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第一章 世界の果てに咲く花
黒い剣 6
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「努力は買う、とでも言って欲しいのですか? 精一杯頑張ってダメだったから、仕方が無かったとでも? いずれであれ、勝てない言い訳としては上出来ではないですか」
右足と背中が疼く。
それは消えたはずの痛みであり、目の前の男を見ているとその痛みだけではなくあの時の敗北感と絶望感さえも、克明に蘇ってくる。
(これも幻覚の類だ。この剣はまだ私に屈していない。この剣はまだ私を屈服させようとしているんだ)
痛みの時と同じ手口だ、と彼女は自分に言い聞かせる。
しかし、目の前にいる男の現実感と、かけられた冷たい言葉も、声も、とても幻だとは思えない。
剣を持つ手だけでなく、膝も震え、立っている事さえ辛くなる。
「諦めなければ夢は叶う。努力は必ず報われる。何度倒れても、立ち上がれば勝利に手が届く。そう言って欲しいのですか?」
剣の切っ先を下げて、かろうじて立っているだけの彼女に所長は冷たい目と声を彼女に向ける。
(剣を下ろすな、膝を付くな。剣の幻術如きに負けるな。これは私だけの戦いじゃない)
泣き出したくなる程の絶望と、呼吸すらできなくなる圧迫感。
「心配いりませんよ、今ここで死んでも貴女には待っている人もいるでしょう?」
ギリクがそう言うと、その隣に美しい少女が現れた。
目を閉じているが、その美しい亜人の少女は彼女もよく知っている人物だった。
収容所では四の番号を与えられていた少女、どこかで身請けされていたはずの美少女で、名前はモーリス。
「久しぶりでしょう? 貴女の身代わりになったんですから、同じ所にいって詫びたらどうですか?」
「どういう事よ」
幻術のはずだが、生々しい現実感に怯みそうになる。
「言葉通りなのですが、そんな事も理解できないほど頭の悪い人では無かったでしょう」
ギリクはどこか楽しそうに言う。
(耳を貸すな。これは幻術なんだから)
だが、本当にこれが幻術なのかがわからなくなってきていた。
ギリクにはあまりにも不可解な所が多い。この男であれば壁を越える事くらい簡単に出来るだろうし、四の少女の身請けを手配していたのであれば彼女を回収する事も簡単に出来る。
「貴女のせいで、彼女はこうなってしまったんですよ? 侘びの言葉くらいあっても良いのではありませんか?」
「私は頼んでないわよ」
「冷たい言葉ですね。彼女は善意の行為だったでしょうに」
ギリクは溜息をつきながら、首を振る。
「仕方がありません。貴女から何か言ってあげてください」
ギリクが言って四の少女モーリスを見ると、モーリスはゆっくりと目を開く。
そこには大きく美しい瞳は無くなり、黒い液体の様なものが満たされ瞼が上がってからはそれが溢れ出してくる。
最初は目から溢れ出していたが、それは鼻や口からも溢れ始める。
液体の様に流れていたが彼女の顔を黒く染めると、それは自分の意思を持った様に蠢き始める。
(な、何? 何が起きてるの?)
黒い液体のような何かは、よく見ると異様に滑らかな黒い微細な蠢虫の様な生き物の集合体だった。
「な、何よソレ!」
「おや? 貴女は知っているのではありませんか?」
思い当たる事はあるが、考えたくなかった。
しかし、それは目の前で明らかな存在感を示している。
イリーズを蝕む呪い『魔獣の落し子』が、今彼女の目の前に現れている。
本来なら彼女も、モーリスと同じ様に黒い液状の蠢虫の様な何かに染まるはずだった。それをイリーズが肩代わりしたからこそ、彼女はこの場に立っている。
「違う、そんなはずない」
彼女は目の前に立つ二人に向かって、弱々しく否定する。
仮にそうだったとしても、この場にその呪いを具現化したり、ギリクが現れると言う事など絶対に有り得ない。
世界を分断する崖や壁が何故作られたのか、それ以降イリーズの一族だけが呪いを引き受けて周りに被害を及ぼしていないのは何故か。
この呪いは、確実に何らかの形で止められ、蔓延する事が出来なくなっているはずだ。
イリーズ達の話でギリクが関係している可能性が高いのは分かるが、それはギリクがここに簡単に現れる事ができない事を表しているはずだった。
(そう、つまりそれこそが幻術の証明! 恐るな!)
