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本編
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しおりを挟む「えっ…、司? 何してんの?」
何も隠せていない。
ベッドの上で上裸の男とTシャツと下着を身に着けただけの男。
玩具やローションが転がっており、誰がどう見たって、男同士でそういうことをしていたと分かってしまう。
奏の引き攣った顔に、司は力なく項垂れた。
見られた、最悪だ。
絶対嫌われた、引かれた。
必死に守り続けたモノは、こんなにも呆気なく崩れ終わってしまうのか。
「ツカサくん、大丈夫?」
心配そうに覗き込むミネに、司は首をふるふると横に振った。
デリヘルなんて呼ばなきゃ良かったなどと、後悔しても仕方がない。
ミネという青年は、想像以上に良い人間だったし、自分は本当に男しか愛せないのだという確信も得た。
だから…、これはきっと必然。
「ねぇ、アンタ誰?」
奏が一言、ミネに向かって放った。
低く、冷たい声だった。
「えーー、っと…。」
「司、コイツ誰?」
「…………。」
「オレに言えないような関係なわけ?」
今まで見たこともない冷たい瞳をした奏が、不格好に口の端を持ち上げた笑みをこちらに向けてくる。司は、段々と荒くなる呼吸を必死に抑え込んだ。黙り込むツカサの手をミネがぎゅっと力強く握りしめる。まるで、大丈夫だと言ってくれているみたいで、ほんの少しだけ安堵した。
「君こそ、一体誰なの? ツカサくん、一人暮らしだよね。なんで、勝手に部屋に上がって来てるのかな?」
「はぁ? 合鍵受け取ってるからだけど? てかアンタ、司に何してるわけ。触ってんじゃねぇよ。」
口調の荒い奏なんて、あまり見たことがない。もしかして、俺がミネさんに酷いことされたって勘違いしているのだろうか。ズンズンと前進してきた奏は司の手を握るミネの腕を掴み、引き離す。乱暴な手付きに司は慌てて奏の腕を掴んだ。
聞こえるか、聞こえないか、そのくらい小さな声で司は答えた。
「失恋したんだ。俺、男が好きなんだよ。騙してたつもりじゃない。けど…、ごめん…。」
「司……っ。」
「ツカサくん。」
心配そうに顔を覗き込むミネに、へらりと笑って「ありがとう」と告げる。どこまでも優しいミネ。迷惑かけて、困らせちゃったな。友人になれたら良いのにとすら思った。とりあえず、ミネを先に帰らせることにする。ミネは何度も、本当に帰っても大丈夫なのか?と聞いてきたが、これ以上迷惑は掛けられない。出会って数時間の男の事情にそこまで親身になってくれるとは、とんだお人好しだ。そんな彼のポケットにこっそり2時間分ほどの追加料金を忍ばせる。変なことに巻き込んでしまったことと側にいてくれたお礼を兼ねて。
「ツカサくん、ちゃんと彼と話したほうが良いよ。」
「ありがとう、でももう良いんだ。」
「君の『忘れたい人』って彼でしょ?」
「えっ…。」
「カウンセリングのアンケートに書いてあった。」
ニヤリと笑ったミネは不意打ちに少し長めのハグをしてきた。
「……っ!」
そして、背後に回した手の指先を尻の谷間に入れ込み、クンッと持ち上げるみたいに悪戯して「おお、怖ぁ…。」と笑った。
「ゆっくり話しなね。さみしくなったら、また呼んで? お話し聞かせてよ。じゃあ、十分楽しませて貰ったし、帰るね。」
気が付くと、さっきミネのポケットに忍ばせたはずの追加料金が手の中に戻ってきている。俺は、呆気にとられながら礼を言って手を振り、ミネを見送った。軋む音を立て、ドアがしまっていく。ドアの隙間から漏れた電柱の光が見えなくなるのと同時に、腕を引かれた。二の腕を掴む、奏の手が痛いぐらい強い。緊張からだろうか、汗が滲む。
「奏も、帰れよ。気持ち悪いだろ? もう来なくて良いから。全部無かったこと……に…。」
「できるわけないだろ。説明してよ。」
全部無かったことにしてくれ、言い終えるよりも先に奏の声が被る。腕を掴む力が先程よりも強くなって、冷ややかな眼光が司を射抜く。じっと視線を合わせ続ける奏に、司も負けじと目を合わせた。
「司を振った男って、どんなやつ? ねぇ、オレの知らないところで、今まで何人の男と寝てきたの?」
「は…?」
「失恋したって言ってたし、さっきの男、恋人じゃないよね? もしかして、そういう相手が何人もいるのかな。セフレのうちの一人? 司、男に抱かれて悦んでるんだ。」
「ちが……っ!」
耳を塞ぎたくなるような言葉だった。
ずっと好きだった男。
奏の口からは絶対に聞きたくないと恐れている言葉を紡がれるのではないか、どくどくと心臓が嫌な音を立てる。
「気持ち悪い。」そんな言葉を吐かれるのではないか…。
怖い、嫌われたくない。
一生親友でも良いから、できるだけ長く側にいたかった。
「違う? ははっ、司さ、気づいてないの? お尻、濡れて下着シミになってるよ。」
ビクッと身体が強張る。それと同時に、バッと勢いよく腕を振り、奏の拘束から逃れた。無意識にそっと、確認するが布の濡れた感触はない。騙された…。司のその動作に、奏の張り付いたみたいな笑顔が消え、代わりに不愉快そうな表情を浮かべる。
「さっきの質問、ちょっと変えようか。司、今まで何人に抱かれてきたの?」
どうして、そんなことを聞くんだ?
何のために?
わからない、どうして帰ってくれないのだろう。
俺が黙り込んでいると、突如として強い力で身体を床へと押し付けられた。突然、視点が奏から天井に変わり、自分の巨体が床に叩きつけられたドンッ!という大きな音と、瞬時に背中を走った痛み。奏は藻掻く司の両腕を押さえ付けると、腹の上に跨り馬乗りになった。相手は、自分よりも華奢な奏だ。逃げることなんて簡単なはずなのに、混乱と恐怖に竦んで身動きが取れない。
「ずっと、一緒にいたのに。」
「ひゅ…っ」と息を飲んだのは、どちらだっただろう。
瞬きをするのも忘れて、見開かれた司の視界がぼんやりと歪んでいく。
頬を涙がハラハラと伝って、耳に落ちる。
ひどく、長い時間、呆然と泣いていたような気がする。
荒い呼吸で、胸が上下しているのを遠くに感じた。
しばらくすると、捕らえていた拘束が解け、自由になった腕で司は涙を拭った。
拭っても拭っても、涙が溢れてくる。
涙と一緒に、嗚咽を含んだ声が震えながら溢れた。
「もう、これ以上、何も聞くな…。このまま全部無かったことにしてくれ……。出会ったことも、親友だったことも、ぜんぶ、ぜんぶ、全部無かったことに……してくれて良い…、だから……。」
だから、もう俺に構わないで。
俺の前から居なくなってくれ…。
そう、言いたかった。
けれど、そんなことを言えるほど、この恋は短くない。
ただ、奏に忘れてくれと頼むことしかできなかった。
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