38 / 53
32話 由鶴
しおりを挟む
あれよあれよと初出勤にして初のVIPルームへと入る銀二郎。部屋に入るなり、この店で一番高いシャンパンのボトルが届けられる。春樹はそれを見届けると早々にVIPルームを出た。銀二郎は今、由鶴とふたりきりだ。手慣れた様子で由鶴自らシャンパンのボトルを開ける。ポンッと弾けるような音がし、ボトルの口から雲のような煙が舞う。かいだことのない甘やかで品のある香りがした。
「ギン君は、好きなお酒ある? 自由に頼んでね」
そう聞きながら、手酌をしようとする由鶴の手を銀二郎は慌てて止める。けれど、由鶴はそれをやんわりと断り、銀二郎のグラスにもシャンパンを注ぐ。
「恥ずかしながら、お酒はそんなに強くないんです・・・。」
銀二郎が正直にそう言うと、由鶴はシャンパンを注ぐ手を止めた。
「なんだ、そうだったのか。じゃあ、これは私が一人で飲んでも良いってことかな?」
由鶴は銀二郎のグラスを取り上げると、こくこくと飲み干した。気を使わせてしまった・・・。少し落ち込んでいると、何飲みたい?とソフトドリンクのメニューを見せてくれる。
これが・・・大人の余裕・・・・・・。
注文したオレンジジュースがすぐに届く。持ってきてくれたバニーの女の子にお礼を言って、受け取る。緊張しているのか喉が渇いて、銀二郎はゴクゴクと勢い良く飲んだ。その様子を由鶴がじっと眺める。見られていたことに驚いて、いつものように顔が熱くなるのを感じた。
「落ち着いた?」
「は、はいっ」
おどおどとした銀二郎の態度に由鶴はクスクスと笑う。
けれど、その楽しそうな雰囲気は一瞬にして剣呑な雰囲気に変化した。
「さぁ、そろそろ本題に入ろうかな。」
先程までとは打って変わり、冷たい視線が向けられる。
何とも言えない空気に背中がゾクリとした。
「ほ、本題、ですか?」
「そうだよ、ギン君。いや、佐野銀二郎くん。」
「・・・・・・・・・え?」
今、本名で呼ばれた?
僕、この人に名前教えたっけ?
いやいや、絶対教えてない。
わざとらしく、フルネームで銀二郎を呼んだ由鶴は口元に微笑を浮かべる。けれど、その目は一切笑っていなかった。
背中に冷や汗が伝う。
考える間もなく、由鶴は話を続ける。
「私は、三本木由鶴。」
「さん、ぼん、ぎ」
聞き慣れた名前だ。
何度も何度も耳にした、口にした名前。
「私は、あの子の・・・蓮の父親だ。蓮は母親似だからね、気が付かなかったかな?」
一体どういうことだ。
何故、蓮くんのお父さんが僕のことを知っているんだろう。
それに・・・っ。
「なんで、お店に、、知ってたんですか?」
今日が初日のはずで、店長以外は誰も知らないはずなのに、どうして!銀二郎は、その他諸々をすっ飛ばして思わず聞いた。
「ああ、それは偶然。気に入ってる店なんだ。よく来ていてね。君のこと、よく調べさせて貰ったから、すぐに分かったよ。いずれは会おうと思っていたから、手間が省けて良かった。」
鼻にかけるようなクツクツとした笑いを絡ませながら、由鶴は言った。
「調べたって、なんで」
「んー?わかるだろう、可愛い息子に変な虫が付いてちゃ困るんだよ。言ってる意味分かるね?」
深い谷底に落とされたような気分だ。
真っ黒い闇に包まれていく。誰も咎める人などいない、どこか心の中で信じて疑わなかった。でも、そんなわけがなかった。セフレなどという爛れた関係の挙げ句、蓮も男で自分も男。
「蓮との関係を終わらせなさい。分かったね?」
いつか終わりが来ることを覚悟していたはずなのに。
・・・・・・・・・。
直ぐに返事をできずにいると、由鶴は追い打ちをかけるように言った。
「まさか君がこんなところで働いているなんてね。本当に、よく似合ってると思うよ、バニーちゃん。」
耳元で囁くように、静かに脅される。
「・・・・・わかりました。れ・・・息子さんとの関係は、終わりに、します。申し訳ありませんでした。」
深々と頭を下げて謝罪をする。
自分で声に出せば現実味を増す。
言葉が喉に引っかかって上手く出なかった。
銀二郎の言葉を聞くと、由鶴は満足げに笑顔を作った。よしよしと銀二郎の頭を撫でながら「お店、辞めないでね。」と釘を刺し「ギン君、可愛いから結構気に入ってるんだよ」とあと付け、VIPルームを出た。一人、取り残された銀二郎は放心状態で、しばらくは息すらも吸えなかった。
「ギン君は、好きなお酒ある? 自由に頼んでね」
そう聞きながら、手酌をしようとする由鶴の手を銀二郎は慌てて止める。けれど、由鶴はそれをやんわりと断り、銀二郎のグラスにもシャンパンを注ぐ。
「恥ずかしながら、お酒はそんなに強くないんです・・・。」
銀二郎が正直にそう言うと、由鶴はシャンパンを注ぐ手を止めた。
「なんだ、そうだったのか。じゃあ、これは私が一人で飲んでも良いってことかな?」
由鶴は銀二郎のグラスを取り上げると、こくこくと飲み干した。気を使わせてしまった・・・。少し落ち込んでいると、何飲みたい?とソフトドリンクのメニューを見せてくれる。
これが・・・大人の余裕・・・・・・。
注文したオレンジジュースがすぐに届く。持ってきてくれたバニーの女の子にお礼を言って、受け取る。緊張しているのか喉が渇いて、銀二郎はゴクゴクと勢い良く飲んだ。その様子を由鶴がじっと眺める。見られていたことに驚いて、いつものように顔が熱くなるのを感じた。
「落ち着いた?」
「は、はいっ」
おどおどとした銀二郎の態度に由鶴はクスクスと笑う。
けれど、その楽しそうな雰囲気は一瞬にして剣呑な雰囲気に変化した。
「さぁ、そろそろ本題に入ろうかな。」
先程までとは打って変わり、冷たい視線が向けられる。
何とも言えない空気に背中がゾクリとした。
「ほ、本題、ですか?」
「そうだよ、ギン君。いや、佐野銀二郎くん。」
「・・・・・・・・・え?」
今、本名で呼ばれた?
