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放浪開始・ブドパス編

54.結婚式に戸惑うよ

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 ――1週間後。結婚式当日、神の現身神殿にて。
 あの後招待状をエステルに送った結果、何だかんだで7人参列してくれる事になった。レニさん、マリアさん、ルサルカさん、牧田さん、ドルカさん、ヘドヴィグさん、それと……会った事のないふたりが飛び入りで参加するとのこと。公告を出していた以上あり得る話ではあるけど、変わった人もいるものだなあ……
 というかエンマさんが列席しないのはともかく、ドルカさんとヘドヴィグさんが参列するって話になったのはちょっと意外だった。

「ふたりともその日は非番のようですが、ヘドヴィグはレニ=ドルールさんつながりで出席を強く希望していました。何でも非常にお世話になったからとか。
 ドルカの方は……ミーハーの気が多分にありそうです」

 なんてエンマさんは言ってたけど、どんな動機であれ俺たちふたりを祝ってくれるなら素直に嬉しい。

「こぢんまりとした式になるのは変わらないけど、出席してくれる人が増えてよかったねエリナさん」
「ええ、そうね……前世とは色々な面で違い過ぎて今でもちょっと戸惑ってるけど」
「まあそうだねえ、でもそこはねえ」

 一緒に控室にいるエリナさんの苦笑いを見ると、それ以外の返事は出来ない。そもそもこうして今一緒にいる事自体、俺の知っている常識からは外れている。
 そして俺たちふたりの格好も。

「こっちのウェディングドレスって結構シンプルなのね……トーゴさんも似たようなデザインだけど」
「いやそれでもちゃんと男性用にしてあるよ。おかげで知ってる結婚衣装とはだいぶ違う感じだけど」

 何しろエリナさんの女性用は深めの襟口とは言えスカートもフリルやタックなどがつかないワンピースで、俺の男性用衣装は裾が膝まであって腰から下にスリットが入っている長めの貫頭衣だ。
 で、そのどちらも袖が留袖くらいの長さになっている。色こそ全身真っ白で、生地そのものにそれなりの装飾が施してあるが……こんな衣装見た事がない。

「本当は前世風のウェディングドレスが着たかったろう……ごめん、エリナさん。流石に俺ひとりじゃどうにもならなかったよ」
「まあね……でも、これはこれで煩わしくなくていいかな。着た後どうするか考えなくていいのはメリットだし」
 うん、まあ、確かにそこはウェディングドレスの課題ではあるけど言ってやるなよ……しばらくしたらエリナさんの服を作ってあげよう、ひとりでもちゃんと作れるやつ。

「おふたりとも、そろそろ時間ですのでお願いします」
「ありがとうございます。……行こうか、エリナさん」
「……はいっ!」



 神の現身の結婚式は、キリスト教式とも神前式とも当然違う。その事はエステルの製本ギルドで読んだ本にも書いてあったし、詳しいやり方についても事前に説明は受けていたけど、それでも色々新鮮だった。

「これより、新郎トーゴ=ミズモト=サンタラ、新婦エリナ=サンタラ=ミズモトの婚姻の儀を、神官ヨージェフの立ち合いの元執り行います。
 新郎新婦は祭壇の前まで進んでください」

 促された俺たちは言われた通り歩幅とスピードを合わせて祭壇の前――にあるテーブルの前まで歩みを進める。ちなみに発言にもあった通り、神の現身における結婚立ち合いは神官が務める事になっている。
 まあそこら辺は呼び方の問題として大した事はないんだけど、ここから先が俺の知る結婚式とは大きく異なる。

「神前にある新郎新婦の婚姻、神官ヨージェフの立ち合いの元万物に宿る神の現身がこの証となります。 これよりこの者らがその証を受ける為、五匙ごしの誓いを行います事をお認め願います。
 では、お願いします」

 すると目の前のテーブルに俺とエリナさんそれぞれ5つずつ、合計10のスプーンに乗った粉やら液体やらが運ばれてきた。エンマさんに「頑張ってください」と言われた原因でもある五匙の誓いが今から始まるんだ。
 まあ、儀式自体は特に難しいことはない。要は神官の祝詞――というほどのものではない言葉に合わせて、小さじ程度のスプーンに乗った4基本味に辛味を加えた5つの味のものをひとつずつ口に運ぶだけ。……なんだけど。

「――火の手の上がる村を追われ、手と足をとり安息の地を求む」

 ここでまず辛味――辛いパプリカパウダーを口に入れる……

 かっらああああああ!!! 口の中がマジで燃えそうだ!!!

 そりゃそうだ、要するに唐辛子粉のようなものをそのまま食べてるわけだから無事で済むはずがない……でも、辛いのを口にはおろか表情にも出しちゃダメなんだ。何て事ない風を装わないと……!!!

