デリヘルで恋を終わらせたい。

セイヂ・カグラ

文字の大きさ
上 下
4 / 10
本編

3

しおりを挟む

「えっ…、司? 何してんの?」

 何も隠せていない。
 ベッドの上で上裸の男とTシャツと下着を身に着けただけの男。
 玩具やローションが転がっており、誰がどう見たって、男同士でそういうことをしていたと分かってしまう。
 奏の引き攣った顔に、司は力なく項垂れた。
 見られた、最悪だ。
 絶対嫌われた、引かれた。
 必死に守り続けたモノは、こんなにも呆気なく崩れ終わってしまうのか。

「ツカサくん、大丈夫?」

 心配そうに覗き込むミネに、司は首をふるふると横に振った。
 デリヘルなんて呼ばなきゃ良かったなどと、後悔しても仕方がない。
 ミネという青年は、想像以上に良い人間だったし、自分は本当に男しか愛せないのだという確信も得た。 
 だから…、これはきっと必然。

「ねぇ、アンタ誰?」

 奏が一言、ミネに向かって放った。
 低く、冷たい声だった。

「えーー、っと…。」
「司、コイツ誰?」
「…………。」
「オレに言えないような関係なわけ?」

 今まで見たこともない冷たい瞳をした奏が、不格好に口の端を持ち上げた笑みをこちらに向けてくる。司は、段々と荒くなる呼吸を必死に抑え込んだ。黙り込むツカサの手をミネがぎゅっと力強く握りしめる。まるで、大丈夫だと言ってくれているみたいで、ほんの少しだけ安堵した。

「君こそ、一体誰なの? ツカサくん、一人暮らしだよね。なんで、勝手に部屋に上がって来てるのかな?」 
「はぁ? 合鍵受け取ってるからだけど? てかアンタ、司に何してるわけ。触ってんじゃねぇよ。」

 口調の荒い奏なんて、あまり見たことがない。もしかして、俺がミネさんに酷いことされたって勘違いしているのだろうか。ズンズンと前進してきた奏は司の手を握るミネの腕を掴み、引き離す。乱暴な手付きに司は慌てて奏の腕を掴んだ。

 聞こえるか、聞こえないか、そのくらい小さな声で司は答えた。

「失恋したんだ。俺、男が好きなんだよ。騙してたつもりじゃない。けど…、ごめん…。」
「司……っ。」
「ツカサくん。」

 心配そうに顔を覗き込むミネに、へらりと笑って「ありがとう」と告げる。どこまでも優しいミネ。迷惑かけて、困らせちゃったな。友人になれたら良いのにとすら思った。とりあえず、ミネを先に帰らせることにする。ミネは何度も、本当に帰っても大丈夫なのか?と聞いてきたが、これ以上迷惑は掛けられない。出会って数時間の男の事情にそこまで親身になってくれるとは、とんだお人好しだ。そんな彼のポケットにこっそり2時間分ほどの追加料金を忍ばせる。変なことに巻き込んでしまったことと側にいてくれたお礼を兼ねて。

「ツカサくん、ちゃんと彼と話したほうが良いよ。」
「ありがとう、でももう良いんだ。」
「君の『忘れたい人』って彼でしょ?」
「えっ…。」
「カウンセリングのアンケートに書いてあった。」

 ニヤリと笑ったミネは不意打ちに少し長めのハグをしてきた。

「……っ!」
 
 そして、背後に回した手の指先を尻の谷間に入れ込み、クンッと持ち上げるみたいに悪戯いたずらして「おお、怖ぁ…。」と笑った。

「ゆっくり話しなね。さみしくなったら、また呼んで? お話し聞かせてよ。じゃあ、十分楽しませて貰ったし、帰るね。」

 気が付くと、さっきミネのポケットに忍ばせたはずの追加料金が手の中に戻ってきている。俺は、呆気にとられながら礼を言って手を振り、ミネを見送った。軋む音を立て、ドアがしまっていく。ドアの隙間から漏れた電柱の光が見えなくなるのと同時に、腕を引かれた。二の腕を掴む、奏の手が痛いぐらい強い。緊張からだろうか、汗が滲む。

