上 下
43 / 132
放浪開始・ブドパス編

42.翻訳依頼を受けてみるよ

しおりを挟む
「しかしそれにしても何でそんな依頼を銅ランクで出すんだろう」

 普通はもっと上の……銀とか金とか、下手するとそれよりも上のランクの依頼として出されるべきものなんじゃないのかコレ。銅ランクの依頼にしては達成報酬も高すぎておかしいし、色々と不自然だ。
 そんな俺の疑問に答えてくれたのも、やっぱりエンマさんだった。

「それについてはなりふり構っていられないという事情がありまして……もともとこちらの依頼は総合職ギルドの名前で出してはいますが、事実上内務省とブドパス市政府の連名による依頼なんです。
 ただご存知の通りハイランダーはマジェリア語やジェルマ語はおろか周辺諸国の言語ともまた共通部分が少ない、いえほとんどない状態でして……平たく言えば期待はしていないんです」
「期待されていない、ですか」
「ええ。銅ランク指定にしてあるのは、軽銀ランクのメンバーまで受けられるようにすることでなるべく可能性を上げようとしているだけの話でして。
 とは言え重要な文書なのでそれなりに達成報酬は高く設定されているんです。ああ、重要な文書と言っても機密性は全くないのですが」

 ということは本当に手詰まりなんだな……そりゃそうか。そもそも総合職ギルドのハイランダー用受付でさえも、高地マジェリア語の理解度はせいぜい2割、3割通じれば上出来ってレベルらしいし、文章ひとつちゃんと訳すのも難しいだろう。
 ましてや機密性はないとはいえ政府の出す文章だ、誤訳なんかあっちゃならない。

 それにしても――

「ちなみにその文書って、何関係のものなんですか?」
「何関係というか……要は注意書きなんですよ。ブドパスには公衆浴場がたくさんあるのはミズモトさんもご存知だと思いますが、実際入ってみましたか?」
「ええ、アレは気持ちよかったです。サウナの方はともかく湯船の方は硫黄泉ですよね?」
「そうです。その温泉なんですが、つい最近新しい場所でまた湧出したのが確認されまして。それも公衆浴場を初めとした入浴用に使用することになったのですが……少々それで厄介なことになりまして」
「厄介なこと、ですか?」
「はい。湧出した源泉というのが少々勢いが強く、有毒ガスが多めに発生してしまいまして……幸い源泉は大きめの盆地になっていますので湧出範囲から出ることはまずないんですが」

 ……あー、何となく展開が読めてきたな。

「もしかしてその湧出範囲がハイランダーエルフの居住地に近いんですか?」
「ご明察です。有毒ガス発生地への立ち入りは当然のごとく制限されますが、それをハイランダー側に伝える術が今のところ中央政府にもブドパス市政府にもない状態で……今のところヒエログリフを使ってはいますが、それでは細かいところまで伝えられません」

 それはそうだ、単純に立ち入り禁止というだけならそれでも済むかもしれないけど、彼らの居住地における注意書きがそれでいいはずがない。別に冊子にするほど多くの事項を詰め込んでいるわけじゃないだろうし、高地マジェリア語で書かれた注意書きはやっぱり必要だろう。

 しかし――

「話は分かりましたけど、ハイランダーの居住区ってブドパスからはそれなりに離れていますよね? 中央政府はともかく、何故ブドパス市政府まで今回の件に関わっているんですか?」
「それはですね……」

 言ってエンマさんは耳を貸せと言わんばかりのジェスチャーを見せる。……あ、絶対何かきな臭い話だコレ。

「……ブドパスの公衆浴場で使用される湯は、硫黄泉とは言え比較的硫黄の含有量が少ないんです。なのでブドパスは成分を補充するべく、周囲から温泉成分のみを抽出した薬品を採取し使用しているわけでして」
「……利用者の皆さんはそれを知っているんですか?」
「ブドパス市民は皆さん知っています。観光客でもマニアックな方々は勘づいているとは思いますけど、大部分の方は……」

 そんな裏事情を知らず、ブドパスを温泉の名所として訪れるわけか。成分添加について言及していないから詐欺的行為ではないけど、観光客の人たちにとってはあまり気分のいい話でもないな。

「つまりハイランダーエルフ居住区に近い源泉をブドパスも使用するから、ブドパス市政府も協力しているということですね」
「というより、薬品抽出はブドパスが独占しているんですが」

