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パン屋と最推しと俺

24話

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 接吻キスと乳首責めでトロトロにされてしまった。
 
 あれよあれよと脱がされ流されながら「コイツ、やっぱり手慣れてやがるな」と思う。当たり前だ。ユージーンは、国宝級…、いや王子級イケメンだ。そんな男が何故、メソのようなド平凡、ましてや喋りもしないつまらん陰キャにご興味を示したのかは謎である。

 はて、そういえば。
 彼は感のいい男だ。もしかして、もしかしなくとも俺を貴族だと見抜いていたりして…。そんで、俺から金を巻き上げようと……。思い出してみれば、酔いどれの口でユージーンは俺にいつもこのようなことを言っていた。

「なんだか不思議だなぁ、メソくんには何と言うか品がある」
 だの
「ナイフとフォークの使い方が上手いよね。何を食べても仕草が綺麗だもの」
 だの
「メソくんは、いつも服が綺麗だよね」
 だのと、ぎくりとするようなことを言う。

 最近では、「メソくんは、どんな仕事をしているの?」と聞かれ、正直酷く焦った。この国は、初等教育までは無償で受けられるが中等教育以降は優秀生を除いて有償。貴族や富豪商人以外のほとんどの子どもたちは初等教育を終えると働き始める。しかし、下手な嘘をついても仕方ないので学生であることを告げた。すると、ユージーンは「メソくんは、お坊ちゃんなんだな」と笑った。それは決して嫌味な感じではなく、朗らかな会話の一部だったので、とくに気にしてはいなかった。そうして、いよいよ酔ってくると「メソくんは、やっぱりただの平民じゃないんでしょ」と言って問い詰めるように、ねぇ、どこから来ているの?家はどこ?名字があったりするの?友達は何人いる?どんな人?どんな勉強しているの?などと、どんどん突っ込んでくる。俺がそれを適当に返したり、のらりくらり避けたり流したりすると、ユージーンは決まって子犬のような顔をする。俺の好みの顔が、眉を下げてさみしそうにするものだから、胸が痛くなる。それにユージーンとは、前世の時の数少ない友人のように、気兼ねなく接することができて楽しかった。だから貴族だと知られて関係が変わるのが嫌だった。貴族同士だと、何となく誰とでも距離ができる。階級が違えば、上下関係ができてしまうし…、貴族のこどもたちの関係性は政治などのあらゆることに直接的に絡みやすい。そう言う意味で我々は、とても慎重なのだ。相手の好意的な態度に意図が含まれていないか、常に疑心暗鬼。だからユージーンといられる時間は、とても心地良い。俺にとって大切な時間。

「メソくんは、秘密ばっかりだなぁ…」

 だが、質問攻めに俺が本気で困ると、そう言って、はにかんで「ごめんね。知りたくなっちゃうんだ、メソくんのこと。」と首をこてんっと少し傾ける。そういうユージーンは、たまらなく可愛いのだ。だから、隠していることに罪悪感も増してくる。でも、この関係が心地良いから壊したくない。彼がたとえ俺の金目当てだとしても…、いやきっとそんなはずはない。ただ俺は、どうしようもなくワガママで、彼との時間が好きなんだ。

 いつからか、自然と受け入れるようになったユージーンの接吻。頭の中が溶けるような、甘い甘いそれにどうしようもなく夢中だった。もしかして、これが恋というものなんじゃないだろうか?と思いはじめた頃。ユージーンが接吻よりも先を求めてきた。オレは割と何でも楽しさや快楽に流されがちだ。しかし、こういう時になって妙に冷静さが湧いてきた。すっかり忘れていたが俺は貴族だ。それも、貴族の中でも上流階級の一人息子。将来必ず、それなりの貴族と結婚をする。それは、ただの結婚ではなく、多くの意図を含んだ結婚となるだろう。そう、俺は貴族。ここに来るのも、深夜に屋敷を抜け出して来ている。もしもこのまま関係を結んでしまったら、それがバレてしまったら、彼は一体どうなるのだろうか…。そう考えると怖気付いてしまった。

 微量の魔力を込めて力いっぱいに肩を押し返すと、ユージーンは驚いた顔をした。その瞬間の表情は傷ついた様子じゃなかった気がする。でも、そのあとすぐにユージーンは悲しい顔をした。またも、眉を下げて子犬のような表情で「ごめん…」と言われ俺も慌ててしまう。俺も、ユージーンの手に「ごめんなさい」と書いて謝った。するとユージーンは、ぎゅっと俺を強く、けれども優しく抱きしめてくれる。

「ごめん、焦って先走った…。大事にしたいのに」

 美形がしょんぼりしたときの破壊力、やばい…。
 なんてぼんやり思いながら、これからのことを考える。
 もう、ユージーンに会うために此処に来るのは、おしまいにしなければならないかもしれない。
 またパンを買うためだけに早朝のパン屋に並ぶ日々に戻る。
 そう考えると、今までの楽しかった時間を思い出して、ぼんやりと視界が歪んだ。
 俺も、しがみつくように強く抱きしめ返す。

「…っ、もう、来ないなんて言わないでよ」

 俺は何も言っていないのに、ユージーンがそう言う。それで、俺は何も返さず俯いた。

「また、来週もこの時間で待っているから…。お願い、メソ…、会いたい」

 俺の頬を優しく撫でて、泣きそうな顔でユージーンが視線を合わせる。気がついたら、俺の頬にもぬるい涙が伝っていた。それは、ユージーンの冷たい手に流れていく。

 俺は、それに返すことはしなかった。ただ、ユージーンを嫌になったわけじゃないのだと伝えたくて、俺の方から接吻した。すると、ユージーンの目は驚いたように見開かれ、唇は薄く笑みを浮かべた。あの恐ろしく美しい王子様によく似た顔だった。あまりに似ていて一瞬ドキリとしたが、彼の表情はまたすぐに寂しげで優しいものになっていた。

 
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