彼女は自分に言い聞かせるが、目の前の現実感はあまりにも圧倒的だった。
「貴女さえいなければ」
その声は耳元で囁くように聞こえてきた。
あまりに深く、重い、怨嗟の声。
確実にこの場にいない人物だが、胸をえぐられる程の痛みはギリクやモーリスの時よりはるかに重い。
「な、なんで?」
「貴女さえいなければ、私達は幸せに暮らせたのに……」
いつもは優しく柔らかいはずの声が、重く冷たい声で話している。
「ウェンディー、そんなに私のことが」
声の方を向いて、彼女は息を飲む。
そこにはモーリスと同じ様に、黒い生き物を目から流しているウェンディーがすぐ耳元にいた。
「イリーズ様を助けたかったのに。貴女さえいなければ、こんなことにはならなかったのに……」
感情を表に出さず、淡々とウェンディーは彼女に訴える。
その様子を見て、ギリクは満足そうに言う。
「良かったじゃないですか。貴女の望んだ結末なのでしょう」
右足と背中が疼く。
それは消えたはずの痛みであり、目の前の男を見ているとその痛みだけではなくあの時の敗北感と絶望感さえも、克明に蘇ってくる。
(これも幻覚の類だ。この剣はまだ私に屈していない。この剣はまだ私を屈服させようとしているんだ)
痛みの時と同じ手口だ、と彼女は自分に言い聞かせる。
しかし、目の前にいる男の現実感と、かけられた冷たい言葉も、声も、とても幻だとは思えない。
剣を持つ手だけでなく、膝も震え、立っている事さえ辛くなる。
「諦めなければ夢は叶う。努力は必ず報われる。何度倒れても、立ち上がれば勝利に手が届く。そう言って欲しいのですか?」
剣の切っ先を下げて、かろうじて立っているだけの彼女に所長は冷たい目と声を彼女に向ける。
(剣を下ろすな、膝を付くな。剣の幻術如きに負けるな。これは私だけの戦いじゃない)
泣き出したくなる程の絶望と、呼吸すらできなくなる圧迫感。
「心配いりませんよ、今ここで死んでも貴女には待っている人もいるでしょう?」
ギリクがそう言うと、その隣に美しい少女が現れた。
目を閉じているが、その美しい亜人の少女は彼女もよく知っている人物だった。
収容所では四の番号を与えられていた少女、どこかで身請けされていたはずの美少女で、名前はモーリス。
「久しぶりでしょう? 貴女の身代わりになったんですから、同じ所にいって詫びたらどうですか?」
「どういう事よ」
幻術のはずだが、生々しい現実感に怯みそうになる。
「言葉通りなのですが、そんな事も理解できないほど頭の悪い人では無かったでしょう」
ギリクはどこか楽しそうに言う。
(耳を貸すな。これは幻術なんだから)
だが、本当にこれが幻術なのかがわからなくなってきていた。
ギリクにはあまりにも不可解な所が多い。この男であれば壁を越える事くらい簡単に出来るだろうし、四の少女の身請けを手配していたのであれば彼女を回収する事も簡単に出来る。
「貴女のせいで、彼女はこうなってしまったんですよ? 侘びの言葉くらいあっても良いのではありませんか?」
「私は頼んでないわよ」
「冷たい言葉ですね。彼女は善意の行為だったでしょうに」
ギリクは溜息をつきながら、首を振る。
「仕方がありません。貴女から何か言ってあげてください」
ギリクが言って四の少女モーリスを見ると、モーリスはゆっくりと目を開く。
そこには大きく美しい瞳は無くなり、黒い液体の様なものが満たされ瞼が上がってからはそれが溢れ出してくる。
最初は目から溢れ出していたが、それは鼻や口からも溢れ始める。
液体の様に流れていたが彼女の顔を黒く染めると、それは自分の意思を持った様に蠢き始める。
(な、何? 何が起きてるの?)
黒い液体のような何かは、よく見ると異様に滑らかな黒い微細な蠢虫の様な生き物の集合体だった。
「な、何よソレ!」
「おや? 貴女は知っているのではありませんか?」
思い当たる事はあるが、考えたくなかった。
しかし、それは目の前で明らかな存在感を示している。
イリーズを蝕む呪い『魔獣の落し子』が、今彼女の目の前に現れている。
本来なら彼女も、モーリスと同じ様に黒い液状の蠢虫の様な何かに染まるはずだった。それをイリーズが肩代わりしたからこそ、彼女はこの場に立っている。
「違う、そんなはずない」
彼女は目の前に立つ二人に向かって、弱々しく否定する。
仮にそうだったとしても、この場にその呪いを具現化したり、ギリクが現れると言う事など絶対に有り得ない。
世界を分断する崖や壁が何故作られたのか、それ以降イリーズの一族だけが呪いを引き受けて周りに被害を及ぼしていないのは何故か。
この呪いは、確実に何らかの形で止められ、蔓延する事が出来なくなっているはずだ。
イリーズ達の話でギリクが関係している可能性が高いのは分かるが、それはギリクがここに簡単に現れる事ができない事を表しているはずだった。
(そう、つまりそれこそが幻術の証明! 恐るな!)
彼女は自分に言い聞かせるが、目の前の現実感はあまりにも圧倒的だった。
「貴女さえいなければ」
その声は耳元で囁くように聞こえてきた。
あまりに深く、重い、怨嗟の声。
確実にこの場にいない人物だが、胸をえぐられる程の痛みはギリクやモーリスの時よりはるかに重い。
「な、なんで?」
「貴女さえいなければ、私達は幸せに暮らせたのに……」
いつもは優しく柔らかいはずの声が、重く冷たい声で話している。
「ウェンディー、そんなに私のことが」
声の方を向いて、彼女は息を飲む。
そこにはモーリスと同じ様に、黒い生き物を目から流しているウェンディーがすぐ耳元にいた。
「イリーズ様を助けたかったのに。貴女さえいなければ、こんなことにはならなかったのに……」
感情を表に出さず、淡々とウェンディーは彼女に訴える。
その様子を見て、ギリクは満足そうに言う。
「良かったじゃないですか。貴女の望んだ結末なのでしょう」
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