魔王様は、子どもを拾って自分好みに育てるようです。

セイヂ・カグラ

文字の大きさ
上 下
4 / 9

※サヨナラ

しおりを挟む
 ヴェルダルクは自室の大きな寝台に沈んでいた。柔らかで上質なマットに心まで沈んでいく。黒朱の美しい天蓋をぼんやりと眺めて、これから他者を想い自らを不幸にしようという魔王らしからぬ自己犠牲に立つ心を宥める。サクライは気配を消し、気を使う。気配を探せばわかるが探さなければ分からないほどに、この部下は成長したようだ。

「サクライ、オレを慰める覚悟はあるか?」

 弱々しい台詞だが、仕方がない。
 オレはこれから大切なものを傷つけて失うのだから。

「︙ふっ、もちろんでございます。一晩でも二晩でも、一年でも、たとえ百年掛かったとしても、貴方の側に寄り添います。」
「ほう、健気なやつよのう。」

 カラカラと笑いながら、ヴェルダルクは空間にグラスを出現させる。そして、サクライに最近お気に入りの天界の酒を注がせた。酒でも飲まないとやってられない。

 もうすぐ、ヴァルスが街から帰ってくるだろう。ヴァルスはオレに囲われている身、はじめは拾ってきたオレの玩具だった。何故か予定が狂って、愛子になり、今やこのオレの胸を占める存在となってしまった。自由にしてやりたいと思う。でも、閉じ込めておきたいとも思う。オレだけのモノだと、隠しておきたい。けれどそれをヴァルスは望まないだろう。そんなオレの独占欲であの子の自由を奪ってはいけない。この気持ちは時間が経つにつれ深くなりオレ自身も彼も苦しめる、だから早く手放さなければならない。手放すべきなんだ︙。もしかすると、ヴァルスの方から城を出ていきたいというのも時間の問題かもしれない。好きな女ができたと、だから結婚したいと、そう告げられるかもしれない。そうなったらオレは、きっと相手の女を殺すだろう。何も聞かず、送り出したい。戻ってくることがないように、オレに出ていけと言わせて欲しい。

 自分のどうしようもない感情と向き合っていると、酒がだいぶ進んでいた。瓶を一本空けてしまった、もう2本目の半分まで突入している。天界の酒は悪魔にはキツいから、すぐに酔える。ぼんやりとしていると、不意に気配を感じた。愛おしい、ヴァルスの気配を。帰ってきたようだ。呼び出そうと思っていたら、一度部屋で着替えを終えたヴァルスが自らやってきた。

「ヴェル様、よろしいでしょうか。」
「嗚呼、ヴァルスよ。どうした。」
「お話があります。」

 話︙、その一言で胸の奥が凍りつく。嫌だ、やめてくれ、まだ言わないで︙︙。ぐるぐるとモヤが、ドロドロとした黒い蛇が、胸を這い回った。
 
 早く、言わなければ。
 どうか、何も言わずにオレの城からくれ。

「そうか、オレもお前に話がある。」 

 ヴァルスを見たらきっと言えなくなってしまう。ヴェルダルクは天蓋を下げて、視界を誤魔化した。部屋にヴァルスの靴音が響く、この気配も最後なのだと思ったら名残惜しくて仕方がない。天蓋の下ろされた寝台にヴァルスが歩み寄る。

「悪いが、今、お前の話を聴ける気分じゃない。」
「︙︙そうですか。」
「これからも聴く気はない。」
「︙どういう意味ですか?」

 困惑か、怒りか、気配の薄い青年の感情のゆらぎは難しくて読み取れない。

「そこに金を用意した。受け取れ、お前のものだ。それを持って、この城を出ていけ。」

「何故ですか︙。」
 地に響くような低い声だった。

「なぜ、か︙。理由は単純だ、お前に飽きた。」

 渡した金は一生遊んで暮らせるだけある。遊んだって、家を建てたって、天界へ行くのだって、人間界に行ったって良い、なんなら相手の女との結婚のために使っても良い。ただヴァルスがこれからも健やかに暮らしていけることを願って、今までの幸福に感謝して、自己満足で渡したものだ。

