【完結】ぶりっ子悪役令息になんてなりたくないので、筋トレはじめて騎士を目指す!

セイヂ・カグラ

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男だらけの異世界転生〜幼少期編〜

叱らないでくれ、ベェルシード!

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「い、いかがでしょうか…?」
「…うん、うん! いい感じです! ありがとうございます。」
 
 恐る恐る鏡を差し出してくる床屋のオジチャン。貴族様の髪に触れるなど恐れ多くてできません! こんなにも美しい髪を切るなどバチが当たります! などと何度も断られたが、お得意のワガママで切っていただいた。ここで髪を切れなければ、多分一生長いままだ。そんな気がして、無理を言ってしまった。ごめんな、オジチャン。

 俺の髪は短くなり、だいぶスッキリした。坊主とまでは流石にいかないが眉毛が出るくらいには短い。

 カット代は銀貨1枚と銅貨3枚。とても満足したので、釣りはいらないと格好をつけ銀貨2枚を置いて帰る。人から貰った小遣いだけどな…。ちなみに、店のオジチャンだけでなくデルにも止められた。俺が切りたいとゴネると、仕方がないという顔をして諦めた。いつものワガママが始まったという顔だ。

 さぁ、そろそろ約束の時間だ。
 馬車に戻ろう。
 
 馬車に戻ると、すでにベェルシードが待っていた。

「よっ、お待たせベェルちゃん。」

 ご機嫌な俺は調子に乗って、自分より背の高いベェルシードに馬車越しに壁ドンをする。
 すると、顔を上げたベェルシードの顔がみるみるうちに青ざめていく。
 目が見開かれ、ついには口元を覆った。

「なっ、な、なんてことをしているんですかっ‼」

 怒号だ……。
 怒られるような気がしていたが、まさかここまでとは。
 あっという間に馬車の中に押し込まれて、俺は背筋を伸ばした。

「そ、そんなに怒んなって…、な? 壁ドンそんなに嫌だった? ごめんじゃん…?」
「違います、その髪ですよ! 髪!」
「あ、ああこれね。スッキリして良かったよ。どうせいつかは、この髪にする予定だったし、ほら似合ってるだろ?」
「言いましたよね⁉ もうすぐ許嫁である皇太子殿下にお会いすると! それに、貴方の髪は珍しいのですよ⁉ ルルーシュ様の髪のお色をより濃く受け継ぎ、その美しい髪を皆が大切に手入れしてきたのです。婚約の決め手は、その黒髪と言っても良い…。それを分かっているのですか!」

 ベェルシードは今にも泣きそうな顔で怒った。その顔は不安で仕方がない、どうしたら良いのか分からないと言ったような表情で、俺は焦った。その姿があまりにも子供らしくて、妹の泣き顔を思い出した。まだ、15歳くらいだもんな…。俺は、ついに涙が溢れたベェルシードを抱きしめた。

「ごめん…、ごめんな、ベェルシード。」
「………。」
「大丈夫だ…って言っても、不安だろうけど大丈夫だ。父上と母上には俺が切りたくて切ったって説明するし、王子様のことも多分大丈夫。焦ったよなぁ…、ごめん。俺、いっつも突然やらかすから、お前に苦労をかけてるよな。」
「ふらんどーるさ、ま?」

 肩を震わすベェルシードの顔を見れば涙に濡れている。綺麗に整えられている髪が乱れてぐちゃぐちゃだ。髪の毛をよけて頬の涙を拭い、頭を撫でて必死にあやした。

 ああ、そうだ、プレゼントがあった。
 何か、あげるのは子どもの機嫌を取るのに効果があるんだ。
 妹にも、いつもこの手を使っていた。
 後半は、あんまり効果なかったけど…。

「ベェルちゃん、これ。」
「……? なんですか?」
「プレゼントだよ。父上と母上から聞いた、もうすぐ誕生日なんだろ? おめでとう。」
「誕生日…、ありがとう…ござい、ます。」

 控えめな声、でもその瞳は心なしかキラキラと輝いて見える。
 良しっ、上手くいったみたいだ。
 
 ベェルシードは丁寧な手付きで紐を解き、包装紙を剥がしていく。指先は、まだまだ子どもらしくて可愛い。俺、弟に憧れがあるんだよなぁ。女の子でも男の子でも小さい子はかわいい。あ、変な意味じゃないぞ。

 まぁ、ベェルシードは一応、年上なんだけどね。

 包装紙を剥がすと、革製の箱が出てきた。開けば、その中にはシンプルだが立派な万年筆が入っている。黒い柄の先には翠色の石がはめ込まれている。

「その石、ベェルの髪の色に似ていると思って選んだんだ。」
「私の髪……?」
「そう、ベェルシードの綺麗な髪。」
「綺麗ですか…?」

 不思議そうに俺を見て、それでも嬉しそうに髪を触るベェルシード。この世界では黒髪が珍しいらしいが、俺からすれば黒髪なんて平凡な色。ベェルシードのやわらかな緑の髪のほうがずっと珍しくて綺麗だ。

 泣き止んでくれてよかった、とほっとする。
 ふと、この少年の歳が気になって何気なく聞いてみる。

「ベェルは、いくつになるんだ?」

「えっと…、12歳です。」
「…えっ?」

 えっ。
 マジかよ。

 大人っぽすぎるだろ…。



 屋敷に戻ると、みんな目をひん剥いて驚いた。
 父上には髪がぁ髪がぁと残念がられイジイジされた。
 母上は似合っているじゃないか! と俺を褒めそやした。
 結果ベェルシードには叱られたものの、他の誰にも叱られなかった。
 この屋敷で、まともなのはベェルシードだけかもしれない…。
 とても、不安を感じてしかたがない。



▼side ベェルシード

 あの人にプレゼントを貰う日が来るなんて思ってもみなかった。

 ワガママすぎるあの少年に自分はいつも振り回されてばかり。
 けれど、少年に仕えることが自分の仕事で生きるすべ。
 旦那様も奥様も、とてもお優しい。
 誕生日は毎年祝って頂いている。
 お給金とは別にお小遣いをくださる。
 15歳になれば学校に通わせてくれるとも、おっしゃった。 

 だから、どんなに少年がワガママで苦労をしようとも、ちゃんと仕え続けよう。
 そう思って頑張ってきた。

 そんな矢先、大切な髪を切られてしまったものだから取り乱した。
 
 優しく撫でられた髪が、まだじんわりと心地よさを残している。
 あんなにも安心したのは、いつぶりだろうか。
 ぼんやりと、母を思い出した。
 今は亡き母を…。
 
 誕生日にと初めてもらった万年筆は正直とても嬉しくて。
 綺麗な髪だと言ってくれたのも嬉しかった。

 万年筆の先に飾られた翠色の石をぼんやりと眺める。綺麗だ…。私は万年筆を箱に収め、自室の机の引き出しを開けて、そっと奥にしまった。いつか母に貰った首飾りの側にそっと。


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