、トーゴさん」
「うん。あ、ありがとうございました」
「お食事の際にはお待ち申し上げております」

 言って今度は、エレベーター裏手の売店に向かう。しかし無線通信印刷の魔道具か……新聞レベルの大きさも印刷出来るファックスみたいなものか、もしくは無線接続のインターネットか何かからプリントアウトするみたいなものかね?
 いずれにしてもそれだと技術レベルがほとんど前世と変わらなくなってくるな……



 ……その日の昼下がり。
 あの後無事セパレートを出港してレストランでお昼を食べて、しばらく時間が空いたからと7階のプールサイドでゆっくりのんびり過ごすことにした俺たち夫婦。プールサイドのデッキのテーブルを確保し、カフェで注文した飲み物をゆっくりと飲みつつ優雅に時間を過ごしていた。
 ……あ、お昼はビュッフェスタイルでした。海鮮メインで美味しかったです。

「ふー……」

 ジュースをひと口ふた口飲んで、プールの向こうの大海原をぼんやり眺める。雲一つなくてちょっと熱いけどいい天気だなあ。……それにしてもこんなに豪華な旅してていいんだろうか。たまにはいいよな、うん。

「トーゴさんどうしたのー?」

 さっきまでプールで泳いでいたエリナさんが、バスタオルで体をふきながらこちらに戻ってくる。さっそくセパレートで買った水着の出番なんだけど、白いビキニに水色パレオの組み合わせは、何かこう、すごい。

「……ふふん、おっきいでしょー」
「確かにおっきいけど今考えてたのはそっちじゃない。エリナさん色白で可愛いからビキニ似合うかなーと思ってたけど、こんなに化けるとは思わなかった」
「ありがとうー。……ストレートにほめられるのって、何か今更感もあるけど照れくさくて嬉しいものね」
「うん。でも日に当たってるとやられちゃうからパラソルの中おいで」
「はーい。あ、私にもジュース頂戴」
「はいはい」

 エリナさんは俺から受け取ったオレンジジュースで喉を軽く潤しながら、俺と同じく椅子に座ってプールの向こうの大海原をぼーっと眺める。目の前にあるのはまごうことなき淡水なのに、海の香りがしっかりするのはなんか変な感じがするな。
 ……それにしても平和だなあ……

「あーあ、これが前世だったらトーゴさんに日焼け止め塗ってもらうところだったんだけどなー」
「うつぶせになってトップスの後ろをほどいて背中を出して、って?」
「そうそう。定番のそれ」

 定番のアレなあ……でもああいうのってそういう風に寝そべられる場所がないと成り立たないだろって言うか俺がエリナさんの背中を晒したくない。よって却下だ。

「どうしたのトーゴさん?」
「……日焼け止めがない世界でよかったと思ってるだけだよ」
「えっ、あれー!?」

 何というか、我ながら大人げないとは思うけど……しょうがないじゃないか、俺の奥さんが可愛いのが悪い。

「そう言えば、何かお昼に読んだ新聞に変なことが書いてあったわね」
「……ああ、変な事って言うか、正直自分の判断の正確さにびっくりだよ俺」
「いくらなんでもアレは予想出来ないわ……」

 突然話題を変更したエリナさんが言っているのは、よりにもよって冒険者組合での活動に関わる話だった。

 ――ウルバスク・エスタリス間、ウルバスク・スヴェスダ間、スヴェスダ・エスタリス間の陸路国境封鎖決定。

 期限は定められておらず、中部諸国連合に加盟しているウルバスクとエスタリスの間は国境都市に完全撤退命令が発令されたとのこと。……俺たちのように旅をしている人間ならばともかく、その街で暮らしている人にとってはたまったものじゃない。
 で、その理由というのがその国境近辺において攻撃的なドラゴンが2種類出現したからというもの。その2種類って明らかにあのアサルトドラゴンとロックドラゴンだよな……なんて思いつつ、その理由のもっともらしさに感心していた。
 もっともらしさ、と言った理由は――

「何でそれを発表したのがエスタリスなんだろうね? 連名筆頭という形をとってはいたけど、アレは明らかに……」
「うん、エスタリス主体って事だろうね。それかそういう印象付けをしたいってだけかもしれないけど……」

 実際の被害を考えると、エスタリスよりウルバスクが発表するのが筋ってもんなんだけどな……

「いずれにしても、トーゴさんの判断のおかげで国境で足止めを食らわないで、それどころかこんなに優雅な船旅が出来て私たちとしては万々歳ってところよねー」
「欲望に忠実過ぎない? まあ、でも俺も同意するよ。こんなに楽な国境越えって出来ると思わなかったし」

 俺もエリナさんも、大海原を眺めたまま世間話のノリでそんなことを語るのだった。……うん、のんびりしてると脳がスローダウンするよね!



---
隙あらば惚気るしここぞとばかりにぐーたらする夫婦なのでした。
それはともかく国境閉鎖は流石に大規模になってきてるぅ……

次回更新は07/21の予定です!
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