「奏も、帰れよ。気持ち悪いだろ? もう来なくて良いから。全部無かったこと……に…。」
「できるわけないだろ。説明してよ。」

 全部無かったことにしてくれ、言い終えるよりも先に奏の声が被る。腕を掴む力が先程よりも強くなって、冷ややかな眼光が司を射抜く。じっと視線を合わせ続ける奏に、司も負けじと目を合わせた。

「司を振った男って、どんなやつ? ねぇ、オレの知らないところで、今まで何人の男と寝てきたの?」
「は…?」
「失恋したって言ってたし、さっきの男、恋人じゃないよね? もしかして、そういう相手が何人もいるのかな。セフレのうちの一人? 司、男に抱かれて悦んでるんだ。」
「ちが……っ!」

 耳を塞ぎたくなるような言葉だった。
 ずっと好きだったひと
 奏の口からは絶対に聞きたくないと恐れている言葉を紡がれるのではないか、どくどくと心臓が嫌な音を立てる。
「気持ち悪い。」そんな言葉を吐かれるのではないか…。
 怖い、嫌われたくない。
 一生親友でも良いから、できるだけ長く側にいたかった。

「違う? ははっ、司さ、気づいてないの? お尻、濡れて下着シミになってるよ。」

 ビクッと身体が強張る。それと同時に、バッと勢いよく腕を振り、奏の拘束から逃れた。無意識にそっと、確認するが布の濡れた感触はない。騙された…。司のその動作に、奏の張り付いたみたいな笑顔が消え、代わりに不愉快そうな表情を浮かべる。

「さっきの質問、ちょっと変えようか。司、今まで何人にの?」

 どうして、そんなことを聞くんだ?
 何のために?
 わからない、どうして帰ってくれないのだろう。

 俺が黙り込んでいると、突如として強い力で身体を床へと押し付けられた。突然、視点が奏から天井に変わり、自分の巨体が床に叩きつけられたドンッ!という大きな音と、瞬時に背中を走った痛み。奏は藻掻く司の両腕を押さえ付けると、腹の上に跨り馬乗りになった。相手は、自分よりも華奢な奏だ。逃げることなんて簡単なはずなのに、混乱と恐怖に竦んで身動きが取れない。


 
「ずっと、一緒にいたのに。」
 


「ひゅ…っ」と息を飲んだのは、どちらだっただろう。
 瞬きをするのも忘れて、見開かれた司の視界がぼんやりと歪んでいく。
 頬を涙がハラハラと伝って、耳に落ちる。
 ひどく、長い時間、呆然と泣いていたような気がする。
 荒い呼吸で、胸が上下しているのを遠くに感じた。
 しばらくすると、捕らえていた拘束が解け、自由になった腕で司は涙を拭った。
 拭っても拭っても、涙が溢れてくる。
 涙と一緒に、嗚咽を含んだ声が震えながら溢れた。

「もう、これ以上、何も聞くな…。このまま全部無かったことにしてくれ……。出会ったことも、親友だったことも、ぜんぶ、ぜんぶ、全部無かったことに……してくれて良い…、だから……。」

 だから、もう俺に構わないで。
 俺の前から居なくなってくれ…。

 そう、言いたかった。
 けれど、そんなことを言えるほど、この恋は短くない。
 ただ、奏に忘れてくれと頼むことしかできなかった。





しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

知らないうちに実ってた

キトー
BL
※BLです。 専門学生の蓮は同級生の翔に告白をするが快い返事はもらえなかった。 振られたショックで逃げて裏路地で泣いていたら追いかけてきた人物がいて── fujossyや小説家になろうにも掲載中。 感想など反応もらえると嬉しいです!  

【完結・短編】もっとおれだけを見てほしい

七瀬おむ
BL
親友をとられたくないという独占欲から、高校生男子が催眠術に手を出す話。 美形×平凡、ヤンデレ感有りです。完結済みの短編となります。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

片桐くんはただの幼馴染

ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。 藤白侑希 バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。 右成夕陽 バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。 片桐秀司 バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。 佐伯浩平 こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け 《あらすじ》 高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。 桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。 蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

処理中です...