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36話 恐ろしい男(微※)
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薄暗い部屋にいくつかの間接照明が淡く光る。テーブルの上には、この店で一番高い酒が一本、2つのグラスに注がれていた。華やかな夜の店には似つかわしくない静けさが広がっていた。二度目の出勤、銀二郎はまた由鶴にVIPルームで指名を受けた。ご機嫌だったのは店長である春樹だけで、部屋に入りボトルが届くなり空気はすぐに重だるくなった。
「いつまでも、黙っているつもり?」
沈黙を破ったのは、由鶴の冷たい一言だった。
「・・・関係は、終わらせてきました。」
由鶴が聞きたかった答えはこれだけだろうと、銀二郎は言うなり席を立った。しかし、立ち上がった身体は再びやや硬質なソファに戻される。
「どこに行くのかな? まだ、飲んでいないじゃないか。さっき、もう一本ボトルを頼んだから。君にも飲んでもらわなくちゃ。」
逆らうことを許さない、命令することに慣れた視線が身体を硬直させる。穏やかに聞こえるが低く冷淡な声は銀二郎の恐怖心を煽った。銀二郎は言われた通りに関係を終わらせた、これ以上、話すことなんてないはずだ。それなのに由鶴は銀二郎を部屋から出してくれない。まだ一本目すら開けていないのに二本目のボトルが届く。春樹が上機嫌にボトルを差し出すと、由鶴はいつもの笑顔で「ありがとう」と言って気品のある客になる。
「さあ、飲みなさい。君のために用意した酒だ。」
銀二郎は震える手でシャンパンの注がれたグラスを持ち上げ、口を付けた。
▽
ズキズキとする酷い頭痛で銀二郎は目が覚めた、瞼を開くが視界がボヤケて安定しない。起き上がろうとしたが、あまりに身体が重く、ばたりとまた倒れる。今までに感じたことない身体の違和感や異変に銀二郎は昨夜の記憶を辿ろうとする。次第にボヤケていた視線が安定し、自分の今いる部屋が見知らぬ部屋であることに気がついた。
昨日は、確か、由鶴さんにお酒を飲まされて・・・。
それから、それからどうしたんだ?
その後の記憶がない。
焦って見知らぬ部屋を目だけで見渡す、自分は大きなベッドに寝ているようだ。つやつやとした白いシーツ、おそらくホテル。現状を把握しようと、再度起き上がろうと試みる。途端にバタンとドアの閉まる音がして、肩が跳ねた。
「おはよう、銀二郎くん。まだ動けないでしょ? 無理に動かないほうが良いよ、クスリが抜けるまでは。」
昨夜、恐ろしさを植え付けられた声が聞こえた。
なんで、由鶴さんがいるんだ。
「く、クスリ・・・? ここ、どこ、ですか。頭、痛い。」
喉が掠れて上手く声が出ない。
色々、聞きたいことだらけなのに頭の割れそうなほどの痛みと身体のダルさで思考がまとまらない。
由鶴はぐったりとした銀二郎の転がるベッドに腰を掛けた。やっと視界に入ってきた由鶴の髪は濡れていて、バスローブを着ている、シャワーを浴びたばがりなのだろう。銀二郎は起き上がれないまま、由鶴を睨んだ。けれど、由鶴はそれを見てクスッと笑い、銀二郎の短い髪に触れる。それからすぐに立ち上がり、スマホを手に戻ってきた。指先がスルスルと画面を操作する、何か音が聞こえてきた、動画のようだ。
『あっ! ああっ、んぅ! あっあっ』
スマホから流れる音に無意識に聞き入る。連続的な声は明らかに乱れたもので、その声は女ではなく男の声だ。ドクドクと鼓動が早まり、嫌な汗が背や額を伝う。動悸のせいか、徐々に呼吸が荒くなり苦しくなる。
「気になる? 銀二郎くんも見たいのかな。」
