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第一章 武勲までの長い道のり
第三話 二三七年 俊英達
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翌日から鄧艾は司馬懿の許可を得て、書庫を利用する事が許された。
対呉と言っても、手がかりになるモノが無い。
そこで鄧艾は書庫で情報を得る事にした。
魏と呉の戦いは非常に激しい戦いがいくつか残っている。
武帝時代に水上戦となった赤壁の戦いと、地上戦となった合肥の戦い。
文帝時代に三方面から攻めた広陵の戦いである。
もちろんその他にも多数あり、小競り合いまで含めればとても全てを記す事も出来ないほどではあるのだが、代表的と言えるのはその三つと言えるだろう。
そこで鄧艾が至った結論としては、やはり長期戦の構えだった。
赤壁の時には周瑜、合肥の時には甘寧、広陵の時には徐盛と、呉にはその時に必要な人材が天から与えられているとしか思えないところがある。
鄧艾はそう結論付けて戦略を練っていたが、この宿題を与えられている者は鄧艾だけではない。
書庫の外では同じ宿題を与えられた若き俊傑達による討論が、連日に渡って行われていた。
ほぼ毎日通っている鄧艾とはすっかり顔なじみになった少年達は、大まかに言えば三つの主張で論争していた。
一人は水上戦を押していた。
呉の要は水上戦にあり、そこを叩く事が出来れば呉の精神を根元からへし折る事が出来ると言う主張である。
それが出来ればもっとも手っ取り早いかも知れないが、戦の天才と言われた武帝ですらそれは成し得なかった。
だが、もしそれが成し得ればおそらくその一戦で全てが決する可能性もあるほど、致命的な一撃になるだろう。
若さ故と言えなくもないが、対呉戦略としてはもっとも魅力的な戦略と言える。
これを主張しているのは鍾会と言う少年を中心とした一派で、ここに集まる少年達の中でも最大勢力となっている。
一人は同じく主戦論でありながら、文帝が行った広陵の戦いの様に多方面からの一斉攻撃を主張していた。
文帝は相手の策で対処されてしまったものの、多方面からの仕掛けは非常に有効である。
この対呉戦略の前提として蜀は既に滅んでいるのだから、蜀方面からさらなる一軍を送り込むと言う事だ。
かつて蜀の劉備は呉に対して領地深く、夷陵まで侵攻する事が出来た。
呉の大都督であった陸遜に呼び込まれた、と言う見方も出来るが、これは蜀のみが相手だったからこそ出来た事である。
そこにさらに別方面から攻撃されていた場合、陸遜といえど対処出来なかっただろう。
呉の主力が水軍である事からも、地上からの攻撃と言うのは決して悪くない。
これを主張しているのは杜預と言う少年だった。
が、そこまでの大軍団を編成し、さらに同時攻撃と言うのは理想的とは言え、現実的には困難と言える。
大軍になればなるほど連携は難しく、まずその軍隊を用意するところから厳しい。
戦略としては素晴らしいのだが、現状ではもう少し練る必要があるだろう。
しかし一戦にて勝敗を決めると言うところは鍾会と同じでも、その見ているところで言うのであれば将軍としての器量や視野の広さは、この杜預の方が優れているのではないかと鄧艾は思う。
もう一人は、国境の守備を強化して大国である魏と小国である呉と言う図式をはっきりさせ、外交によって呉を弱体化させると言うものだった。
かなりの長期戦の構えではあるが、現状で魏が行っている政策の延長と言える。
先の二人に対して極端に消極的な策ではあるのだが、もっとも現実的とも言えた。
これを主張するのは羊祜と言う少年だったが、この主張は同年代の少年達にとって魅力に欠けるようで、三つの主張の中ではかなりの劣勢だった。
十代前半の少年が考えたには随分と老獪で極めて現実的と言えるが、それだけに十代の少年達にしては魅力が薄いらしい。
「鄧艾さんはどう思いますか?」
少し離れたところで話を聞きながら自分の戦略を練っていた鄧艾に向かって、杜預が尋ねてきた。
この少年達の中で、最初に鄧艾に話しかけてきたのは杜預だった。
特に人懐っこい性格と言う訳ではないにしても、杜預は鄧艾から武人としての気配を感じていたらしい。
