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33話 浮かれていた
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その日、蓮は機嫌が良かった。
正直言って浮かれていた。
「セフレ、やめたいです。」
「・・・は?」
だから、何も気が付かなかった。
銀二郎からこんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
▽蓮
土曜だというのに部屋でひとりダラダラとしていると、スマホが震えているのに気がついた。画面を開くと珍しく銀二郎の方から連絡が来ていた。今夜会えないかという誘いだった。その文字を見て、自分が誘うばかりだった関係に何か変化が生じたのだと、思わず頬を綻ばせる。
最近は、蓮のほうが銀二郎に予定を合わせている。それは、単純に銀二郎に会いたいからで、その気持ちを隠そうとすることもしなくなった。誰が見てもわかりやすく甘やかしているつもりだ。
新しくバイトはじめるって言ってたけど、アイツ大丈夫なのか?
会える時間が減るのも蓮には不服だったが、何よりも銀二郎の体調が気になった。人のことなんて、ましてやセフレのことなんてどうでもいいと思って気にかけたことなんてなかった。最近では「セフレ」という単語も嫌になっている。
もっと、何か違う、甘ったるい名前を付けたい。
たとえば・・・。
そこまで考えて、蓮は頭を横に振った。
なんだか恥ずかしくなって、誰も居ないのにひとりで顔が赤くなる。
銀二郎に返信をしなけらばいけないことを思い出して、蓮はスマホの画面をタップする。
送ったのは、自分の住所のマップ。
〈702号室、エレベーター降りて右側。迷うなよ。〉
送信を押して、蓮は自室の柔らかいソファに埋もれる。
「はぁ・・・。」
緊張からの息を吐く。それから、テーブル上で煌めく金属に手を伸ばし握りしめた。今まで誰にも預けたことのない、合鍵。
浮かれている。
目を閉じて、深呼吸をしているうちに蓮は眠りの中へと吸い込まれていった。
ーーピンポーン
機械音が部屋に鳴り響いて、蓮は目を覚ました。少し目を閉じたつもりの間に三時間も眠っていたようだ。蓮は慌てて起き上がり、スピーカーに向かって「どうぞ」と声をかけ、オートロックを解除する。
それから走って洗面台に行き、顔を洗って寝癖を水で濡らし直した。明日は休みだという銀二郎。少し上等なワインとグラスをテーブルの上に置き、合鍵にいつか女から貰ったお菓子のリボンをつける。その際、お菓子の箱は躊躇することなくゴミ箱へと投げ入れた。
ーーピンポーン
もう一度、鳴り響いた呼び出し音に蓮の鼓動が早まる。
今更、何をドキドキしてるんだ俺は・・・。中学生かよ。
一歩一歩慎重な足取りでドアへと向かう。ガチャリと音を立てて鍵を開けドアを押す。大きいのに控えめな振る舞いをする片手が見え、顔を上げた。
「こんばんは、おじゃまします。」
低く穏やかな声が丁寧にそう言う。右手にはビニール袋をぶら下げている。連絡から一日も経っていないのに、やっと会えたような気がした。
「うん、入って。」
靴を揃えた銀二郎がゆっくりと蓮の部屋へと足を踏み入れた。スタスタと歩く音だけが聞こえてきて、蓮はたまらず口を開いた。
「何か食べる? ワイン、あったから出したけど。」
今日は、ゆっくり飲んで、何か食べながら喋って、映画でも見て、ゲームして。それから、鍵を渡して。
・・・キスをして。
自分がこんなにもロマンチストだったなんて思わなかった。ぐるぐると想像を巡らせながら振り返ると、銀二郎が立ち止まっていた。
「何? ワインじゃないほうが良い?」
「ううん、嬉しい、ありがとう。でも、大丈夫。それより、今日は・・・。」
少し口ごもった銀二郎は俯けていた顔を上げて、蓮に近づく。
そして、蓮の背に控えめに柔らかく抱きついた。
「ぎ、ぎんじろう?」
「その・・・、シたい・・・です・・・。」
正直言って浮かれていた。
「セフレ、やめたいです。」
「・・・は?」
だから、何も気が付かなかった。
銀二郎からこんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
▽蓮
土曜だというのに部屋でひとりダラダラとしていると、スマホが震えているのに気がついた。画面を開くと珍しく銀二郎の方から連絡が来ていた。今夜会えないかという誘いだった。その文字を見て、自分が誘うばかりだった関係に何か変化が生じたのだと、思わず頬を綻ばせる。
最近は、蓮のほうが銀二郎に予定を合わせている。それは、単純に銀二郎に会いたいからで、その気持ちを隠そうとすることもしなくなった。誰が見てもわかりやすく甘やかしているつもりだ。
新しくバイトはじめるって言ってたけど、アイツ大丈夫なのか?