そう言って、由鶴はスマホの画面を銀二郎に見せた。抵抗もせず、喘ぎながら、玩具を後孔に咥えている男の筋肉質な身体。好き勝手に遊ばれているのに男は快楽に溺れて嬌声を漏らし続ける、動画内には由鶴の楽しげな笑い声が入っていた。身体だけを写していたカメラが徐々に上にあがる。
画面の中に写った顔は、自分。
「・・・・・なん、ですか、これ。」
血の気が一気に引いた。自分が今、いかに危険な現状にあるかやっと理解した。頭が真っ白になりパニック状態の中、浮かんできたのは『セックス・ドラッグ』という単語。いつか、テレビの深夜特集で何気なく見たもの。そんなことよりも、早くここから逃げ出さなければならないのに身体も頭も動かない。絶望感と混乱だけがぐるぐると回る。そんな銀二郎に構いもせず、由鶴は口を開いた。
「銀二郎くん、私の愛人になりなさい。」
意味がわからなった。
困惑している銀二郎に由鶴は続ける。
「まずは、あの店を辞めて、大学は休学しなさい。他にもバイトをしているのなら、全て辞めてきなさい。その代わり君の生活は保証してあげる。」
「何を、言っているんですか・・・っ。無理、無理ですよ、そんなのっ。」
パニック状態で銀二郎は叫ぶように言った。
そんな銀二郎の態度に由鶴は溜息を吐いて、首を振った。
「銀二郎くんは、ちゃんとわかっていないみたいだね・・・。君に拒否権なんてないんだよ。」
「・・・え?」
「この動画、蓮に送ってあげようか? ああ、お友達のサトルくんやユウマくんにも送らないといけないね。それと、君のお母さんとお父さんにも・・・。」
「いやっ! だめっ、だめですっ!」
そこまで言われてようやっと、銀二郎は言われていることが分かった。
これは、脅しだ。
そして、言われた通り自分に拒否権などない。
「でも、銀二郎くんは私の愛人になるのは無理なんだろう?」
そう言いながら、由鶴がまたスマホをタップしはじめる。銀二郎は慌てて、その腕にしがみついた。力の入らない手でスマホを取り上げようとするが、上手く行かない。ニヤリと笑った由鶴が「抵抗するの?」と問いかける。
「どうする? 銀二郎くん。」
再度、低い声で脅される。
銀二郎は、この恐ろしい男の言葉に頷くことしかできなかった。
「いつまでも、黙っているつもり?」
沈黙を破ったのは、由鶴の冷たい一言だった。
「・・・関係は、終わらせてきました。」
由鶴が聞きたかった答えはこれだけだろうと、銀二郎は言うなり席を立った。しかし、立ち上がった身体は再びやや硬質なソファに戻される。
「どこに行くのかな? まだ、飲んでいないじゃないか。さっき、もう一本ボトルを頼んだから。君にも飲んでもらわなくちゃ。」
逆らうことを許さない、命令することに慣れた視線が身体を硬直させる。穏やかに聞こえるが低く冷淡な声は銀二郎の恐怖心を煽った。銀二郎は言われた通りに関係を終わらせた、これ以上、話すことなんてないはずだ。それなのに由鶴は銀二郎を部屋から出してくれない。まだ一本目すら開けていないのに二本目のボトルが届く。春樹が上機嫌にボトルを差し出すと、由鶴はいつもの笑顔で「ありがとう」と言って気品のある客になる。
「さあ、飲みなさい。君のために用意した酒だ。」
銀二郎は震える手でシャンパンの注がれたグラスを持ち上げ、口を付けた。
▽
ズキズキとする酷い頭痛で銀二郎は目が覚めた、瞼を開くが視界がボヤケて安定しない。起き上がろうとしたが、あまりに身体が重く、ばたりとまた倒れる。今までに感じたことない身体の違和感や異変に銀二郎は昨夜の記憶を辿ろうとする。次第にボヤケていた視線が安定し、自分の今いる部屋が見知らぬ部屋であることに気がついた。
昨日は、確か、由鶴さんにお酒を飲まされて・・・。
それから、それからどうしたんだ?