 ……これはブドパス、結構がめつい儲け方してる予感がするな……まさかとは思うけど市中で草津のハップや湯の花よろしく入浴剤ビジネスとかやってたりするんじゃないだろうな。

「……まあその辺りの話はいいです。この依頼の話に戻りますけど、ということは今まで依頼を受注した人はひとりもいないんですね?」
「ええ、高地マジェリア語を理解出来るギルドメンバーはあまりいませんし、いてもそれはハイランダーの方々ですのでマジェリア語やジェルマ語を理解出来ません。両方を完璧にという方は、このギルドを訪れた方の中にはいらっしゃいませんでしたので」
「なるほど……ではこの依頼、俺が受けます。訳す文書と、書く物を貸してください」

 他の人にとっては手を付けられないかもしれないけど、俺にとってはこんな美味しい依頼、食ってくれと言われてるようなものだ。

「え!? あの……ミズモトさん? 貴方、言語関係のスキルは……」
「表示されてるスキルはありませんがね、言語に関しては色々な場所に足を運んでいた関係でちょっとばかり得意なんですよ。高地マジェリア語なら分かりますし……何だったらブドパス検問のヨハンさんという人に確認を取っていただいてもよろしいですし」

 するとエンマさんは、少々お待ちください、なんて言って奥の方に引っ込んでいった。通信魔法か通信機器か何かで検問に連絡を取ってるのかな? 動きが迅速で俺としても助かる。
 それにしてもそう考えると、あそこでレニさんの通訳をしたのは無駄じゃなかったどころか役に立ったな……そのレニさんはまだハイランダー用受付で何やら話している。高地マジェリア語があまり通じていないんだから当たり前といえば当たり前か……

「お待たせしました、ミズモトさん。先程検問の方で確認が取れました。言語のレベルも問題ないようですし、お願いしてよろしいですか?」
「もちろんです、手続きの方お願いします」
「ありがとうございます、それでは資料の方をお持ち致しますので……」

 言ってエンマさんは受付の裏に下がる。あの依頼の扱いだと、もしかしたら資料を取ってくるまでに結構時間がかかるかもしれないな……

「それにしてもトーゴさん、まさしくぴったりな依頼ですよね」
「……うん、まあね。美味しいのは間違いないよ」

 注意書きのための文書なんて、そんなに量があるわけないし。量がないということは文章あたりの達成報酬は低く抑えられるということでもあるけど、その達成報酬も単価が結構高めだからなあ……

「でも今更だけど、エリナさんの言語把握初級なんてのがスキルとしてあるってことはだよ? 俺の多方向翻訳認識能力がスキルとしてリストアップされてないのは、結構問題視されかねないんじゃないかと」
「そんなんでよく受けようと思いましたねトーゴさん!?」
「今気づいたんですゴメンナサイ。……本当に今までよくツッコまれなかったものだわ」

 いくら自分のことだからといって、能力やらスキルやらに無頓着過ぎたな。これじゃエリナさんに呆れらるのもしょうがない。

 ――ちなみに、この話には続きがあり。
 言語認識系やら言語翻訳系やらの能力は初級の間こそスキルとして存在するものの、ある程度のランクまで行ってしまうと能力そのものが本人と一体化してしまい、言語関係のスキルが全て統合されてリストから消えてしまうんだそうだ。
 実際どこら辺から消えるのかは不明だけど、感覚的には俺の多方向翻訳認識能力で言えばロジカルモードを使えるレベルになると消える、とのこと。……もっともそのレベルで消えてしまうあたり、オートモードはやっぱり規格外なんだなあと思わざるを得ない。流石神様のつけてくれたスキル、半端ない。

 この事実は、後にエリナさんの勉強の付き添いで行った製本ギルド所属の図書館で知ったんだけど……まあこの時の俺には知る由もないことだった。



---
おっと偽装かな? ってレベルの話ではないんですが。
特別転生者ともともといた人々の違いというのは、こういった公共サービスに如実に表れてくるという話ですね。

次回更新は01/10の予定です!
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話

嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。 【あらすじ】 イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。 しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。 ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。 そんな一家はむしろ互いに愛情過多。 あてられた周りだけ食傷気味。 「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」 なんて養女は言う。 今の所、魔法を使った事ないんですけどね。 ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。 僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。 一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。 生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。 でもスローなライフは無理っぽい。 __そんなお話。 ※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。 ※他サイトでも掲載中。 ※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。 ※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。 ※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。

Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜

橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?

虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

処理中です...