僕、この人に名前教えたっけ?
いやいや、絶対教えてない。
わざとらしく、フルネームで銀二郎を呼んだ由鶴は口元に微笑を浮かべる。けれど、その目は一切笑っていなかった。
背中に冷や汗が伝う。
考える間もなく、由鶴は話を続ける。
「私は、三本木由鶴。」
「さん、ぼん、ぎ」
聞き慣れた名前だ。
何度も何度も耳にした、口にした名前。
「私は、あの子の・・・蓮の父親だ。蓮は母親似だからね、気が付かなかったかな?」
一体どういうことだ。
何故、蓮くんのお父さんが僕のことを知っているんだろう。
それに・・・っ。
「なんで、お店に、、知ってたんですか?」
今日が初日のはずで、店長以外は誰も知らないはずなのに、どうして!銀二郎は、その他諸々をすっ飛ばして思わず聞いた。
「ああ、それは偶然。気に入ってる店なんだ。よく来ていてね。君のこと、よく調べさせて貰ったから、すぐに分かったよ。いずれは会おうと思っていたから、手間が省けて良かった。」
鼻にかけるようなクツクツとした笑いを絡ませながら、由鶴は言った。
「調べたって、なんで」
「んー?わかるだろう、可愛い息子に変な虫が付いてちゃ困るんだよ。言ってる意味分かるね?」
深い谷底に落とされたような気分だ。
真っ黒い闇に包まれていく。誰も咎める人などいない、どこか心の中で信じて疑わなかった。でも、そんなわけがなかった。セフレなどという爛れた関係の挙げ句、蓮も男で自分も男。
「蓮との関係を終わらせなさい。分かったね?」
いつか終わりが来ることを覚悟していたはずなのに。
・・・・・・・・・。
直ぐに返事をできずにいると、由鶴は追い打ちをかけるように言った。
「まさか君がこんなところで働いているなんてね。本当に、よく似合ってると思うよ、バニーちゃん。」
耳元で囁くように、静かに脅される。
「・・・・・わかりました。れ・・・息子さんとの関係は、終わりに、します。申し訳ありませんでした。」
深々と頭を下げて謝罪をする。
自分で声に出せば現実味を増す。
言葉が喉に引っかかって上手く出なかった。
銀二郎の言葉を聞くと、由鶴は満足げに笑顔を作った。よしよしと銀二郎の頭を撫でながら「お店、辞めないでね。」と釘を刺し「ギン君、可愛いから結構気に入ってるんだよ」とあと付け、VIPルームを出た。一人、取り残された銀二郎は放心状態で、しばらくは息すらも吸えなかった。
0
お気に入りに追加
201
あなたにおすすめの小説
ハッピーエンド
藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。
レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。
ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。
それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。
※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
桜吹雪と泡沫の君
叶けい
BL
4月から新社会人として働き始めた名木透人は、高校時代から付き合っている年上の高校教師、宮城慶一と同棲して5年目。すっかりお互いが空気の様な存在で、恋人同士としてのときめきはなくなっていた。
慣れない会社勤めでてんてこ舞いになっている透人に、会社の先輩・渡辺裕斗が合コン参加を持ちかける。断り切れず合コンに出席した透人。そこで知り合った、桜色の髪の青年・桃瀬朔也と運命的な恋に落ちる。
だが朔也は、心臓に重い病気を抱えていた。
明け方に愛される月
行原荒野
BL
幼い頃に唯一の家族である母を亡くし、叔父の家に引き取られた佳人は、養子としての負い目と、実子である義弟、誠への引け目から孤独な子供時代を過ごした。
高校卒業と同時に家を出た佳人は、板前の修業をしながら孤独な日々を送っていたが、ある日、精神的ストレスから過換気の発作を起こしたところを芳崎と名乗る男に助けられる。
芳崎にお礼の料理を振舞ったことで二人は親しくなり、次第に恋仲のようになる。芳崎の優しさに包まれ、初めての安らぎと幸せを感じていた佳人だったが、ある日、芳崎と誠が密かに会っているという噂を聞いてしまう。
「兄さん、俺、男の人を好きになった」
誰からも愛される義弟からそう告げられたとき、佳人は言葉を失うほどの衝撃を受け――。
※ムーンライトノベルズに掲載していた作品に微修正を加えたものです。
【本編8話(シリアス)+番外編4話(ほのぼの)】お楽しみ頂けますように🌙
※お気に入り登録やいいね、エール、ご感想などの応援をいただきありがとうございます。励みになります!((_ _))*
キミの次に愛してる
Motoki
BL
社会人×高校生。
たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。
裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。
姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。
幼馴染から離れたい。
June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。
だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。
βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。
誤字脱字あるかも。
最後らへんグダグダ。下手だ。
ちんぷんかんぷんかも。
パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・
すいません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる