【完結】ぶりっ子悪役令息になんてなりたくないので、筋トレはじめて騎士を目指す!

セイヂ・カグラ

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男だらけの異世界転生〜学園編・第一部〜

情報屋の憂鬱

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 万年筆の先にインクを浸す。うんざりとしながら、少年はさらさらと書き進めていく。この紙とインクには代々伝わる魔術が施されており、特殊なこの文章を読み解けるのは儀式を終えた王もしくはウィチルダの血脈が強い者だけだという。ウィチルダ家は王に絶対服従の情報屋。メディチ家と同格の上位貴族だ。

 キルト・ウィチルダ
 僕はウィチルダの血脈を強く受け継ぐ者だ。
 
 だが…、残念ながら僕はウィチルダにとって異端な存在だ。父は現当主、ルバルタ・ウィチルダ、母はルワルタ・ウィチルダ。父の実の弟だ。代々伝わる魔力が強いのは僕の両親が兄弟だから。しかし、兄弟同士の愛など当然認められなかった。長男であり魔力の才のあった父ルバルタは政略結婚をさせられ、母ルワルタは家を追い出された。その時、母は全ての魔力を奪われた。所謂、禁忌魔法だったらしいのだが詳しいことは分からない。ウィチルダの能力を持ったまま外に出れば不利益をもたらすと考えたのだろう。母はその後すぐに死んだ。だからウィチルダ家に生まれた者は一生ウィチルダ家の奴隷。ウィチルダ家を出る時は死ぬ時。

 そんな二人から生まれた僕は隠されるように育てられた。幸か不幸か、僕はウィチルダ家の魔力が強かった。血縁の近さは子に崩壊を与えるというが僕は違う。僕が今生きているのは魔力が強く潜入させやすい、つまり利用価値があるからだ。父は僕に興味がない、望んだはずの息子だろうにおかしいな話だ。ただ、僕の魔力と器用さは気に入っているようで僕はしばしば仕事を与えられた。

 今回のフランドールとの同室もそうだ。王家からの依頼、ウェルギリウス殿下の婚約者、フランドール・メディチの観察、及び監視。僕に権限なんて無いから、どうあがいても仕方がないのだが、それでも僕はときどき父に反抗したり交渉したりする。今回は口車にまんまと乗せられた、悔しいが僕の好みを父は熟知している。美しい少年だと聞いていたが、いざ現れた少年は真逆で勇ましかった。すぐさま手紙を送った。別人ではないかと、けれど手紙はすぐに戻ってきてフランドールで間違いない、任務を遂行しろという返信がきた。騙された。

「はぁ~、つまんない。」

 僕はぼんやり夕暮れの空を眺めた。 
 また筆を取り、先日の騒動を書き記す。
 まぁ、どうせもう大体知っているだろうけど。
 
『ウェルギリウス殿下はフランドール・メディチにお気持ちがある。フランドールは極端に魔力が少なく、リリー・ドラウェンの仕置魔法に耐えられず失神、魔力中和と治癒魔法ヒールをウェルギリウス殿下が行った。フランドールの様態は良好、その後の生活に支障なし。生徒会役員にはフランドールの魔力について説明が施された。リリー・ドラウェンについて処罰は無し、事故として処理された。その処遇にウェルギリウス殿下が学園側に異議を称えたが皇帝陛下から却下された。』

 手紙を書き終え、ウィチルダと代々契約しているに魔鳩クーリィに渡す。魔鳩クーリィは手紙を受け取ると現れた術式の中に飛び込んだ。魔鳩クーリィの得意とする転移魔法テレポートだ。

 達成感でベッドに寝転がる、けれど5分もしないうちに父から手紙が返ってきた。受け取り、紐を解く。紙に触れれば文字が光るように浮かび上がった。寝転がりながら内容に目を通す。

「……はっ?」
 ガバっと、上体を起こして、もう一度目を通す。
「え、いや、待ってよ…。」
 クソジジィ…、本気で言ってんのか?


