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第三章
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「遂にな」
「戦争は近いか」
「何かあればすぐに起こる」
彼は言った。
「いいか、同志スターリン」
「うむ、同志アターナフ」
ここでお互いの名前を言い合うのだった。
「そろそろ君もこの街を去る時かも知れない」
「そしてペテルブルグでか」
「この街でやるべきことはもう終わったのではないのか?」
「そうだな」
そのスターリンと呼ばれた男はアターナフの言葉に頷いた。
「資金調達も上手くいったしな」
「それについて同志の右に出る男はいないな」
「そうしたことなら任せてくれ」
スターリンはこう言ってにやりと笑ってみせたのだった。まるでそれこそが自分の専門分野だと言わんばかりの笑みであった。
「馬車を狙うのにはコツがあるからな」
「コツがか」
「そうさ。もっともそれを覚えるのは楽じゃない」
言いながらココアを飲む。それを飲みながら言うのであった。
「少しやり方があるんだよ」
「そうなのか」
「そうさ。ところで」
ここで話を変えてきたスターリンだった。
「この店はどれも美味いな。ロシアにいた頃はこんな美味いものを味わったことがなかった」
「そうだな。そういえば君の生まれは」
「ああ、グルジアだ」
そこだというのである。
「このウィーンとは比べ物にならない。貧しい場所さ」
「そうだったな。あそこは特に」
「それが今ではウィーンでこんな美味いものを飲んでいる。人はわからないものだ」
スターリンの言葉はしみじみとしたものになった。
「そして神学校を中退して今は革命家か、私も」
「そうさ、我々は革命家だ」
アターナフもこのことは誇っていた。
「その我々がロシアを革命の聖地とするのだ」
「そうだな。そして世界を共産主義で覆い尽くす」
スターリンも彼に応えた。そうして不敵に笑ってこうも言ったのだった。
「そして私は」
「君は?」
「いや、何でもない」
ここでは己の言葉を引っ込めたのだった。
「何でもない。それでだ」
「行くか」
アターナフは彼に店を出ることを勧めた。
「ウィーンに集まっている同志達との会合の時間だ」
「そうだな。行くとしよう」
その言葉に頷くスターリンだった。そうして彼等は店を出る。そのままウィーンの街を歩くのだった。
ヒトラーとオスカーも同じだった。彼等は今そのチョコレートが美味い店に向かっていた。青いドナウ川が流れるこの街は四角く窓が並列して設けられている白や赤の建物、それに神々の像や金の装飾があちこちにある。しかしヒトラーはその全てにいいものを感じていなかった。その不機嫌で気難しい顔で見ながら言うのであった。
「ベルリンに行きたいものだ」
「ベルリンにかい」
「そしてバイロイトに」
ワーグナーの作品が上演される場所である。彼はそこも口にするのだった。
「行きたいものだ」
「バイロイトにかい」
「ああ、あそこに毎年行ければそれで幸せだ」
それだけでいいというのだった。
「僕は別にお金には興味はないしね」
「そういえば君は無欲だね」
オスカーは彼のその特性を知っていた。
「本は好きだけれど」
「別に必要ないじゃないか。そんなものは心の前には何の意味もない」
こう言うのである。
「芸術の前にはそんなものは何の意味もないさ」
「だからかい」
「そうさ。それでだけれど」
友人に顔を向けてさらに話すヒトラーだった。ウィーンのその石畳の上を歩きながら。
「そろそろその店だったね」
「ああ、そうだね」
「さて、楽しみだね」
チョコレートを前に微笑む彼だった。
「戦争は近いか」
「何かあればすぐに起こる」
彼は言った。
「いいか、同志スターリン」
「うむ、同志アターナフ」
ここでお互いの名前を言い合うのだった。
「そろそろ君もこの街を去る時かも知れない」
「そしてペテルブルグでか」
「この街でやるべきことはもう終わったのではないのか?」
「そうだな」
そのスターリンと呼ばれた男はアターナフの言葉に頷いた。
「資金調達も上手くいったしな」
「それについて同志の右に出る男はいないな」
「そうしたことなら任せてくれ」
スターリンはこう言ってにやりと笑ってみせたのだった。まるでそれこそが自分の専門分野だと言わんばかりの笑みであった。
「馬車を狙うのにはコツがあるからな」
「コツがか」
「そうさ。もっともそれを覚えるのは楽じゃない」
言いながらココアを飲む。それを飲みながら言うのであった。
「少しやり方があるんだよ」
「そうなのか」
「そうさ。ところで」
ここで話を変えてきたスターリンだった。
「この店はどれも美味いな。ロシアにいた頃はこんな美味いものを味わったことがなかった」
「そうだな。そういえば君の生まれは」
「ああ、グルジアだ」
そこだというのである。
「このウィーンとは比べ物にならない。貧しい場所さ」
「そうだったな。あそこは特に」
「それが今ではウィーンでこんな美味いものを飲んでいる。人はわからないものだ」
スターリンの言葉はしみじみとしたものになった。
「そして神学校を中退して今は革命家か、私も」
「そうさ、我々は革命家だ」
アターナフもこのことは誇っていた。
「その我々がロシアを革命の聖地とするのだ」
「そうだな。そして世界を共産主義で覆い尽くす」
スターリンも彼に応えた。そうして不敵に笑ってこうも言ったのだった。
「そして私は」
「君は?」
「いや、何でもない」
ここでは己の言葉を引っ込めたのだった。
「何でもない。それでだ」
「行くか」
アターナフは彼に店を出ることを勧めた。
「ウィーンに集まっている同志達との会合の時間だ」
「そうだな。行くとしよう」
その言葉に頷くスターリンだった。そうして彼等は店を出る。そのままウィーンの街を歩くのだった。
ヒトラーとオスカーも同じだった。彼等は今そのチョコレートが美味い店に向かっていた。青いドナウ川が流れるこの街は四角く窓が並列して設けられている白や赤の建物、それに神々の像や金の装飾があちこちにある。しかしヒトラーはその全てにいいものを感じていなかった。その不機嫌で気難しい顔で見ながら言うのであった。
「ベルリンに行きたいものだ」
「ベルリンにかい」
「そしてバイロイトに」
ワーグナーの作品が上演される場所である。彼はそこも口にするのだった。
「行きたいものだ」
「バイロイトにかい」
「ああ、あそこに毎年行ければそれで幸せだ」
それだけでいいというのだった。
「僕は別にお金には興味はないしね」
「そういえば君は無欲だね」
オスカーは彼のその特性を知っていた。
「本は好きだけれど」
「別に必要ないじゃないか。そんなものは心の前には何の意味もない」
こう言うのである。
「芸術の前にはそんなものは何の意味もないさ」
「だからかい」
「そうさ。それでだけれど」
友人に顔を向けてさらに話すヒトラーだった。ウィーンのその石畳の上を歩きながら。
「そろそろその店だったね」
「ああ、そうだね」
「さて、楽しみだね」
チョコレートを前に微笑む彼だった。
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