その後の記憶がない。
焦って見知らぬ部屋を目だけで見渡す、自分は大きなベッドに寝ているようだ。つやつやとした白いシーツ、おそらくホテル。現状を把握しようと、再度起き上がろうと試みる。途端にバタンとドアの閉まる音がして、肩が跳ねた。
「おはよう、銀二郎くん。まだ動けないでしょ? 無理に動かないほうが良いよ、クスリが抜けるまでは。」
昨夜、恐ろしさを植え付けられた声が聞こえた。
なんで、由鶴さんがいるんだ。
「く、クスリ・・・? ここ、どこ、ですか。頭、痛い。」
喉が掠れて上手く声が出ない。
色々、聞きたいことだらけなのに頭の割れそうなほどの痛みと身体のダルさで思考がまとまらない。
由鶴はぐったりとした銀二郎の転がるベッドに腰を掛けた。やっと視界に入ってきた由鶴の髪は濡れていて、バスローブを着ている、シャワーを浴びたばがりなのだろう。銀二郎は起き上がれないまま、由鶴を睨んだ。けれど、由鶴はそれを見てクスッと笑い、銀二郎の短い髪に触れる。それからすぐに立ち上がり、スマホを手に戻ってきた。指先がスルスルと画面を操作する、何か音が聞こえてきた、動画のようだ。
『あっ! ああっ、んぅ! あっあっ』
スマホから流れる音に無意識に聞き入る。連続的な声は明らかに乱れたもので、その声は女ではなく男の声だ。ドクドクと鼓動が早まり、嫌な汗が背や額を伝う。動悸のせいか、徐々に呼吸が荒くなり苦しくなる。
「気になる? 銀二郎くんも見たいのかな。」
そう言って、由鶴はスマホの画面を銀二郎に見せた。抵抗もせず、喘ぎながら、玩具を後孔に咥えている男の筋肉質な身体。好き勝手に遊ばれているのに男は快楽に溺れて嬌声を漏らし続ける、動画内には由鶴の楽しげな笑い声が入っていた。身体だけを写していたカメラが徐々に上にあがる。
画面の中に写った顔は、自分。
「・・・・・なん、ですか、これ。」
血の気が一気に引いた。自分が今、いかに危険な現状にあるかやっと理解した。頭が真っ白になりパニック状態の中、浮かんできたのは『セックス・ドラッグ』という単語。いつか、テレビの深夜特集で何気なく見たもの。そんなことよりも、早くここから逃げ出さなければならないのに身体も頭も動かない。絶望感と混乱だけがぐるぐると回る。そんな銀二郎に構いもせず、由鶴は口を開いた。
「銀二郎くん、私の愛人になりなさい。」
意味がわからなった。
困惑している銀二郎に由鶴は続ける。
「まずは、あの店を辞めて、大学は休学しなさい。他にもバイトをしているのなら、全て辞めてきなさい。その代わり君の生活は保証してあげる。」
「何を、言っているんですか・・・っ。無理、無理ですよ、そんなのっ。」
パニック状態で銀二郎は叫ぶように言った。
そんな銀二郎の態度に由鶴は溜息を吐いて、首を振った。
「銀二郎くんは、ちゃんとわかっていないみたいだね・・・。君に拒否権なんてないんだよ。」
「・・・え?」
「この動画、蓮に送ってあげようか? ああ、お友達のサトルくんやユウマくんにも送らないといけないね。それと、君のお母さんとお父さんにも・・・。」
「いやっ! だめっ、だめですっ!」
そこまで言われてようやっと、銀二郎は言われていることが分かった。
これは、脅しだ。
そして、言われた通り自分に拒否権などない。
「でも、銀二郎くんは私の愛人になるのは無理なんだろう?」
そう言いながら、由鶴がまたスマホをタップしはじめる。銀二郎は慌てて、その腕にしがみついた。力の入らない手でスマホを取り上げようとするが、上手く行かない。ニヤリと笑った由鶴が「抵抗するの?」と問いかける。
「どうする? 銀二郎くん。」
再度、低い声で脅される。
銀二郎は、この恐ろしい男の言葉に頷くことしかできなかった。
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