鍾会や羊祜と比べて、杜預は知略ではなく武勇を持って道を切り開こうとする性格の様で、そんな彼だったからこそ武人の雰囲気を持つ鄧艾が書庫にいる事が気になったのだろう。
鄧艾自身は自分では知略で勝負する方だと思っていたのだが、石苞に言わせると『手に負えない暴力を内包している軍師型』なのだそうだ。
正直、それがどんな事なのか解らない。
「うん? 私?」
鄧艾としては発言していいものか悩む。
と言うのも、ここで主張を戦わせている三人には強力無比な後ろ盾がある名門の生まれで、生まれから鄧艾とは違う人物達である。
杜預の様な特殊な性格や、羊祜の様に歳の割に老成して達観した人物であればともかく、鍾会などは明らかに鄧艾を蔑んでいるのが見て分かる。
しかもそれぞれが名家の生まれであるだけでなく、鍾会は文官の中でも重鎮である鍾繇の子息であり、羊祜と杜預は司馬一族に連なる者なので、魏では皇族に次ぐ家柄と言えた。
鍾会の様に、一農夫であった鄧艾を蔑みの目で見るのもさほど不思議な事ではない。
「年長者の意見は、是非参考にさせていただきたいですね」
不思議なくらい若さを感じさせない落ち着いた口調で、羊祜が鄧艾に意見を求めてくる。
「私は川を作るのが最初だと思ってます」
「……はい?」
あまりにも唐突な答えに、杜預はきょとんとする。
「何をするにしても、まずは国力ありきの話ですからね。私は年長である分、年少者の考えを支える事から始めないと。その為にはまず川が必要です」
「意味が解らないですね。どう言う事ですか?」
飛躍した話なので、鍾会が鄧艾に尋ねてくる。
「武帝はかつて屯田に力を入れ、様々な逆境を跳ね除ける地力をつけました。偉大な武帝の功績にあやかる為にも、この辺りの地域は広大な農地になり得るはずなのに水が無くて土地を活かしきれていない。まずはここを農地として生産力を高めれば、船を作るにも多方面からの一斉攻撃にも、外交による長期計画にも耐えうる国力が見込めると思うんですよ」
鄧艾は地図を見ながら説明する。
彼が指し示すところは寿春の一帯で、かつて袁術が収めていた豊かな土地だったのだが、袁術が皇帝宣言後の暴政によって荒廃してしまった。
復興も進んでいるが、豊かな土壌に対してどうしても水が少なく、土地の割に生産が見込めない土地でもある。
鄧艾はそこに川を作って、十分な水分を確保する事で農地としての生産性を高める為の計画をたて、そこで必要な経費と見込める収益を概算でまとめているところだった。
「対呉戦略と言うには少々ずれていないですかね?」
鍾会は眉を寄せる。
「そうですか? 鄧艾さんの戦略は、対呉と言うより全ての基本戦略として優先するべき事ではないでしょうか」
不満気味な鍾会に対し、腕を組んでうんうんと頷いているのは長期戦を主張していた羊祜だった。
反応が薄いのが杜預である。
三人の中ではもっとも熱いところのある武人肌の彼にしては、随分と大人しい。
「どうかしたのかい?」
いつもと違う反応に、羊祜が尋ねる。
「あ、いや、対呉の戦略って言われてたけど、そう言う見方もあるのかと思って。鄧艾さんって武人だと思ってたけど、けっこうな軍師型だったりしますか?」
「どうなんでしょうね? 私にもよくわかりません」
杜預の質問に鄧艾は首を傾げる。
専業は農夫だと自覚しているが、石苞と鄧艾は農夫だけではなく野盗に対しての警護も兼ねる。
その時には農夫達を率いて戦う事もあり、自ら槍を持って戦う事も多かった。
基本的には何でも屋の立ち位置だったので、武将なのか軍師なのかなどの区別は出来なかったのである。
「だって、陳泰さんも……」
「士載殿! やはりここでしたか!」
杜預が言いかけた時、書庫に元気な声が入ってくる。
「あ、ほら、来た」
「何だ、元凱(杜預の字)。その言い方は」
入ってきた少年は杜預達より年長で、杜預の頭を掴んでぐりぐりとかき回していてる。
「ちょ、陳泰さん!」
「よし、お前も来い! いっつも書物に埋もれていたらダメだぞ! 体を動かせ、体を!」
「いや、俺、官吏の家系で武官じゃないですし」
異常に暑苦しいところのある陳泰なのだが、これでも魏の大臣であり三公の一角である司空の地位にまでついた陳羣の嫡男である。
父親は生粋の文官であり陳泰もその素養は十分だったのだが、魏の礎を築いた荀彧の娘であった母からは荀彧の芯の強さと熱さを備えた性格を濃く継いでいたので、文官ではなく武官としての道を歩んでいる。
