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パン屋と最推しと俺

18話 神とモブ

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 ついに完成した…、俺の傑作。
 
 柔らかな素材でできた、可愛らしい桃色ピンクのやや長い楕円と同じ色のノック式ペンを眺める。我ながら素晴らしい出来栄えだ。前世の記憶と己の想像力により王道でありながら斬新。独りきりのこの部屋でつい口角が緩んでしまう。長いこと殺してきた表情筋は、メソの顔に不気味な笑みを作り上げた。

 数週間前、最推しの王子ユピテル様から承った令。それは『ユピテル様の閨を楽しませるものを作る』というものだった。それを聞いて俺の頭には、迷いなくすぐに一つの妙案が浮かび上がった。そうして、すぐに制作へと取り掛かった。様々な素材を集め、試行錯誤すること1週間。ユピテル様がどれほど待ってくれるのか分からないので、かなり焦りながらの制作となった。睡眠時間を削りながらやっとの思いで作り上げた玩具オモチャ。本当にメソの頭の良さには心の底から感謝している。

 この玩具は、2つある。一方は試作品で、もう一方がユピテル様専用であるからだ。この玩具は、どうしてもユピテル様専用にしたかったので、使用者(今回の場合は、ユピテル様)の魔力を流して完成するという構造になっている。そうしてユピテル様にしか扱えないという特別感を演出すると言う訳だ。我ながら天才的としか言いようがない。

 さて、完成したものをすぐにユピテル様へ渡したいところだが、そうはいかない。
 作ったものは必ず自分で試すこと。これは、発明家における鉄則とも言えるだろう。
 まぁ、俺の作ったものが失敗することなどまずないがな!

 そんなわけで、この玩具…『遠隔ローター』を試したいわけだが。問題は試作品を誰と試すのか、ということ。この遠隔ローターちゃんは、ひとりで試すことはできない。ローターを挿入して反応や感覚を試す人間とノック式ペン型のスイッチを押し魔力を送る人間がいなければ成り立たない玩具なのだ。すぐに思い浮かんだのは双子様のどちらかだったが、前回の実験に加え、今回の事故、ユピテル様ときて、こんなものを作っていたなどと発覚すれば…。なんとなく2人の反応は想像できる。ここ数週間、夜な夜な何をしているのか、問い詰められることもしばしば。その度に「王子からの密的な頼みなので言えません」と誤魔化している。ただでなくても、最近の俺の生活サイクルが気に食わない様子のお二人だ。このことは、なるべく知られないようにしておきたい。

 となると、一体誰にこの試作をお願いすべきなのか…。








▽翌日▽



 『完成いたしました。お納めください。』

 紙に書いた文字をユピテル様に見せ、出来上がった『遠隔ローター』を渡す。
 街まで行って、この玩具に見合う箱を探し出してきた。
 似たような色の桃色のガラス箱を見つけた時は、とても感動した。
 おまけにサイズもぴったりで、布に包んで隠しリボンをかければ上等な品に見える。
 この全てに全身全霊、俺のこだわりが詰まっている。
 最推しに頼まれて、最推しに手作りのものを渡せる日が来るなんて!
 そもそも、目を合わせて話しかけていただけている時点で天に召されそうだ。
 好きすぎるあまり、もう関わりたくないとすら思う。
 いや、やっぱりもっと声を聞いていたい。
 もっと近くでお顔を見ていたい。
 眠る姿や怒った顔、閨での姿だって…。
 ああ、いけないっ!いけないワッ!
 こんなっ、破廉恥な妄想なんてしてはイケナイワッ!

「ああ、まだ声が戻らないんだ。術を掛けた奴は、大したものだね」

 俺の差し出したガラスの箱をさぞつまらなそうに受け取ったユピテル様は、文字を書いた紙を読んでそう言った。つまらなそうな顔にキュンキュンしながらも、反応を待つ。けれどもユピテル様が箱を開ける気配はない。そして、中身がどんなものであるか問うてくる様子もない。一応、使い方の紙は、箱に入れてある。それでも何か一言でもいただけないかと、もじもじとする。しばらく待ってみるが、そのうちユピテル様は他のご令息たちとの会話をはじめてしまった。よもや今すぐ使ってくれるのではないかと期待もした。他のご令息に邪魔だという視線を送られながら、ユピテル様の反応を黙って待った。しばらくして、ユピテル様が顔を上げてこちらを見た。

「ん? 君、まだ居たの?」

 えっ、その、だって、その、少しでいいから、い、今使わずとも、こう、使い方とか…ね?

「もういいよ、本当に作ってくるなんて思わなかったし」

 そう言ってユピテル様は、遠隔ロータの入ったガラス箱をポンと適当にソファーに置いて、また御令息とのお話をはじめられた。それを横目に見た御令息のひとりが、それに手を伸ばした。

「これはなんですかぁ?」
「知らぬ、冗談を真に受けられたのだ。欲しいのなら君にあげるよ」
「えぇ~、彼が、まだそこにいるのにそんなこと言っては可哀想ですよぉ」

 心臓が馬鹿みたいに騒ぐ。
 ドッドッドッと激しく音を立てて身体中を熱くさせた。
 ああ、そうだ。俺の最推し様は、このようなお人なのだ。
 人間として最低と言えるくらい、クズで、たらしで、股の緩いメス好き。
 楽しいことだけを望み、欲望のままに生き、不愉快であれば簡単に消す。
 そんな、そんな、最低で最高のお人。

「あ~あ、あの子、ふらふら出ていっちゃいましたよぉ?」
「相当、ショックだったんじゃなぁい?かわいそぉ~w」

 期待をしてはいけなかったのだ。
 ユピテル様がほんの少しでも自分に興味があるなどと思ってしまった。
 そんなのは、大変なおごりである。
 俺のようなモブを神が気に留める訳が無い。

 あぁ…、まずい、興奮が抑えられないッ。
 この感じ、この感じが俺は好きで好きでたまらないんだッ!
 
 悦びに震える身体を抱きながら、ツーンと痛む鼻を手で覆う。
 いつの間にか、鼻からは血がタラタラと溢れていた。
 メソは、顔を真っ赤にしながら、恍惚とした表情でふらふらと学園を彷徨った。
 ああ、どうにかこの興奮と喜びを抑えなくては……。




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