「ふたりの涙が道を湿らせ、海沿いの地に辿り着く」

 次に塩味、これは普通に塩水か……うん、普通にしょっぱい、いやめっちゃくちゃしょっぱいんですけど! 飽和水レベルなんですけど!!
 あ、そうか、さっきの辛味で味覚と痛覚が刺激されたから……確かにこりゃ頑張れになるわ! しかも表情変えられないからね!! どこぞのテレビの企画かな!!

「地に生える苦菜(にがな)を摘んでは食(は)み、果実を実らせるべく耕し種蒔く」

 みっつめは苦味、これは白マンドラゴラの葉って説明を受けたな。根は強壮剤に使われるやつだったはずだから薬用として、葉はどれだけ苦いのか……にっが! っていうか渋い!!
 ここまでで口の中がめっちゃくちゃなんですけど愛しの妻は果たして大丈夫なんでしょうか……ちら。

「……、……!」

 大丈夫じゃなかった! 表情こそ変えてないけど雰囲気的に今にも泣きそう!! あとで美味しいの作ってあげるからね……!

「永き年月(としつき)、実る果実の悉(ことごと)く酸(す)いを耐え」

 よっつめは酸味、ビネガーか……何のビネガーか分からないけど、こっちに来て今まで食べた料理で酸っぱいのってあまりなかったしどうなるやら……ん、思ったほど酸っぱくはない……か? いやでも酸っぱい! 何か果物系の酸っぱさだコレ!
 あー、一応文言にリンクはしてるんだね……でも酸っぱすぎるのと今までの味が暴力的だったのとで柑橘系なのかブドウなのかはちょっとわからないな……

「やがては芳醇なる甘い果実を実らせ、永き安息を以て祝福さる――」

 最後、やっと甘味か……これはでも分かりやすいな、マジェリアの名産にもなってる蜂蜜か……いや、これは蜂蜜に漬けたブドウか! 普通に蜂蜜舐めるだけでもよかったのに……ああでも口直しにはこれでも全然ありだなあ……

「これにて五匙の誓いを認め、神の現身が新郎新婦の婚姻の証となりました。新郎新婦の末永き旅路を祈って立会人よりの祝辞といたします」

 と、何のかんのとありながらも無事結婚式は終了した。祝辞が終わると同時に参列者から拍手が起こる。うん、確かにその拍手はありがたい。ありがたいんだけど――



「もう二度とやりたくないわコレ……」
「私も……というか二度目とかありえないからね特に私たちの場合」
「エリナさん、お口の調子はいかが?」
「ダメ……まだ何か辛いのが残ってるぅ……ごめんトーゴさん、今日キス出来ないと思う」

 控室に戻った俺たちはあの五匙の誓いで舌に受けたダメージをまだ解消出来ずにいた。特に最初に辛いの! 辛いの!! 俺はともかくエリナさんのダメージが本人曰く半端じゃないことになってたみたいで、麦茶を数杯飲んで落ち着かせた今でもまだ時々痛そうに舌を出している。
 ……そう言えば一般的なヨーロッパ人はあまり辛いのに慣れていないって話を聞いたことがあるような。そうでなくても一度体を作り替えられてるわけだから、余計に刺激が強く感じたんだろう。
 まさかとは思うけど、これ再婚を防ぐ役目があるんじゃあるまいな……なんてくだらないことを考えていた時だった。

「失礼します、こちらミズモト=サンタラ夫妻の控室でよろしいですか?」

 声のした方を向くと、そこに立っていたのは軍服を模したらしいワンピースを着たベージュ髪の女性。と。後ろに控えるのはスーツのような服装の男性。ええと……

「もしかして、今日参列されていた方ですか?」
「ええ、そうです。本日は誠におめでとうございます」

 ああ、やっぱり。チラリと視界には入っていたから多分そうなんじゃないかなーって思ってたけど。そうか、飛び入り参加はこの人たちだったかー……

「ご祝儀の方は総合職ギルドの方にお預けしてありますので、後程お受け取り下さい。
 ああ、自己紹介が遅れました。マジェリア公国内務大臣を務めておりますマジェリ=ベアトリクスと申します」
「これはご丁寧にありがとうございます、トーゴ=ミズモト=サンタラと申します――」

 ……ん? 内務大臣? ……今内務大臣って言ったこの人!?



---
五匙ごしの誓いとか結婚式なのに新郎新婦にどんな苦行を課してるんだここの神は(愕然
正直こんなのやらされるんだったら結婚しなくていいやって若者が多いと思うんですがいかがか。でも希望者だけに行うって言ってるから、大体の人は結婚登録だけで済ませちゃうのかなぁ……

次回更新は02/15の予定です! なお作者が台北で行われるFancyFrontier33にサークル参加する関係上、次回は少し早めの8時更新となります。ご了承ください。
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