 内容をざっくり簡潔に説明すると、こうだ。


今回の騒動でフランドール・メディチの魔力の少なさに保守派が動いた。保守派の意見に皇帝陛下が妙に納得しているものだから婚約破棄を考えている。王家としてはメディチ家との関係を悪化させたくない。それで、どうやら保守派から新たな婚約者を勧められたらしい。歳はウェルギリウス殿下の二つ下、美しく柔らかな雰囲気で落ち着きがあり慈悲深い。何よりも素晴らしいのは莫大な魔力、13歳にして全ての属性を使いこなせているらしい。そんな力を持つものは王家にとって脅威になりえそうだが…、その少年は貴族ではない。ただの下町の平民だ。保守派曰く、今から従順な人間に育てれば良いという算段。2年後に彼を学園に入学させる。成人前にどうにかウェルギリウス殿下のお気持ちを変えさせたい。つまり、フランドールとは決別させ、ウェルギリウス殿下にはその平民の少年と恋に落ちてもらいたいと。そうすれば、莫大な魔力を手に入れることができ、以後の王もこの国も安泰。


 そこまでは、何も驚くことはなかった。
 僕を混乱させたのは、文章の最後に書かれた新たな任務。

『フランドール・メディチと恋仲になれ。』

 ウェルギリウス殿下とフランドールの婚約を知るのは一部貴族のみで、まだ公にされていない。王家が望むのは平和的な婚約破棄。他国との外交に強いメディチ家を王家は手放したくない。何よりもメディチ家の妻、ルルーシュは最近和平条約を結んだばかりのルエルタヌス国の次男、元は王子だった人だ。長く冷戦状態だったルエルタヌス国と和平条約を結べたのは、メディチとルルーシュの結婚のおかげと言っても過言ではない。だから、王家もそれなりに慎重なのだ。

 ウェルギリウス殿下もフランドールにも愛する人ができたのだから仕方がない。婚約中の恋は黙認される。むしろ良い婚約破棄であったのだと、そう公言したいだろう。

「これって、ハニートラップじゃん…。」

 物心ついた頃から僕は利用され続けている。
 …いや、ウィチルダの人間は皆そうなんだ。

 僕は筆を取り、父に歯向かう内容の手紙を考える。こうやって僕はいつも父から注目を得ようとする。自分の幼稚な気持ちを本当は自覚している。成果を上げれば、与えられた仕事が上手くできれば、わがままを言えば、父は僕を見てくれる気がした。

 父さん、僕のこと見てよ。
 
 それが僕の心の中を呪いみたいに這いずり回った。

『できない。』それだけの手紙をわざわざ送る。父とは仕事以外では話さないし会わない。仕事でも手紙が来ると嬉しかった。本当はもっと他愛のない会話をしたい。一緒に食事をするだけでも良い…、会いたい。そんなこと言えなかった。

 また父から手紙が来て、それを開く。叱られるかな。いいや、きっといつもと同じ淡々とした返信と強制力のある言葉が書かれているだけだろう。そう思いながら読み進める。けれどそこには、また想像もしていなかった文が書かれていた。

『上手くいけば、フランドール・メディチとの婚約を考える。』

 じんわりと汗が滲んだ。
 その手紙から目が離せない。
 紙を持つ手に力が入って、クシャリと音を立てた。
 
 それは、つまり、父さんが僕の存在を公にするということか…? 
 父さんが僕のことを認めてくれる…?
 
 メディチ家と結婚できればウィチルダ家に利益があるのは確かだ。だが、その相手は僕じゃなくても良い。僕には弟が二人いる。ウィチルダ家を継ぐのは一個下の弟だが、もう一人いる。まだ8歳だけれど婚約するのなら僕よりは弟のほうが良いはずだ。

 それなのに…、僕を婚約者に……?

 迷いは無くなった。
 僕はすぐに手紙を書いた。
 これは絶対に逃せないチャンス。

『分かりました、必ずですよ。』

 きっと、僕の人生が変わる。 
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