しかしどう考えても文官の家系に生まれた陳泰には武官としての素養もあったらしく、すでに異民族の鎮撫などの功績も上げている人物である。
先日鄧艾と知り合い、陳泰の訓練に付き合って槍を合わせたのだが、その時陳泰を軽くあしらった為、気に入られたらしく事ある毎に鄧艾を探しては槍を合わせようとしている。
今日もそれが目的で鄧艾を探しに来たようだった。
「叔子(羊祜の字)、士季(鍾会の字)、お前らも来い。体を動かせ、体を!」
「僕はご遠慮します。目指すところが違いますから」
鍾会は鼻で笑う様に言う。
「んだよ、付き合い悪いなぁ。叔子は行くよな?」
「あ、いえ、は、はい」
色々と悩んだ結果、羊祜は年上である陳泰を立てる形で押し切られた。
「さあ、士載殿。付き合ってもらいますよ」
陳泰は羊祜と杜預を連れて、鄧艾に向かって言う。
可哀想な二人の為にも、ここは断れない。
「では、お付き合いします」
「はっはっは! 士載殿からも言ってやって下さいよ。書物での知識も重要でも、最終的に頼れるのは自分の体であり、従軍にも十分な体力が必要だと言う事を教えてやらないと」
陳泰は年下の二人に言う。
そこに関しては鄧艾も賛成である。
従軍と言うのはとにかく体力勝負になり、戦場では本人の自覚以上にその体力と精神力を奪っていく。
それは従軍軍師として活躍した魏の郭嘉、呉の周瑜、蜀の諸葛亮などを見れば分かる様に、後方で支援する文官達と比べて病などで体を壊し、そのまま他界する例がある。
それだけが原因と言う訳ではないにしても、書庫で対呉戦略を練る事を宿題とされた少年達には必要な要素でもあるだろう。
すでに実戦経験のある陳泰だからこそ、強引でも彼らにその事を教えようとしているのかもしれない。
「はっはっは! 体を鍛えるのは大事だぞ! 筋肉は裏切らないからな!」
この人は本当に陳羣と荀彧の娘の子供なのだろうか、ともちょっと疑いたくなる。
彼を見る限り、少年達に教えると言うより自分が体を動かしたいだけかもしれない。
そう思ったのは鄧艾だけでは無かっただろう。
だが、そうやって笑っていられる時間は短かった。
その年、遼東で大司馬である公孫淵が魏に対し謀反を起こしたのである。
対呉と言っても、手がかりになるモノが無い。
そこで鄧艾は書庫で情報を得る事にした。
魏と呉の戦いは非常に激しい戦いがいくつか残っている。
武帝時代に水上戦となった赤壁の戦いと、地上戦となった合肥の戦い。
文帝時代に三方面から攻めた広陵の戦いである。
もちろんその他にも多数あり、小競り合いまで含めればとても全てを記す事も出来ないほどではあるのだが、代表的と言えるのはその三つと言えるだろう。
そこで鄧艾が至った結論としては、やはり長期戦の構えだった。
赤壁の時には周瑜、合肥の時には甘寧、広陵の時には徐盛と、呉にはその時に必要な人材が天から与えられているとしか思えないところがある。
鄧艾はそう結論付けて戦略を練っていたが、この宿題を与えられている者は鄧艾だけではない。
書庫の外では同じ宿題を与えられた若き俊傑達による討論が、連日に渡って行われていた。
ほぼ毎日通っている鄧艾とはすっかり顔なじみになった少年達は、大まかに言えば三つの主張で論争していた。
一人は水上戦を押していた。
呉の要は水上戦にあり、そこを叩く事が出来れば呉の精神を根元からへし折る事が出来ると言う主張である。
それが出来ればもっとも手っ取り早いかも知れないが、戦の天才と言われた武帝ですらそれは成し得なかった。
だが、もしそれが成し得ればおそらくその一戦で全てが決する可能性もあるほど、致命的な一撃になるだろう。
若さ故と言えなくもないが、対呉戦略としてはもっとも魅力的な戦略と言える。
これを主張しているのは鍾会と言う少年を中心とした一派で、ここに集まる少年達の中でも最大勢力となっている。
一人は同じく主戦論でありながら、文帝が行った広陵の戦いの様に多方面からの一斉攻撃を主張していた。
文帝は相手の策で対処されてしまったものの、多方面からの仕掛けは非常に有効である。
この対呉戦略の前提として蜀は既に滅んでいるのだから、蜀方面からさらなる一軍を送り込むと言う事だ。
かつて蜀の劉備は呉に対して領地深く、夷陵まで侵攻する事が出来た。
