クマ族最強の騎士は皇太子に抱かれるお仕事をしています。

セイヂ・カグラ

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剣術担当→閨担当

早朝◯自主稽古とお茶会

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 早朝、ボロルフは悩んでいた。考え事をするとき、ボロルフはよく身体を鍛えるなどして運動をする。今日も一人自室で剣を振りながら身体を鍛えていたが、何とも言えぬ息苦しさにとうとう外に飛び出した。そうして広々とした庭で剣を思うがままに振ると少しだけ胸のモヤが晴れるような気がする。

 今日からレオンハルト様の剣術のお稽古が再開する。閨の仕事を与えられてから数週間ほど休みを宛てがわれていたのだ。ボロルフの仕事は剣術と閨。仕事量の割に給金は相当良い。別にボロルフは金に困っているわけでも、欲しいわけでもないが、ただ求められるままに働いている。昼の数時間に加え、夜も仕事が増えたので閨に就くと同時に騎士団は辞めることとなった。暇といえば暇である。故に、考える時間が増えてしまって、もともと悩みやすい質のボロルフには少しだけ落ち着かない毎日。

「ボロルフ!」
「これは、ミュラ殿」

 大きく手を振り、にこやかに声を掛けてきたのは最近できたばかりの友人。
 ふんわりとした髪と長い尻尾をゆらりゆらりと揺らす儚げな少年は、朝から綺麗だ。

「こんな時間から剣なんて振り回して物騒だねぇ、どうしたの? 日課ってわけじゃないでしょ」
「ええ、いつもは部屋で行っているのですが、今日は天気が良かったので」
「ふぅん…? で、何に悩んでいるの?」

 俺のそれとない話を放り捨て、そんなことはどうでもいいと顎を上げた。本音は? と詰め寄る見透かすような言動にボロルフは驚いた。この子猫には社交辞令や嘘なんてのは通用しないらしい。観念して顔を俯けると、言葉にするには恥ずかしく、そして少しだけ怖いそれを口にしようか黙り込む。そうして、剣を置いた手で指をイジイジと絡めた。大の大男が、騎士団最強の男が情けないばかりだ。

「まっ、お茶でもしようよ。時間あるでしょ」

 庭先のテーブルとイス、暖かな日差しと心地良い風。こんなに早朝から優雅なものだ。
 甘く可愛らしい茶菓子を女中たちがやたらと恭しく持ってきた。
 ミュラ殿は、俺が想像するより身分の高いお人なのかもしれない。
 だとすれば、こんなに馴れ馴れしくして良いものだろうか…。

「気にしないでよ、オレとボロルフは友達だろ」
「…ミュラ殿は、俺の心が読めるのですか?」
「ふふ、そうだと言ったらどうする?」

 いたずらっ子のような表情でミュラ殿が言う。
 俺は、ミュラ殿の質問にしばし考え込んで、口を開いた。

「だとしたら、俺にとって有り難いです」
「ありがたい?」
「俺、感情が出にくいみたいで、話すのも苦手だから良く怖がられたり、誤解を招いたりするので…。その、ミュラ殿が俺のことを分かってくれたら、俺はとても心地良い気がします」

 本心だった。
 本当にミュラに心を読む能力があれば、気が楽になると思う。
 そんなボロルフの答えにミュラは呆気にとられたような顔をした。

「心を読まれて『心地良い』だなんて、はじめてだよ。変な奴」

 いつものにこやかな笑みをひたりと消して、ただ不思議そうに小首を傾げる。
 けれども、また額に笑みを戻して、でも…と言葉を続けた。

「はじめて言われた…。いいなぁ、欲しくなっちゃう」

 良くわからなかったので、ボロルフは特に気にせず、その意味を追うことはしなかった。

 サクサクとした苺のクッキーと香りの良い紅茶を交互に口に入れる。甘いものはそれほど好きではなかったが、このクッキーは甘さが控えめで美味しい。こうしてミュラと話しているうちに先程まで悩んでいたことを少し忘れられた。けれど、それはほんの一瞬のことで、またふとした拍子に思い出してしまう。

「それで悩んでいるのは、またレオンハルト様のこと?」
「そう、です、、」

 そう、ボロルフの悩みは専らレオンハルトのことだ。
 閨の彼を思い出すと、どうにも胸のあたりがモヤ付くのだ。
 あたたかくもなるし、凍えるようなときもある。
 言葉にするのは難しく、自分が何に悩んでいるのかも分からない始末。

「今日もアイツに会うの?」
「いえ、今日は午後に剣術をお教えするので閨はありません」
「そうなんだァ。じゃあ、今日は誰がレオンハルト様の閨に這入るのだろうね?」
「今日は、だれが…」
「兎族は寂しがりやだから毎晩、誰かがいないと死んでしまうだろう? 閨係は君だけじゃない。君がいないのなら君以外の誰かが閨係になる」
「そう、ですね…」

 その通り。レオンハルト様の閨に務める者は何人もいる。閨事に関して聞き込みをした際に何人もから話を聞いた。決して、自分だけではないのだ。

 俺だけが、レオンハルト様に触れられているわけじゃない。
 分かっていたつもりだったけれど、いざ言葉にされると鉛が喉を通ったみたいになる。
 思い浮かぶ昨夜の情景。頭の中でレオンハルト様の優しい指先や声が自分ではない『誰か』に向けられる。そうして妄想の中のレオンハルト様は、相手に柔らかく微笑みかけてキスをする。勝手に想像しておいて、チクチクと痛む胸が苦しくなった。やっぱり俺はおかしくなってしまったみたいだ。

「だからさぁ、オレも寂しくて死んじゃいそうなんだよ。ボロルフ、今夜オレの部屋に来てくれない?」

 どよんと落ちそうになったところを摘み上げられた気分。
 寂しくて死んじゃいそう、なんて言いながらミュラ殿に手をぎゅっと握られた。
 こてりと首を傾げて、上目遣いに見られると何だか小動物を愛でるときのような感覚に陥る。
 ミュラ殿に気をつかわせてしまったのかもしれない。
 ああ、なんてお優しい方なのだろう。

「ありがとうございます。ですが今日は、このようにミュラ殿とお茶ができたので、きっと俺は今夜寂しくありません」

 俺は握られた手を握り返し、同じように首を傾げる。心配をしてくれるミュラ殿にならって回りくどく『大丈夫』だと伝えた。

「君って、やっぱり変わってる」

 ミュラ殿は肩をすくめて笑い、グビグビとお茶を飲み干した。

「かわいいね、レオが君を選ぶわけがわかるよ」

 レオンハルト様のことを『レオ』と親しげに呼び呟いたミュラは甘そうなケーキを頬張りながら鳥を目で追った。その瞳はレオンハルト様と似た美しい紅。思えば、珍しい瞳の色。何か引っかかるような気がしたが、ボロルフは考えるのを放棄した。

 今は、この穏やかなお茶会を楽しみたかったから。

 ゴーーン、ゴーーン

 時間はあっという間に過ぎ、昼前の鐘が鳴る。
 ボロルフは慌てて立ち上がり、ミュラに挨拶をして駆け出した。これから剣術の稽古がある。
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