会える時間が減るのも蓮には不服だったが、何よりも銀二郎の体調が気になった。人のことなんて、ましてやセフレのことなんてどうでもいいと思って気にかけたことなんてなかった。最近では「セフレ」という単語も嫌になっている。
もっと、何か違う、甘ったるい名前を付けたい。
たとえば・・・。
そこまで考えて、蓮は頭を横に振った。
なんだか恥ずかしくなって、誰も居ないのにひとりで顔が赤くなる。
銀二郎に返信をしなけらばいけないことを思い出して、蓮はスマホの画面をタップする。
送ったのは、自分の住所のマップ。
〈702号室、エレベーター降りて右側。迷うなよ。〉
送信を押して、蓮は自室の柔らかいソファに埋もれる。
「はぁ・・・。」
緊張からの息を吐く。それから、テーブル上で煌めく金属に手を伸ばし握りしめた。今まで誰にも預けたことのない、合鍵。
浮かれている。
目を閉じて、深呼吸をしているうちに蓮は眠りの中へと吸い込まれていった。
ーーピンポーン
機械音が部屋に鳴り響いて、蓮は目を覚ました。少し目を閉じたつもりの間に三時間も眠っていたようだ。蓮は慌てて起き上がり、スピーカーに向かって「どうぞ」と声をかけ、オートロックを解除する。
それから走って洗面台に行き、顔を洗って寝癖を水で濡らし直した。明日は休みだという銀二郎。少し上等なワインとグラスをテーブルの上に置き、合鍵にいつか女から貰ったお菓子のリボンをつける。その際、お菓子の箱は躊躇することなくゴミ箱へと投げ入れた。
ーーピンポーン
もう一度、鳴り響いた呼び出し音に蓮の鼓動が早まる。
今更、何をドキドキしてるんだ俺は・・・。中学生かよ。
一歩一歩慎重な足取りでドアへと向かう。ガチャリと音を立てて鍵を開けドアを押す。大きいのに控えめな振る舞いをする片手が見え、顔を上げた。
「こんばんは、おじゃまします。」
低く穏やかな声が丁寧にそう言う。右手にはビニール袋をぶら下げている。連絡から一日も経っていないのに、やっと会えたような気がした。
「うん、入って。」
靴を揃えた銀二郎がゆっくりと蓮の部屋へと足を踏み入れた。スタスタと歩く音だけが聞こえてきて、蓮はたまらず口を開いた。
「何か食べる? ワイン、あったから出したけど。」
今日は、ゆっくり飲んで、何か食べながら喋って、映画でも見て、ゲームして。それから、鍵を渡して。
・・・キスをして。
自分がこんなにもロマンチストだったなんて思わなかった。ぐるぐると想像を巡らせながら振り返ると、銀二郎が立ち止まっていた。
「何? ワインじゃないほうが良い?」
「ううん、嬉しい、ありがとう。でも、大丈夫。それより、今日は・・・。」
少し口ごもった銀二郎は俯けていた顔を上げて、蓮に近づく。
そして、蓮の背に控えめに柔らかく抱きついた。
「ぎ、ぎんじろう?」
「その・・・、シたい・・・です・・・。」
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