呉の大都督であった陸遜に呼び込まれた、と言う見方も出来るが、これは蜀のみが相手だったからこそ出来た事である。
そこにさらに別方面から攻撃されていた場合、陸遜といえど対処出来なかっただろう。
呉の主力が水軍である事からも、地上からの攻撃と言うのは決して悪くない。
これを主張しているのは杜預と言う少年だった。
が、そこまでの大軍団を編成し、さらに同時攻撃と言うのは理想的とは言え、現実的には困難と言える。
大軍になればなるほど連携は難しく、まずその軍隊を用意するところから厳しい。
戦略としては素晴らしいのだが、現状ではもう少し練る必要があるだろう。
しかし一戦にて勝敗を決めると言うところは鍾会と同じでも、その見ているところで言うのであれば将軍としての器量や視野の広さは、この杜預の方が優れているのではないかと鄧艾は思う。
もう一人は、国境の守備を強化して大国である魏と小国である呉と言う図式をはっきりさせ、外交によって呉を弱体化させると言うものだった。
かなりの長期戦の構えではあるが、現状で魏が行っている政策の延長と言える。
先の二人に対して極端に消極的な策ではあるのだが、もっとも現実的とも言えた。
これを主張するのは羊祜と言う少年だったが、この主張は同年代の少年達にとって魅力に欠けるようで、三つの主張の中ではかなりの劣勢だった。
十代前半の少年が考えたには随分と老獪で極めて現実的と言えるが、それだけに十代の少年達にしては魅力が薄いらしい。
「鄧艾さんはどう思いますか?」
少し離れたところで話を聞きながら自分の戦略を練っていた鄧艾に向かって、杜預が尋ねてきた。
この少年達の中で、最初に鄧艾に話しかけてきたのは杜預だった。
特に人懐っこい性格と言う訳ではないにしても、杜預は鄧艾から武人としての気配を感じていたらしい。
鍾会や羊祜と比べて、杜預は知略ではなく武勇を持って道を切り開こうとする性格の様で、そんな彼だったからこそ武人の雰囲気を持つ鄧艾が書庫にいる事が気になったのだろう。
鄧艾自身は自分では知略で勝負する方だと思っていたのだが、石苞に言わせると『手に負えない暴力を内包している軍師型』なのだそうだ。
正直、それがどんな事なのか解らない。
「うん? 私?」
鄧艾としては発言していいものか悩む。
と言うのも、ここで主張を戦わせている三人には強力無比な後ろ盾がある名門の生まれで、生まれから鄧艾とは違う人物達である。
杜預の様な特殊な性格や、羊祜の様に歳の割に老成して達観した人物であればともかく、鍾会などは明らかに鄧艾を蔑んでいるのが見て分かる。
しかもそれぞれが名家の生まれであるだけでなく、鍾会は文官の中でも重鎮である鍾繇の子息であり、羊祜と杜預は司馬一族に連なる者なので、魏では皇族に次ぐ家柄と言えた。
鍾会の様に、一農夫であった鄧艾を蔑みの目で見るのもさほど不思議な事ではない。
「年長者の意見は、是非参考にさせていただきたいですね」
不思議なくらい若さを感じさせない落ち着いた口調で、羊祜が鄧艾に意見を求めてくる。
「私は川を作るのが最初だと思ってます」
「……はい?」
あまりにも唐突な答えに、杜預はきょとんとする。
「何をするにしても、まずは国力ありきの話ですからね。私は年長である分、年少者の考えを支える事から始めないと。その為にはまず川が必要です」
「意味が解らないですね。どう言う事ですか?」
飛躍した話なので、鍾会が鄧艾に尋ねてくる。
「武帝はかつて屯田に力を入れ、様々な逆境を跳ね除ける地力をつけました。偉大な武帝の功績にあやかる為にも、この辺りの地域は広大な農地になり得るはずなのに水が無くて土地を活かしきれていない。まずはここを農地として生産力を高めれば、船を作るにも多方面からの一斉攻撃にも、外交による長期計画にも耐えうる国力が見込めると思うんですよ」
鄧艾は地図を見ながら説明する。
彼が指し示すところは寿春の一帯で、かつて袁術が収めていた豊かな土地だったのだが、袁術が皇帝宣言後の暴政によって荒廃してしまった。
復興も進んでいるが、豊かな土壌に対してどうしても水が少なく、土地の割に生産が見込めない土地でもある。
鄧艾はそこに川を作って、十分な水分を確保する事で農地としての生産性を高める為の計画をたて、そこで必要な経費と見込める収益を概算でまとめているところだった。