 早く、出て行ってくれ。
 そして二度と戻ってくるな。
 そうじゃないと、オレの決心が揺らいでしまう。
 飽きたなんて嘘だ、今でもお前を心の底から大切に思っている。
 だから、どうか広い世界で幸せになって欲しい。

「そうですか︙。わかりました。」

 素っ気なく冷たい声がそう答えた。想像以上にあっさりとしていて、それが予想外でもなくて。彼は、はじめから城を出るつもりだった。はじめから、この城にも自分自身にも思い入れなどなかったのだということを思い知らされる。

 ああ、天蓋を下ろしていて良かった。
 オレはきっと今、酷く情けない面をしているだろう。

 少し荒くも感じる靴音が、コツコツと遠ざかっていく。バタンと音を立てて閉じた扉、薄くなり遠のく気配にジワジワと瞼が熱くなった。行かないで︙︙、口にすれば彼を引き止めてしまう気がして口元を抑えた。ボタボタと涙が溢れてしまう、もう何百年も泣いたことなどなかったのに。

「魔王様︙。」
「サクライ︙︙んっ、ふ、んん。」

 気配を現したサクライが寝台に入り込み、口吻をしてきた。驚いた隙に舌が口内へと侵入する。唇が離れると、涙を指先で拭いながら、女に好かれる顔立ちの男が甘ったるく微笑んだ。突然の出来事に驚いて、拒否すら忘れる。ただ、ぼんやりとする頭と心の隙間にはそれが心地よかった。

「魔王様は、ヴァルスに恋をなさっていたのですね。」

 恋︙︙。
 そうか、これを皆、恋と呼ぶのか。
 なんて、苦しいのだろう。

「お辛いでしょう︙、魔王様。
 そうぞ、私に身を任せて下さい。約束通り、私がちゃんと慰めて差し上げますから。何日でも、何百年でも︙。」

 サクライの指先がガウンの紐を解く。それをぼんやりと眺めていた。苦しくて、身体が重だるく動けない。たった今、終わってしまった恋が悲しくて、抵抗する気すら起きなかった。

「あっ︙︙サ、クライ︙やっ、ぁ。」

 遊び慣れた手がヴェルダルクの身体をなぞり、触れられたことのない飾りを口に含んだ。

「何も考えず、堕ちてしまえば良いのです。」

 サクライは歪んだ笑みを浮かべ、白い首筋に吸い付いた。
 朱色の花びらが咲いたのを撫でて、部屋の明かりを消した。






しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果

はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

丁寧な暮らし

COCOmi
BL
「理想的な生活」を夢見る平凡受けが、全てを与えてくれる美形のお兄さんに狂わされていくお話。オチは皆様にお任せ、な感じで終わってます。 ていねいなくらしは自分でこだわって作っていくものですよ、美郷くん。

周りが幼馴染をヤンデレという(どこが?)

ヨミ
BL
幼馴染 隙杉 天利 (すきすぎ あまり)はヤンデレだが主人公 花畑 水華(はなばた すいか)は全く気づかない所か溺愛されていることにも気付かずに ただ友達だとしか思われていないと思い込んで悩んでいる超天然鈍感男子 天利に恋愛として好きになって欲しいと頑張るが全然効いていないと思っている。 可愛い(綺麗?)系男子でモテるが天利が男女問わず牽制してるためモテない所か自分が普通以下の顔だと思っている 天利は時折アピールする水華に対して好きすぎて理性の糸が切れそうになるが、なんとか保ち普段から好きすぎで悶え苦しんでいる。 水華はアピールしてるつもりでも普段の天然の部分でそれ以上のことをしているので何しても天然故の行動だと思われてる。 イケメンで物凄くモテるが水華に初めては全て捧げると内心勝手に誓っているが水華としかやりたいと思わないので、どんなに迫られようと見向きもしない、少し女嫌いで女子や興味、どうでもいい人物に対してはすごく冷たい、水華命の水華LOVEで水華のお願いなら何でも叶えようとする 好きになって貰えるよう努力すると同時に好き好きアピールしているが気づかれず何年も続けている内に気づくとヤンデレとかしていた 自分でもヤンデレだと気づいているが治すつもりは微塵も無い そんな2人の両片思い、もう付き合ってんじゃないのと思うような、じれ焦れイチャラブな恋物語

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け 《あらすじ》 高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。 桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。 蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

処理中です...