【本編完結】君に都合のいい体

セイヂ・カグラ

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28話 対抗心

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 銀二郎が悟に連れてこられたのは、大学近くのゲームセンターだった。集中しないとそれぞれの曲を聞き取ることのできない機械音が騒音に感じたが、すぐに慣れてどの音もただの雑音として処理される。銀二郎は辺りを見回して、キラキラと光る電飾やガラスケースに閉じ込められたキャラクターたちを見る。

「久しぶりに来た・・・」
「そうなの?」
「うん、高校生以来かも」

 ゲームセンターは、それなりにお金のかかる遊びだ。バイトをしながら自分なりに学費を貯めていた、あの頃の自分にとっては、贅沢なものだった。
 悟が両替機に五千円札を入れる、シュレッダーにかけられたみたいに百円玉が落ちてきた。悟に続いて銀二郎も千円札を両替機に入れて百円玉にする。

「クレーンゲームで、どっちが先に取れるか勝負しようよ!」
 いくつも並ぶクレーンゲームの機会を指差して悟が誘う。銀二郎は、フワフワとした大きなテディベアのぬいぐるみがガラスに閉じ込められているのを見つけ、駆け寄った。
「悟くん、僕、これにするよ。勝負する、ぜったい欲しい」
 真剣な眼差しで銀二郎は言った。

「ふふっ、良いね。じゃー、俺はこっちのにしようかな。先に取れたら、それぞれのお願い何でも一つ叶えるってのはどう?」
 特に興味もないが、てきとうに銀二郎の選んだクレーンゲームの横にあったフィギュアを選んで、悟は碌でもないことを考えた。

 この勝負に勝ち、銀二郎に何を願おうか、と。

「いいよ、負けないからね」
 銀二郎は笑顔で答え、百円玉をつぎ込んだ。悟も銀二郎に合わせて、百円玉を投入する。

 可愛らしいおちゃめな機械音がなり、二人はレバーを引いた。







 
 一体、どれくらい百円玉を機械につぎ込んだだろうか、悟の手元から小銭の重さがどんどん減っていく。ものの数分で、千円分も使ってしまった。

 銀二郎はというと、微調整を何度も繰り返しながちまちまとレバーを動かし、まだ、五百円分残っていた。

 腕の中には、テディベアがすっぽりと収まっている。



「・・・まじかよ」
 
 悟は絶望した。

 そんな悟に銀二郎は少し腰を屈めて、視線を合わせる。

「お願い、聞いてくれる?」

 どこか妖艶に微笑み、小首を傾げる銀二郎に悟は一瞬固まった。すぐに、ハッとして頭が取れそうなほど激しく頷くと、小さく笑われる。 

 な、なんというか、年上のお姉さん・・・いや、違うか、(えっちな)お兄さんに、もてあそばれているみたいで・・・


「悟くん?大丈夫?嫌だったら、やめて良いんだよ」
「!!いえ!全然大丈夫です!!むしろ!お願いします!」

 なんで敬語?と、またクスクス笑われる。わかったよ、と言った銀二郎はテディベアを抱きしめながら、悩みはじめた。


 うーん、どうしようかな。悟くんに、お願い事か。


「あっ!」
 銀二郎は閃いたように顔を上げると
「悟くん、掛け持ちできるバイト先、知らない?できれば、時給の高いところ・・・。」

 悟は少し考え、小さくニヤリと笑った。それなら、とびきり良い店を自分は知っている。

「あるよ」
「ほんと!!」

 銀二郎の純粋さを利用するようで悪いが、悟には最高のタイミングとに欲求を止められそうにない。

 






 帰り際、ガチャを見つけた悟は銀二郎に回してみようと誘った。


「懐かしい!良いね、一回だけやってみようかな」
 
 銀二郎は、数あるガチャを真剣な眼差しで見ていく。そこで、黒板消しのストラップに目が留まる。布の部分が、五種類の色違いになっているようだ。

 僕、ミニチュアに弱いんだよな。

 そう思って、見ていると後ろから腕が伸びてきた。その手は、黒板消しのガチャにコインを入れて、銀二郎の手を取った。

「回して、ぎんじろうくん」

 悟の穏やかな声が、耳元で促す。なんだか無性に恥ずかしくて、耳が熱くなるのを感じた。紛らわすみたいに、ガチャへ手を伸ばす。

 久しぶりの手触りに、また懐かしさを感じる。がらがらと音を立てて、回転していく。カプセルを開けて出てきたのは、布の部分が黒い黒板消しだった。

 やっぱり、手にとって見ると可愛さが増すな、なんて思っていると悟に取り上げられた。

「ぎんじろうくん、スマホかして?」
「?うん、いいよ」

 言われた通りスマホを渡すと、悟は銀二郎のスマホカバーにその黒板消しを取り付けた。

「はい!俺もプレゼント、嫌じゃなかったら付けたままにしておいてくれたら、嬉しいな」
 ニコッと微笑み、付けたストラップを見せ、悟はスマホを返した。そんなふうに言えば、きっと彼は、外せない。

 蓮の黒ウサギと悟の黒い黒板消しが揺れてぶつかる。黒い何かが、胸の内を這い回る感覚に悟は心臓の辺りを押さえ付けた。

 
「悟くんも、回してよ」
「えっ?」
 先程、悟が銀二郎にしたのと同じように、銀二郎は悟の手を取った。ガチャへ、指先を持っていく。

 悟の手が一瞬、躊躇する。
「回して。」
 少し、強制する口調で銀二郎は言った。

 がらがらと音がなり、カプセルが出てくる。開けると、桜色の黒板消しが入っていた。

「悟くんの家って、鍵どんなの?」
「えっと、鍵?、カードだけど」
「そうだよね・・・、うーん、じゃあ。」

 銀二郎は、悟の手持ちバッグに目を付けた。近づいて、金具部分にストラップを通す。

 悟くんのお洒落なバッグに付けるのは、気が引けるけど、今はこれしか思い浮かばない。

 付け終わって、銀二郎は屈めていた腰を上げた。

「おそろい、だね。嫌だったら外してい・・・」
「外さない。外さないよ。」
 銀二郎の言葉を遮って、悟はそう言った。

 ブランド品のバッグの価値や良さなんて、正直全然分からなかった。ただ、それを持っていると、人が集まって、、寂しがりやな自分の心を埋めた。
 
 でも今、そんなバッグに悟は大きな価値を感じた。金額を付けられないほどの価値を。



「嬉しいよ・・・。おそろい、ありがとう」

 震える声を必に死抑えて、悟は笑った。
 
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