「対呉戦略と言うには少々ずれていないですかね?」
鍾会は眉を寄せる。
「そうですか? 鄧艾さんの戦略は、対呉と言うより全ての基本戦略として優先するべき事ではないでしょうか」
不満気味な鍾会に対し、腕を組んでうんうんと頷いているのは長期戦を主張していた羊祜だった。
反応が薄いのが杜預である。
三人の中ではもっとも熱いところのある武人肌の彼にしては、随分と大人しい。
「どうかしたのかい?」
いつもと違う反応に、羊祜が尋ねる。
「あ、いや、対呉の戦略って言われてたけど、そう言う見方もあるのかと思って。鄧艾さんって武人だと思ってたけど、けっこうな軍師型だったりしますか?」
「どうなんでしょうね? 私にもよくわかりません」
杜預の質問に鄧艾は首を傾げる。
専業は農夫だと自覚しているが、石苞と鄧艾は農夫だけではなく野盗に対しての警護も兼ねる。
その時には農夫達を率いて戦う事もあり、自ら槍を持って戦う事も多かった。
基本的には何でも屋の立ち位置だったので、武将なのか軍師なのかなどの区別は出来なかったのである。
「だって、陳泰さんも……」
「士載殿! やはりここでしたか!」
杜預が言いかけた時、書庫に元気な声が入ってくる。
「あ、ほら、来た」
「何だ、元凱(杜預の字)。その言い方は」
入ってきた少年は杜預達より年長で、杜預の頭を掴んでぐりぐりとかき回していてる。
「ちょ、陳泰さん!」
「よし、お前も来い! いっつも書物に埋もれていたらダメだぞ! 体を動かせ、体を!」
「いや、俺、官吏の家系で武官じゃないですし」
異常に暑苦しいところのある陳泰なのだが、これでも魏の大臣であり三公の一角である司空の地位にまでついた陳羣の嫡男である。
父親は生粋の文官であり陳泰もその素養は十分だったのだが、魏の礎を築いた荀彧の娘であった母からは荀彧の芯の強さと熱さを備えた性格を濃く継いでいたので、文官ではなく武官としての道を歩んでいる。
しかしどう考えても文官の家系に生まれた陳泰には武官としての素養もあったらしく、すでに異民族の鎮撫などの功績も上げている人物である。
先日鄧艾と知り合い、陳泰の訓練に付き合って槍を合わせたのだが、その時陳泰を軽くあしらった為、気に入られたらしく事ある毎に鄧艾を探しては槍を合わせようとしている。
今日もそれが目的で鄧艾を探しに来たようだった。
「叔子(羊祜の字)、士季(鍾会の字)、お前らも来い。体を動かせ、体を!」
「僕はご遠慮します。目指すところが違いますから」
鍾会は鼻で笑う様に言う。
「んだよ、付き合い悪いなぁ。叔子は行くよな?」
「あ、いえ、は、はい」
色々と悩んだ結果、羊祜は年上である陳泰を立てる形で押し切られた。
「さあ、士載殿。付き合ってもらいますよ」
陳泰は羊祜と杜預を連れて、鄧艾に向かって言う。
可哀想な二人の為にも、ここは断れない。
「では、お付き合いします」
「はっはっは! 士載殿からも言ってやって下さいよ。書物での知識も重要でも、最終的に頼れるのは自分の体であり、従軍にも十分な体力が必要だと言う事を教えてやらないと」
陳泰は年下の二人に言う。
そこに関しては鄧艾も賛成である。
従軍と言うのはとにかく体力勝負になり、戦場では本人の自覚以上にその体力と精神力を奪っていく。
それは従軍軍師として活躍した魏の郭嘉、呉の周瑜、蜀の諸葛亮などを見れば分かる様に、後方で支援する文官達と比べて病などで体を壊し、そのまま他界する例がある。
それだけが原因と言う訳ではないにしても、書庫で対呉戦略を練る事を宿題とされた少年達には必要な要素でもあるだろう。
すでに実戦経験のある陳泰だからこそ、強引でも彼らにその事を教えようとしているのかもしれない。
「はっはっは! 体を鍛えるのは大事だぞ! 筋肉は裏切らないからな!」
この人は本当に陳羣と荀彧の娘の子供なのだろうか、ともちょっと疑いたくなる。
彼を見る限り、少年達に教えると言うより自分が体を動かしたいだけかもしれない。
そう思ったのは鄧艾だけでは無かっただろう。
だが、そうやって笑っていられる時間は短かった。
その年、遼東で大司馬である公孫淵が魏に対し謀反を起こしたのである。
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